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「……ぎ、銀嶺の……皇帝と……リディアが、婚約……だと……?」
王国の、今にも崩れそうな玉座の間。
アルフォンス殿下は、手にした帝国の広報誌を震える手で見つめていました。
そこには、世界で最も美しいとされるドレスを纏い、サイラス皇帝の隣で誇らしげに微笑むリディアの姿が鮮明に描かれていました。
「嘘だ! あんな可愛げのない、鉄の塊のような女を、あの冷徹帝が選ぶはずがない! 何かの間違いだ! これは帝国の高度な情報戦に違いないぞ!」
「殿下……。もはや現実逃避をなさっている場合ではございません」
唯一残った老執事が、枯れ木のような声で告げました。
「リディア様が帝国の『皇后』になられるということは、わが国は永久に彼女の商会からの支援を失うということです。……つまり、今夜の夕食も、昨日と同じ『干し草のスープ』で確定いたしました」
「嫌だあああ! 干し草はもう飽きた! 私はステーキが食べたいんだ! リディアが焼いてくれた、あの肉汁滴るステーキがぁ!」
殿下はついに、プライドの欠片も投げ捨てて床に突っ伏しました。
そして、掠れた声を絞り出すようにして、最後の一通をしたためたのです。
……さて、一方の帝国。
わたくしリディアは、サイラス様に「耳元で愛を囁き続けられる」という、ある種の精神修行に耐えておりました。
「リディア、聞こえるか。お前が世界で一番愛おしい。お前が呼吸をするたびに、帝国の酸素が甘くなる気がする」
「……陛下、それは科学的にあり得ませんわ。それよりも見てくださいまし。また届きましたわよ、王国からの『遺言状』のようなものが」
アンが銀のトレイに乗せて持ってきたのは、もはや紙とも呼べない、泥と涙でベトベトになった何かでした。
わたくしは、魔法で生成した火かき棒で、その汚物を器用に広げました。
『リディア……頼む、戻ってきてくれ。今なら、君を「正妃」ではなく「筆頭側妃」として迎えてもいい。だから、至急でいいからステーキと、あと城の壁を直す左官屋を十人ほど送ってくれ。愛している。……あと、お肉はミディアムレアで』
「…………」
わたくしは、静かに窓を開けました。
「アン。この手紙を、そのまま暖炉に放り込むのも、炎に対して失礼な気がいたしますわ。……外を飛んでいるカラスの巣の材料にでもして差し上げて」
「かしこまりました。カラスも拒否するかもしれませんが、善処いたします」
すると、わたくしの腰を背後からガッチリとホールドしていたサイラス様が、氷点下の微笑みを浮かべました。
「……リディア。お前、まだあのゴミと対話するつもりか? 『筆頭側妃』? 俺の婚約者に向かって、よくもそんな言葉が吐けたものだ。……よし、やはり明日、あの国を更地にして巨大な『リディア専用・フォアグラ養殖場』にする」
「陛下、更地にするのがお好きですね。……でも、そうですわね」
わたくしは、サイラス様の胸に背中を預け、クスクスと笑いました。
「殿下。わたくし、ステーキは焼くよりも『焼かせる』方が性分に合っておりますの。……サイラス様、今夜はミディアムレアでお願いしてもよろしい?」
「お前のための火加減なら、一秒の狂いもなく仕上げてやろう。……愛しているぞ、リディア」
「はいはい。わたくしも、陛下の焼くお肉は大好きですわよ」
断罪されてたからって、まさか元婚約者の恋文が「笑いのネタ」にすらならなくなるとは。
わたくしの幸せは、どうやら王国の救いようのない絶望の上に、美しく咲き誇っているようですわ。
王国の、今にも崩れそうな玉座の間。
アルフォンス殿下は、手にした帝国の広報誌を震える手で見つめていました。
そこには、世界で最も美しいとされるドレスを纏い、サイラス皇帝の隣で誇らしげに微笑むリディアの姿が鮮明に描かれていました。
「嘘だ! あんな可愛げのない、鉄の塊のような女を、あの冷徹帝が選ぶはずがない! 何かの間違いだ! これは帝国の高度な情報戦に違いないぞ!」
「殿下……。もはや現実逃避をなさっている場合ではございません」
唯一残った老執事が、枯れ木のような声で告げました。
「リディア様が帝国の『皇后』になられるということは、わが国は永久に彼女の商会からの支援を失うということです。……つまり、今夜の夕食も、昨日と同じ『干し草のスープ』で確定いたしました」
「嫌だあああ! 干し草はもう飽きた! 私はステーキが食べたいんだ! リディアが焼いてくれた、あの肉汁滴るステーキがぁ!」
殿下はついに、プライドの欠片も投げ捨てて床に突っ伏しました。
そして、掠れた声を絞り出すようにして、最後の一通をしたためたのです。
……さて、一方の帝国。
わたくしリディアは、サイラス様に「耳元で愛を囁き続けられる」という、ある種の精神修行に耐えておりました。
「リディア、聞こえるか。お前が世界で一番愛おしい。お前が呼吸をするたびに、帝国の酸素が甘くなる気がする」
「……陛下、それは科学的にあり得ませんわ。それよりも見てくださいまし。また届きましたわよ、王国からの『遺言状』のようなものが」
アンが銀のトレイに乗せて持ってきたのは、もはや紙とも呼べない、泥と涙でベトベトになった何かでした。
わたくしは、魔法で生成した火かき棒で、その汚物を器用に広げました。
『リディア……頼む、戻ってきてくれ。今なら、君を「正妃」ではなく「筆頭側妃」として迎えてもいい。だから、至急でいいからステーキと、あと城の壁を直す左官屋を十人ほど送ってくれ。愛している。……あと、お肉はミディアムレアで』
「…………」
わたくしは、静かに窓を開けました。
「アン。この手紙を、そのまま暖炉に放り込むのも、炎に対して失礼な気がいたしますわ。……外を飛んでいるカラスの巣の材料にでもして差し上げて」
「かしこまりました。カラスも拒否するかもしれませんが、善処いたします」
すると、わたくしの腰を背後からガッチリとホールドしていたサイラス様が、氷点下の微笑みを浮かべました。
「……リディア。お前、まだあのゴミと対話するつもりか? 『筆頭側妃』? 俺の婚約者に向かって、よくもそんな言葉が吐けたものだ。……よし、やはり明日、あの国を更地にして巨大な『リディア専用・フォアグラ養殖場』にする」
「陛下、更地にするのがお好きですね。……でも、そうですわね」
わたくしは、サイラス様の胸に背中を預け、クスクスと笑いました。
「殿下。わたくし、ステーキは焼くよりも『焼かせる』方が性分に合っておりますの。……サイラス様、今夜はミディアムレアでお願いしてもよろしい?」
「お前のための火加減なら、一秒の狂いもなく仕上げてやろう。……愛しているぞ、リディア」
「はいはい。わたくしも、陛下の焼くお肉は大好きですわよ」
断罪されてたからって、まさか元婚約者の恋文が「笑いのネタ」にすらならなくなるとは。
わたくしの幸せは、どうやら王国の救いようのない絶望の上に、美しく咲き誇っているようですわ。
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