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第八話【寂れた我が領地】
しおりを挟む馬車に揺られること、数日。
豊かな王都の景色はとうの昔に姿を消し、窓から見える風景は、次第に荒涼としたものへと変わっていった。
そしてついに、馬車はある小さな村の入り口で止まった。
「リノエル様。フォーミュラー領に到着いたしました」
護衛のアランの声に、リノエルは窓の外へと目を向けた。
そこには、想像していた以上に、寂れた光景が広がっていた。
石造りの家々は古びて所々が崩れ、道には活気がなく、歩いている人々の服装もみすぼらしい。畑は痩せこけ、作物の育ちも悪いように見えた。
「……まあ」
隣に座っていたクロエが、思わずといった様子で小さな悲鳴を上げた。
「これが……リノエル様のご領地……? なんて……ひどい場所なのでしょう」
その率直な感想に、無理もなかった。
王都の華やかさとは、まさに天と地ほどの差がある。
リノエルは馬車を降り、冷たい風が吹き抜ける村の広場に立った。
物珍しそうに、そしてどこか警戒した様子で、村人たちが遠巻きにこちらを見ている。誰も、新しい領主代行であるリノエルに近づいてこようとはしない。
彼らの瞳には、希望ではなく、諦めの色が浮かんでいた。
長年の貧しい暮らしが、彼らから活力を奪ってしまったのだろう。
クロエは、不安そうにリノエルの顔を覗き込んだ。
「リノエル様……大丈夫ですか……?」
こんな場所で、本当にやっていけるのだろうか。そんな不安が、クロエの声には滲んでいた。
しかし、リノエルは、その寂れた領地の景色を、隅々まで見渡すと、ふっと息を吐いた。
その表情に、絶望の色はなかった。
「ええ、大丈夫よ」
リノエルは、クロエに向かって力強く微笑んだ。
「むしろ、やりがいがありそうだわ」
何もない。何もないからこそ、これから何でも作り上げることができる。
更地に、自分の理想の街を描くことができるのだ。
「見ていなさい、クロエ」
リノエルは、領地の中心にある、古びた領主の館を見据えた。
「ここを、王国で一番豊かな場所にしてみせますわ」
その蒼い瞳は、絶望ではなく、燃えるような決意の色に染まっていた。
婚約破棄された令嬢の物語は、ここで終わりを告げた。
そして今、この寂れた土地から、若き領主代行リノエル・フォーミュラーの、本当の物語が始まろうとしていた。
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