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第九話【秘密の書斎と計画書】
しおりを挟むフォーミュラー子爵領の領主の館は、外観と同じく、内部も長い間の放置によって荒れ果てていた。
「ひゃっ……!」
侍女のクロエが、床を走るネズミを見て小さな悲鳴を上げる。家具には分厚い埃が積もり、壁には蜘蛛の巣が張り巡らされている。
「これは……どこから手をつければいいものか」
護衛のアランも、呆れたようにため息をついた。
だが、リノエルはそんな惨状にも臆することなく、まっすぐに館の奥へと進んでいく。
「リノエル様? どちらへ?」
「書斎よ。どんな小さな館でも、領主の書斎はあるはず。まずは情報収集から始めないと」
リノエルは記憶を頼りに、館の最も日当たりの良い一室の扉を開けた。
ギィィ、と軋んだ音を立てて開かれたその部屋は、他の部屋と同様に埃っぽかったが、そこにはリノエルの心を躍らせる光景が広がっていた。
壁一面を埋め尽くす、本棚。そして、そこにぎっしりと並べられた、古びた書物の数々。
「すごい……!」
リノエルは思わず声を上げた。
そこには、単なる物語や詩集ではない、実用的な書物が眠っていた。
この土地の測量図、過去の治水の記録、鉱脈の調査報告、そして、この地方にしか自生しない薬草に関する研究日誌。
「見て、クロエ、アラン。これは宝の山よ!」
リノエルは目を輝かせながら、一冊の古びた地図を大きなテーブルの上に広げた。
「この土地は、決して痩せているわけではないわ。むしろ、昔は豊かな土地だったはず。ただ、手入れの方法が忘れられていただけ」
地図の上を指でなぞりながら、リノエルは立て板に水のごとく語り始める。
「この川の上流で流れが滞っているせいで、下流の畑に十分な水と栄養が行き渡っていない。まずは、この治水工事から始めるべきね」
「それから、この森の奥には、特殊な魔力を持つハーブが自生しているという記録があるわ。これが本当なら、すごい特産品になるかもしれない」
「さらには、少量ながらも熱伝導率の高い『陽光石』という鉱石が採れる……? これを使えば、何か便利な魔導具が作れるかもしれないわ」
次から次へと溢れ出す計画に、クロエとアランはただ圧倒されるばかりだった。
つい先ほどまで、この寂れた土地に絶望しかけていたというのに。
リノエルの目には、もう豊かな領地の未来がはっきりと見えているようだった。
その夜、館の一室にランプの灯りが灯る。
リノエルは、何かに取り憑かれたように古文書を読み解き、羊皮紙の上に詳細な計画を書き込んでいく。
その横顔は、王宮で見せていた『氷の令嬢』のそれとは全く違っていた。
知的好奇心に満ち、自らの知識と力で未来を切り開こうとする、生き生きとした一人の女性の顔が、そこにはあった。
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