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第十話【領主代行、最初の仕事】
しおりを挟む翌日、リノエルは村の広場に領民たちを集めさせた。
「皆、集まってくれてありがとう。私が、このたび領主代行を拝命した、リノエル・フォーミュラーです」
簡素な服をまとったリノエルがそう名乗っても、領民たちの反応は鈍かった。
どうせまた、王都から来たお偉方が、口先だけの綺麗事を並べるのだろう。彼らの目には、そんな諦めと不信の色が濃く浮かんでいた。
若い女の、頼りない領主代行。誰もがそう思っていた。
だが、リノエルの次の言葉は、彼らの予想を裏切るものだった。
「この領地が、長年貧しい暮らしを強いられてきたことは知っています。ですから、難しい話はしません。まずは、皆で今すぐできることから始めましょう」
リノエルは、自ら書き起こした地図を広げた。
「最初に手をつけるのは、水路の清掃です。川の上流に溜まった土砂を取り除き、水の流れを良くします。そうすれば、皆さんの畑にも水が行き渡るようになるはず」
「そんなこと、俺たちも考えたさ。けどよ、人手が足りねえんだ」
一人の年老いた農夫が、吐き捨てるように言った。
「ええ、その通りです。ですから、明日から三日間、この事業に参加してくれた方には、王都から取り寄せた小麦を、一人につき一袋ずつ支給します」
「なんだと……?」
領民たちが、ざわめき始める。
この土地では、小麦は貴重品だ。金で買うしかないそれを、働けばもらえるという。
「それから、こちらの井戸。水が濁っていて、もう何年も使えないと聞きました。これは、私が責任をもって浄化します。綺麗な飲み水が確保できれば、病気も減るはずです」
リノエルは、きっぱりと言い切った。
その言葉には、不思議な説得力があった。ただの気まぐれや思いつきではない、確かな知識に裏打ちされた自信が感じられた。
「……本当かよ」
「ただで小麦がもらえるなら、やってみるか」
「井戸が綺麗になるなら、ありがたいが……」
領民たちは、まだ半信半疑だった。しかし、失うものは何もない。
どうせ、このままでは餓死するだけなのだ。ならば、この若い女領主の言葉に、一度だけ賭けてみてもいいかもしれない。
そんな空気が、広場に広がり始めていた。
「皆さんの力を、どうか私に貸してください。この土地を、必ず豊かな場所にしてみせます。私が、約束します」
リノエルは、深々と頭を下げた。
その真摯な姿に、領民たちの固く閉ざされた心が、ほんの少しだけ、動き始めた。
翌日、水路の工事場所には、予想を超える数の領民たちが、鍬や鋤を持って集まっていた。
それは、この寂れた土地に差し込んだ、最初の希望の光だった。
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