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王都を出てから、十日が過ぎました。
馬車に揺られるだけの毎日にもすっかり慣れた頃、ようやく私達は目的地である辺境の屋敷に到着いたしました。
「……ここが」
馬車を降りて見上げたその建物は、想像していたよりもずっと大きく、古風ながらも趣のあるお屋敷でした。
蔦の絡まる石造りの壁、苔むした屋根。長年、人の手が入っていないらしく、庭は雑草が生い茂るに任されています。
ですが、わたくしには、この静かで、少し寂れた雰囲気がとても好ましく思えました。
ここが、わたくしの新しいお城ですわ。
「アイナ嬢、こちらへ」
先に馬を降りていたゼノン騎士団長が、手短にわたくしを呼びます。
どうやら、早く中に入って、役目を終わらせたいようですわね。
あの馬車の一件以来、彼はわたくしに対する警戒を少しも解いておりません。常に監視されているようで、少々窮屈ではありますが、それもまた一興です。
わたくしたちは、屋敷の正面玄関へと向かいました。
そこには、重厚な鉄でできた、観音開きの扉が鎮座しています。
御者が先に進み、その扉を開けようと取っ手に手をかけましたが……。
「ん……んんっ!」
びくともしません。
「どうした?」
「はっ、申し訳ありません! 長年使われていなかったせいで、錆びついてしまったようで……!」
御者が真っ赤な顔で報告します。
それを受けて、供の者たちも加勢しますが、やはり扉はうんともすんとも言いません。
「……貸せ」
その様子に痺れを切らしたのか、ゼノン騎士団長が皆を下がらせ、自ら扉の前に立ちました。
彼は、鎧の上からでもわかるほどたくましい腕で、鉄の取っ手をがっしりと掴みます。
「ふんっ!」
騎士団長の腕に、筋がくっきりと浮かび上がりました。
ミシミシ、と鉄が軋む、嫌な音が響きます。
見守っていた者たちから「おお…」と感嘆の声が漏れました。さすがは国一番の騎士様、力が違います。
ですが。
「……ぐっ……ぬぅぅん……!」
ゼノン騎士団長が、これまでに見たこともないような力で扉を引いても、それは頑として動きません。
彼の額には汗が浮かび、呼吸も荒くなっています。
「……くそっ、なんだこの扉は……!」
ついに根負けしたのか、騎士団長は悪態をついて扉から手を離しました。
その顔には、己の力が通用しなかったことへの苛立ちと、当惑が浮かんでいます。
彼ほどの豪腕をもってしても開かないとは、よほど頑固な扉のようですわね。
「まあ、大変ですわね」
わたくしは、優雅に歩み寄り、その扉を眺めました。
「これでは、中に入れませんわ。どうしましょう?」
「……裏口を探すしかない。お前たちは周囲を調べろ」
騎士団長が部下に指示を飛ばします。
その時、わたくしは扉に近づき、ふと、その表面に施された美しい薔薇の彫刻に目を留めました。
「綺麗な彫刻ですこと。……あら?」
わたくしは、その彫刻にそっと手を触れるようにして、扉の縁に指をかけました。
そして、小首を傾げながら、くいっと、ほんの少しだけ力を込めてみます。
ゴゴゴゴゴ……!!!!
今まであれほど頑として動かなかった鉄の扉が、まるで生き物のように呻き声を上げながら、ゆっくりと、しかし確実に開いていったのです。
シーン……。
辺りは、水を打ったように静まり返りました。
御者も、供の者たちも、口をぽかんと開けて、何が起こったのか理解できていない様子です。
そして、ゼノン騎士団長は。
彼は、わたくしが指をかけている扉の隙間と、わたくしの顔を、信じられないものを見る目で、何度も、何度も、見比べていました。
「……すこし、硬かったですわね」
わたくしがにっこりと微笑むと、彼の翡翠の瞳が、驚きに見開かれます。
「しかし、これで一安心ですわ。さあ、中に入りましょう。早く美味しい紅茶が飲みたいですもの」
わたくしは、呆然と立ち尽くす男性陣を尻目に、一人、きしむ扉を完全に押し開け、屋敷の中へと足を踏み入れました。
埃っぽい空気の中に差し込む光が、わたくしの新しい生活の始まりを告げているようでしたわ。
後ろで、誰かが「……嘘だろ……」と呟く声が、微かに聞こえた気がいたしました。
馬車に揺られるだけの毎日にもすっかり慣れた頃、ようやく私達は目的地である辺境の屋敷に到着いたしました。
「……ここが」
馬車を降りて見上げたその建物は、想像していたよりもずっと大きく、古風ながらも趣のあるお屋敷でした。
蔦の絡まる石造りの壁、苔むした屋根。長年、人の手が入っていないらしく、庭は雑草が生い茂るに任されています。
ですが、わたくしには、この静かで、少し寂れた雰囲気がとても好ましく思えました。
ここが、わたくしの新しいお城ですわ。
「アイナ嬢、こちらへ」
先に馬を降りていたゼノン騎士団長が、手短にわたくしを呼びます。
どうやら、早く中に入って、役目を終わらせたいようですわね。
あの馬車の一件以来、彼はわたくしに対する警戒を少しも解いておりません。常に監視されているようで、少々窮屈ではありますが、それもまた一興です。
わたくしたちは、屋敷の正面玄関へと向かいました。
そこには、重厚な鉄でできた、観音開きの扉が鎮座しています。
御者が先に進み、その扉を開けようと取っ手に手をかけましたが……。
「ん……んんっ!」
びくともしません。
「どうした?」
「はっ、申し訳ありません! 長年使われていなかったせいで、錆びついてしまったようで……!」
御者が真っ赤な顔で報告します。
それを受けて、供の者たちも加勢しますが、やはり扉はうんともすんとも言いません。
「……貸せ」
その様子に痺れを切らしたのか、ゼノン騎士団長が皆を下がらせ、自ら扉の前に立ちました。
彼は、鎧の上からでもわかるほどたくましい腕で、鉄の取っ手をがっしりと掴みます。
「ふんっ!」
騎士団長の腕に、筋がくっきりと浮かび上がりました。
ミシミシ、と鉄が軋む、嫌な音が響きます。
見守っていた者たちから「おお…」と感嘆の声が漏れました。さすがは国一番の騎士様、力が違います。
ですが。
「……ぐっ……ぬぅぅん……!」
ゼノン騎士団長が、これまでに見たこともないような力で扉を引いても、それは頑として動きません。
彼の額には汗が浮かび、呼吸も荒くなっています。
「……くそっ、なんだこの扉は……!」
ついに根負けしたのか、騎士団長は悪態をついて扉から手を離しました。
その顔には、己の力が通用しなかったことへの苛立ちと、当惑が浮かんでいます。
彼ほどの豪腕をもってしても開かないとは、よほど頑固な扉のようですわね。
「まあ、大変ですわね」
わたくしは、優雅に歩み寄り、その扉を眺めました。
「これでは、中に入れませんわ。どうしましょう?」
「……裏口を探すしかない。お前たちは周囲を調べろ」
騎士団長が部下に指示を飛ばします。
その時、わたくしは扉に近づき、ふと、その表面に施された美しい薔薇の彫刻に目を留めました。
「綺麗な彫刻ですこと。……あら?」
わたくしは、その彫刻にそっと手を触れるようにして、扉の縁に指をかけました。
そして、小首を傾げながら、くいっと、ほんの少しだけ力を込めてみます。
ゴゴゴゴゴ……!!!!
今まであれほど頑として動かなかった鉄の扉が、まるで生き物のように呻き声を上げながら、ゆっくりと、しかし確実に開いていったのです。
シーン……。
辺りは、水を打ったように静まり返りました。
御者も、供の者たちも、口をぽかんと開けて、何が起こったのか理解できていない様子です。
そして、ゼノン騎士団長は。
彼は、わたくしが指をかけている扉の隙間と、わたくしの顔を、信じられないものを見る目で、何度も、何度も、見比べていました。
「……すこし、硬かったですわね」
わたくしがにっこりと微笑むと、彼の翡翠の瞳が、驚きに見開かれます。
「しかし、これで一安心ですわ。さあ、中に入りましょう。早く美味しい紅茶が飲みたいですもの」
わたくしは、呆然と立ち尽くす男性陣を尻目に、一人、きしむ扉を完全に押し開け、屋敷の中へと足を踏み入れました。
埃っぽい空気の中に差し込む光が、わたくしの新しい生活の始まりを告げているようでしたわ。
後ろで、誰かが「……嘘だろ……」と呟く声が、微かに聞こえた気がいたしました。
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