悪役令嬢は、婚約破棄されたので自由に生きます!

きららののん

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翌朝。
わたくしは、ひどく寝不足のまま、朝食の食卓につきました。
昨晩の、ゼノン様の言葉が、ずっと頭の中をぐるぐると駆け巡っていたからです。

『貴女のような女性に、初めて会った』
『どうしていいか、分からんのだ』

酔っていたからこその、本音。
普段、鎧のようにその身にまとっている理性を脱ぎ捨てた、彼の剥き出しの心が、そこにはありました。
わたくしは、これから一体、どんな顔をして彼に会えば良いのでしょう。

「……おはよう」

広間に入ってきたゼノン様は、わたくし以上にひどい顔色をしていました。
その眉間には深い皺が刻まれ、こめかみを指でぐりぐりと押さえています。典型的な、二日酔いの症状ですわね。

「おはようございます、ゼノン様。昨晩は、よく眠れました?」

わたくしが、努めていつも通りに、しかし、ほんの少しだけ意地悪な気持ちを込めて尋ねると、彼は気まずそうに視線を泳がせました。

「……すまない。昨日の祭りの後から、あまり記憶が……。俺は、何か、粗相をしなかっただろうか」

「あら、覚えていらっしゃらない?」

「ああ……村の酒は、思った以上に強かったようだ」

そう言って、頭を抱える彼。
その様子は、本当に記憶がないようにも、恥ずかしさのあまり、とぼけているようにも見えました。
どちらにせよ、これ以上、昨晩のことを追及するのは酷というものでしょう。

「いいえ? 別に何も。ただ、ゼノン様が、とても楽しそうにお酒を飲んでいらっしゃっただけですわ」

わたくしがそう言って微笑むと、彼は心底ほっとしたような顔をして、「そうか」とだけ呟きました。

ですが。
たとえ彼が忘れてしまっても、わたくしは、もう、これまでと同じ気持ちで彼を見ることはできませんでした。

その日の朝。
彼が日課の鍛錬をしているのを、窓から眺めていた時のことです。
いつもは見慣れていた、剣を振るうその逞しい腕や、汗で首筋に張り付いた髪の毛の一筋にまで、いちいち心が、ちくりと反応してしまうのです。

(まあ……なんて、力強いのかしら)

これまで、ただ「すごい」としか思わなかった彼の剣技が、今はひどく雄々しく、魅力的なものに見えて、わたくしは慌ててカーテンを閉めました。
どきどきと鳴りやまない心臓を、手で押さえます。

お昼過ぎ。
わたくしが庭の菜園の手入れをしていると、彼が手伝いに来てくれました。
二人で並んで、雑草を抜いたり、支柱を立てたり。
そんな、穏やかな時間。
ですが、わたくしの心は、少しも穏やかではありませんでした。

「そこの杭を、もう少しだけ深く打ち込んでいただけます?」

「ああ、わかった」

彼が、わたくしのすぐ隣に屈みこんで、杭を地面に打ち込み始めます。
すぐそばに感じる、彼の体温。風に乗って運ばれてくる、汗と、陽の光の匂い。
そんな、些細な一つ一つに、意識が囚われてしまって、手元がおろそかになります。

そして、支柱を固定するための麻紐を、彼とわたくしが、同時に取ろうとした、その時。
指先が、ほんの少しだけ、触れ合いました。

「……あっ」

「!」

びり、と電気が走ったかのような衝撃。
わたくしたち二人とも、弾かれたように、さっと手を引っ込めます。

「す、すまない」

「い、いいえ! わたくしこそ、申し訳ありません!」

なぜ、謝る必要があるのでしょう。
指が触れた、ただそれだけのこと。
それなのに、顔から火が出そうなくらい熱くて、心臓が、今にも口から飛び出してしまいそうです。

(どうしてしまったのかしら、わたくしは)

アルフォンス殿下と婚約していた頃は、手を取り合ってダンスを踊っても、こんな気持ちになることなど、一度もありませんでした。
あれは、決められた役割をこなす、ただの義務でしたから。
でも、今、この胸の中にある感情は、全く違う。
あたたかくて、くすぐったくて、そして、少しだけ、苦しい。

その夜、わたくしは、自室のベッドの上で、今日の出来事を思い出しては、一人で悶えておりました。
彼の、不器用な優しさ。誠実な眼差し。そして、昨晩見せた、弱い部分。
その全てが、わたくしの中で、とてつもなく大きな存在になっていることに、もう、気づかないふりはできません。

悪役令嬢は、真実の愛を知らなかったから追放された。
王都では、そう噂されていることでしょう。
ええ、その通りですわ。わたくしは、知りませんでした。
こんなにも、心が、かき乱されるものだなんて。

わたくしは、この辺境の地で、護衛であるはずの、堅物な騎士様に、どうしようもなく、恋をしてしまったのです。
たとえ、彼が、昨晩の言葉を覚えていなくても。
この気持ちは、もう、誰にも止められそうにありませんでした。
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