​『王太子とついで私も悪いですって?!』

きららののん

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窓外には、相も変わらず荒涼とした闇が横たわっている。

しかし、城内に灯る蝋燭の炎は、昨日までのような卑屈な揺らめきを見せてはいなかった。


「……マクシミリアン様。この地で手に入る唯一の贅沢品が、まさか数十年前に埋もれた『ケソミの古酒』であったとは。皮肉なものですわね」


私は、ティアが必死に磨き上げたクリスタルグラスに、琥珀色の液体を注いだ。

芳醇な、しかしどこか退屈を孕んだ香りが、埃っぽい執務室に漂う。


「かつてこの地を治めていた男の遺産か。強欲の果てに自滅した愚者の酒にしては、なかなかに筋が良い」


マクシミリアンは、地図を広げたままグラスを煽った。

その指先は、領民から没収した——いや、適正に徴収した——書類を冷酷に捌いている。


「市場の統制は概ね完了した。次は、この荒野に眠る銀鉱脈の再開発だ」


「あら、またそんな『強欲』なことを。王都の聖女様が見たら、卒倒してしまわれるのではありませんこと?」


「ふん。あの男爵令嬢か。彼女なら、泥に塗れた銀を見て『可哀想に、洗ってあげますわ』とでも宣うだろうな。そして、その背後でリュシアンが国庫を空にする」


「くす。目に浮かぶようですわ。あの方たちの『正義』は、あまりに白すぎて目が眩みますもの。私たちの『悪』の方が、よほど目に優しい」


私は、椅子の背にもたれかかり、独白(モノローグ)を紡ぐ。

私の心の中の文豪が、この状況を「堕落の美学」と題して絶賛している。


「マクシミリアン様。一つ、お尋ねしてもよろしいかしら?」


「何だ。改まって。君が殊勝な顔をする時は、大抵ろくなことがない」


「心外ですわ。……私を、本当に『ついで』だと思っておいでですか?」


マクシミリアンが手を止めた。

部屋を支配する静寂が、重低音のように耳の奥に響く。


「……リュシアンがそう呼んだからといって、私が同調すると思うか?」


「いいえ。ですが、あなたは私を一度も『必要だ』とは仰ってくださいませんわ。ただ『連れて行く』と、傲慢に宣言されただけ」


私はグラスを置き、彼をじっと見つめた。

これは、悪女としての、あるいは一人の女としての、ささやかな反逆であった。


「エレオノーラ。君は、自分の価値を他人の言葉で推し量るほど、安っぽい女だったか?」


マクシミリアンが立ち上がり、ゆっくりと私の元へ歩み寄る。

彼の影が私を覆い、逃げ場を奪う。


「……いいえ。私は、世界で最も高貴な悪役ですわ」


「ならば、言葉など不要だろう。君がいなければ、この辺境の月はあまりに退屈で、私は一日で王都を焼き払いに行ってしまうところだった」


彼は私の顎を掬い上げ、至近距離でその氷のような瞳を燃え上がらせた。


「君は私の『ついで』ではない。私の『必然』だ。……これで満足か?」


……。

心臓が、まるで異国の太鼓のように騒がしく鳴っている。

これはいけない。

「必然」などという、近代文学における最も重い言葉を、この男はこうも容易く口にする。


「……ええ。及第点ですわ、マクシミリアン様」


私は視線を逸らし、火照る頬を扇で隠した。


「さて、第一幕はこれでおしまいですわね。明日からは、王都からの刺客か、あるいは飢えた領民の反乱か……どのような喜劇が用意されているのかしら」


「どちらでも構わん。すべてを薙ぎ倒し、最後には君と二人で、この世で最も美しい地獄を完成させるだけだ」


私たちは、再びグラスを合わせた。

カチン、と鳴る冷たい音。

それが、私たちの「悪の門出」を告げる、真の祝砲であった。
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