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城内の図書室は、煤けた革表紙の匂いと、微かな沈香の香りが混じり合い、奇妙な静謐を保っていた。
私は、マクシミリアン様が略奪——もとい、正当に回収された古書をめくりながら、王都から届いた秘密の報告書に目を落とした。
「……ふふ。マクシミリアン様、お聞きになって? 王都では今、小麦の価格が金と同じ価値になっているそうですわ」
「当然の結果だ。聖女とやらが国庫を叩いて民に施しを続ければ、市場の均衡が崩れるのは子供でもわかる理屈だ」
マクシミリアン様は、羽ペンを走らせる手を止め、冷笑を浮かべた。
彼の前には、このメテオの地で生産された、芳醇な香りを放つ最高級の小麦のサンプルが置かれている。
「正義とは、時として飢えよりも残酷な毒になりますのね。空腹を抱えた民たちが、聖女様の笑顔で腹を満たせると信じていたなんて、滑稽を通り越して哀れですわ」
私は扇を閉じ、窓の外に広がる、今や青々と波打つ小麦畑を見やった。
かつて呪われた荒野と呼ばれたこの地は、マクシミリアン様の冷酷なまでの「効率」という名の魔法によって、王国最大の穀倉地帯へと変貌しつつある。
「さて、エレオノーラ。飢えた狼どもが、いつまで『正義』という名の首輪に耐えられると思う?」
「そうですわね。……喉元を過ぎる熱さも、腹の虫が鳴り出せば忘れるものですわ。ついでに、その矛先が自分たちを飢えさせた『聖女』に向くのも、時間の問題かしら」
「その通りだ。……ティア、例の『メテオ・ティア』という商会名での取引準備はどうなっている?」
背後に控えていたティアが、以前よりもずっと凛とした態度で一歩前に出た。
「はい、旦那様。王都の豪商たちとの接触は完了しております。『メテオの地から奇跡的に届いた救済の糧』として、法外な、それでいて彼らが縋らざるを得ない価格で供給を開始いたしますわ」
「救済、か。我々の吐く毒が、彼らにとっては命を繋ぐ薬になるというわけだ。皮肉だな、エレオノーラ」
マクシミリアン様が立ち上がり、私の隣で窓の外を眺めた。
彼の横顔は、悪魔のようでもあり、あるいは救世主のようでもあった。
「……マクシミリアン様。私、恥の多い生涯を送る覚悟はできておりますけれど、こうも簡単に世界が私たちの手のひらで転がると、少々拍子抜けしてしまいますわ」
「案ずるな。これからが本当の劇の幕開けだ。空腹を満たした狼が、次に何を欲しがるか。……それは、自分たちを騙した飼い主の肉だ」
「まあ。なんて野蛮で、心躍る結末かしら」
私は、彼の肩にそっと頭を預けた。
王都は、自分たちが追放した「悪」に、知らず知らずのうちに命を握られている。
その事実に気づいた時の、リュシアン様やクロエ様の顔。
ああ、想像するだけで、最高級の蜜菓子よりも甘美な味がいたしますわ。
「さあ、エレオノーラ。次の『毒』を用意しよう。彼らがそれを薬と信じて、最後の一滴まで飲み干すように」
「ええ、喜んで。……ついでに、私のドレスの新作も、王都の流行りとは真逆の『深淵の色』で仕立てさせますわね」
私たちは、静かに笑い合った。
腐敗していく王都と、芽吹いていく荒野。
逆転の歯車は、もはや誰にも止めることはできない。
私は、マクシミリアン様が略奪——もとい、正当に回収された古書をめくりながら、王都から届いた秘密の報告書に目を落とした。
「……ふふ。マクシミリアン様、お聞きになって? 王都では今、小麦の価格が金と同じ価値になっているそうですわ」
「当然の結果だ。聖女とやらが国庫を叩いて民に施しを続ければ、市場の均衡が崩れるのは子供でもわかる理屈だ」
マクシミリアン様は、羽ペンを走らせる手を止め、冷笑を浮かべた。
彼の前には、このメテオの地で生産された、芳醇な香りを放つ最高級の小麦のサンプルが置かれている。
「正義とは、時として飢えよりも残酷な毒になりますのね。空腹を抱えた民たちが、聖女様の笑顔で腹を満たせると信じていたなんて、滑稽を通り越して哀れですわ」
私は扇を閉じ、窓の外に広がる、今や青々と波打つ小麦畑を見やった。
かつて呪われた荒野と呼ばれたこの地は、マクシミリアン様の冷酷なまでの「効率」という名の魔法によって、王国最大の穀倉地帯へと変貌しつつある。
「さて、エレオノーラ。飢えた狼どもが、いつまで『正義』という名の首輪に耐えられると思う?」
「そうですわね。……喉元を過ぎる熱さも、腹の虫が鳴り出せば忘れるものですわ。ついでに、その矛先が自分たちを飢えさせた『聖女』に向くのも、時間の問題かしら」
「その通りだ。……ティア、例の『メテオ・ティア』という商会名での取引準備はどうなっている?」
背後に控えていたティアが、以前よりもずっと凛とした態度で一歩前に出た。
「はい、旦那様。王都の豪商たちとの接触は完了しております。『メテオの地から奇跡的に届いた救済の糧』として、法外な、それでいて彼らが縋らざるを得ない価格で供給を開始いたしますわ」
「救済、か。我々の吐く毒が、彼らにとっては命を繋ぐ薬になるというわけだ。皮肉だな、エレオノーラ」
マクシミリアン様が立ち上がり、私の隣で窓の外を眺めた。
彼の横顔は、悪魔のようでもあり、あるいは救世主のようでもあった。
「……マクシミリアン様。私、恥の多い生涯を送る覚悟はできておりますけれど、こうも簡単に世界が私たちの手のひらで転がると、少々拍子抜けしてしまいますわ」
「案ずるな。これからが本当の劇の幕開けだ。空腹を満たした狼が、次に何を欲しがるか。……それは、自分たちを騙した飼い主の肉だ」
「まあ。なんて野蛮で、心躍る結末かしら」
私は、彼の肩にそっと頭を預けた。
王都は、自分たちが追放した「悪」に、知らず知らずのうちに命を握られている。
その事実に気づいた時の、リュシアン様やクロエ様の顔。
ああ、想像するだけで、最高級の蜜菓子よりも甘美な味がいたしますわ。
「さあ、エレオノーラ。次の『毒』を用意しよう。彼らがそれを薬と信じて、最後の一滴まで飲み干すように」
「ええ、喜んで。……ついでに、私のドレスの新作も、王都の流行りとは真逆の『深淵の色』で仕立てさせますわね」
私たちは、静かに笑い合った。
腐敗していく王都と、芽吹いていく荒野。
逆転の歯車は、もはや誰にも止めることはできない。
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