​『王太子とついで私も悪いですって?!』

きららののん

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王都アステリアの中央広場は、かつてない熱気に包まれていた。

それは「聖女」がもたらす清廉な祈りの熱ではなく、生存という本能に直結した、泥臭くも切実な熱であった。


「おい、見ろ! メテオの紋章が入った荷馬車だ! 本当に、本当に小麦が届いたぞ!」


一人の男の叫びが、波紋のように群衆へ広がっていく。

運び込まれた袋から溢れ出したのは、王都のそれよりも一回り大きく、黄金色に輝く最高級の小麦であった。


「……なんて芳醇な香りかしら。聖女様の薄いスープとは、比べ物にならないわ」


「ああ、あの『悪逆非道』と罵られたマクシミリアン殿下が、俺たちを救ってくださるなんて……」


民衆の口から漏れ出す言葉は、空腹を満たすたびに、少しずつ、しかし確実に色を変えていく。

彼らにとっての正義は、もはや「誰が正しいか」ではなく、「誰が腹を膨らませてくれるか」に集約されていた。


その光景を、城のバルコニーから眺めるリュシアンとクロエの姿があった。


「リュシアン様……民たちが、あんなに喜んで……。でも、あれは兄上たちの『毒』に毒されているだけですわ」


クロエは、白い指が白く染まるほど手すりを強く握りしめた。

彼女の瞳に宿っているのは慈悲ではなく、自分の「役割」が奪われていくことへの、烈しい嫉妬であった。


「分かっている、クロエ。だが、民を止めることはできん。……見てみろ、あの袋に刻まれた紋章を」


そこには、マクシミリアンの紋章とともに、一文が添えられていた。

『この糧は、汝らの絶望に対する正当な対価である』。


「……対価、ですって? 私たちは、奪われるばかりですのに」


クロエの頬を、一筋の涙が伝う。

しかし、その涙に以前のような「奇跡」を信じる者は、もはや広場には一人もいなかった。


一方、メテオの城では、私はティアが淹れた「ケソミの茶」を啜りながら、報告書を優雅にめくっていた。


「……ふふ。マクシミリアン様、作戦通りですわね。王都の民は今や、あなたの名前を救世主のように唱えておりますわ」


「救世主、か。反吐が出る。私はただ、彼らに『飼い慣らされる悦び』を教えているに過ぎない」


マクシミリアン様は、チェスの駒を動かしながら、不敵な笑みを浮かべた。


「エレオノーラ。君の言う通りだ。パンの魔力は、どんな高潔な理念よりも容易く人の心を変える。……ついでに、あの聖女のメッキも剥がれ始めたようだな」


「ええ。聖女様が流す涙よりも、あなたが配る小麦の方が、よほど人々の腹を潤しますもの」


私は、自らの独白(モノローグ)を、心の原稿用紙に力強く書き込んだ。


私の内なる文豪が、この状況を「食欲による正義の解体」と称して、愉快そうに踊っている。


「マクシミリアン様。ついでに、王都の貴族たちにも『お裾分け』をして差し上げましょうか? 彼らもそろそろ、金貨で腹を満たすことに限界を感じている頃でしょうし」


「ああ。彼らには、小麦ではなく『情報』という名の毒を喰わせてやろう。誰が真に王座に相応しいか、その答えをな」


私たちは、深い闇の中で、次の手を練り始めた。

恥の多い生涯の、これが最も残酷な収穫。

王都という名の巨大な果実が、腐り落ちるのを待つ時間は、至高の娯楽でございました。
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