公爵令嬢。その唇が紡ぐのは、愛か偽りか。

23

アシュレイ様の懸念は、恐ろしいほどの速さで現実のものとなった。
彼が王都に戻ってから一週間も経たないうちに、隣国との国境で、これまでで最大規模の武力衝突が起きたという報せが王宮を駆け巡ったのだ。

「我が国の砦が、夜襲を受けたそうだ！」
「死傷者も多数出ているらしい！」
「もはや我慢の限界だ！報復すべきだ！」

王宮内は、開戦を叫ぶ主戦派の声で一色に染まった。
誰もが、隣国の非道を糾弾し、怒りを露わにしている。
けれど、私の耳には、その興奮した声に混じる微かな嘘のノイズが聞こえていた。
『この機に乗じて手柄を立ててやる』
『隣国の利権を奪う好機だ』
そんな醜い本音が、正義の仮面の下から漏れ聞こえてくる。

そして、この事件が、宰相によって仕組まれたものであることは明らかだった。
タイミングが良すぎる。
まるで、薪が積み上げられたところに、絶好のタイミングで火種が投げ込まれたかのようだった。

「やはり隣国に和平の意志などなかったのだ！」
「そういえば、グレンジャー騎士が以前から国境の不穏な動きを報告していたではないか！」
「彼の報告こそが、真実だったのだ！」

いつの間にか、アシュレイ様は「真実を見抜いていた唯一の騎士」として、英雄のように扱われ始めていた。
それもまた、宰相の策略の一部なのだろう。
彼を英雄に祭り上げることで、彼の言葉に絶対的な重みを持たせる。
そして、来るべき交渉の場で、その言葉を利用して、決定的な破局へと導く。

全てが、巨大な悪意の渦に飲み込まれていく。
私とアシュレイ様だけが、その渦の中心で、本当の筋書きを知っている。
けれど、私たちには何もできない。
このままでは、国が、そしてアシュレイ様が、宰相の野望の犠牲になってしまう。

焦りと無力感に、私は唇を強く噛み締めた。
何か、何か手はないのか。
この最悪のシナリオを覆すための、たった一つの方法が。
私の頭は、答えの出ない問いでいっぱいだった。