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荷馬車に揺られ、どれくらいの時間が経っただろうか。
煌びやかな王都の街並みはとうに過ぎ去り、窓の外には見慣れない田舎の風景が広がっていた。
ごつごつとした石畳の道は整備されていない土の道へと変わり、揺れは一層ひどくなる。
そのたびに、荷台に無造作に転がされた体が打ち付けられ、鈍い痛みが走った。
朝から何も口にしていないせいで、空腹が限界に達していた。
馬車の隅に置かれていた、硬くなったパンと水が入った革袋。
それが、私に与えられた最後の情けだった。
震える手でパンを掴み、無理やり口に押し込む。
パサパサで味のしないパンは、喉を通らなかった。
水を流し込み、なんとか飲み下したが、それは食事というより、ただの作業に近かった。
今まで、こんなものを口にしたことなど一度もなかった。
毎日の食事が、どれほど贅沢で、どれほど多くの人々の手によって支えられていたのか。
そんなこと、考えたこともなかった。
不意に、空からぽつり、と冷たいものが頬に落ちた。
雨だった。
最初は小降りだった雨は、あっという間にその勢いを増し、容赦なく私に降り注いだ。
屋根のない荷馬車では、雨を避ける術はない。
あっという間に、みすぼらしいドレスはぐっしょりと濡れ、体温を奪っていく。
寒さと空腹と、そして絶望で、体の震えが止まらなかった。
御者は、一度も振り返ることなく、淡々と馬を走らせる。
彼にとって、私はもはや公爵令嬢ではなく、ただ国境まで運ぶだけの「荷物」なのだろう。
なぜ、こんなことになってしまったのだろう。
後悔の念が、嵐のように胸の中で渦巻いていた。
もし、あの時。
リリアンナに、あんな酷いことをしなければ。
もし、あの時。
アレン様の隣という地位に、あれほど執着しなければ。
もし、あの時。
もっと、素直に自分の気持ちを伝えていれば。
たらればを繰り返しても、過去は変わらない。
わかっているのに、思考は堂々巡りを繰り返すばかりだった。
「ごめんなさい……」
誰にともなく、謝罪の言葉が漏れた。
リリアンナ様に、ごめんなさい。
アレン様に、ごめんなさい。
父様、母様、ごめんなさい。
けれど、私の声は激しい雨音にかき消され、誰の耳にも届くことはない。
どれだけ走っただろうか。
御者が、不意に馬車を止めた。
「着いたぞ。ここが国境だ。ここから先はアルメリア共国。さっさと降りろ」
突き放すような声に、私はゆっくりと荷台から降りた。
足元がおぼつかず、泥濘に足を取られて転びそうになる。
御者はそんな私を一瞥すると、もう用はないとばかりに馬車の向きを変え、あっという間に去っていった。
雨が降りしきる中、私一人だけが、何もない国境の道に取り残された。
目の前には、鬱蒼とした森が広がっている。
振り返っても、もう帰るべき場所はどこにもない。
寒さと疲労で、意識が朦朧としてきた。
涙なのか雨なのかわからない雫が、頬を伝い続ける。
絶望の中、私はただ、一歩、また一歩と、未知の森へと足を踏み入れた。
煌びやかな王都の街並みはとうに過ぎ去り、窓の外には見慣れない田舎の風景が広がっていた。
ごつごつとした石畳の道は整備されていない土の道へと変わり、揺れは一層ひどくなる。
そのたびに、荷台に無造作に転がされた体が打ち付けられ、鈍い痛みが走った。
朝から何も口にしていないせいで、空腹が限界に達していた。
馬車の隅に置かれていた、硬くなったパンと水が入った革袋。
それが、私に与えられた最後の情けだった。
震える手でパンを掴み、無理やり口に押し込む。
パサパサで味のしないパンは、喉を通らなかった。
水を流し込み、なんとか飲み下したが、それは食事というより、ただの作業に近かった。
今まで、こんなものを口にしたことなど一度もなかった。
毎日の食事が、どれほど贅沢で、どれほど多くの人々の手によって支えられていたのか。
そんなこと、考えたこともなかった。
不意に、空からぽつり、と冷たいものが頬に落ちた。
雨だった。
最初は小降りだった雨は、あっという間にその勢いを増し、容赦なく私に降り注いだ。
屋根のない荷馬車では、雨を避ける術はない。
あっという間に、みすぼらしいドレスはぐっしょりと濡れ、体温を奪っていく。
寒さと空腹と、そして絶望で、体の震えが止まらなかった。
御者は、一度も振り返ることなく、淡々と馬を走らせる。
彼にとって、私はもはや公爵令嬢ではなく、ただ国境まで運ぶだけの「荷物」なのだろう。
なぜ、こんなことになってしまったのだろう。
後悔の念が、嵐のように胸の中で渦巻いていた。
もし、あの時。
リリアンナに、あんな酷いことをしなければ。
もし、あの時。
アレン様の隣という地位に、あれほど執着しなければ。
もし、あの時。
もっと、素直に自分の気持ちを伝えていれば。
たらればを繰り返しても、過去は変わらない。
わかっているのに、思考は堂々巡りを繰り返すばかりだった。
「ごめんなさい……」
誰にともなく、謝罪の言葉が漏れた。
リリアンナ様に、ごめんなさい。
アレン様に、ごめんなさい。
父様、母様、ごめんなさい。
けれど、私の声は激しい雨音にかき消され、誰の耳にも届くことはない。
どれだけ走っただろうか。
御者が、不意に馬車を止めた。
「着いたぞ。ここが国境だ。ここから先はアルメリア共国。さっさと降りろ」
突き放すような声に、私はゆっくりと荷台から降りた。
足元がおぼつかず、泥濘に足を取られて転びそうになる。
御者はそんな私を一瞥すると、もう用はないとばかりに馬車の向きを変え、あっという間に去っていった。
雨が降りしきる中、私一人だけが、何もない国境の道に取り残された。
目の前には、鬱蒼とした森が広がっている。
振り返っても、もう帰るべき場所はどこにもない。
寒さと疲労で、意識が朦朧としてきた。
涙なのか雨なのかわからない雫が、頬を伝い続ける。
絶望の中、私はただ、一歩、また一歩と、未知の森へと足を踏み入れた。
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