全て私が悪かったので許してください!

きららののん

文字の大きさ
8 / 30

8

しおりを挟む
ディランとの奇妙な共同生活が始まって、数日が過ぎた。
私の最初の仕事は、彼の家の裏にある畑の、雑草取りだった。

「いいか、リア。こっちが薬草で、こっちがただの雑草だ。引っこ抜くのは、こっちだけだからな。間違えるなよ」

ディランは二種類の草を私の目の前に並べ、丁寧に説明してくれた。
正直、私にはどちらも同じ、ただの緑の葉っぱにしか見えなかった。

「は、はい……」

自信なさげに返事をすると、ディランは案の定、深いため息をついた。

「まあ、やってみろ。わからなくなったら、また聞けばいい」

そう言って、彼は畑の反対側で、鍬を振るい始めた。
私は、恐る恐る畑の中に足を踏み入れる。
柔らかい土の感触が、薄汚れた革靴越しに伝わってきて、なんとも言えない不快感を覚えた。

(こんな、泥だらけの仕事を……わたくしが……)

プライドが、悲鳴を上げていた。
けれど、生きるためにはやるしかない。
私はしゃがみ込み、ディランに教わった雑草らしきものを、力任せに引き抜いた。

ブチッ、と根がちぎれる感触が、指先に伝わる。
指の間に入り込む、湿った土の感触。
思わず顔をしかめたが、作業を続けるしかなかった。

どれくらい時間が経っただろうか。
腰は痛み、指先は泥で真っ黒になっていた。
それでも、ほんのわずかな区画しか、雑草は取り終わっていない。

「……どうだ? 進んでるか?」

ふと、ディランが様子を見に来た。
彼は私の仕事の成果を一瞥すると、頭をがしがしと掻いた。

「あー……リア、お前……」

「な、なんですの。一生懸命やりましたわ」

「いや、それはわかるんだが……お前が今抜いてたやつ、全部薬草の方だぞ」

「えっ」

ディランが指差す先には、私が懸命に抜き取った「雑草」の山ができていた。
そして、私が残しておいた場所には、ディランが「抜け」と言っていた雑草が、青々と茂っている。

顔から、さっと血の気が引いた。

「ご、ごめんなさい……! わたくし、わざとでは……!」

「わかってるよ。怒ってねえ」

ディランはそう言うと、私の隣にしゃがみ込んだ。

「見ろ。こっちの薬草は、葉っぱの縁がギザギザしてるだろ? で、こっちの雑草は、丸い。匂いも違う。こっちは少し、すーっとする匂いがする」

彼は再び、根気強く違いを教えてくれる。
その横顔は真剣で、私の失敗を責めるような色は一切なかった。

「……ごめんなさい。わたくし、本当に何もできなくて」

情けなくて、涙がこぼれそうになる。
公爵令嬢として、あれほど完璧に学問や作法をこなしてきた私が、こんな簡単な仕事すらできないなんて。

「最初からできる奴なんていねえよ」

ディランは、私の頭をくしゃり、と乱暴に撫でた。

「お前は、今までこういうことをしてこなかったってだけだ。ゆっくり覚えりゃいい」

そのぶっきらぼうな優しさが、今は何よりも心に染みた。
初めて触れる土の匂いも、泥に汚れる不快感も、不思議と少しだけ和らいだ気がした。

私はもう一度、今度はディランに教わった通りに、雑草と薬草を見分ける。
その作業は、私の失われたプライドを少しずつ、別の何かで埋めていくようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

お母様!その方はわたくしの婚約者です

バオバブの実
恋愛
マーガレット・フリーマン侯爵夫人は齢42歳にして初めて恋をした。それはなんと一人娘ダリアの婚約者ロベルト・グリーンウッド侯爵令息 その事で平和だったフリーマン侯爵家はたいへんな騒ぎとなるが…

〘完結〛わたし悪役令嬢じゃありませんけど?

桜井ことり
恋愛
伯爵令嬢ソフィアは優しく穏やかな性格で婚約者である公爵家の次男ライネルと順風満帆のはず?だった。

聖女はもうのんびりしたいんです【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
魔法の国オルレアン。この国には古代より聖女伝説があり、初代聖女エレノアは生きとし生ける者から愛され従わせる事が出来、万物の声が聞こえた。 オルレアンを建国し、初代女王となったエレノアの没後、1000年経っても恩恵を受け、繁栄した国だった。 しかし、甘い汁に慣れきった、恩恵に味を占めた国民達が増え、衰退していって100年。再び聖女を祀れ、とオルレアン国民が声を挙げると、忽ち我が聖女、とその地位を争う様になる。 そんな中、初代聖女エレノアはその1000年を生まれ変わりながら、オルレアン国を見つめて来ていた1人。彼女は1人嘆き悲しむが、エレノアに頼る事だけを考えては駄目だと教えて来たつもりだったが、堕落した国民には届く事は無かった。 そして、再びオルレアン国に生を受けたエレノアは………

【完結】処刑後転生した悪女は、狼男と山奥でスローライフを満喫するようです。〜皇帝陛下、今更愛に気づいてももう遅い〜

二位関りをん
恋愛
ナターシャは皇太子の妃だったが、数々の悪逆な行為が皇帝と皇太子にバレて火あぶりの刑となった。 処刑後、農民の娘に転生した彼女は山の中をさまよっていると、狼男のリークと出会う。 口数は少ないが親切なリークとのほのぼのスローライフを満喫するナターシャだったが、ナターシャへかつての皇太子で今は皇帝に即位したキムの魔の手が迫り来る… ※表紙はaiartで生成したものを使用しています。

【電子書籍で販売中】あなたは、親友の恋人だった。〜届かぬ背を追って〜

藤原遊
恋愛
誰よりも強く、美しく、孤独だった彼女。 初めて剣道場で見たあの日から――俺は生涯をかけてその背中を追い続けた。 だが、ある作戦が行われた夜に彼女は爆炎に消え、残されたのは「家がなければ、あなたを気に入っていた」という未完の言葉だけ。 愛と義務、誓いと嘘の狭間で揺れる一人の男の記録。 一途さが痛みに変わるまでを描いた、切なくも熱い恋の物語。 ※Kindleにて、別視点の物語を販売しています。

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~

sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。 ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。 そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。

『白薔薇の神殿で誓うとき ――氷を溶かす三行の言葉――』

柴田はつみ
恋愛
「政略婚約から始まったすれ違い。  舞踏会で耳にした一言が、私の心を凍らせる――。  誤解と嫉妬を越え、三行の言葉で氷を溶かす恋。  白薔薇の神殿で交わす誓いは、距離ゼロの愛へと導いてくれるでしょうか?」

処理中です...