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ジルがアレンの元を去ってから、二週間後。
彼は、再び音もなくアレンの執務室に現れた。
その頃、ジルはすでに見知らぬ田舎の村にいた。
アルメリア共国の、国境に近い、名もない小さな村。
木こりのふりをして村に溶け込み、彼は目的の人物を、いとも簡単に見つけ出すことができた。
畑の脇に立つ、粗末だが手入れの行き届いた小屋。
その家の前で、一人の女性が、洗濯物を干していた。
日に焼けた顔、動きやすい麻の服、無造作に束ねられた銀色の髪。
一見しただけでは、とてもあの大国アベンティス公爵家の令嬢だったとは思えない姿だった。
だが、その気品のある顔立ちと、ふとした瞬間の優雅な仕草に、かつての面影がはっきりと残っている。
クーデリア・アベンティス。
間違いなく、彼女だった。
彼女は、一人ではなかった。
家の裏の畑から、たくましい体つきの若い男が、鍬を担いで現れた。
「リア! 終わったぞ!」
「お疲れ様です、ディラン!」
リア、と呼ばれたクーデリアは、その男に向かって、花が咲くような笑顔を向けた。
ジルが今まで一度も見たことのない、心からの、幸せそうな笑顔だった。
ディランと呼ばれた男も、彼女に自然な笑みを返し、二人は当たり前のように言葉を交わしながら、家の中へと入っていく。
その様子は、どこからどう見ても、仲睦まじい一組の夫婦にしか見えなかった。
ジルは、その後も数日間、村に滞在し、二人の様子を観察した。
彼女は、かつての傲慢な令嬢ではなかった。
畑仕事を手伝い、村の子供たちと遊び、村人たちと気さくに言葉を交わす。
そして、常に彼女の隣には、あのディランという男がいた。
彼が彼女に向ける眼差しは、慈しみに満ちていた。
ジルは、見たままの事実を、一枚の羊皮紙に淡々と記した。
そして、王都、アレンの執務室。
ジルから報告書を受け取ったアレンは、そこに書かれた内容に、静かに目を通していた。
『対象は、アルメリア共国、国境付近のクラム村にて生存』
『ディラン・クラインと名乗る平民の男と共に、小屋で生活』
『村の生活に溶け込み、心身ともに健康状態は良好と見られる』
『二人の関係は、極めて親密。夫婦同然の模様』
アレンは、報告書から目を上げ、黙ってジルを見つめた。
その瞳の色は、ジルにも読み取ることができない。
「……そうか」
長い沈黙の後、アレンはただ、それだけを呟いた。
「ご苦労だった、ジル。下がっていい」
「はっ」
ジルが退出した後も、アレンはしばらくの間、動かなかった。
報告書に書かれた、短い文章。
その一つ一つが、彼の胸に、重く、そして鋭く突き刺さる。
生きている。
それどころか、幸せそうに、暮らしている。
知らない土地で、知らない男と。
その事実に、彼は、何を思うべきなのだろうか。
安堵か? それとも……。
アレンは、自分の心の中に、今まで感じたことのない、黒く、どろりとした感情が渦巻いているのを感じていた。
彼は、再び音もなくアレンの執務室に現れた。
その頃、ジルはすでに見知らぬ田舎の村にいた。
アルメリア共国の、国境に近い、名もない小さな村。
木こりのふりをして村に溶け込み、彼は目的の人物を、いとも簡単に見つけ出すことができた。
畑の脇に立つ、粗末だが手入れの行き届いた小屋。
その家の前で、一人の女性が、洗濯物を干していた。
日に焼けた顔、動きやすい麻の服、無造作に束ねられた銀色の髪。
一見しただけでは、とてもあの大国アベンティス公爵家の令嬢だったとは思えない姿だった。
だが、その気品のある顔立ちと、ふとした瞬間の優雅な仕草に、かつての面影がはっきりと残っている。
クーデリア・アベンティス。
間違いなく、彼女だった。
彼女は、一人ではなかった。
家の裏の畑から、たくましい体つきの若い男が、鍬を担いで現れた。
「リア! 終わったぞ!」
「お疲れ様です、ディラン!」
リア、と呼ばれたクーデリアは、その男に向かって、花が咲くような笑顔を向けた。
ジルが今まで一度も見たことのない、心からの、幸せそうな笑顔だった。
ディランと呼ばれた男も、彼女に自然な笑みを返し、二人は当たり前のように言葉を交わしながら、家の中へと入っていく。
その様子は、どこからどう見ても、仲睦まじい一組の夫婦にしか見えなかった。
ジルは、その後も数日間、村に滞在し、二人の様子を観察した。
彼女は、かつての傲慢な令嬢ではなかった。
畑仕事を手伝い、村の子供たちと遊び、村人たちと気さくに言葉を交わす。
そして、常に彼女の隣には、あのディランという男がいた。
彼が彼女に向ける眼差しは、慈しみに満ちていた。
ジルは、見たままの事実を、一枚の羊皮紙に淡々と記した。
そして、王都、アレンの執務室。
ジルから報告書を受け取ったアレンは、そこに書かれた内容に、静かに目を通していた。
『対象は、アルメリア共国、国境付近のクラム村にて生存』
『ディラン・クラインと名乗る平民の男と共に、小屋で生活』
『村の生活に溶け込み、心身ともに健康状態は良好と見られる』
『二人の関係は、極めて親密。夫婦同然の模様』
アレンは、報告書から目を上げ、黙ってジルを見つめた。
その瞳の色は、ジルにも読み取ることができない。
「……そうか」
長い沈黙の後、アレンはただ、それだけを呟いた。
「ご苦労だった、ジル。下がっていい」
「はっ」
ジルが退出した後も、アレンはしばらくの間、動かなかった。
報告書に書かれた、短い文章。
その一つ一つが、彼の胸に、重く、そして鋭く突き刺さる。
生きている。
それどころか、幸せそうに、暮らしている。
知らない土地で、知らない男と。
その事実に、彼は、何を思うべきなのだろうか。
安堵か? それとも……。
アレンは、自分の心の中に、今まで感じたことのない、黒く、どろりとした感情が渦巻いているのを感じていた。
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