偽りの悪役令嬢は、沈黙の愛に焦がれる

きららののん

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衛兵が去り、路地裏には気まずい沈黙が流れた。
リリアーナは、セレスティーナとエリアスの顔を交互に見ながら、ただオロオロするばかりだ。

「……なぜ、貴女がお忍びでこのような場所に?」

セレスティーナは、まずリリアーナに問いかけた。その声に、咎めるような響きはない。

「そ、それは……病気の母に薬を届けようと……家の者に知られたくなくて……」

リリアーナは、俯きながらか細い声で答えた。それが真実か嘘かは分からない。だが、セレスティーナはそれ以上追及しなかった。

「そうですか。ですが、供もつけずに一人で出歩くのは危険です。今日はもうお帰りなさい」

「は、はい……」

リリアーナは、セレスティーナに促されると、深々と頭を下げて、逃げるようにその場を去っていった。

こうして、市場の片隅に、お忍び姿の王太子と公爵令嬢が二人きりで取り残された。

「……君も、なぜここに」

先に口を開いたのは、エリアスだった。

「殿下と同じ理由です。自分の目で、耳で、確かめたいことがありましたので」

セレスティーナは、淡々と答える。

「……あの護身術は、どうしたのだ」

「父が、万が一のためにと。ヴァイス公爵家の嗜みですわ」

彼女は、そう言ってはぐらかした。だが、エリアスにはそれがただの嗜みでないことは分かっていた。

二人の間に、再び沈黙が落ちる。
しかし、それは以前のような冷たいものではなく、どこか戸惑いを含んだ、ぎこちない沈黙だった。

「……民は、君の噂をしている」

エリアスが、ぽつりと言った。

「ええ、存じております。私が『悪役令嬢』であると」

「……それで、平気なのか」

「平気ではありません。ですが、今は個人の名誉よりも、優先すべきことがあるだけです。国の安寧を揺るがす芽は、小さいうちに摘み取らねばなりませんから」

セレスティーナの言葉には、強い意志が宿っていた。それは、エリアスが抱いている次期国王としての責任感と、全く同じ種類の覚悟だった。

「君は……」

エリアスは、初めて彼女と、同じ目線で話をしているような気がした。
王太子と婚約者としてではない。国の未来を憂う、二人の同志として。

「殿下。私は、敵が誰であるか、ほぼ見当がついております。ですが、証拠がない」

「……マルティン侯爵か」

エリアスの口からその名が出ると、セレスティーナはわずかに目を見開いた。

「ご存知でしたか」

「俺も、ずっと追っていた」

初めて、二人の目的が一つに繋がった瞬間だった。
今まで互いに隠し、探り合っていた壁が、一枚取り払われた。

エリアスは、目の前の婚約者を改めて見つめた。
彼女は、自分が守るべきか弱い令嬢などではなかった。共に戦うべき、信頼に足るパートナーだったのだ。

「……すまなかった」

エリアスの口から、自然と謝罪の言葉がこぼれた。

「何が、ですの?」

「君を、誤解していた」

セレスティーナは、その真っ直ぐな言葉に、少しだけ驚いたように瞳を揺らした。そして、ふっと、本当に微かだが、その唇に柔らかな笑みが浮かんだ。

「いいえ。誤解されるような振る舞いをしていたのは、私の方ですから」

市場の喧騒が、遠くに聞こえる。
二人の間にあった分厚い氷が、この瞬間、ほんの少しだけ、音を立てて溶け始めたような気がした。
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