境界を飛ぶリス

じゅうごにち

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5,あの人の名前

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――それから、一週間が経とうとしていた。
何か急激な変化があったかと言われれば、特にない。ただ私は籐月の観察をやめ、放課後は時間が合えば一緒に帰るようになった。ただし、最初に彼に興味を持った理由は未だよくわからない。直感だということで片付けさせてもらおう。相変わらず彼は自分のことを棚にあげ、ずけずけと私に質問を投げかけてくる。でも、彼の問いにはいつも新鮮な驚きが含まれていて、真摯に答えることもまた、楽しいのである。自分でも気づかなかった新しい自分を発見できる。ここまで真面目に語ると何かの論文を発表しているようで、不思議な感慨を抱くのだが。
朝、私が教室に入ろうとすると、こんな会話が聞こえてきた。
「何だよ、それ。」
「いや、さっき籐月のロッカーから盗んできたんだけど。」
「え、マジで! レアカードじゃん。」
「ばれたらやばいぜ。」
彼の名前を聞き、心臓が飛び跳ねそうになった。ちらりとそちらに目をやると、四、五人の男子生徒が、にやにやと何かを持って話し合っていた。
その後も彼らの会話を盗み聞きしたところ、数日まえから籐月のものを集中的に盗んでいるようだ。なのに、籐月は教えてくれないどころか、おくびにも出さなかった。まあ、教えてくれるはずもないか。私は気づかなかった自分のうかつさに後悔した。どうしようもなかったと言えばそれまでなのかもしれないが。
昼休み、籐月のロッカーが開けたままになっているのに気がついた。中からあさったように物が流れ出ていた。私はそこまで気を配れる心情ではなかったので気づかなかったのだが、まさか誰も片付けてやらないとは。憤慨した。
スカートに埃が付くのもかまわず、その場に膝をつく。真新しくて難しげな参考書や、知らない曲名のCDなんかが散らばっている。半開きのロッカーのふたを開けた。中はぐちゃぐちゃになっていた。古ぼけた黒い布が覆い尽くしていたので、それをたたみ直そうと、取り出し――。
リスが笑っていた。
そのリスは、年をとって、少し色あせていた。でも、表情だけはそのまま。
九年前拘束されたっきりの復讐をするように、驚愕に彩られた私の顔をたっぷり面白げに眺めている。
「よう、ひさしぶりだなー。」
そんな声を聞いた気がする。
――――。
 「あなたの名前は?」
 「僕の名前? それはデナイアルだよ。」
「ふうん。変わった名前ね。」
 「そうかな。」
 ――思い出した。あの人の名前。
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