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6,真相
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「待って!」
放課後、私は見慣れた背中を見つけて、後を追った。人通りの多い、信号の前。たくさんの車が行き交う中、引き留められた籐月、いや―デナイアルは振り返った。
あのときと寸分違わぬ深碧色の瞳が突き刺さる。
「やっぱり、ばれちゃいました? ぼくがいじめられてること。いや、いじめではないですかね。」
「え?」
「いや、ロッカーがいつの間にかきれいになっていたので、もしかしたらと。」
「私が聞きたいのはそんなんじゃない。……デナイアルなんでしょ。マント見ちゃったから、隠さないで。」
デナイアルは、訝しげな顔をした後、驚きを広げていった。が、奇妙な質問で返した。
「前の利用者のことですかね。この身体―No.700654を知っているんですか?」
「?」
「よくわかってないんですね。じゃあ、なにから説明したらいいのか……。ぼくは一度死んだ人間です。本来なら、ここに居るべきでなく、冥界にも一度逝きました。しかし、ぼくはまだこの世に思い残しがあった。残してきた娘が心配だったのです。」
「つまりあなたはいわゆる亡者ってこと?」
「はい。そこでぼくは、冥界会社が人工的に作った少年の肉体(からだ)とマントを借りました。一週間が期限で、会いたい人に境界を飛び超えて会いに行けるのだそうです。戻ってきた後はまた会社に帰さなければいけないそうですよ。また次の人が使うのでしょう。そして、少年の肉体を使えば、高校の新しい同級生として近づけるのではないかとね。」
「えっ? ん? ……それで、どうだったの?」
理解が追いつかないけど、諦めて相槌を打つ。
「わざと同級生の非難や格好の餌となるような行動をし、いじめという状況を意図的に作り上げました。カードゲームのレアカードを入手するのはやはり大変でしたね。大人げなくゲームをやりこんでしまいました。それはともかく、正義感の強いあの子のことですから、うまくいくんじゃないかと思いました。しかし、結果は完全無視。死んだぼくのことをどう思っているかとか、話を聞きたいだけだったんですけどね。」
ハハッと彼は笑う。その寂しげな横顔に胸が痛んだ。
でも、そんな遠回りに、わざわざ人の侮辱を浴びなくても……。しかし、一週間という短い間で死んだ家族の話をさせるまでに仲良くなるにはそうせざるを得なかったのかもしれない。しかし、正義感の強い子…いったい、誰なんだろう。
「あなたの子どもって誰なの?」
「理香ですよ。」
私ははっとした。確かにあの子は正義感の塊のような女の子。陸上部で背が高く、女子のあこがれの的。私が彼女を観察したことも少なからずあったと思う。
「理香は無視していた訳じゃない。きっと離れて見ていたと思うわ。少し勇気が足りなかっただけよ。」
気づいたら、そう口にしていた。でもこれは嘘ではないと思う。
彼の顔に驚きがにじみ、その後穏やかな表情に変わる。
「理香のこと……ぼくより知ってるんですね。」
「人間観察は私の仕事。」
「……そうでしたか。」
私は興味があったわけではないし、別に親しくもないときっぱり言った。そこだけは明言しないと。あれ? 前者は嘘か。
「じゃあ、デナイアルはずっと前の、あなたみたいな利用者だったってことね。だったら誰に会いたかったんだろ。」
「あれ? 村井さんはデナイアルを知ってて、デナイアルに会ったんだから、デナイアルの会いたい人だったんじゃないですか?」
「ないない。私は旅の途中で破れたマントを直してあげただけだから。それに肉体を借りてでも見に来てくれる人なんて、心当たりない。偶然よ。」
「そうかなあ。そういえば、デナイアルってどんな人だったんですか?」
「教えてあげない。あなたのように初対面で、不躾に質問攻めにするような最低な人ではなかったわ。(初対面で部屋に転がり込むような人ではあったが)。」
「ひどいですね。村井さんだって人の下駄箱勝手に開けてたじゃないですか。」
「あ、あれは……。」
言葉を濁した。つい、気にしてないのかと思って油断していた。
苦笑いでごまかしながら、ふと、夕焼け空を見上げる。この空が育ったら、『あのとき』の夜空みたいに綺麗になりそう。
私は一生、『あのとき』に依存して生きていくのかと思わされたけれど。
『理屈では説明できないことが、世界では意外と普通に起こってるんだ。』
今、まさにね。
放課後、私は見慣れた背中を見つけて、後を追った。人通りの多い、信号の前。たくさんの車が行き交う中、引き留められた籐月、いや―デナイアルは振り返った。
あのときと寸分違わぬ深碧色の瞳が突き刺さる。
「やっぱり、ばれちゃいました? ぼくがいじめられてること。いや、いじめではないですかね。」
「え?」
「いや、ロッカーがいつの間にかきれいになっていたので、もしかしたらと。」
「私が聞きたいのはそんなんじゃない。……デナイアルなんでしょ。マント見ちゃったから、隠さないで。」
デナイアルは、訝しげな顔をした後、驚きを広げていった。が、奇妙な質問で返した。
「前の利用者のことですかね。この身体―No.700654を知っているんですか?」
「?」
「よくわかってないんですね。じゃあ、なにから説明したらいいのか……。ぼくは一度死んだ人間です。本来なら、ここに居るべきでなく、冥界にも一度逝きました。しかし、ぼくはまだこの世に思い残しがあった。残してきた娘が心配だったのです。」
「つまりあなたはいわゆる亡者ってこと?」
「はい。そこでぼくは、冥界会社が人工的に作った少年の肉体(からだ)とマントを借りました。一週間が期限で、会いたい人に境界を飛び超えて会いに行けるのだそうです。戻ってきた後はまた会社に帰さなければいけないそうですよ。また次の人が使うのでしょう。そして、少年の肉体を使えば、高校の新しい同級生として近づけるのではないかとね。」
「えっ? ん? ……それで、どうだったの?」
理解が追いつかないけど、諦めて相槌を打つ。
「わざと同級生の非難や格好の餌となるような行動をし、いじめという状況を意図的に作り上げました。カードゲームのレアカードを入手するのはやはり大変でしたね。大人げなくゲームをやりこんでしまいました。それはともかく、正義感の強いあの子のことですから、うまくいくんじゃないかと思いました。しかし、結果は完全無視。死んだぼくのことをどう思っているかとか、話を聞きたいだけだったんですけどね。」
ハハッと彼は笑う。その寂しげな横顔に胸が痛んだ。
でも、そんな遠回りに、わざわざ人の侮辱を浴びなくても……。しかし、一週間という短い間で死んだ家族の話をさせるまでに仲良くなるにはそうせざるを得なかったのかもしれない。しかし、正義感の強い子…いったい、誰なんだろう。
「あなたの子どもって誰なの?」
「理香ですよ。」
私ははっとした。確かにあの子は正義感の塊のような女の子。陸上部で背が高く、女子のあこがれの的。私が彼女を観察したことも少なからずあったと思う。
「理香は無視していた訳じゃない。きっと離れて見ていたと思うわ。少し勇気が足りなかっただけよ。」
気づいたら、そう口にしていた。でもこれは嘘ではないと思う。
彼の顔に驚きがにじみ、その後穏やかな表情に変わる。
「理香のこと……ぼくより知ってるんですね。」
「人間観察は私の仕事。」
「……そうでしたか。」
私は興味があったわけではないし、別に親しくもないときっぱり言った。そこだけは明言しないと。あれ? 前者は嘘か。
「じゃあ、デナイアルはずっと前の、あなたみたいな利用者だったってことね。だったら誰に会いたかったんだろ。」
「あれ? 村井さんはデナイアルを知ってて、デナイアルに会ったんだから、デナイアルの会いたい人だったんじゃないですか?」
「ないない。私は旅の途中で破れたマントを直してあげただけだから。それに肉体を借りてでも見に来てくれる人なんて、心当たりない。偶然よ。」
「そうかなあ。そういえば、デナイアルってどんな人だったんですか?」
「教えてあげない。あなたのように初対面で、不躾に質問攻めにするような最低な人ではなかったわ。(初対面で部屋に転がり込むような人ではあったが)。」
「ひどいですね。村井さんだって人の下駄箱勝手に開けてたじゃないですか。」
「あ、あれは……。」
言葉を濁した。つい、気にしてないのかと思って油断していた。
苦笑いでごまかしながら、ふと、夕焼け空を見上げる。この空が育ったら、『あのとき』の夜空みたいに綺麗になりそう。
私は一生、『あのとき』に依存して生きていくのかと思わされたけれど。
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