メサイア

渡邉 幻月

文字の大きさ
23 / 44

勇者について

しおりを挟む
リリンの魅了の能力によって、すんなりとメサイア支部の宿泊用施設の部屋に滑り込む。

室内は寝るための部屋、と言わんばかりに簡素だった。清潔に保たれてはいるけれど、ベッドが2台にスツールが2脚、テーブルが1台、クローゼットも一つ。
「宿屋じゃないから、こんなものかぁ…」
リリンが不満気に呟いた。

一方でその能力の万能感に、カインは改めて恐怖を覚えていた。
これ、きっと気付かないんだよな? 自分がリリンの能力の虜になってるなんてことには。そう思うと、背筋に薄ら寒い何かが走っていくのが感じられた。
「…。なぁによう。」
カインの様子にリリンは、不服そうに頬を膨らませている。
あ、これは怒らせたらまずい気配だ。とっさにカインは取り繕う。
「え? あ、いや、なんかすごい能力だなって…」
「そお? でも、あたしなんてまだまだなんだよね~。」
「ええ? それで?」
思わず裏返った声で、カインは聞き返した。

「だってまだ、一介の術師扱いだもん。早く貴族クラスになりたい!! ママは女悪魔最高ランクだってのに。ママに追い付きたい!」
カインは、リリンの言葉にゾッとした。
リリンは恐ろしいほどの能力を持っている、と、カインは感じていたのに、彼女の母親はそれ以上だと言う。
このまま、付いていって良いのだろうか。丸め込まれて、いいようにされてしまうんじゃないか。そんな事さえ気が付かないまま、もしかしたら… 今も。

「どうしたの?」
「あ、いや、なんかすごすぎて…」
荷物も床に放り投げたまま、カインはベッドに座り込んだ。
「まー、今はあたしのことは良いのよ。取り敢えず勇者についてだったよね?」
「ああ、そう。結局、勇者って何者なの? 何をするわけ? メサイアと何が違うんだ?」
気を取り直して、カインは我が身に降りかかった火の粉の原因について余すことなく知ろうと身を乗り出した。

「ちなみに、キミの勇者のイメージって?」
「え? うぅん… なんか特別な人? って思ってたんだよなあ。メサイアよりも、もっと特別な感じで。」
質問に質問で返され、カインは面食らった。が、逆らうのも怖いので、素直に答える。

「なんでそんなことオレに聞くわけ?」
「んー? ルシフェル様がね、勇者って言葉が一人歩きしてるんじゃないかって仰っていたのよねー。」
特に質問に意味は無かったようで、リリンはそれ以上話を広げる気配もない。
「ふうん? で、結局、勇者って?」
痺れを切らして、カインはもう一度尋ねた。

「世界を壊す勇気を持った者、の略称よ。」

「え?」
「だーかーらぁ、世界を壊す勇気を持った者を略して勇者!」
意味が分からないといった様子のカインに、今度はリリンが痺れを切らす。

「…それ、オレのこと? でも、オレ…
て言うかさ、あの、オレが会ったヒト、ルシフェル様っての? あのヒトはもっと違うこと言ってたけど。
世界が闇に、だったかな。」
リリンの様子に理不尽さを覚えながら、カインは感じたままを彼女に訴える。
「あー、うん。だから壊すの。」
「だから、…って、」
あんまりな理由じゃ無いだろうか。闇に呑まれるから、世界を壊すだなんて。
そんなことをしたら、この世界にいる全てはどうなるんだろうか。
…オレは、そんなことを本当にするんだろうか。

「キミは世界を壊す。キミの兄弟と一緒に。」
悩むカインをよそにリリンが畳みかける。

「え?」
「三人の勇者が、神に歪められた世界を壊して、在るべき姿に戻すのよ。」
そう言ったリリンからは、苛つきも彼女特有の砕けた感じも鳴りを潜めていた。ひどく真面目な、威圧感さえ感じる様子に、カインはそれが冗談でも何でもなく真実なのだと理解した。

世界を壊す

「世界を… オレが… 兄弟と… 三人? オレとアベルと… アニキ?」
ひとつずつ、カインは伝えられたことを数え上げる。噛み締めるように。
「そう!」
「今、みんなバラバラなのに?」
兄・ヨナタンもアベルも、それぞれ別の場所にいて到底相容れることは無さそうだと言うのに。
「そう!」
カインの不安も寂しさも我関せずと言った調子で、リリンが断言した。そうして続ける。
「神とヒトと魔王の勇者が。」

「神とヒトと魔王の勇者…」
カインがリリンの言葉を繰り返し呟く。
「アニキの話だと、ううん、確かミカエルだっけ? ルシフェル様の弟も勇者は一人しかいない感じだったけど…」
ふと、リリンに視線を移しカインは尋ねた。
「そりゃあ、まあ、ルシフェル様の勇者はキミ一人だし、ミカエルの、もとい神の勇者はキミの弟一人だけだし、ヒトの勇者はキミのお兄さん。ある意味たった一人の勇者ってことよ。正しくはないけど、間違ってもいないよ?」
「そう言われたら、そうかもしれないけど…」
リリンの答えを聞いても、カインはまだ煮え切らない様子だった。

「何が不満なのよぅ。」
ムッときた様子を隠そうともせず、リリンはカインを問い質そうと身を乗り出す。
巷には、勇者になりたくて仕方ない連中が溢れているというのに。
「え? だって、世界を壊すんだろ?」
「そこ?」
「大事だろ! 世界が壊れちゃったら、みんなどうなるんだよ。父さんは? 母さんは? 友達だって、それに…」
リリンの反応に、さすがにカインは火が付いたように畳みかける。

「アタシも詳しく知らないけど、大丈夫よ。みんながいなくなるんだったら、別にわざわざ世界を壊す必要なんて無いでしょ?」
「それは、まあ…」
そう歯切れの悪い返事をする。本当は、君さ、実はオレに説明できるほど詳しくないんじゃないの?
と続けたいところだったが、それを口にするの躊躇ったのはカインの本能が警告していたからだ。

「とりあえず、この後はどうする予定?」
気を取り直して、カインはリリンに尋ねる。
「そうだね~、明日から本格的にキミを強化するための旅に出る予定。」
「…強化?」
「そうそう。今、世界を壊して、って言われても出来ないでしょ?」
相変わらずさらっとすごいこと言うなあ、とカインは思いながら、ソウデスネと棒読みで答える。
「キミには体を持ったまま強くなってもらうから、覚悟してね!」
笑顔で言われて、カインは得体の知れない恐怖を感じる。
そしてふと、疑問を持つ。

「体を持ったまま?」
「メサイアは半分体を失くすことによって、天使に対抗する力を持った。けど、キミは体を持ったまま同じ力を得る必要があるんだって。」
カインの疑問にリリンは自信あり気に答える。
が、カインはここ数回の問答で学んだ。彼女は本質を知らない。自分よりほんの少し事情を知っているだけなんだと。
そもそも重要なことはほとんど伝聞のカタチで話していた、と思い至る。
本当は、なんで体の有無が関係するのか、とか聞きだしたい。
でも、多分知らない。さっきみたいにテキトーに返されるだけだ。と、カインは考える。
詳しいことも、真実も、きっと知っているのはルシフェル様だけなんだろう、とも。

「ふぅん? 旅に出ると、強くなれるワケ?」
「アタシが鍛えてあげるのよ、任せてちょーだい!」
リリンが胸を張って答える。
「そうなんだ、よろしく。」
カインが素直に答えたからか、リリンは機嫌よく笑顔で「任せなさい」と。

「じゃ、明日に備えましょうか。」
リリンは座っていたスツールから腰を上げる。
「まずは夕ご飯でしょ。その次は荷物の整理。そしてシャワー使って早めに休みましょ。」
チャキチャキとリリンが予定を仕切る。
「あっ、オレたち同じ部屋?」
今さらながら、大事な事に気が付いたカインが声をあげる。
「アタシと同じ部屋に不満があると?」
「そうじゃなくて、ほら、一応性別が違うし…」
「そんなこと気にしてたら話が進まないじゃない。」
強引に話を進められ、そもそも魅了チャームを使ってるのに二部屋とか無理! と、リリンに言われて反論の余地も無くなったカインはおとなしく彼女の決定に従うことにした。

考えてみれば、今現在自分には何一つできることは無いんだった、とカインは改めて思い知る。

一日目はこうして終わりを迎えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

処理中です...