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ダアトの森
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ダアトの森までは、これといってトラブルも無く辿り着けた。
そこまで距離があるわけでもない、というのも一因ではあるようだがリリンが怪物を寄せ付けない結界を張っていた。
昨日も移動中同じ結界を張ってたよ、とリリンが事も無げに言った。
そう言えば怪物の影すら見えなかったな、とカインは昨日の記憶を辿る。尤も、昨日は色々ありすぎてカインの意識はそこまで向いていなかったのだけど。
他に特筆すべきこと、と言えば今まで見過ごしていたありふれた景色の中に様々な仕掛けが潜んでいることを、リリンが教えてくれたところだろうか。
「あ、ほら、あれもだよ。」
何の変哲もない、ただ大きなだけだと思っていた樫の木を指してリリンが言う。
「あれは至高天のゲートだね。」
「うぅん…?」
どんなに目を凝らしてみても、カインにはやっぱり違いが分からない。
「ゲートが見極められるようにならないとね。」
そっかー、これも訓練が必要だねー。とリリンが独り言のように言っている。
見えないものは仕方ない。どんな訓練だろうと、頑張ろう。そう決心しながら、カインはこれまでの道中にあった仕掛けを思い出していた。
一つ目は、先ほどのゲート関連。一番多くあるのが、地上のある地点同士を結んでいるもの。
そして異界と繋がるもの。こちらは万魔殿を筆頭とした魔界と繋がるものと至高天を筆頭とする天界と繋がるものがあるのだという。
「うっかり天界のゲートを使わないようにね!」
というのが、リリンが言うゲートを利用する上での一番の注意点だ。
「まあ、今はうっかりも何も見ることも出来てないしな…」
天界のゲートがあるという樫の木を見詰めながらカインは呟いた。
ゲートは見えない者は利用は出来ない。というのも、この時の説明で知った。
ゲートに張られた結界は、等しく見えない者たちを拒むように出来ているのだという。
一番の理由は異界に紛れ込まないようにするために。
その次は、不用意に怪物の巣に放り出されることがないように。メサイアの利用するゲートは、怪物の発生地点に繋がっていることが往々にしてあるからだそうだ。
もう一つの仕掛けは、怪物の巣だろう。
怪物たちは、元々は天使たちだった。かつて大量に地上に押し寄せた天使たち。人間の生き胆を喰い続けた結果、醜い怪物と化した愚かで哀れな存在。
怪物に身を堕としてからは、繁殖は卵を産むようになったとリリンに説明された。
「じゃあ、その前は?」
怪物に身を堕としてから。カインは、ふと、頭に浮かんだ疑問をそのまま口にしていた。
「え? 分裂かな!」
リリンがたった一言で終わらせる。人間には一度で納得できる殖え方ではない。
「…分裂?」
「一体の天使が二つに分かれるんだよ。」
「そうなんだ…」
イメージは掴めた、が。システムは理解できない。そんなんで殖えるって… とカインは色々考えてみるがしっくりこない。
自分が二人、四人… と増えていくのか、分かれた相手は別の人格になるのか。
「そんなこと気にしてもしょうがないよ。」
うんうん悩んでいると、見透かしたようにリリンが言う。まあそれもそうか、とカインは考えるのを止めた。
今、一番重要なことは。強くなること。そのために必要なことを覚えること。
天使の生態は、さらにその後だ。(多分、これもルシフェル様に聞いた方が良い内容だ)
所々、(その怪物の生態によって草原だったり洞窟だったり木の上だったりするのだという)卵が産み落とされている場所があるそうだ。
そこは孵化するまで怪物が目隠しの結界を張っていることが多くメサイアが見付けられないことも多いと聞いて、カインはようやく未だに怪物が地上からいなくならない理由を理解できた。
天使が怪物になったのは学校で習ったし、メサイアがその怪物を退治して回っているのも知っている。
なのにいたちごっこのように、怪物は減らないし怪物に襲われる人々や町が今もある。
天使は見たことが無いし、怪物の幼生も見たことが無い。どうやって殖えているのか、カインたち市民には分からないことだった。
メサイアが説明してくれないのは、彼らもまたよく怪物の生態を解明できていなかったからだろうか。それとも一般人は知る必要が無いと判断していたのだろうか。
まあ、結界が張ってあるというのなら、一般の市民にはどうしようもないことだな、とカインは考える。それなら悪戯に知らせない方が恐怖に襲われずに済む。そう思い至って、特に指示されたわけでもないけれど、このことは黙っていようとカインは思った。
じわじわと世界を見る目が変わっていくのを、カインは感じていた。
色んなことを知って、勇者として強くなったら… 世界を壊すことも納得できるようになるんだろうか。
ゾッとした。
それが良い事なのか悪い事なのか、今はまだ分からない。
世界を壊すなんてことが、本当に可能なんだろうか。本当に壊してしまうのだろうか、この手で。いつか来る未来のことなのに、あまりに話が大きすぎてどう判断したらいいのか分からないでいる。
カインの悩みなど関係なく、ダアトの森がもう目の前まで迫っていた。
「今回は、地上間の移動だからメサイアのゲートを使わせてもらうんだけど、」
足を止めたリリンが、カインの方を見て言いかけた。
「何か問題でも?」
と言いつつも、なんとなく予想していた展開にカインはやっぱりなぁ、と言う感想しかなかった。
「問題って言うか… ゲート見えなかったんだよね。」
しげしげとカインを見つめてリリンが思案に暮れている。
「ああ、見えないと使えないんだっけな。」
右も左も分からないまま流されるようにリリンに連れられてここまで来たカインには、特に名案が浮かぶような下地も無い。
「ちょっとダアトの森の中で待ってて、怪物は中に入れないから安全だし。」
何かを思いついたのか、ぽん、と手を打ってリリンがカインに言う。
「分かったけど、君は?」
「ママの所に確か便利なアイテムがあったはずだから、借りてくる。」
「便利なアイテム…?」
漠然とした回答にカインの顔が疑問に歪む、が。
「じゃ、森の中に居てね!」
言うが早いか、リリンの姿が歪み、消えた。
取り付く島もないほどの、あっという間の出来事にカインは瞬間呆気にとられリリンの姿があった場所を呆然と見つめるだけだった。
出来ることも無く、身を守る術も無いカインは我に返るととにかくダアトの森へ向かった。
改めて森の中を見渡した。昨日は気付かなかった、と言うよりは視界に入っていなかったことが心理的に余裕ができたからか認識された。
よくよく見ると、不思議な森だった。
森を形作る木々が、まるで作り物のように均整が取れすぎている。と、辺りを見渡しながらカインは考えていた。
色も、形も、全て計画されて作られたように。僅かの歪みも無いそこは、美しいけれど、触れれば生気も感じるのに、異質すぎて違和感に襲われる。
取り残されたような一抹の心細さと、異形への恐怖。
すでに異世界にいる、と言われたら信じるだろうな、とカインは感じた。
辺りを観察しながら、カインは森の奥へとゆっくり歩を進めた。
違和感のもう一つにすぐに気付いた。
「生き物がいない…」
大型小型を問わず、鳥も動物も生息している気配が無かった。
昨日は、その気配の無さに安堵したが、今になってみるとそれはそれで背筋に寒気が走る。
「怪物が居ないのはいいけどさ…」
息が詰まる。この異様な空間にたった一人でいる事実が、カインの身も心もきゅっと縮みあがらせるのだった。
やがて、昨日ルシフェルと別れ、リリンと出会った泉のある場所に辿り着いた。
カインは改めて泉を覗き込んだ。
見たことも無いほど、透き通った水が湧き出ている。泉の底にある石の模様も、藻の一つ一つも識別できるほどに。
うっすらと青く色付いているように見えた。
不思議な泉だ、とカインは思う。
安らぐのとは違う、癒されているわけでもない、のに、どうしてか目が離せない。
思わず手を伸ばしかけて、気付く。昨日は結界に阻まれ、手痛い目にあったのだ。
「ゲート… って、どんななんだろ。」
こんなに綺麗な泉なのに、本当はゲートがある。それなら一体どんな姿をしているんだろう。
「いたいた! カイン、マルクトに行こう! ゲートはこっちだよ!」
背後からリリンの声が響いた。
振り返ると、手を振るリリンの姿が見えた。
「…今行く!」
カインはそう答えて、リリンのもとへ向かって駆け出した。
そこまで距離があるわけでもない、というのも一因ではあるようだがリリンが怪物を寄せ付けない結界を張っていた。
昨日も移動中同じ結界を張ってたよ、とリリンが事も無げに言った。
そう言えば怪物の影すら見えなかったな、とカインは昨日の記憶を辿る。尤も、昨日は色々ありすぎてカインの意識はそこまで向いていなかったのだけど。
他に特筆すべきこと、と言えば今まで見過ごしていたありふれた景色の中に様々な仕掛けが潜んでいることを、リリンが教えてくれたところだろうか。
「あ、ほら、あれもだよ。」
何の変哲もない、ただ大きなだけだと思っていた樫の木を指してリリンが言う。
「あれは至高天のゲートだね。」
「うぅん…?」
どんなに目を凝らしてみても、カインにはやっぱり違いが分からない。
「ゲートが見極められるようにならないとね。」
そっかー、これも訓練が必要だねー。とリリンが独り言のように言っている。
見えないものは仕方ない。どんな訓練だろうと、頑張ろう。そう決心しながら、カインはこれまでの道中にあった仕掛けを思い出していた。
一つ目は、先ほどのゲート関連。一番多くあるのが、地上のある地点同士を結んでいるもの。
そして異界と繋がるもの。こちらは万魔殿を筆頭とした魔界と繋がるものと至高天を筆頭とする天界と繋がるものがあるのだという。
「うっかり天界のゲートを使わないようにね!」
というのが、リリンが言うゲートを利用する上での一番の注意点だ。
「まあ、今はうっかりも何も見ることも出来てないしな…」
天界のゲートがあるという樫の木を見詰めながらカインは呟いた。
ゲートは見えない者は利用は出来ない。というのも、この時の説明で知った。
ゲートに張られた結界は、等しく見えない者たちを拒むように出来ているのだという。
一番の理由は異界に紛れ込まないようにするために。
その次は、不用意に怪物の巣に放り出されることがないように。メサイアの利用するゲートは、怪物の発生地点に繋がっていることが往々にしてあるからだそうだ。
もう一つの仕掛けは、怪物の巣だろう。
怪物たちは、元々は天使たちだった。かつて大量に地上に押し寄せた天使たち。人間の生き胆を喰い続けた結果、醜い怪物と化した愚かで哀れな存在。
怪物に身を堕としてからは、繁殖は卵を産むようになったとリリンに説明された。
「じゃあ、その前は?」
怪物に身を堕としてから。カインは、ふと、頭に浮かんだ疑問をそのまま口にしていた。
「え? 分裂かな!」
リリンがたった一言で終わらせる。人間には一度で納得できる殖え方ではない。
「…分裂?」
「一体の天使が二つに分かれるんだよ。」
「そうなんだ…」
イメージは掴めた、が。システムは理解できない。そんなんで殖えるって… とカインは色々考えてみるがしっくりこない。
自分が二人、四人… と増えていくのか、分かれた相手は別の人格になるのか。
「そんなこと気にしてもしょうがないよ。」
うんうん悩んでいると、見透かしたようにリリンが言う。まあそれもそうか、とカインは考えるのを止めた。
今、一番重要なことは。強くなること。そのために必要なことを覚えること。
天使の生態は、さらにその後だ。(多分、これもルシフェル様に聞いた方が良い内容だ)
所々、(その怪物の生態によって草原だったり洞窟だったり木の上だったりするのだという)卵が産み落とされている場所があるそうだ。
そこは孵化するまで怪物が目隠しの結界を張っていることが多くメサイアが見付けられないことも多いと聞いて、カインはようやく未だに怪物が地上からいなくならない理由を理解できた。
天使が怪物になったのは学校で習ったし、メサイアがその怪物を退治して回っているのも知っている。
なのにいたちごっこのように、怪物は減らないし怪物に襲われる人々や町が今もある。
天使は見たことが無いし、怪物の幼生も見たことが無い。どうやって殖えているのか、カインたち市民には分からないことだった。
メサイアが説明してくれないのは、彼らもまたよく怪物の生態を解明できていなかったからだろうか。それとも一般人は知る必要が無いと判断していたのだろうか。
まあ、結界が張ってあるというのなら、一般の市民にはどうしようもないことだな、とカインは考える。それなら悪戯に知らせない方が恐怖に襲われずに済む。そう思い至って、特に指示されたわけでもないけれど、このことは黙っていようとカインは思った。
じわじわと世界を見る目が変わっていくのを、カインは感じていた。
色んなことを知って、勇者として強くなったら… 世界を壊すことも納得できるようになるんだろうか。
ゾッとした。
それが良い事なのか悪い事なのか、今はまだ分からない。
世界を壊すなんてことが、本当に可能なんだろうか。本当に壊してしまうのだろうか、この手で。いつか来る未来のことなのに、あまりに話が大きすぎてどう判断したらいいのか分からないでいる。
カインの悩みなど関係なく、ダアトの森がもう目の前まで迫っていた。
「今回は、地上間の移動だからメサイアのゲートを使わせてもらうんだけど、」
足を止めたリリンが、カインの方を見て言いかけた。
「何か問題でも?」
と言いつつも、なんとなく予想していた展開にカインはやっぱりなぁ、と言う感想しかなかった。
「問題って言うか… ゲート見えなかったんだよね。」
しげしげとカインを見つめてリリンが思案に暮れている。
「ああ、見えないと使えないんだっけな。」
右も左も分からないまま流されるようにリリンに連れられてここまで来たカインには、特に名案が浮かぶような下地も無い。
「ちょっとダアトの森の中で待ってて、怪物は中に入れないから安全だし。」
何かを思いついたのか、ぽん、と手を打ってリリンがカインに言う。
「分かったけど、君は?」
「ママの所に確か便利なアイテムがあったはずだから、借りてくる。」
「便利なアイテム…?」
漠然とした回答にカインの顔が疑問に歪む、が。
「じゃ、森の中に居てね!」
言うが早いか、リリンの姿が歪み、消えた。
取り付く島もないほどの、あっという間の出来事にカインは瞬間呆気にとられリリンの姿があった場所を呆然と見つめるだけだった。
出来ることも無く、身を守る術も無いカインは我に返るととにかくダアトの森へ向かった。
改めて森の中を見渡した。昨日は気付かなかった、と言うよりは視界に入っていなかったことが心理的に余裕ができたからか認識された。
よくよく見ると、不思議な森だった。
森を形作る木々が、まるで作り物のように均整が取れすぎている。と、辺りを見渡しながらカインは考えていた。
色も、形も、全て計画されて作られたように。僅かの歪みも無いそこは、美しいけれど、触れれば生気も感じるのに、異質すぎて違和感に襲われる。
取り残されたような一抹の心細さと、異形への恐怖。
すでに異世界にいる、と言われたら信じるだろうな、とカインは感じた。
辺りを観察しながら、カインは森の奥へとゆっくり歩を進めた。
違和感のもう一つにすぐに気付いた。
「生き物がいない…」
大型小型を問わず、鳥も動物も生息している気配が無かった。
昨日は、その気配の無さに安堵したが、今になってみるとそれはそれで背筋に寒気が走る。
「怪物が居ないのはいいけどさ…」
息が詰まる。この異様な空間にたった一人でいる事実が、カインの身も心もきゅっと縮みあがらせるのだった。
やがて、昨日ルシフェルと別れ、リリンと出会った泉のある場所に辿り着いた。
カインは改めて泉を覗き込んだ。
見たことも無いほど、透き通った水が湧き出ている。泉の底にある石の模様も、藻の一つ一つも識別できるほどに。
うっすらと青く色付いているように見えた。
不思議な泉だ、とカインは思う。
安らぐのとは違う、癒されているわけでもない、のに、どうしてか目が離せない。
思わず手を伸ばしかけて、気付く。昨日は結界に阻まれ、手痛い目にあったのだ。
「ゲート… って、どんななんだろ。」
こんなに綺麗な泉なのに、本当はゲートがある。それなら一体どんな姿をしているんだろう。
「いたいた! カイン、マルクトに行こう! ゲートはこっちだよ!」
背後からリリンの声が響いた。
振り返ると、手を振るリリンの姿が見えた。
「…今行く!」
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