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修行:イェソドエリア編【十一日目~十三日目】
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【十一日目】
あいにくの雨だった。昨日よりは雨脚が弱まっている。が、土は十分に水を吸い、むしろ余っていると言わんばかりに水溜りがそこかしこに見える。どうやら昨日の雨は夜の間も降り続いていたのだろう。
それでも、北の空は明るい。もしかしたら、遅くても午後には雨は止むかもしれない。
「今日の予定だけど、」
カインはリリンの言葉を思い出していた。
「林に入るのはいいとして、ジョロウグモと一戦したら後はトレント戦かな。もし晴れたらサーベルタイガー戦に切り替えようと思ってる。」
午後は晴れそうだし、トレント戦がうまく行けばサーベルタイガー戦もするんだろうか。カインはこれまでのことを反芻して、ふと、魔法が使える今死にかけたサーベルタイガーよりも雨の日のトレント戦の方が厄介だと思い始めていた。
ジョロウグモ戦のうちに晴れてくれないかな… カインは心の中でひっそりと願っていた。
昨日の後半も魔法のトレーニングに時間を割いたこともあって、魔法剣をそれなりに使えるようになったカイン。ジョロウグモは危なげなく、それも魔法剣の一撃で仕留めることができた。
「やっぱりジョロウグモは問題なかったね!」
足場が良ければ、もっと楽だったろうなとカインは考えていた。
「次はトレント戦だね。」
雨はもうすぐ止みそうなほど、空は明るくなっていた。
「…分かった。」
もしかしたら、魔法も使えるかもしれない。憂鬱ではあったが、カインは大人しくトレント戦に向かうことにした。
昨日の戦いを踏まえて、カインは初手から魔法剣を使った。昨日より炎の威力が上がっているのは、トレーニングの効果と雨が弱まったこともあるのだろう。
「…雨が止んだ!」
ふっと魔法剣が軽くなったのを、カインは感じて空模様が変わったことを知る。
今なら、いけるかも。カインはレイピアを鞘に納めるとトレントにダッシュで詰め寄る。トレントに触れ、炎の魔法を発動する。
ごうっとトレントが燃え上がる。
「うまいことやったね! 魔法剣でダメージ与えてたことに攻撃したからダメージ当たるねぇ!」
「え? そうなの?」
「ほら、雨でトレントの体も濡れてたじゃない? そんなとこに攻撃してもあんまり効果ないけど… 魔法剣でダメージ受けてたとこはさ、」
そこまでリリンに説明されて、カインも理解する。
「ああ、魔法剣の威力で乾いてたのか。道理で… やたら燃えるなって思たんだけど、そうか。」
「トレントは燃やしてしまえば勝てるので… 雨も止んだしランチの後はサーベルタイガー戦でいい?」
「ん? いいよ。昼は街に戻るんだよね?」
「そうそう。だから午前はこれで終了!」
はあっ、とカインは息を吐いた。トレント戦はこれでも緊張していた。カインの肩の力が抜けたところで、二人は街に戻る。
宿に戻り着替えを済ませて、食堂に向かう。
「何にする?」
「うぅん… 肉食べたいんだけど… これからまたサーベルタイガーと戦うのを考えるとなぁ…」
メニューを眺めながらカインは午後の予定を考える。あまり重いものを食べたら、調子が出なそうだ。ここは肉料理系は諦めて、あっさりしたメニューを選んでおこう、と結論付ける。
「決めた、焼き魚定食にするわ、オレ。」
カインがそう答えるが早いか、リリンは店員を呼んでオーダーをする。こういうのは進んでやってくれるんだよなぁ… と、カインはこっそり溜息を吐いた。そうじゃなくて、苦戦気味の時に助けて欲しいんだよ。とは、後が面倒そうなので口にしないでおいている。
昼食を終えると、二人は腹ごなしの散歩もかねて林に向かう。
「すっかり晴れたねぇ。」
雨雲はもう南の空の方に追いやられている。さすがに昨日から降り続けていたのもあって、足元はまだ泥濘が酷いものだった。
「足元気を付けないとね。」
カインが呟くように言った。視線はずっと林の先を見詰めている。
「そうだねぇ、ま、魔法も使えるだろうし… 頑張ってね。危なくなったら助けるから。」
「ああ、うん。よろしく。」
半分くらいサーベルタイガーに意識を持ってかれてるなぁ、とリリンはカインの横顔を見て判断する。
「ま、いっか。」
魔法も雨が降ってなければ危なげなく使えるようになってるみたいだし。逆にサーベルタイガーに集中してるなら、いい感じに戦うんじゃなかろうか。と、リリンは満足げに頷いた。
リリンの千里眼で難なくサーベルタイガーを見つけ出し、戦闘が始まる。
サーベルタイガーとの再戦だ。前回はようやく倒せたと言った状態だったが、魔法が使えるようになったと言う自信があるからかだいぶ善戦している。トレント戦で魔法剣の発動にも慣れたことも大きいのだろう。ここぞというタイミングで巧くダメージを与えている。
それでも、サーベルタイガーはこのイェソドエリアでは最強の怪物である。しかも午前中まで降り続いていた雨のせいで足場も悪いとあり無駄な体力を消耗させられながらの戦闘だ。善戦はしているが、カインの息もだいぶ上がってきた。
「カイン、手伝う?」
その実、今回はカイン一人で討伐できると踏んでいるリリンが声をかけた。
「平気! 怪我だけ治して!」
一瞬だけリリンに視線を向けてカインは答えた。もう少し、あとちょとで… こいつの攻略方法が分かる気がするんだ、カインはサーベルタイガーに向き合う。
リリンは予想とほぼ同じ答えに機嫌良くカインに答えて、回復魔法を使った。
「時々冷静さを無くすとこだけどうにかなれば、もっと効率よく戦えるようになるねー。」
カインの耳に届かないことを承知でリリンは呟くように言った。今後の課題はメンタルの強化かな? カインの戦闘を見守りながらリリンは間もなくこのエリアでの修業が終わること、そして次のエリアでの修業について考えを巡らせていた。
ダメージを避けることは出来ないまでも、カインはサーベルタイガーを倒すことができた。
「お疲れサマ!」
そう声をかけて、カインの傷を治すリリン。
「うん。苦戦したけど、怪我は治してもらってたけど、一人でどうにかできたって思っていい?」
「いいよー! 前回と比べたらかなりの進歩だよ! 魔法もうまく使えてるしね。」
「そうかな?」
「今日の苦戦の理由の半分くらいは足場の悪さが原因だろうしねー。」
「でも、サーベルタイガーは相当早いよね。足場の悪さにあんまり影響されてないような?」
「まあ爪がある分、キミよりは踏ん張りがきくしね。今日の実践はこのくらいにしておこうか。泥濘のせいで体力も消耗してるもんね。」
ちょっとした反省会の間に、リリンはカインの傷を完治させる。
「それなら戻ったら、魔法のトレーニングするよ。」
「そうだね! 魔法の威力が上がったら、戦闘も楽になると思うよ。」
自分から次のトレーニングを申し出るとは優秀だよね! さすがルシフェル様の勇者。リリンは心の中でカインを褒める。
林を出て、街に戻る途中のことだ。
「あれ? リリン、あの、あそこ、昼には何もなかったよね?」
イェソドの街を取り囲む外壁から東に少し離れた場所を指差して、カインはリリンに問いかける。
「…何か見えてるの?」
「いや、なんか… ぼんやりと黄色い靄みたいなのがかかった祠? かな?」
「わー! イェソドエリアのゲート見えたんだ!」
「あれゲートなんだ? なんか形もはっきりしてないんだけど… 確かにマルクトとかのゲートに似てるかもしれないけど…」
目を細めたり身を乗り出してみたりしながら、カインは良く見てみようを試す。
いやいや、あれがはっきり見えるかどうかは視力じゃなくて霊力が影響してるから、とリリンはカインに突っ込む。そして、
「魔法が使えるようになってすぐ、それだけ見えれば上出来だよ! もっと上達したらはっきり見えるようになるよ。」
と、励ますのだった。
「…。じゃあ、早く戻ろう。魔法のトレーニングする。」
カインはリリンにそう返すと、街に向かう。
【十二日目】
爽やかな朝だ。端切れのような雲が所々に見えるくらいで、今日は一日天気は良さそうだ。
「今日はサーベルタイガー戦に集中しようね!」
「トレントはもういいのか?」
朝食を食べながら今日の予定を立てるリリンとカイン。
「もう初級火炎系の魔法は使えるし… 雨でもないから試すまでもないと思うよ? 魔法を習得してなかったら再戦したけど。」
「ふうん? 勝てるって分かってる場合はいいのか。」
「無駄じゃない?」
「そういうもん? そしたら今日はサーベルタイガーだな。」
今日はパンと野菜のスープ、スクランブルエッグとハムが朝食のメニューだった。
最後の一口を口に放り込んだカインは、飲み込むが早いか、じゃあ準備してくる、と言い残して部屋に戻っていった。
朝食を済ませ準備も終えた二人は、いつものようにリリンが食堂に頼んでおいたランチを受け取り林に向かう。林の中はさすがに日差しもまばらで、草原に比べ少しばかり湿気が残っている。足場も少し緩かった。
「どうかな?」
「うん、まあ大丈夫じゃないかな。昨日よりはしっかりしてるんじゃない?」
カインは地面の感触を確かめながらリリンの問いに答える。
「じゃ、始めよっか。」
カインが頷くのを見て、リリンはサーベルタイガーを探す。
今日は最終的に午前に一戦、ランチを挟んで午後は二戦をこなした。
回を追うごとに、カインの動きも良くなっていく。成長が早くなってきたなぁ、とリリンはカインを見守りながら考える。
受けるダメージも、最後の一戦では格段に減ったのにはさすがにリリンも驚いた。あの時、ジョロウグモ戦の後で傷付いていたとはいえ、手も足も出ずに致命傷を受けたとは思えない。それもそんなに過去の事ではない。ほんの五日前の事だ。
「もう明日にはサーベルタイガーもクリアできそうだね。」
かすり傷とは言えないまでも、そこまで深くも広くもない怪我を数か所程度までに抑えられたカインにリリンは満足そうに笑う。
「そう? じゃあ、明日頑張ってみるよ。」
カインもリリンの言葉に気を良くして笑顔で返すのだった。
【十三日目】
今日も昨日に引き続き、空は綺麗に晴れ上がった。風も適度に吹いて、休日だったら快適に過ごせるのにとカインはほんの少し恨めしく思うのだった。
今日もサーベルタイガーのみに標的を絞っての修行だ。天気も良い状態が続いていたおかげで、林の中の地面の状態も良くなっていた。足元がしっかりしたこともあって、午前の戦闘ではかすり傷一つでサーベルタイガーを倒した。
「やったね! かすり傷受けちゃったけど、及第点でしょ。」
「ホント?」
「ここまで出来たら合格でいいよ! あとはホドに向かう道すがらで経験詰めるでしょ。」
午前の一戦でサーベルタイガーをクリアできた。厳密にいえば無傷にはならないが、成長の早さから同じ所で修行を積むより多種多様の経験をさせる方をリリンは選んだのだった。
「午後は実践は無しにするね。休みも兼ねて、買い出ししようね! 明日、次のエリアのホドに向けて出発しよう!」
「ホドか… うん、分かった。…ところで昼はどうする? 食堂にランチ作ってもらったんだよな?」
カインはリリンの手元を見て首を傾げる。
「…宿に戻って食べようか。」
いくら目くらましの結界が使えるとはいえ、ピクニックに相応しい景観でもない。一瞬考えたリリンは、もう宿に戻ることを提案した。カインも特に反対する理由も無かったので、同意して道を引き返した。
午後はホドまでの日程分の食料品の購入の荷物持ちにされるカインだった。
「相変わらず買い込むよな…」
溜息交じりにカインは呟いた。リリンの使い魔がいなかったら、邪魔にしかならない量だ。そう言えば、マルクトでもかなり買い込んでいた。あれって全部食べ切ったんだったか? と、ふと疑問に思う。
「なあ、リリン、マルクトで買い込んだ食品って全部食べ切ったのか?」
「まだ少し残ってるよ? でも、ホドまでは足りないからね。」
「そうか… ホドまでどれくらいかかるんだ?」
リリンの回答に少し安心するカインだった。どうやらむやみに買い込んでいる訳ではないようだ。
「順調にいけば十日かな? でも、イェソドエリア内は少し戦闘したいからもう少しかかると思ってね。」
「分かった。また、途中で結界張って進むんだな?」
「そうそう。」
この後は他愛もない会話をしながら残りの買い出しを済ませる。
「じゃあ、買い出しも終わったし、あとは自由時間ね! 好きにしていいよー。アタシはちょっとママの所に行ってくるね。夕ご飯までには戻るよ。」
宿に戻って荷物のほとんどを使い魔に預けた後、リリンはそう言い残して姿を消した。
「自由時間… ね。」
カインはそう呟きながら、腕を組んで考え込む。
街の散策… したいか? 職人の工房は興味はあるが商人でも弟子入り志願者でもない自分がふらりと立ち寄っても邪魔にされて終わりだろう。
「…瞑想でもしてるかな。」
今日はサーベルタイガーと一戦しただけで特に疲労も残っていないカインは、霊力の底上げに時間を割くことにした。魔法を使った時のあの疲労は、霊力が上がれば減らせるのだとリリンから聞いている。より強力な魔法を使うためにも、今は瞑想で強化しておいた方が良さそうだ、とカインは考えたのだ。
こうしてイェソドエリアでの最後の一日が過ぎていった。
翌日。
少し雲が見えるが、雨雲ではなさそうだ。気温もそう高くは無い。旅立ちには、まあ良い日だと言えそうな空模様だ。
食堂で朝食を終えた二人は、手早く荷物をまとめてチェックアウトする。
「さて、行きましょうかね?」
とのリリンの問いかけにカインは頷く。
ホドまでは十日ほどだ。二人はイェソドエリアを後にした。
あいにくの雨だった。昨日よりは雨脚が弱まっている。が、土は十分に水を吸い、むしろ余っていると言わんばかりに水溜りがそこかしこに見える。どうやら昨日の雨は夜の間も降り続いていたのだろう。
それでも、北の空は明るい。もしかしたら、遅くても午後には雨は止むかもしれない。
「今日の予定だけど、」
カインはリリンの言葉を思い出していた。
「林に入るのはいいとして、ジョロウグモと一戦したら後はトレント戦かな。もし晴れたらサーベルタイガー戦に切り替えようと思ってる。」
午後は晴れそうだし、トレント戦がうまく行けばサーベルタイガー戦もするんだろうか。カインはこれまでのことを反芻して、ふと、魔法が使える今死にかけたサーベルタイガーよりも雨の日のトレント戦の方が厄介だと思い始めていた。
ジョロウグモ戦のうちに晴れてくれないかな… カインは心の中でひっそりと願っていた。
昨日の後半も魔法のトレーニングに時間を割いたこともあって、魔法剣をそれなりに使えるようになったカイン。ジョロウグモは危なげなく、それも魔法剣の一撃で仕留めることができた。
「やっぱりジョロウグモは問題なかったね!」
足場が良ければ、もっと楽だったろうなとカインは考えていた。
「次はトレント戦だね。」
雨はもうすぐ止みそうなほど、空は明るくなっていた。
「…分かった。」
もしかしたら、魔法も使えるかもしれない。憂鬱ではあったが、カインは大人しくトレント戦に向かうことにした。
昨日の戦いを踏まえて、カインは初手から魔法剣を使った。昨日より炎の威力が上がっているのは、トレーニングの効果と雨が弱まったこともあるのだろう。
「…雨が止んだ!」
ふっと魔法剣が軽くなったのを、カインは感じて空模様が変わったことを知る。
今なら、いけるかも。カインはレイピアを鞘に納めるとトレントにダッシュで詰め寄る。トレントに触れ、炎の魔法を発動する。
ごうっとトレントが燃え上がる。
「うまいことやったね! 魔法剣でダメージ与えてたことに攻撃したからダメージ当たるねぇ!」
「え? そうなの?」
「ほら、雨でトレントの体も濡れてたじゃない? そんなとこに攻撃してもあんまり効果ないけど… 魔法剣でダメージ受けてたとこはさ、」
そこまでリリンに説明されて、カインも理解する。
「ああ、魔法剣の威力で乾いてたのか。道理で… やたら燃えるなって思たんだけど、そうか。」
「トレントは燃やしてしまえば勝てるので… 雨も止んだしランチの後はサーベルタイガー戦でいい?」
「ん? いいよ。昼は街に戻るんだよね?」
「そうそう。だから午前はこれで終了!」
はあっ、とカインは息を吐いた。トレント戦はこれでも緊張していた。カインの肩の力が抜けたところで、二人は街に戻る。
宿に戻り着替えを済ませて、食堂に向かう。
「何にする?」
「うぅん… 肉食べたいんだけど… これからまたサーベルタイガーと戦うのを考えるとなぁ…」
メニューを眺めながらカインは午後の予定を考える。あまり重いものを食べたら、調子が出なそうだ。ここは肉料理系は諦めて、あっさりしたメニューを選んでおこう、と結論付ける。
「決めた、焼き魚定食にするわ、オレ。」
カインがそう答えるが早いか、リリンは店員を呼んでオーダーをする。こういうのは進んでやってくれるんだよなぁ… と、カインはこっそり溜息を吐いた。そうじゃなくて、苦戦気味の時に助けて欲しいんだよ。とは、後が面倒そうなので口にしないでおいている。
昼食を終えると、二人は腹ごなしの散歩もかねて林に向かう。
「すっかり晴れたねぇ。」
雨雲はもう南の空の方に追いやられている。さすがに昨日から降り続けていたのもあって、足元はまだ泥濘が酷いものだった。
「足元気を付けないとね。」
カインが呟くように言った。視線はずっと林の先を見詰めている。
「そうだねぇ、ま、魔法も使えるだろうし… 頑張ってね。危なくなったら助けるから。」
「ああ、うん。よろしく。」
半分くらいサーベルタイガーに意識を持ってかれてるなぁ、とリリンはカインの横顔を見て判断する。
「ま、いっか。」
魔法も雨が降ってなければ危なげなく使えるようになってるみたいだし。逆にサーベルタイガーに集中してるなら、いい感じに戦うんじゃなかろうか。と、リリンは満足げに頷いた。
リリンの千里眼で難なくサーベルタイガーを見つけ出し、戦闘が始まる。
サーベルタイガーとの再戦だ。前回はようやく倒せたと言った状態だったが、魔法が使えるようになったと言う自信があるからかだいぶ善戦している。トレント戦で魔法剣の発動にも慣れたことも大きいのだろう。ここぞというタイミングで巧くダメージを与えている。
それでも、サーベルタイガーはこのイェソドエリアでは最強の怪物である。しかも午前中まで降り続いていた雨のせいで足場も悪いとあり無駄な体力を消耗させられながらの戦闘だ。善戦はしているが、カインの息もだいぶ上がってきた。
「カイン、手伝う?」
その実、今回はカイン一人で討伐できると踏んでいるリリンが声をかけた。
「平気! 怪我だけ治して!」
一瞬だけリリンに視線を向けてカインは答えた。もう少し、あとちょとで… こいつの攻略方法が分かる気がするんだ、カインはサーベルタイガーに向き合う。
リリンは予想とほぼ同じ答えに機嫌良くカインに答えて、回復魔法を使った。
「時々冷静さを無くすとこだけどうにかなれば、もっと効率よく戦えるようになるねー。」
カインの耳に届かないことを承知でリリンは呟くように言った。今後の課題はメンタルの強化かな? カインの戦闘を見守りながらリリンは間もなくこのエリアでの修業が終わること、そして次のエリアでの修業について考えを巡らせていた。
ダメージを避けることは出来ないまでも、カインはサーベルタイガーを倒すことができた。
「お疲れサマ!」
そう声をかけて、カインの傷を治すリリン。
「うん。苦戦したけど、怪我は治してもらってたけど、一人でどうにかできたって思っていい?」
「いいよー! 前回と比べたらかなりの進歩だよ! 魔法もうまく使えてるしね。」
「そうかな?」
「今日の苦戦の理由の半分くらいは足場の悪さが原因だろうしねー。」
「でも、サーベルタイガーは相当早いよね。足場の悪さにあんまり影響されてないような?」
「まあ爪がある分、キミよりは踏ん張りがきくしね。今日の実践はこのくらいにしておこうか。泥濘のせいで体力も消耗してるもんね。」
ちょっとした反省会の間に、リリンはカインの傷を完治させる。
「それなら戻ったら、魔法のトレーニングするよ。」
「そうだね! 魔法の威力が上がったら、戦闘も楽になると思うよ。」
自分から次のトレーニングを申し出るとは優秀だよね! さすがルシフェル様の勇者。リリンは心の中でカインを褒める。
林を出て、街に戻る途中のことだ。
「あれ? リリン、あの、あそこ、昼には何もなかったよね?」
イェソドの街を取り囲む外壁から東に少し離れた場所を指差して、カインはリリンに問いかける。
「…何か見えてるの?」
「いや、なんか… ぼんやりと黄色い靄みたいなのがかかった祠? かな?」
「わー! イェソドエリアのゲート見えたんだ!」
「あれゲートなんだ? なんか形もはっきりしてないんだけど… 確かにマルクトとかのゲートに似てるかもしれないけど…」
目を細めたり身を乗り出してみたりしながら、カインは良く見てみようを試す。
いやいや、あれがはっきり見えるかどうかは視力じゃなくて霊力が影響してるから、とリリンはカインに突っ込む。そして、
「魔法が使えるようになってすぐ、それだけ見えれば上出来だよ! もっと上達したらはっきり見えるようになるよ。」
と、励ますのだった。
「…。じゃあ、早く戻ろう。魔法のトレーニングする。」
カインはリリンにそう返すと、街に向かう。
【十二日目】
爽やかな朝だ。端切れのような雲が所々に見えるくらいで、今日は一日天気は良さそうだ。
「今日はサーベルタイガー戦に集中しようね!」
「トレントはもういいのか?」
朝食を食べながら今日の予定を立てるリリンとカイン。
「もう初級火炎系の魔法は使えるし… 雨でもないから試すまでもないと思うよ? 魔法を習得してなかったら再戦したけど。」
「ふうん? 勝てるって分かってる場合はいいのか。」
「無駄じゃない?」
「そういうもん? そしたら今日はサーベルタイガーだな。」
今日はパンと野菜のスープ、スクランブルエッグとハムが朝食のメニューだった。
最後の一口を口に放り込んだカインは、飲み込むが早いか、じゃあ準備してくる、と言い残して部屋に戻っていった。
朝食を済ませ準備も終えた二人は、いつものようにリリンが食堂に頼んでおいたランチを受け取り林に向かう。林の中はさすがに日差しもまばらで、草原に比べ少しばかり湿気が残っている。足場も少し緩かった。
「どうかな?」
「うん、まあ大丈夫じゃないかな。昨日よりはしっかりしてるんじゃない?」
カインは地面の感触を確かめながらリリンの問いに答える。
「じゃ、始めよっか。」
カインが頷くのを見て、リリンはサーベルタイガーを探す。
今日は最終的に午前に一戦、ランチを挟んで午後は二戦をこなした。
回を追うごとに、カインの動きも良くなっていく。成長が早くなってきたなぁ、とリリンはカインを見守りながら考える。
受けるダメージも、最後の一戦では格段に減ったのにはさすがにリリンも驚いた。あの時、ジョロウグモ戦の後で傷付いていたとはいえ、手も足も出ずに致命傷を受けたとは思えない。それもそんなに過去の事ではない。ほんの五日前の事だ。
「もう明日にはサーベルタイガーもクリアできそうだね。」
かすり傷とは言えないまでも、そこまで深くも広くもない怪我を数か所程度までに抑えられたカインにリリンは満足そうに笑う。
「そう? じゃあ、明日頑張ってみるよ。」
カインもリリンの言葉に気を良くして笑顔で返すのだった。
【十三日目】
今日も昨日に引き続き、空は綺麗に晴れ上がった。風も適度に吹いて、休日だったら快適に過ごせるのにとカインはほんの少し恨めしく思うのだった。
今日もサーベルタイガーのみに標的を絞っての修行だ。天気も良い状態が続いていたおかげで、林の中の地面の状態も良くなっていた。足元がしっかりしたこともあって、午前の戦闘ではかすり傷一つでサーベルタイガーを倒した。
「やったね! かすり傷受けちゃったけど、及第点でしょ。」
「ホント?」
「ここまで出来たら合格でいいよ! あとはホドに向かう道すがらで経験詰めるでしょ。」
午前の一戦でサーベルタイガーをクリアできた。厳密にいえば無傷にはならないが、成長の早さから同じ所で修行を積むより多種多様の経験をさせる方をリリンは選んだのだった。
「午後は実践は無しにするね。休みも兼ねて、買い出ししようね! 明日、次のエリアのホドに向けて出発しよう!」
「ホドか… うん、分かった。…ところで昼はどうする? 食堂にランチ作ってもらったんだよな?」
カインはリリンの手元を見て首を傾げる。
「…宿に戻って食べようか。」
いくら目くらましの結界が使えるとはいえ、ピクニックに相応しい景観でもない。一瞬考えたリリンは、もう宿に戻ることを提案した。カインも特に反対する理由も無かったので、同意して道を引き返した。
午後はホドまでの日程分の食料品の購入の荷物持ちにされるカインだった。
「相変わらず買い込むよな…」
溜息交じりにカインは呟いた。リリンの使い魔がいなかったら、邪魔にしかならない量だ。そう言えば、マルクトでもかなり買い込んでいた。あれって全部食べ切ったんだったか? と、ふと疑問に思う。
「なあ、リリン、マルクトで買い込んだ食品って全部食べ切ったのか?」
「まだ少し残ってるよ? でも、ホドまでは足りないからね。」
「そうか… ホドまでどれくらいかかるんだ?」
リリンの回答に少し安心するカインだった。どうやらむやみに買い込んでいる訳ではないようだ。
「順調にいけば十日かな? でも、イェソドエリア内は少し戦闘したいからもう少しかかると思ってね。」
「分かった。また、途中で結界張って進むんだな?」
「そうそう。」
この後は他愛もない会話をしながら残りの買い出しを済ませる。
「じゃあ、買い出しも終わったし、あとは自由時間ね! 好きにしていいよー。アタシはちょっとママの所に行ってくるね。夕ご飯までには戻るよ。」
宿に戻って荷物のほとんどを使い魔に預けた後、リリンはそう言い残して姿を消した。
「自由時間… ね。」
カインはそう呟きながら、腕を組んで考え込む。
街の散策… したいか? 職人の工房は興味はあるが商人でも弟子入り志願者でもない自分がふらりと立ち寄っても邪魔にされて終わりだろう。
「…瞑想でもしてるかな。」
今日はサーベルタイガーと一戦しただけで特に疲労も残っていないカインは、霊力の底上げに時間を割くことにした。魔法を使った時のあの疲労は、霊力が上がれば減らせるのだとリリンから聞いている。より強力な魔法を使うためにも、今は瞑想で強化しておいた方が良さそうだ、とカインは考えたのだ。
こうしてイェソドエリアでの最後の一日が過ぎていった。
翌日。
少し雲が見えるが、雨雲ではなさそうだ。気温もそう高くは無い。旅立ちには、まあ良い日だと言えそうな空模様だ。
食堂で朝食を終えた二人は、手早く荷物をまとめてチェックアウトする。
「さて、行きましょうかね?」
とのリリンの問いかけにカインは頷く。
ホドまでは十日ほどだ。二人はイェソドエリアを後にした。
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