ルナーリア大陸の五英雄 Ⅰ 十年越しの初恋〜荒み切った英雄が最愛に再び巡り合うまで〜 ※旧タイトル:Primo amore

渡邉 幻月

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独り立ちをした、運命に逢った ~スピネルサイド①~

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 師匠が剣士の割にインテリだって気付いたのは、弟子になってからもう随分と経ってからのことだ。どっちの親か分からないが、師匠はオレの親の兄弟らしい。らしい、ってのは、まあ師匠との間でそんな話をしないからだ。オレも師匠も、そんな些細なことを気にしないっつうか、興味も無いタイプっつうか。
 で。当のオレは双子の片割れで、双子は禍を呼ぶってんで殺されるところだったらしい。それを師匠は自分が育てるからと言って引き取ってくれたらしい。そうして、禍が及ばぬよう、遠く離れた地に移住したそうだ。それが、オレが師匠に弟子入りする切っ掛けだった。…まあ、オレ赤ん坊だったけどな。
 多分、それなりの身分だったんだろうことは、師匠の身の回りにあった物を思い出せば、審美眼ってやつを身に着けた今なら判る。が、今のオレにはどうでもいいことだった。

自分の力だけで名を上げたい。

 その野望の前には、家柄だのなんだのなんて邪魔なだけだと思っている。
 十五になって、そこそこ権能でも上がって自分の身くらい自分で守れるようになった頃、オレは師匠と相談した上で独り立ちすることを選んだ。オレも師匠も淡白なところがあるから、『気を付けるんだよ』『分かった、今までありがとう』と言葉を交わしただけで別れは済んだ。
 剣士なんて、いつ死ぬかも分からないような道を選んだ以上、それでいいと思っている。何かに執着して良いことなんてない。

 そうして。一人気ままに傭兵稼業で稼ぎながら、武者修行の旅でもしようかと考えたオレは、さっそく実行に移していた。いくつかの戦場を渡り歩いて、そこそこ路銀も溜まったところでさらに腕を磨けそうな場所を求めて旅に出た時、オレは運命に出逢った。

 馬の嘶きが聞こえた。切羽詰まったようなそれは、非常事態を…大方、野党か何かに襲われているのだろう事を予測させる。
 見て見ぬフリも胸クソ悪ぃんだよな、と考えてオレは助けに行くことにした。野党の割に身形のいい連中を追い払ってみると、そこに残っていたのは子供が一人。馬の嘶きが聞こえたにも拘らず、姿が見えないことから馬車は既に盗まれた後か。親は… 馬車の中なのか、同行していなかったのか、あるいは…

 子供の様子を窺がってみる。黒い髪の、綺麗な翡翠色の瞳をした子供。怯えているのに、それでも真っ直ぐで芯が折れていないことが分かる、きれいなきれいな翡翠の瞳にオレは。 
 胸を、心を射抜かれていた。

「大丈夫か? あんた」
一言も発さないその子に、オレは声をかけた。まだ、恐怖の中にいるのだろうか。こんな子供が、あんな大人に囲まれて刃を向けられていたのだから、仕方のないことだろう。
「…? あれ? 坊ちゃん? 嬢ちゃん?」
少し目つきは鋭い感じがするけど可愛らしい顔立ちで、でもサラサラの黒い髪は短く切り揃えてある。コートは良い生地で仕立てられているけれど、シンプルなデザインと色でそれだけでは男の子なのか女の子なのか、オレには判別できなかった。
「なあ、話せないのか? まぁ… あんたけっこう良いトコの人みたいだしなぁ。怖くて声が出なくなったとか?」
その子供はずっとだんまりで、たった一言も声を出さないでいる。怯えていた目は、今は怪訝そうにオレを見詰めている。少なくとも、恐怖は消えたらしい。怪しまれているようだけど、それはまあ仕方ないだろう。それなりに良いところの子供のようだし、そんな風に教育されているのだろう。師匠もそんな感じだった。オレは今、力尽くでトラブルをねじ伏せられるようになったから、師匠には好きにしろって言われてここに居るけども。
 そうこうしているうちに、その子はショックで声が出なくなったらしいことが分かった。オレの質問に地面に文字を書いて答えるその子は、年の割に冷静で頭の回転もよさそうだった。ネーヴェにいる親戚のところに行く予定だったという。この子のことだから、多少の誤魔化しはあるのかもしれないけれど、一人にするのも心配だったから次の町まではオレが同行することにした。後は、親でも親戚でも連絡を取って合流するまで見守ろうかと思う。
 ほんの少し、少しだけこの可愛い子と一緒に居たいと思ったのは内緒だ。

 困っているなら助けたい。それが一番の理由だった。可愛い子と一緒に居たいと思ったけど、オレは剣士なんだから下心なんで持ったらダメだ、と思い直す。それに、この子は今声を失くすほどのショックを受けているんだから。と、気持ちを切り替えて、まずは近くの町を目指す。
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