水底の歌

渡邉 幻月

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告白

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「謝らなくて良いですから、ね、咲さん。 知っていることを、教えてください。僕が、出来ることを見付けたい。」
奥津は漸く言葉を発した。
白子ではないのか? いや、まさか本当に呪いだなんて、あるはずがない。おそらく、病の知識の無いままに産まれた時から真っ白な子供を見て恐れをなしたのだろう。きっとそうだ。ここは海辺の町だから、人魚の呪いだなんて言われているのだ。
そんな、呪いだなんて非科学的な。奥津には到底受け入れる訳にはいかない話だ。何らかの病のはずだ。風土病のような何か。あまり知られていない、奇病の類なのではないか。
奥津の頭の中はそんなことで一杯だった。ぐずりながら、咲が語り始める。
「なんで、呪われてるとかは、分かんないの。」
ああ、やっぱり、呪いなんかではない。分からないものを、分かったふりで片付ける為の方便だ、呪いだなんて。奥津はそう思うが、咲が落ち着くまでは、と、話を黙って聞き続けることにする。
「でも、なんでか浦野の女が、十六になると、肌とか髪とか、白くなってって、目の色もだんだん薄くなってって…」
うん? 十六になると? 生まれつきの白子ではないのか? まさか、いや、しかし白子は産まれた時からのはずだ。奥津は咲の話に頭を悩ませる。
「そうして、死んじゃうんだって。でもね、先生、私思うんだ。白くなるけど、でも私元気なの。だから、呪いで死ぬんじゃなくて、バケモノみたいになったから、殺されちゃうんじゃないかって…」
咲の、その言葉を聞いて奥津は我に返る。
そうだ、恐らく代々の浦野の女性たちはこののせいで… 
白子は確かに短命ではあるが、十代で亡くなるほどの重篤なものではない。何となくは思っていた。奇異な姿であるから、自然災害などの折に触れ、犠牲にされた可能性はあると。そして、先ほど浦野氏が病気であることにしたいと言っていた。確かに、と、奥津も思った。呪いだなんて物騒な理由なら、この娘も何かの折りに犠牲になるだろう。だが、病なら?
そこで、ふと、奥津は疑問に思った。
「咲さん、聞いても良いですか? 十六になると白くなると仰いましたね?」
「うん。みんな十六になると、白くなったって。私も、起きたらいつもより肌が白くて、目の色も赤くなってて… 髪の毛は、だんだん白くなってったの…」
俯いたまま、咲が答えた。
十六になったら。こんな、突然色が抜けるなんて聞いたことがない。いや、しかし、幾らなんでも呪いだなんて。いや、有り得るのか? しかし… だが、実際、咲には異変が出ている。体の一部に鱗が出来ている。目の当たりにした以上、呪いなど無いと考察もなしに切り捨てるわけにもいかない。
奥津は今まで得た知識を総動員して考える。このの正体について。
「咲さん、僕は、あなたのその症状が病故だろうと、呪い故だろうと、治したいと思っています。」 
「先生、気持ち悪くないの?」
「このくらいで、気持ち悪いなんて思いませんよ。」
それは慰めではなく本心からだった。咲は元々の容姿が可愛らしいと奥津は思っていた。病のせいで塞ぎ混んでばかりなのが勿体ないと常日頃思うくらいには。色が抜け落ちてしまっていることは見慣れぬせいで違和感はあるが、それだけだ。確かに、鱗には驚いたが。治してやりたい。この弱々しい、すがるような目をする哀れな子を。
「咲さん、ただ、詳しいことが分からないことには、僕もどうしたら良いのか分からない。
あなたのお父上なら何か知っていると、僕は思うのです。 …その鱗を見せるのに抵抗あるかもしれませんが…」
なるべく傷付けないように、と奥津は言葉を選ぶ、
「父さまに… はい、分かりました。先生がそう仰るなら…」
伏し目がちに、咲が答えた。
父親に何て言われるか、想像に難くない。が、咲は奥津を取った。淡い恋心故に。こんな醜い姿をしているのだから、せめて逆らうことだけはしたくない。素直にして、ほんの少しでも好きになって欲しい。そんな気持ちでいっぱいだったのだ。
「申し訳無い。辛いでしょうが、お願いします。今から、お父上に来ていただきたいと思うのですが、良いですか?」
その奥津の問いに少し悩んでから、咲が頷いた。
「原因があるのなら、僕が必ずどうにかしますから。」
そう言って、奥津は部屋を出ていった。
 襖が閉まり、奥津の足音が遠くなったのを聞いた咲は、どっと崩れ落ちた。
話してしまった、知っていることを全部。
今まで重くのし掛かっていた、奥津に嘘を吐いている。その事実が無くなったことに、一気に緊張の糸が切れたのだ。張り詰めていた空気がほどかれるように、咲は息を吐いた。 
「気持ち悪くないって言ってた。」 
ずっと恐れていたことが、どうやら現実にはならないらしい。咲は、頬が緩むのが分かった。
嬉しい、単純にそう思った。奥津が、自分と同じように好いていてくれるかは分からないけど、それでも気持ちわるいと思われてないことが分かっただけで、今の咲は幸せに感じられた。
「治るといいな。」 
呪いが発症してから初めて、咲は希望が持てた。
「った、」 
また、足に痛みを感じて咲は着物の裾を捲った。今度は、左足のふくらはぎが、痛い。と、痛みの場所を確認する。咲は、再び絶望した。
また鱗が出来ていた。人魚の呪い、鱗が生えるだなんて人魚にでもなってしまうのだろうか。
咲は、恐怖した。 
本当のバケモノになってしまう。家族とも別れて、海に沈むのだろうか。怖い、恐い、コワイ、こわい、私は、どうなってしまうんだろう… 
まるで、あの夢のようだ。あの気味の悪い夢。暗い海の、夢。もしかして、あの夢でこっちを見ていたのは…   咲は叫び散らしてこの場から逃げ出したくなった。頭をかきむしり、今までのことと、これからの事を考える。考えても考えても、妙案などこれっぽっちも思い浮かばない。
奥津がどんなに親身になってくれたとしても、きっと呪いは解けない。私はこのまま…

「咲さん、入ります。」 
不意に、奥津の声が聞こえた。僅かに現実に引き戻される。襖がゆっくりと開けられ、奥津の姿が咲の目に入る。
「先生ぇ、どうしよう、先生、鱗が、また…!」
身も世もなく、奥津にすがり付く。不安も恐怖もない交ぜに、誰を頼れば良いかも分からず。
「咲、はしたない真似をするんじゃない。」
奥津が答える前に、威圧的な声が咲を制止する。奥津の後ろにいた、咲の父親だ。
「父さま…」
我が身に降りかかっている恐怖とはまた別の、抑圧される恐怖が襲ってくる。
「まあまあ、浦野さん、仕方がありません。症状が悪化、と言いましょうか。咲さんは今、とても不安なのです。」
萎縮する咲を庇うように、奥津が言った。
「一体、何があったと言うんです、先生。」
「兎に角、部屋に入りましょう。」
浦野を部屋に入れ、奥津が静かに襖を閉めた。
「咲さん、良いですか? 浦野さん、実際見ていただいた方が分かると思います。」
奥津は咲を気遣いながら、例の鱗を見せるように則す。咲は、不安と諦念に襲われながら、着物の裾を捲った。新しく増えた、左足のふくらはぎを見せる。
また、増えたのか。奥津の表情が強張った。幸いにも俯いたままの咲は気付かなかったが。
「…っ、これは、」
真っ青になって、浦野が押し黙った。
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