水底の歌

渡邉 幻月

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タイやヒラメの…

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咲はぎょっとした。
人魚の顔と、兄姫≪えひめ≫の顔が瓜二つだったから。似た感じだとは、兄姫の顔を見た時に思ったが見比べるとよくわかる。人魚は化粧っ気が無いが同じようにすれば、きっと見分けはつかないのではないか、咲はそう感じた。
咲のその様子に気付いた人魚は、意味あり気ににやりと笑った。
その笑みの真意は、咲には分からなかった。

「さて。そなたたちの目的を申せ。」
翁が苦々しい顔で言う。
「呪いを、解いてください。」
咲はまっすぐに兄姫を見てそう言った。
「…そなたは一体何をしでかしたのじゃ。」
ぴくりとも表情を変えずに兄姫が問う。
「私は何もしてません!」
思わず咲は声を荒らげて居た。
何代前かも分からない、ご先祖様とやらのしでかしたこと。そのツケを払わなければいけないという理不尽が、咲の感情を逆撫でし続けている。
「本人が生きてるんだもの、本人が償えばいいじゃない!」
変わり果てた姿を見る度に、心は切り刻まれてきた。この非日常な竜宮に来て、ついに咲の負の感情が爆発した。

改めて、咲がどれだけ傷付いてきたのかを浦野と奥津は思い知った。
本当は最初の一言で止めなければいけなかった、と、奥津は思う。が、どうして止められただろう。
あとは、浦野と二人で無礼を詫びるしか無いだろう、咲を宥めながら奥津は考えていた。

「ふむ? …その呪いは、弟姫《おとひめ》がかけた呪いのようじゃが?」
咲の態度に、翁たちの表情がみるみる強張り今にも咲を捕らえようと身構えたのをただ一言「構わぬ」と抑え、兄姫が言った。

「乙姫?」
おとぎ話で聞きなれた言葉に、三人は首を傾げた。そして、改めて人魚の顔を見る。

奥津と浦野は、その顔が兄姫と同じことに気付き、息を呑む。
どういう事なのか、と。

「確かにわたしがかけた呪いです。姉上。」
人魚が答えた。
そうだ、似てると思ったんだ、さっき。
兄姫を姉上と呼んだ人魚を見つめ、咲はぼんやりと思っていた。

「どういう事じゃ。」
その、兄姫の問いに答えるように人魚──弟姫《おとひめ》が、経緯《いきさつ》を話した。

「なるほど。まあ、双方言いたい事は分からぬでもない。」
兄姫は、玉座に身を深く預けそう言った。何かを考えているようだ。

暫時の静寂。
咲は、息も詰まる思いで兄姫を見詰めた。浦野もまた。

「裁きは、試練を受けてもらう。見事に試練を乗り越えたら… 弟姫《おとひめ》、呪いを解いてやるのじゃ。」
姿勢を正し、兄姫が言う。
「姉上!」
弟姫《おとひめ》が叫んだ。納得がいかぬのだろう。未だ怨みは果てぬ、と、その表情が物語る。

「妾の決定は覆らぬ。」
兄姫は言い放った。
「そこな三人に夕餉《ゆうげ》をふるまってやりなさい。空腹では試練を乗り越えるのも困難じゃろうて。」
兄姫のその言葉に何人かの女官がこの場を離れていった。
兄姫は手招きで翁を呼ぶと、何事かを指示していた。

 翁が一礼して兄姫の元を離れる。近侍に小声で何やら指示を出した。
指示を受けた一人もまた、女官たちが消えていった方へ向かう。残りの者たちは、咲たちの元へ近付いてきた。
「なっ、何かね?」
浦野が咲を庇いながら、近侍の一人に尋ねる。
「お前たち三人を広間に案内する。そこで夕餉《ゆうげ》をお前たちに振る舞う。」
一人が答えた。そして立ち上がるように則す。
「三人、ですか?」
奥津が尋ねた。
「弟姫《おとひめ》様に仇為した者は、連れていく。」
気が付けば、近侍のうち三人がアレを取り囲んでいた。
何かをうわ言のように繰り返すのを無視するように、近侍たちは連れ去った。もとより、三人にそれを制止する理由も権限もない。ただ、アレはどうなるのだろう、と言う漠然とした恐れに支配されながら思うだけだった。

「さあ、こちらへ。」
近侍の一人が声をかけた。
 試練と言う名のどんな裁きを受けるのか。その未知の恐怖に戦《おのの》きながら三人は近侍の後についていった。
 弟姫は、兄姫の元に残っている。

通された広間は、とても広い座敷だった。下座には楽器を携えた一団が控えていた。
「お前たちが有罪か無罪かはまだ分からぬ。分からぬ以上、最上級のもてなしはせぬ。」
広間で待っていた翁が言った。そして続けるには、
「だが、罪人と決まった訳ではない。最低限にはもてなそう。」
と。不機嫌そうではないが、今は完全に仕事に徹しているのだろう、表情は読めない。
その翁が右手を軽く上げる。音楽が流れ始めた。
「さあ、こちらへ。」
上座に用意された膳へ案内され、従うのが良いのか逆らうのが良いのか判別も出来ないまま、三人は夕餉《ゆうげ》の席に着いた。

予想の範囲と言えばそうだが、料理は海産物が色とりどり盛り付けられていた。
刺身が多かったが、焼き物も揚げ物もある。こんな海の底で? 咲は火が燃える所が想像できず、それらの料理に見入っていた。
また、ちらほらと山の幸も見られた。海の底でも手に入るものなのだろうか? ぼんやりと奥津は考えていた。

「…気を悪くしたらすまんのだが、」
用意された料理を眺めながら、浦野が言った。
「如何された。」
「色々な魚の… 刺身がこんなにある。いや、わしらは、なんと言うか、良く食べていたので抵抗はないのだが… その、」
視線を泳がせ、浦野が翁に問いかける。
同族ではないのだろうか。これが試練なのだろうか、と、浦野は考えていた。
刺身を一切れでも口にしようものなら、罪人として裁かれるのでは? と。

「それらは魚だ、ただのな。我ら竜宮の民とは別物よ。お前たちも豚やら鳥やらを食べるのであろう。それと同じことよ。」
翁の答えはあっさりしたものだった。
その答えに、問いかけた浦野だけでなく咲も奥津も微妙な気持ちになる。

確かに、豚も鳥も食べる。もちろん魚も。それらは人間とはあまりにもかけ離れた姿かたちだから、可能なのだ、と三人はそれぞれ思っている。
竜宮の民と魚の違いはなんだろうか。変化するかどうかなのだろうか。見た目が似ていても、平気で食料にできるものなのだろうか。

「どうした、食わぬのか? 兄姫様の厚意を無駄にするのか?」
翁の顔に苛立ちが見え始めた。

「あ、いえ、いただきます。」
これ以上ぐずぐずして翁たちの機嫌を損ねるのも怖い、と判断した奥津が答えた。
取り敢えずいただきましょう、と、浦野と咲にも言う。

とにもかくにも、このままでは話が先に進みそうもない事もあり、三人は箸を取った。
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