無理矢理召喚された聖女と魔王の仄暗い復讐譚

10.睦言に似た密談

「でも、どうしてそんなことを思い付いたの？」
一緒に死んでもいいと答えてから、セイラは魔王に尋ねた。懸念していることにはうまく対処してくれるようだし、聖女を辞めたくて仕方ないセイラには、まあアリかな、という選択肢でもあった。どのみち今世では生きて元の世界に戻れないのだから、他に仕様がないのも事実。
　まあ、前触れなく『一緒に死んでくれるか？』と言う告白には、正直度肝を抜かれたわけだが。悪意からではないということは、魔王の人となりを知った今では疑うこともない事実であるしすぐにセイラは落ち着いたのだった。
「…生者でも死者でもない私を、たとえ勇者であろうと殺すことは出来ないだろう。」
遠い目をした魔王が、ぽつりと言った。
「勇者に手柄を、ってこと？」
セイラは不服そうに魔王を問い質す。ゆるりと首を横に振り、
「ただもう、この世界に飽いているだけだ。」
とだけ答えた。飽いている。それに嘘はない。ただ、それ以上にこの無為な存在に終わりを告げたいのだという、もう何時から抱いだいているか分からない願望を叶えたいと考えている。
「それで水に成るの？　それで満足なの？」
「分からない。…ただ、今も時折思い出す。否、忘れられずにいるのだろう。水と成り果てる間際の、あの満足そうな父の顔が。」
満足げに嗤ってみせたあの時の父鬼の心境を、同じように水に成れば分かるのだろうか。魔王は時折父鬼のことを思い出す度に、考えていた。

　魔王が聖女セイラに提案したのが、ここで魔王の手によって一度死に、鬼の禁呪で黄泉返る事だった。真名を呼ばれれば水と成って、もう二度と還らぬ術だ。その姿を目にして一度も名を呼ばずに済むはずの無いだろう勇者様御一行。魔王城で相対した時、聖女の名を呼んだが故に、自らの手で永遠に聖女を亡き者にするのだ。勇者が。
「まあ！　なんて愉しい。その時私が既に死んでいるとも知らず、名を呼んだが故に彼らは自らの手で聖女わたしを失うのね。」
「ああ。聖女召喚の術も、私の死と共に永久に失われるよう呪いをかければ、そなたの望む通り犠牲になる異世界人は居なくなるだろう。」
「そんなことが出来るの？」
聖女のことを対処すると答えてくれた時は、納得しつつどう対処するのかと疑問に思っていたセイラだったが、これ以上にないだろう完璧な答えに驚いた。
「ああ。面倒な呪いだが、これで最後と思えば苦でもない。勇者が来るまで少し時間もあることだし、準備も念入りにできることであるし、特に問題はなかろう。」
呪い、という不吉な言葉に一抹の不安を覚えつつ、それでも元々死ぬことを前提とした計画であることと呪いを引き受けるのが魔王と言うある意味その道のスペシャリストである事実に、セイラは納得する。

「ああでも、彼らの絶望する顔を、慌てふためく様をこの目で見ることが出来ないのね。」
セイラは肝心なことに気付いて、残念だわ、と溜息を吐いた。
「まあ、そうなるな。」
「でもこの計画以上に彼らに効果的な復讐も無いものね。」
セイラは逡巡して、自分に言い聞かせるように言った。
「そうだな。この計画の肝は、勇者かその仲間の手によって、当代の聖女も未来の聖女も永久に失われると言うところだ。」
聖女が直接復讐すれば、記録に残り次代の聖女はさらに過酷な環境に追いやられる可能性が大きい。だからと言って、魔王が聖女召喚に介入したことが分かれば別の手段を取るだろうし、何より反省も後悔も無いだろう。
ならば、反魂の法と聖女召喚を呪いで永久に消え去るようにしてしまえばよい。そう、魔王は考えた。人間たちが反魂の法に辿り着かなければ、何が起こったか正確にとらえることは出来ずとも、勇者様御一行が原因で聖女が失われたくらいは理解できるはずだ。
　幾らか混乱するだろうが、聖女の居なくなった世界で聖女の有難味を身を以て知るだろう。手遅れではあるが。その頃には魔王もこの世になく、不満も怒りも向ける先が無ければ…　
魔王の身を焼く冷たい感情が、仄暗い復讐を、と囁く。人に成れなかった魔王は命を懸けて全てを巻き込んで、昇華し切れなかった恨みと憎しみを灰にしようと考えていた。