初恋の肖像

渡邉 幻月

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一緒にいたい

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「あんたはん、何言うてはるの。うちが、あんたはんの事、嫌いになる筈ないやろ? 言うてくれはったら良かったのに! うち、そしたら、もっと笑ったよ? いっぱい笑ったんよ。ねえ、泣いたりなんかせえへんかったのに…!!」
はらり。はらはら。涙が落ちる。目の前が見えなくなる程、涙が溢れる。はらり。はらはら。あの時舞っていた桜が、目に浮かぶ。思い出の中の絵描きの顔が、今、桜吹雪よりも鮮明に思い起こされた。
「うち、本当に何も要らへんかったの。でも、此の手紙は欲しい。此処にある絵は欲しい。あん人の、絵描きはんの心と一緒に居たい…!」
「そう言って頂けると、御主人様もさぞかし喜ばれる事でしょう。…此処は、町に出る迄少々歩きますが、其以外は生活に不自由しないでしょう。私は、此で失礼させて頂きます。もし、何かございましたら此方迄、遠慮なさらずにどうぞ。奥様の事をくれぐれも宜しくと、御主人様から仰せつかっておりますので。其では。」
軽く会釈をし、弁護士は去っていった。

 一人、画廊の絵を一枚一枚眺めてみる。手紙を胸に抱き締め、涙が溢れ目では絵も良く見えない。だけど、此処に確かに絵描きの心が残っている。まだ、息づいている。
「此処に居はるんね? あんたはん。此処に居てくれはるんね? うちが此処に居れば、ずっとあんたはんと一緒に居れるんね…?」
はらり。はらはら。桜の枝がそよぐ気配を感じる。絵描きが笑った様な気がした。
「うち、もう泣かないから。此処に居る間は泣かないから。此処に居ればあんたはんが一緒に居てくれはるから、うち、泣かないよ。あんたはんが、見たい言わはるから、うち、此処に居る時はずっと笑うてるから…!」

はらり。はらはら。はらはら。はらり。
桜がそよぐ。遠い夢が過ぎ去って、思い出だけが此処に在る。
はらり。はらはら、はらはら、はらり。
桜が散って、また咲く様に、遠い昔が思い出の姿を借りて、春になる度色付く。
桜の霞の向こう側、今も穏やかに笑っては、名前を呼ぶ人の姿が眼に浮かぶ。

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