愛する息子へ

村上しんご

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授乳

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 授乳の時間は疾うに過ぎているというのに、私はベビーベッドの上でお腹を空かせて泣き叫ぶ、我が子の姿を只ぼんやりと眺めていた。



 お腹を痛めて生んだ大切な宝物の筈なのに、目の前で泣き叫ぶ赤ん坊が自分の息子だという愛着が、どうしても湧かなかった。

 早く授乳をしなければ、この子はお腹を空かせてもっと泣き叫ぶだろうが、私はそれをするのが怖くて堪らない。

 産んだばかりで愛らしく思えて堪らない時期なのに、私にはベビーベッドの上で愚図る息子の姿が、どうしても40を超えた嫌らしいオッサンにしか見えなかった。



 私はいったい何を生んでしまったのだろうか。

 授乳をするのが嫌で粉ミルクに変えてみたりもしてみたが、タクヤは哺乳瓶の吸い口が気に入らないのか、口に含む事すら嫌がって拒否をする。

 仕方なしに母乳に変えようと肌を露わにすると、剥き出しになっていく乳房を見つめる円らな瞳は、獲物を狙う野獣の様にギラギラと輝いていく。



 正直に言うともう授乳など一切したくはないが、育児放棄だと罵られる事に怯える私は、素直に母乳をあげるしか無い。

 お乳を欲しがるこの子の前で困惑する私は、どうして良いのかわからずに、既に2時間近くも狼狽えていた。



「どうしたの?ミルクはやらないの?」



 帰宅した夫の声で我に返る私は、本当は疚しさを感じて心臓が飛び出るほど胸がドキドキしていたが、平静を装って何事も無かった様に受け答えしていった。



「あっ?!…おかえりなさい…余りにもタクヤが可愛くて見惚れていたの…」



 心にもない事を口にする私は、もはやそんな些細な嘘をつく事に心など痛まなかった。

 何も知らない夫はタクヤを普通の赤ちゃんだと思っている様だが、四六時中生活を共にする私には、この子が普通の赤ちゃんだとは到底思えない。

 その異常性を日々目の当たりにしている私は、そんな事を言っても信じてはくれないだろうと、誰にも言えずに自分の胸に仕舞い込んでいる。



 思えば生まれた時からこの子が私を見る目は、母親に向けられるものとは何かが違っていて、その時から嫌な予感は感じていた。

 その纏わりつく様な視線は、女に飢えたオッサンが初心な女性を見る時の様な、スケベな感情が溢れ出していた。

 初めての出産で赤ん坊がどういうものかわからなかったが、物心も付かないこの子が私を女として見てるのは明らかで、私は授乳の度に感じさせられてイカされそうになっている。



 そのテクニックは繰り返す度に上達して、前の授乳の時に軽くエクスタシーを迎えてしまった私は、もうタクヤの舌使いに抗う自信など微塵も無かった。



「ほら、早くミルクあげなよ…僕もここで見てるから…」



 そんな事を呑気に口にする夫は、私がこの授乳にどれだけ恐怖を感じていて、その言葉がどんな事を意味しているのかも全く理解していない様だった。

 夫の目の前で自分の息子に乳房を吸われ、絶頂を迎えてしまうなど、どんな事をしても避けなくてはならない。



「ま、待って…アナタは先にお風呂に入ってきた方がいいんじゃない?す、少し汗臭いし…」



 ここから遠ざけようと必死になってお風呂を勧めるものの、夫はベビーベッドから離れずに、泣いてるタクヤの顔を微笑ましく眺めている。



「そんな意地悪言わなくても良いじゃないか…僕だってタクヤの授乳見たいよ…」



「えぇ~っ…!」



 それに対して顔を曇らせる私の姿を不思議がる夫は、その不穏な様子に疑いの目を向け始めていた。



「どうしたんだよ?…何か疚しい事でもあるの?」



「そ、そんなこと無いけど…なんか…恥ずかしいじゃん…」



 咄嗟に言葉を濁して誤魔化す私の姿に、夫は呑気にケラケラと高笑いを始めていく。



「何だよそれ…清美の裸なんて見慣れてるんだから恥ずかしがること無いよ…」



 追い詰められた私は能天気な夫の姿が、腹立たしくて堪らなかったが、そんな感情を悟られる訳にもいかなかった。



「わかったわよ…」



 怒りに任せてベビーベッドからタクヤを抱き抱える私は、寝室の床に座りながら着ているスウェットシャツを捲って胸の膨らみをゆっくりと露出していった。

 徐々に露わになっていく乳房を、抱かれながら見つめるタクヤの顔が一瞬ニヤリと微笑んで、私は背筋に寒気を感じてゾッとしていく。

 催促するように口をポッカリと開けるタクヤの姿が、嫌らしいオヤジにしか見えず、乳房を口に含ませる事がどうしてもできなかった。



「早く口に含ませてあげなよ…タクヤが待ってるよ…」



 陸に上がった魚の様に、口をパクパクさせているタクヤの姿に悍ましさを感じる私は、急かす夫の言葉に怒りを感じながらも、仕方なしに乳房を口に含ませていった。

 するとそれを咥え込むタクヤの口が乳房全体に、まったりと絡みつき、舌先だけが敏感な部分の先っちょをチロチロと擽っていく。

 傍から見れば母乳を吸っている様にしか見えないが、咥えられた私には高度なテクニックで愛撫されてるようにしか思えない。



「おおっ…元気に吸ってるなぁ~」



 何も知らない夫はそんな私たちを微笑ましく見ているが、それに耐える私は全身をプルプルと震わせて、反応してはならないと、難しい数式を頭に思い描いていった。

 気を抜くと声が出そうなほど上手な舌使いは何とも巧妙で、じわじわと天辺が甚振られて、私の呼吸が徐々に乱れていってる。

 私の乳房は自分の息子の口の中で、歯の無い歯茎で甘噛みをされたり、舌に乗せられて転がされたりを、淡々と繰り返されてジンジンと熱くなっている。



 男性経験は夫を含めて何人かこなしているが、そこだけで絶頂を迎えさせられた事など、今までの経験で一度も無い。

 まるで匠の様に熟練されたタクヤの舌技は、どうにかして堪えているだけで、気を抜くといつ絶頂を迎えさせられても可笑しくない程だった。

 死に物狂いで他の事を考えて、そこから伝わる快感から逃れようとしてるのに、タクヤの愛撫は一向に治まる気配がまるでない。



 乳房を咥えながらニヤ付くその顔は、まるで私をあざ笑うかのようで、弱いところばかりを延々と攻め続ける舌先は、身体中を性感帯の様にじわじわと敏感にさせいく。

 夫に気付かれまいと微かに息を荒げる私は、乳房を吸い続けるタクヤの姿を見て居られずに、天を見上げて大きく深呼吸を繰り返していった。

 その虚ろな瞳は焦点も定まらず、何もない所をあても無く延々と彷徨い続けている。



「清美…具合が悪いのか?…顔が真っ赤だぞ?」



 今話しかけられても返答すらできないのに、夫は心配して私に声を掛けながら、その虚ろな顔をしつこく覗き込んでくる。

 絶対に感じてる事を悟られたくない私は、タクヤの入念な愛撫を堪えながら、夫の言葉に答えようとその顔にゆっくりと目を向けていった。



「う、うんっ…す、少しぃ…熱があるだけだよぉ…」



 上擦った私の声とトローンとした顔をする私の可笑しな様子に、夫は眉間に皺を寄せて首を傾げていく。



「大丈夫かよ…なんか可笑しいぞ…」



 そんな事を言いながらも、タクヤに咥えられた乳房が今口の中で、ゆっくりと舐めまわされているとは、夫は思ってもいないだろう。

 しかもそれは夫がしてくれる愛撫など遥かに凌駕するもので、必死になって堪えてはいるが、私はもうじき成す術も無くイカされてしまうだろう。

 淡々とそこを転がすタクヤの舌は、まるで私の感情を読み取っているかの様なねちっこさで、私をイカせてしまおうと丹念に蠢いているのだ。



「だ、大丈夫だよぉ…」



 そう言いながら浅い呼吸を繰り返す虚ろな私の顔を見て、夫の顔が見る見る不安げになっていく。

 しかし既にイキそうで抗う事すら出来なくなっている私は、そんな夫の不安な感情など感じ取ることなど出来なくなっていた。

 淡々とそこを舐め続けるタクヤの舌は、切ない思いを沸々と込み上げさせて、行き場など無くなって破裂しそうなほど膨らんでいる。



 イッてはイケないと懸命に耐え忍んでいるのに、タクヤの舌使いは休むことなく続き、じわじわと私を絶頂へ追い込んでいく。

 とうとう限界を感じて観念した瞬間に、身体中に衝撃が流れて、私の身体がビクビクと震え出していく。

 声を出す事すら出来ない私は、タクヤを強く抱き締めながら、茫然自失の潤んだ瞳で天井をゆっくりと見上げていった。



「ど…どうしたんだ…?」



 夫は口をあんぐりと広げまま只事ではない私の様子を呆然と眺めている。

 絶頂の余韻で放心する私はイッた事など言える筈も無く、すぐさま気を取り直し、何事も無かったかの様に取り繕っていった。



「な、何でもない…ちょっと眩暈がしただけ…」



 そう言ってイッた事実など無かった様に振舞うが、身体中が火照って赤く染まった素肌には、大粒の汗がダラダラと滴っている。

 過酷な運動でもした後の様な私の情けない姿を、腕の中で見つめるタクヤはニヤニヤと嘲笑っていた。



「そ…そうか…」



 深く追求しないが夫は何かを悟ったかのように、一言だけそう言い残すとトボトボと、その場から離れていく。

 何かを秘めた様なその背中には深い哀愁が漂っていた。

 あれ程タクヤを可愛がっていた筈なのに、その姿にはタクヤを気遣っている様子など微塵も無い。



 その時から夫は、今までのタクヤへの愛着が嘘だったかのように、自分の家族への関心など無くなっていった。

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