眷属のススメ

岸 矢聖子(きし やのこ)

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俺のご主人様 ①

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「どちら様ですか。」

「スマイル眷属紹介所の紹介で参りました本田と申します。」

「少々お待ちください。」

ほどなく門が開き、中から高級なウールの三つ揃いのスーツを着た上品な初老の紳士が現れた。この人がご主人様か?

「おやおや、宗助様も奇策きさくに出ましたね。」
そう言ってその紳士は、ほほほっと笑った。

「どうぞ、お入りください。すぐにお嬢様をお呼びします。」

「お嬢様?」

「申し遅れましたが私はこの家の執事で高梨たかなしと申します。」

高梨さんに案内された客間は広く、質の良いアンティーク家具が置かれている。
俺は借りてきた猫のように小さくなっていく気持ちがした。

バタンッ。乱暴に扉が開く。
そこに立っていたのは16.7歳くらいの女の子だった。

「なによ!宗助兄さまったら、今度は、こんなチンチクリンなガキをよこして、どういうつもり!」
彼女は俺を一瞥いちべつしてそう言い放つ。

(ん?俺のことかよ。チンチクリンなガキって自分だってそうじゃねぇか。)

「なんですって、チンチクリンですって!」
(やばい、読まれたか。忘れてた。)

そこへ高梨さんがお茶を持って現れた。

「アヤメ様、これで20人目ですよ。この方を断ったら、さすがに宗助様もご気分を害されるんじゃないですか。」
(ああ、こいつがブーメランの元凶か。)

「宗助兄さまなら大丈夫よ。私に甘々だもん。」
そういって俺の方を意味ありげに見てほほ笑む。笑うと結構かわいい。

「仕方ないわね、履歴書出しなさいよ。見てあげるから。」
俺は履歴書を出す。

「何これ、汚ない字ねぇ、なんて書いてあるかわからないじゃない。」
(うるせぇ、ほっととけよ。)

仕方なく見てやると言ってた割には、きちんと読んでいる。確かに汚ねぇ字だよな。
彼女の目が履歴書の中ほどで止まる。

「ねぇ、あなた。これホントなの?」
履歴書を机にたたきつけ顔がくっつくほど身を乗り出してくる。

「ホントって何が?」

(か、顔が近い。かわいい顔がこんな近くに、、。)
俺はどぎまぎした。

「この履歴書に書いてある、”直せないバイクは無い”ってやつよ。」

(ああ、特技の欄に書くことないから、ガソリンバイクで直せないバイクは無い!って書いたんだっけ。)

「ホントだけど、電気バイクは直せないよ。お嬢さんバイクに興味あんの?」

「ちょと来て!」

彼女は、その細い腕からは想像できないほどのバカ力で俺の手を引いて行く。暗い廊下の先にある裏口を抜けて外へ出た。
外には、俺のアパートよりも大きいガレージがある。中の灯りをつけると中には夢の世界が広がっていた。

「これすげぇな。クラシックカーばっかじゃん。」

中には往年の名車と呼ばれるガソリン車が山のようにあった。

「それは、どうでもいいの。これよ、これは直せる?」

そういって彼女が銀色のシートを外すと、中から出てきたのは往年の名単車スズキ:GSXーR

「おおおおお。すげぇな。初めて見たよ。」

「これ、直せる?」

彼女の顔に一瞬不安の色が走る。

(不安な顔も結構可愛い)

「おう、まかせとけ!というか、こっちから頼む。これを俺に修理させてくれ。」
こんなすげぇバイク修理できるなんて夢のようだ。俺は頭を可能な限り下げて頼んだ。

「決定よ!あなたを私の眷属にしてあげるわ。」

そういって彼女は俺の小指をきりっと噛んだ。

「痛ッ。」

「安心して。これでヴァンパイアになるわけじゃないから。」

そりゃそーだ。現時点では人のヴァンパイア化は日本政府、ヴァンパイア政府の双方から禁止されている。

彼女はの顔から不安な色はすでに消え失せ、元の高飛車な表情に戻っている。

「んじゃ、よろしくな。明日は道具もってくっから。」

「今日から!じゃ、ダメか、しら。道具ならここにあるわ。」

そういって、彼女はツールカートを奥から引いてくる。

「道具もすげぇな、じゃ、さっそく今夜から取り掛かりますか。」

「あり、がとう。」

「いやいや、俺の方がありがとうだよ。こんな名車に出会えて、整備までできるなんて夢ようだ。」

「あなた。その服汚れちゃうんじゃない?」
彼女は、俺の唯一の襟のついた服を心配していた。

「あ、全然平気、安物だし動きやすいから気にしないでOK.。でも、面接にはマズまずかったよ
な。」

俺が笑い、彼女もつられて笑った。、、、ような気がした。

結構錆が出ているのでまずは分解。ここを手抜きすると万事がうまくいかない。
俺とお嬢様は、分解したパーツのさびを丁寧に落とす。
どのくらい時間が経ったのか二人は黙々と作業を続けた。

「休憩しませんか。」
高梨さんが夜食のサンドイッチとコーヒーを持って現れた。
時計を見ると、午前2時を過ぎたところだった。

俺は手を洗い、高梨さんのサンドイッチをぱくつく。
(うまい!!)

「あなた、なんでこんな役に立たないことを知ってるの?」
手を休めることなくお嬢様が口を開く。

「今、十分役に立ってるじゃねぇか。俺のじいちゃんバイク屋だったんだよ。でも、時代は電気バイク移行して、ガソリンの高騰もあって、誰も乗らねぇってのに、ガソリンの単車にこだわってさ。排ガスの匂いがいいだの、エンジン音がいいだのってさ、客も来ねぇのに。いっつも単車をいじってたよ。」

「素敵なおじい様じゃない。職人ってやつね。」

「俺も大好きだったよ。だから学校終わったら毎日じいちゃんの店に行って見様見真似でバイクいじり始めたのがきっかけ。ところでこのバイク、お嬢様のなのか?」

「兄のよ。」

「だよな。お嬢様には大きすぎる。」

「そのお嬢様ってのやめてくれない。」

「じゃなんて呼べばいいんだよ。」

「アヤメでいいわ。私もあなたのこと一宇って呼ぶから。」

「アヤメ。そろそろ夜が明けるぜ。いくつかパーツも必要だし、今夜中に直すのは無理だから今日はもう休めよ。明日、パーツ屋で足りないものを探してくるよ。」

「わかったわよ。おやすみ。」
名残惜しそうにアヤメは自室に戻っていった。

俺は一人で作業を続けた。バイクをいじっているときは嫌なことを忘れる。
没頭しているうちに夜が白々と明けてきた。
ガレージに白いエプロンを付けた高梨さんが入ってきた。

「少しお休みになって朝食になさいませんか。準備はできております。」

有無を言わさぬ感じで促す。俺はガレージの水道で手を洗い。高梨さんに続いて食堂に入る。
食卓には温かい湯気の立った味噌汁、卵、魚、白いご飯の純和風朝食が並んでいる。

「いただきます。」

う、うまい。こんなうまい朝食は何年ぶりだろう。
高梨さんを見ると笑顔でこっちを見ていた。

「あ、すごい美味しいです。」

「この後はどうなさいますか?少しお休みになられては。」

「ああ、じゃそうします。で、起きたらパーツ屋見に行きたいんですけど、ちょっと懐が寂しくて。」

「かしこまりました。購入品リストをいただけますか?お目覚めまでにお金は準備しておきましょう。」

ふかふかの布団からは洗濯したてのいい香りがした。披露、緊張、満幅、の三拍子が揃い、俺はすぐに夢の中へ落ちて行った。



カッコー。カッコー。カッコー。
スマホのアラーム音が夢の中に響く。

俺、今「GSXーR」の修理してたんだっけ。そう考えただけで、頭が即座に回転し始める。
寝る前にパーツ屋のおやじに必要なパーツをメールしておいた。

おやじから返信がある。
しめて16万8千円。ツケ、カード不可で夜露死苦ヨロシク!」

何がヨロシクだよ。でも168000円ってだいぶ高額になったなぁ。高梨さん、どんな顔するだろう。
俺は起き出して食堂へ向かう。
食堂からはいい匂いが漂ってくる。中では高梨さんがエプロン姿で食事の準備をしていた。

「良くお休みになれましたか。」

「おかげさまでぐっすりです。あの、パーツ代なんですが、結構高額になちゃって。」
俺は小さな声で申し出た。

「あなたの購入品のリストを拝見して、間に合う額を準備しておきました。」
食堂のテーブルに分厚い封筒が置いてある。

「50万入っております。」

「ええっ。そんなにはかかりませんよ。」
50万なんて大金、いっぺんに見るのは初めてだ。

「おやおや、一宇様は良いツテをお持ちのようですね。ほほほほ。」

「パーツ屋はゴールデン商店街の近くなんで、ついでにスマイル紹介所にも就職の報告してきます。」

「それがいいでしょう。」

「夕食の準備をしてお待ちしておりますよ。」

「はい。じゃ行ってきます。」

~高橋モーターズ~

パーツ屋はゴールデン商店街のはずれの潰れた自転車屋を改装した店舗で営業していた。
バイクが廃れた今、モーターズとは名ばかりで機械や電気部品のレアパーツを扱うなんでもショップというのが実際だ。
ガソリンスタンドが電気自動車や電機バイクの充電所に変わった今でも、ここではガソリンも手に入る。ただしべらぼうに高い。俺がこの店の唯一無二の客なのではないかと俺は思っている。
その証拠に、客のこない店のシャッターは常にしまっている。
勝手にシャッターを開けて中に入るとおやじが居眠りしていた。

「おい、おやじ。」

このおやじは、じいちゃんのバイク屋仲間だから70は越えてるはずだが、気持ち悪いくらいマッチョで強い。

「おお、来たか。お前一体何やってるんだ?このパーツじゃ、お前のバイクじゃねぇよな。」

「ああ、俺の依頼主の「GSX」だよ。」

「おお、そんな名車がいまだに現存してんのかよ。今じゃ、東京のバイク博物館くらいにしかないんじゃないか。」

「ああ、これ。金な。悪ぃけど領収書も頼むわ。」

「領収書だと、小僧。今までそんなこと言ったことねぇじゃねぇか。そんなもんねぇよ。」

「じゃ紙にでも書いてくれよ。これは依頼されたもんだから。」

「お前、これどうやって持っていくんだよ、結構あるぜ。」
おやじはパーツの入った段ボールを指さす。

「台車貸してくれよ。」

「おう。台車レンタル料はサービスしておくぜ。」

「けっ、何がサービスだよ。こんな店、俺が唯一の客だろ。もっとサービスしろよ。」

「仕方ねぇな、ガソリンも30Lサービスしとくよ。毎度アリ~。」

俺は、パーツと領収書を受け取り店を出てゴールデン商店街に向かう。
夕方の買い物時間にはまだ早いのか商店街は閑散としていた。

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