6 / 166
良き隣人と職業婦人
しおりを挟む
俺は4日ぶりに懐かしいオンボロアパートに帰宅した。
立て付けの悪い玄関の木戸の音を聞きつけて早速ハビブが訪ねてくる。
「イチウ!イママデ ナニシテタ!ハラガヘッテ ノタレジンダ カトオモッテシンパイシタヨ。」
「あ、悪い。住み込みの仕事してたんだよ。」
「オオ、シゴト ミツカッタカ。ヨカッタナ。」
「その仕事は単発でもう終わったから、また新しい仕事を探さなくっちゃ。」
「※インシャッラ、イチウ。インシャッラー。」
(※神のみ心のままに)
「心配かけて悪かったよ。あ、給料もらったから、お土産。」
俺はさっき買ってきた松の実をハビブに渡した。
「マツノミィ。コンナニタクサン。イチウ、ドロボウ シタカ?」
「してねぇよ。」
「ヨシ!コンバン、マツノミ イッパイノ ミントティー ツクルカラ イチウ ノミニコイ。」
「わかった。奥さんとアニスにもよろしく。」
アニスは彼の自慢の息子だ。
「ワカッタヨー、ジャ、キョウノ ヨル二 マタナー。」
まだ日が高い。俺はこれからの身の振り方について考えを巡らせた。
バイクの修理が終わった刑部家には、もはや俺の仕事はない。
その1。職安にブーメランのように舞い戻り新たな仕事を紹介してもらう。
その2。スマ眷に舞い戻り、新たな眷属先を紹介してもらう。
結論は、その二択に絞られるが、取り合えず現在は懐も温かい。滞納していた家賃を払ってもいくらか残る。早急に答えを出す必要はないように思われた。
その夜、約束通りハビブの家で夕食にお呼ばれした。俺は留守にしていた3日間の事をハビブとその奥さんのアスマに根掘り葉掘り聞かれる。
「オオ、ソウカ。イチウノ アタラシイ ボスハ ヴァンパイア ナノカ。」
「でも、短期の仕事だから、その仕事は終わったんだよ。また新しい仕事を探さないと。」
「ダイジョウブ。マタ、ヨイシゴトガ ミツカルヨ。インシャッラー。イチウ。」
食事の最後に松の実のたくさん入ったお茶が出てきた。アニスも「マツノミィ」と言ってはしゃいでいる。
その時、古い木造アパートの階段を踏み鳴らしながら乱暴に上ってくる音が聞こえてきた。
「マタ、シャッキントリ キタヨ。コンドハ ダレノ トコロニキタ?」
ハビブが顔をしかめた。
今度は乱暴に扉をたたく音がする。
ん???叩いているのはは俺の部屋か?
さっそく好奇心の塊ハビブがのぞきに行った。
「お騒がせして申し訳ありません。」
(??? あの声は、、、。)
「イチウ、オマエノヘヤニ スゴイ ベッピンサンガ キテルヨ。」
(!!!)
俺は慌てて廊下に飛び出した。
「あああああ。いたぁ!一宇!何してるのよ。もう出勤時間はとっくに過ぎてるのよ。契約早々ズル休みなんていい度胸してるじゃない。」
怒りに震えるその手には俺の履歴書が握りしめられている。
「いや、俺。もうバイクも直ったし。必要ないかなぁーって、、。役に立たないのに給料もらうのも気が引けるっていうかなんて言うか、、。」
俺はしどろもどろにそう言った。
「一宇は眷属契約がよくわかっていないようね。あんたが必要なくなったら、はっきりそう言うわよ。」
「オオ、コノ ベッピンサンガ イチウノ ボス デスカ。ソンナトコロデ タチゲンカモ ナンデスカラコチラニドウゾ。」
扉の陰から覗いていた。ハビブがそう言ってアヤメを手招きした。
暢気なハビブにアヤメの怒りの沸点が一気に冷めていくのが分かった。
「お招き、ありがとうございます。お邪魔いたします。」
突然現れた美人の珍客にアニスは恥ずかしがってモジモジと母親の陰に隠れる。
アスマが母国の言葉でイブラヒムに何か言った。ミントティーのポットを差し出しているので、お茶を勧めたらどうかとでも言ってるらしい。
イブラヒムも何やら母国語で話している。首を振って差し出されたポットを戻し。笑顔で自分の腕をアヤメに差し出した。
「ドウゾ。アナタガ ヴァンパイア ダト イチウカラ キキマシタ。キャクジンヲ モテナスノハ タイセツナ コトデス。」
アヤメは目を丸くして驚いている。
「お気持ちだけで結構です。まだ誤解もありますが、我々ヴァンパイアは人間の血は飲まないんですよ。よろしければお茶をいただけませんか?」
そう言ってにっこり微笑んだ。
「モチロン。ドウゾ。マツノミモ タクサン イレテクダサイ。」
「ワタシ ココニ スンデカラ イロンナ クニノ ヒトト トモダチニナリマシタ、デモ ニホンジンノ トモダチハ スクナイネ。イチウト アト フタリダケ。キョウハ ハジメテ ヴァンパイアノ トモダチガ デキタ。」
ハビブは喜んでいるようだった。その後、和気あいあいと楽しい時間が流れる。
ハビブの家を出るとき、アヤメはは美とその家族に、何度もお礼を言った。
「オレイ ハ イラナイ。マタ キテクレレバ オッケー ダヨ。」
ハビブの家の扉が閉まると、俺はまたアヤメの怒りのボルテージが上がるのを恐れて身を固くしたが、がそうはならなかった。
「明日はズル休みしないでちゃんと来なさいよ。」
アヤメはそう言っただけだった。
「今日は悪かった。家まで送るよ。」
俺は、第一恵和荘の駐輪場から愛車のベスパを出してきた。
これが、俺の金食い虫。
「乗って。」
半キャップをひとつアヤメに渡す。ガソリンはパーツ屋のおやじのところから買ってきたので十分入っている。
刑部邸に到着した。
アヤメはまだ怒っているのか、後ろも見ないで門の向こうに消えた。
俺がバイクのエンジンをかけると中から
「また明日。今日は楽しかった。」
と大きな声が聞こえた。
翌日、日の入りより少し早くに刑部家に向かった。
高梨さんはいつもどおり朗らかで、俺の顔を見るなり
「今日は、クロワッサンを焼いてみました。お腹。すいてませんか?」
と言った。
クロワッサンに薄くスライスしたパストラミ、トマト、チーズがサンドされている。
「すごく旨いです。」
「料理で賛辞を受けるのは本当に嬉しいですねぇ。コーヒーのお替りもありますよ。」
「あ、頂きます。コーヒーもおいしいです。」
「ほほほほ、そうですか。これも私が生豆から焙煎したんですよ。一宇様が来てから、さび付いていた料理の腕がなってしまって。」
「今日はちゃんと来たわね。」
アヤメが入ってきた。
「食事がすんだら、行くわよ。」
「へ、行くってどこへ?」
「こう見えても、私は職業婦人なのよ。ちょっと怪我したから、昨日まで休んでたけどさ。」
「しょ、職業婦人って、いつの時代の言葉だよ。」
(こいつの仕事って、不良ヴァンパイアの取り締まりだっけ。)
「今日バイクで来たのよね?」
「ああ。」
「送って。」
「OK.。でも、その格好でバイクに乗るのかよ。」
アヤメは、いつものゴスロリ服ではなく、短いミニスカートの制服姿だった。
「し、仕方ないでしょ。制服なんだから。それにこれスカパンだから大丈夫だし。」
「スカ、パン?」
「ほら、中はパンツになってるのよ。」
そう言ってスカートの端をめくって見せる。
「や、やめろ。わかったから。はしたないぞ。」
俺は目のやり場に困ってうつむいた。
「あら~。赤くなって可愛い。」
そんな生意気なことを言いながらバカにしたように笑う。
「ほら、さっさと行くぞ。場所はどこなんだよ。」
「駅裏よ。中央警察署に隣接してるわ。」
警察署の門の前でアヤメを降ろすと、警察署の植え込みから黒い影が飛び出してきた。
「アヤメっちぃぃぃ。もう怪我は治ったの?ボク寂しかったよ。」
それは童顔の少年だった。赤毛のクルクル天パに大きな目、女の子のようにも見える。
次の瞬間、天パは、その大きな目でこちらを睨んできた。
「だれ?この貧相な奴?」
「私の眷属よ。」
アヤメがさらっと言った。
「えええ。アヤメっち、眷属はいらないって言ってたじゃん。それに、この男、貧相なだけじゃなくなんだかファッションのセンスも最悪。全然アヤメっちにふさわしくないよ。こんなヤツ眷属にしたら、アヤメっちが笑いものになるよぉ。」
(こいつ、思ったことを全部口に出しやがって。)
「私が誰を眷属にしようと、あんたに関係ないでしょ。ちょっと、くっつかないでよ。一宇、屋敷に帰っていいわ。午前3時に迎えに来て。」
イヤミ天パを引きはがしながらアヤメは俺に言った。
「迎えに?こんなヤツのボロっちいバイクで帰らなくっても、僕の最高級外車で送ってあげるよ。」
巻き毛がこっちを睨みながら言う。巻き毛の目には敵意がこもっていた。
「俺、それまで何してれば?」
「何しててもいいわよ。じゃーねー。」
アヤメと天パが建物の中に消えるのを見届けて俺は帰路に着く。
途中、ゴールデン商店街の本屋にった。
俺のここでの居場所も食堂になりつつある。
この空き時間にヴァンパイアに関する本を読むことにした。
”正しく知ろう!ヴァンパイアの基礎知識 ~ヴァンパイアのウソ、ホント100問~”
”ヴァンパイアの歴史。日本編”
この手の本は、どこの本屋の店先にも山積みになっていた。
最近は、テレビドラマでもヴァンパイアとの禁断の恋物語が高視聴率をたたき出している。
高梨さんが、挽きたてのコーヒーを入れてくれた。
「お勉強ですか。感心感心。」
ウソホント その13
「ヴァンパイアはその家の人から招かれなければ家に入ることはできない。」
答え:ウソ
招かれなくても、家に入ることは可能。ただし、招かれていないのに家に入るのはマナー違反と考えるヴァンパイアが多いため、招かれなければいけに入らないヴァンパイアが多い。
ウソホント その24
「ヴァンパイアは病気にならないし、ケガもしない。」
答え:ウソ
病気にはならないが、人と同じようにケガはする。ただし、人より傷の治りは早い。
ウソホント その35
「ヴァンパイアにとって人の血液は有害。」
答え:ホント
ヴァンパイアにとって人間の血液は、人にとっての覚せい剤のような(心身の活性、多幸感など)作用を及ぼす。また、依存性、常習性も高く長期にわたって吸血、一度に大量に吸血した場合、狂暴化するためヴァンパイア社会では人の吸血をタブー視しており、厳しい取り締まりを行っている。
「私が先代様にお仕えし始めたのは、この頃からですよ。」
隣で、ヴァンパイアの歴史について書かれた本を読んでいた高梨さんが年表を指さして言った。
「えええええええ???高梨さんって人間でしたよね?お幾つなんでんですか?」
「はて。幾つになったんでしょうかねぇ。100歳を過ぎてから数えるのをやめてしまいました。」
「眷属は、契約の時に主人から小指を噛まれると普通の人間より若干寿命が長くなると先代様から聞いたことがあります。病気にも罹らないので、私などこの何十年も医者しらずですからね。」
「まじっすか。俺も超人になったのか。」
「超人ですか。一宇様は面白いことを言いますねぇ。」
ここで、気になっていたことを高梨さんに聞いてみようと思った。
「あ、関係ないんですが。一つお願いがあるんです。」
「なんでしょうか。」
「あの。お給料の件なんですが、、、。」
「おや。もう賃上げ要求ですか?」
「ち、違いますよ。逆です。俺、大した仕事もしてないし、1日2万円は多すぎると思うんですよ。それに、ここで高梨さんの美味しい食事もごちそうしてもらって、しかも高梨さんの話じゃ医療費もかからなくなるみたいだし、、、。なので、給料を減額して欲しいんです。」
「この家の会計はわたくしの役目ですが、お決めになるのは当主のアヤメ様です。そのことはアヤメ様にご相談ください。」
「ですよね~。」
「それと、前にも申し上げましたが、料理は私の趣味なんです。一宇様がいらして料理を召し上がっていただいてうれしい限りです。ですから美味しく召し上がっていただければ、十分ですよ。お気になさらずに。誰かのために作る。それが料理好きの醍醐味なんですから。」
「ありがとうございます。これからも遠慮なくごちそうになります。」
話はそこで終わり、俺は読書に戻った。
「そろそろお時間ですよ。」
高梨さんに起こされる。
ほとんど読まないうちに居眠りしていたらしい。俺は慌ててベスパに乗ってさっきと同じ道を急いだ。
立て付けの悪い玄関の木戸の音を聞きつけて早速ハビブが訪ねてくる。
「イチウ!イママデ ナニシテタ!ハラガヘッテ ノタレジンダ カトオモッテシンパイシタヨ。」
「あ、悪い。住み込みの仕事してたんだよ。」
「オオ、シゴト ミツカッタカ。ヨカッタナ。」
「その仕事は単発でもう終わったから、また新しい仕事を探さなくっちゃ。」
「※インシャッラ、イチウ。インシャッラー。」
(※神のみ心のままに)
「心配かけて悪かったよ。あ、給料もらったから、お土産。」
俺はさっき買ってきた松の実をハビブに渡した。
「マツノミィ。コンナニタクサン。イチウ、ドロボウ シタカ?」
「してねぇよ。」
「ヨシ!コンバン、マツノミ イッパイノ ミントティー ツクルカラ イチウ ノミニコイ。」
「わかった。奥さんとアニスにもよろしく。」
アニスは彼の自慢の息子だ。
「ワカッタヨー、ジャ、キョウノ ヨル二 マタナー。」
まだ日が高い。俺はこれからの身の振り方について考えを巡らせた。
バイクの修理が終わった刑部家には、もはや俺の仕事はない。
その1。職安にブーメランのように舞い戻り新たな仕事を紹介してもらう。
その2。スマ眷に舞い戻り、新たな眷属先を紹介してもらう。
結論は、その二択に絞られるが、取り合えず現在は懐も温かい。滞納していた家賃を払ってもいくらか残る。早急に答えを出す必要はないように思われた。
その夜、約束通りハビブの家で夕食にお呼ばれした。俺は留守にしていた3日間の事をハビブとその奥さんのアスマに根掘り葉掘り聞かれる。
「オオ、ソウカ。イチウノ アタラシイ ボスハ ヴァンパイア ナノカ。」
「でも、短期の仕事だから、その仕事は終わったんだよ。また新しい仕事を探さないと。」
「ダイジョウブ。マタ、ヨイシゴトガ ミツカルヨ。インシャッラー。イチウ。」
食事の最後に松の実のたくさん入ったお茶が出てきた。アニスも「マツノミィ」と言ってはしゃいでいる。
その時、古い木造アパートの階段を踏み鳴らしながら乱暴に上ってくる音が聞こえてきた。
「マタ、シャッキントリ キタヨ。コンドハ ダレノ トコロニキタ?」
ハビブが顔をしかめた。
今度は乱暴に扉をたたく音がする。
ん???叩いているのはは俺の部屋か?
さっそく好奇心の塊ハビブがのぞきに行った。
「お騒がせして申し訳ありません。」
(??? あの声は、、、。)
「イチウ、オマエノヘヤニ スゴイ ベッピンサンガ キテルヨ。」
(!!!)
俺は慌てて廊下に飛び出した。
「あああああ。いたぁ!一宇!何してるのよ。もう出勤時間はとっくに過ぎてるのよ。契約早々ズル休みなんていい度胸してるじゃない。」
怒りに震えるその手には俺の履歴書が握りしめられている。
「いや、俺。もうバイクも直ったし。必要ないかなぁーって、、。役に立たないのに給料もらうのも気が引けるっていうかなんて言うか、、。」
俺はしどろもどろにそう言った。
「一宇は眷属契約がよくわかっていないようね。あんたが必要なくなったら、はっきりそう言うわよ。」
「オオ、コノ ベッピンサンガ イチウノ ボス デスカ。ソンナトコロデ タチゲンカモ ナンデスカラコチラニドウゾ。」
扉の陰から覗いていた。ハビブがそう言ってアヤメを手招きした。
暢気なハビブにアヤメの怒りの沸点が一気に冷めていくのが分かった。
「お招き、ありがとうございます。お邪魔いたします。」
突然現れた美人の珍客にアニスは恥ずかしがってモジモジと母親の陰に隠れる。
アスマが母国の言葉でイブラヒムに何か言った。ミントティーのポットを差し出しているので、お茶を勧めたらどうかとでも言ってるらしい。
イブラヒムも何やら母国語で話している。首を振って差し出されたポットを戻し。笑顔で自分の腕をアヤメに差し出した。
「ドウゾ。アナタガ ヴァンパイア ダト イチウカラ キキマシタ。キャクジンヲ モテナスノハ タイセツナ コトデス。」
アヤメは目を丸くして驚いている。
「お気持ちだけで結構です。まだ誤解もありますが、我々ヴァンパイアは人間の血は飲まないんですよ。よろしければお茶をいただけませんか?」
そう言ってにっこり微笑んだ。
「モチロン。ドウゾ。マツノミモ タクサン イレテクダサイ。」
「ワタシ ココニ スンデカラ イロンナ クニノ ヒトト トモダチニナリマシタ、デモ ニホンジンノ トモダチハ スクナイネ。イチウト アト フタリダケ。キョウハ ハジメテ ヴァンパイアノ トモダチガ デキタ。」
ハビブは喜んでいるようだった。その後、和気あいあいと楽しい時間が流れる。
ハビブの家を出るとき、アヤメはは美とその家族に、何度もお礼を言った。
「オレイ ハ イラナイ。マタ キテクレレバ オッケー ダヨ。」
ハビブの家の扉が閉まると、俺はまたアヤメの怒りのボルテージが上がるのを恐れて身を固くしたが、がそうはならなかった。
「明日はズル休みしないでちゃんと来なさいよ。」
アヤメはそう言っただけだった。
「今日は悪かった。家まで送るよ。」
俺は、第一恵和荘の駐輪場から愛車のベスパを出してきた。
これが、俺の金食い虫。
「乗って。」
半キャップをひとつアヤメに渡す。ガソリンはパーツ屋のおやじのところから買ってきたので十分入っている。
刑部邸に到着した。
アヤメはまだ怒っているのか、後ろも見ないで門の向こうに消えた。
俺がバイクのエンジンをかけると中から
「また明日。今日は楽しかった。」
と大きな声が聞こえた。
翌日、日の入りより少し早くに刑部家に向かった。
高梨さんはいつもどおり朗らかで、俺の顔を見るなり
「今日は、クロワッサンを焼いてみました。お腹。すいてませんか?」
と言った。
クロワッサンに薄くスライスしたパストラミ、トマト、チーズがサンドされている。
「すごく旨いです。」
「料理で賛辞を受けるのは本当に嬉しいですねぇ。コーヒーのお替りもありますよ。」
「あ、頂きます。コーヒーもおいしいです。」
「ほほほほ、そうですか。これも私が生豆から焙煎したんですよ。一宇様が来てから、さび付いていた料理の腕がなってしまって。」
「今日はちゃんと来たわね。」
アヤメが入ってきた。
「食事がすんだら、行くわよ。」
「へ、行くってどこへ?」
「こう見えても、私は職業婦人なのよ。ちょっと怪我したから、昨日まで休んでたけどさ。」
「しょ、職業婦人って、いつの時代の言葉だよ。」
(こいつの仕事って、不良ヴァンパイアの取り締まりだっけ。)
「今日バイクで来たのよね?」
「ああ。」
「送って。」
「OK.。でも、その格好でバイクに乗るのかよ。」
アヤメは、いつものゴスロリ服ではなく、短いミニスカートの制服姿だった。
「し、仕方ないでしょ。制服なんだから。それにこれスカパンだから大丈夫だし。」
「スカ、パン?」
「ほら、中はパンツになってるのよ。」
そう言ってスカートの端をめくって見せる。
「や、やめろ。わかったから。はしたないぞ。」
俺は目のやり場に困ってうつむいた。
「あら~。赤くなって可愛い。」
そんな生意気なことを言いながらバカにしたように笑う。
「ほら、さっさと行くぞ。場所はどこなんだよ。」
「駅裏よ。中央警察署に隣接してるわ。」
警察署の門の前でアヤメを降ろすと、警察署の植え込みから黒い影が飛び出してきた。
「アヤメっちぃぃぃ。もう怪我は治ったの?ボク寂しかったよ。」
それは童顔の少年だった。赤毛のクルクル天パに大きな目、女の子のようにも見える。
次の瞬間、天パは、その大きな目でこちらを睨んできた。
「だれ?この貧相な奴?」
「私の眷属よ。」
アヤメがさらっと言った。
「えええ。アヤメっち、眷属はいらないって言ってたじゃん。それに、この男、貧相なだけじゃなくなんだかファッションのセンスも最悪。全然アヤメっちにふさわしくないよ。こんなヤツ眷属にしたら、アヤメっちが笑いものになるよぉ。」
(こいつ、思ったことを全部口に出しやがって。)
「私が誰を眷属にしようと、あんたに関係ないでしょ。ちょっと、くっつかないでよ。一宇、屋敷に帰っていいわ。午前3時に迎えに来て。」
イヤミ天パを引きはがしながらアヤメは俺に言った。
「迎えに?こんなヤツのボロっちいバイクで帰らなくっても、僕の最高級外車で送ってあげるよ。」
巻き毛がこっちを睨みながら言う。巻き毛の目には敵意がこもっていた。
「俺、それまで何してれば?」
「何しててもいいわよ。じゃーねー。」
アヤメと天パが建物の中に消えるのを見届けて俺は帰路に着く。
途中、ゴールデン商店街の本屋にった。
俺のここでの居場所も食堂になりつつある。
この空き時間にヴァンパイアに関する本を読むことにした。
”正しく知ろう!ヴァンパイアの基礎知識 ~ヴァンパイアのウソ、ホント100問~”
”ヴァンパイアの歴史。日本編”
この手の本は、どこの本屋の店先にも山積みになっていた。
最近は、テレビドラマでもヴァンパイアとの禁断の恋物語が高視聴率をたたき出している。
高梨さんが、挽きたてのコーヒーを入れてくれた。
「お勉強ですか。感心感心。」
ウソホント その13
「ヴァンパイアはその家の人から招かれなければ家に入ることはできない。」
答え:ウソ
招かれなくても、家に入ることは可能。ただし、招かれていないのに家に入るのはマナー違反と考えるヴァンパイアが多いため、招かれなければいけに入らないヴァンパイアが多い。
ウソホント その24
「ヴァンパイアは病気にならないし、ケガもしない。」
答え:ウソ
病気にはならないが、人と同じようにケガはする。ただし、人より傷の治りは早い。
ウソホント その35
「ヴァンパイアにとって人の血液は有害。」
答え:ホント
ヴァンパイアにとって人間の血液は、人にとっての覚せい剤のような(心身の活性、多幸感など)作用を及ぼす。また、依存性、常習性も高く長期にわたって吸血、一度に大量に吸血した場合、狂暴化するためヴァンパイア社会では人の吸血をタブー視しており、厳しい取り締まりを行っている。
「私が先代様にお仕えし始めたのは、この頃からですよ。」
隣で、ヴァンパイアの歴史について書かれた本を読んでいた高梨さんが年表を指さして言った。
「えええええええ???高梨さんって人間でしたよね?お幾つなんでんですか?」
「はて。幾つになったんでしょうかねぇ。100歳を過ぎてから数えるのをやめてしまいました。」
「眷属は、契約の時に主人から小指を噛まれると普通の人間より若干寿命が長くなると先代様から聞いたことがあります。病気にも罹らないので、私などこの何十年も医者しらずですからね。」
「まじっすか。俺も超人になったのか。」
「超人ですか。一宇様は面白いことを言いますねぇ。」
ここで、気になっていたことを高梨さんに聞いてみようと思った。
「あ、関係ないんですが。一つお願いがあるんです。」
「なんでしょうか。」
「あの。お給料の件なんですが、、、。」
「おや。もう賃上げ要求ですか?」
「ち、違いますよ。逆です。俺、大した仕事もしてないし、1日2万円は多すぎると思うんですよ。それに、ここで高梨さんの美味しい食事もごちそうしてもらって、しかも高梨さんの話じゃ医療費もかからなくなるみたいだし、、、。なので、給料を減額して欲しいんです。」
「この家の会計はわたくしの役目ですが、お決めになるのは当主のアヤメ様です。そのことはアヤメ様にご相談ください。」
「ですよね~。」
「それと、前にも申し上げましたが、料理は私の趣味なんです。一宇様がいらして料理を召し上がっていただいてうれしい限りです。ですから美味しく召し上がっていただければ、十分ですよ。お気になさらずに。誰かのために作る。それが料理好きの醍醐味なんですから。」
「ありがとうございます。これからも遠慮なくごちそうになります。」
話はそこで終わり、俺は読書に戻った。
「そろそろお時間ですよ。」
高梨さんに起こされる。
ほとんど読まないうちに居眠りしていたらしい。俺は慌ててベスパに乗ってさっきと同じ道を急いだ。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち
半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。
最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。
本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと - 〇
設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡
やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡
――――― まただ、胸が締め付けられるような・・
そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ―――――
ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。
絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、
遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、
わたしにだけ意地悪で・・なのに、
気がつけば、一番近くにいたYO。
幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい
◇ ◇ ◇ ◇
💛画像はAI生成画像 自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる