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奇妙な電話から始まる物語 ④

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「もしもし。ああ、俺。うん、もう例の公園にいるよ。わかった。じゃあな。」

「やつらか?」

「うん。今から、ここに来るってさ。」

俺は時計を見る。「15:40」

アヤメとの約束が頭をよぎる。でも、ここで逃げかえるわけにはいかなかった。アヤメに電話しようとも思ったが、事情を説明して、アヤメがここにきて人間の犯人たちとトラブルになった場合、アヤメの立場上まずいことになるかもしれない。ここは俺たちで何とかするしかない。

それから15分。奴らがやって来た。
マズイ。非常にマズイ、問題はボクサー崩れだけではないようだ。プロレスラーや柔道家のような男もいる。

「よう、敦。待たせたな。早く行こうぜ、日が暮れそうだ。ん?誰だそいつ。」
男が俺を見てそう言った。

「達也、こいつは俺の友だちだよ。」
敦が俺を友達と紹介する。ヴァンパイアポリスの関係者とは言えないし、仕方ないか。
達也と呼ばれた男は、体は小さいが狂暴な顔をしていた。

「なんだ?そいつもバァさんの襲撃を手伝ってくれんのか?」

敦は黙り込む。

「敦、早く行こうぜ。バァさんが起きてきて外に出てくる前に仕事を片付けないと。そっちのガキも早く来いよ。」

6人はぞろぞろと片沼さんの家の方へ歩き出す。

「待って!」
敦が信じられないほど大きな声で叫ぶ。

「なんだよ、敦。そんな大声出して。」

「あの家は、やめてくれ。頼む。頼むよ。」
敦が地面に頭をこすりつけるように土下座をしながら懇願する。

「なんだよ。バァさんひとり。しかもヴァンパイアだぜ。何したって世の中で迷惑する奴はいねーよ。」

「ダメだ、ダメだ!」
敦が立ち上がって狂暴な顔をした男に体当たりをした。

「ふざけんなよ、敦!」
達也は、敦を軽々と引きはがし地面に転がす。

「そいつもやっちまえ!」

俺の周りを3人の男たちが取り囲む。俺も覚悟を決めた。
その時、スマホが鳴りだす。見るとアヤメから着信が来ていた。

「スマホなんか見てんじゃねぇよ。」
一人が、俺のスマホを取り上げて踏みつける。スマホの着信音がやんだ。

3人を相手にしても勝目はない。その中では比較的体の小さな男の足元目がけてタックルした。男は不意に足元をすくわれて地響きをあげながら地面に倒れる。

「このやろう。」
男が倒れたまま俺に蹴りを食らわせる。蹴りはみぞおちにクリーンヒットした。俺は息が出来ず。地べたに転がる。
結果はわかっていた。残念ながら、俺の反撃はここで終了。

敦を見ると敦もすでにボコボコにやられている。

ひっくり返って見上げた夜空には、丸い月がぽっかり浮かんでいた。殴られている間に、あたりはすっかり暗くなっていたようだ。

「こんなに暗くなっちゃ、今日、バァさんの家に行くのは無理だな。」
俺と敦の行動で、今夜、奴らをキヨさんの家に行くことは阻止できたようだ。でも、明日はどうする、ヴァンパイアポリスに頼むか、、。

「バァさんのところは明日行くとして、お前たちには、今日の落とし前をつけてもらう。」
俺が倒れている所へ敦が引きずってこられた。

奴らは今夜の片沼さんの襲撃を諦めて、俺たちを本格的にリンチすることに決めたらしい。

いくら俺が眷属体質でも、これはマズイよな。
でも、敦はただの人間だ。これ以上やられたら死んでしまうかもしれない。俺は敦に覆いかぶさった。そこに、沢山の蹴りが飛んでくる、

「一宇、ごめん。」
敦が、上に重なった俺に、小さな声でつぶやいた。このまま、どのくらい耐えられるだろう。

「アオーーーーン!」

犬の遠吠えが聞こえたような気がした。
俺は顔を上げる。

(ん?ケンタロウ?)

あのケンタロウが、今までに聞いたことのないグルルルと言う声をあげながら、歯を剥き出して、奴らを威嚇している。

「なんだよ、この犬。狂犬病じゃないか?」
奴らが怯む。

「もういいわケンタロウ。ありがとう。あなたは下がっていなさい。」

(アヤメ?!何でここに?)

「ちょっと、あなたたちこんな所で何してるの?」

殴られて腫れた目を何とか開いて見上げると、そこには炎のように赤い髪をしたアヤメが立っている。助かったぁ。

「姉ちゃんには関係ないだろ。にしても、姉ちゃん可愛い顔してるな。その赤い髪も似合ってるよ。こいつらシメ終わったら、俺らと遊びに行こうぜ。」

達也がそうを言ってニヤニヤ笑う。

「あら、ありがとう。でも、そこにいる間抜け面の男を、”遅刻の罪”でシメるのは私の役目なのよね。」

(げっ。このチンピラたちよりアヤメの方がコワイ、、、。)

「なんだ、この男の知り合いかよ。マズイな。この事、秘密にしてくれって言ったら聞いてくれる?」
達也はヘラヘラと笑いながら言う。

「別にいいわよ。そのかわり、これから私がすることも秘密にしてね。」

アヤメは、すべてを言い終わらないうちに手前の三人に蹴りを入れた。3人は何が起こったかわからないうちに意識を失う。

「な、なんだよ。お前。」
ヘラヘラした表情は消えうせ、顔には恐怖が張り付いている。

「さぁ、なにかしらね。あ、そうだ。火付け盗賊改、鬼島吉右衛門である!神妙に縛につけ!」

(アヤメ、時代劇の見過ぎだ、、、。)

「ふざけやがって。」達也がバタフライナイフをポケットから取り出し、アヤメに切りかかる。

「遅ーい。遅いのよあなた。」アヤメは蹴りでバタフライナイフを叩き落すと、それを拾ってよろめいて倒れた達也の股間を目がけてナイフを投げた。

「あーあ、外れちゃった。」
ナイフは男の股間すれすれの地面に勢いよく突き刺さる。男の戦意は完全に喪失したことを股間から流れる尿が証明していた。
無傷の二人も、もはや戦う意思はなく、ポケットに入っていた凶器をすべて地面に投げ捨て両手をあげる。

「あらまぁ。一宇君。ずいぶんとこっぴどくやられましたねぇ。」
いつからそこに居たのか宗助所長が、俺を抱き起しながらそう言った。

「宗助所長。約束の時間に遅れてすみません。」

「そんなことはいいんですよ。アヤメだって遅刻した君をシメるなんて言ってたけど、本当は心配してたんですから。一宇が遅刻なんておかしいなんて言ってね。たまたま今日は満月でしたから、ケンタロウがあなたの匂いを追いかけてここまで来たんですよ。でも、一宇君を見るととても間に合ったとはいえませんがね。」
そう言って宗助所長は笑った。

「一宇、どういうことなの?説明しなさい。」

俺は、今日の出来事をアヤメに簡単に説明した。
口の中が切れて血の味がする。

「ふーん。ってだったら、こうなる前に私に言いなさいよ!」

「あっという間にこうなったっていうか、、、・ごめん。」

「一宇。この人誰?」
敦は、アヤメを見て聞いた。

「俺の主。俺このアヤメの眷属なんだよ。」

「アヤメさん。一宇を叱らないでください。俺に巻き込まれただけなんです。」

「それで、こいつらどうするの?」
俺は、奴らを指さしてアヤメに聞いた。
奴らは6人固まって生まれたばかりの子犬のように震えている。

「どうしようかしら。全員の生き血を抜き取って山にでも埋めようか。」
アヤメが冗談を言っていることは、すぐに分かったが、6人は本気にしたらしく、泣きながら命乞いを始めた。

「アンタたちの血の匂いは覚えたわよ。これからアンタたちがどこでどんな悪さをしてもすぐに分かるんだから。今後、片沼さんやこの須田ってガキにちょっとでも手を出したらそん時は、どこに居ても必ず行って生き血をすべて抜き取ってやる。判ったらさっさと消えなさい。」

3人の気絶した男をそれぞれ抱えて6人は脱兎のごとく逃げ出した。

「これにて、一件落着ぅ。」
アヤメが見えを切る。

「あの、俺は?」
敦がおずおずと申し出た。

「なによ、ヴァンパイアのおばあさんを守ったことで表彰状でも欲しいっての?」

(そうじゃないだろ。アヤメ、、、。)

「いや、俺もあいつらの一味だったんだから、何かお咎めがあるかと思って。」

「私。大岡越前おおおかえちぜんのファンなのよね。」

「大岡?えち、ぜん、、、?」
敦がきょとんとした顔をする。そりゃそうだ、若い敦が知ってるわけもなく、、、。

「最近の若い子って本当にダメね。時代劇に出てくる名奉行よ。温情判決を出す優しいお奉行様なのよ。だから、あんたは無罪放免でいいわ。それに、私今日は非番だし。」

敦がほっとしたような顔をする。
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