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再会4
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翌朝いつもの様に朝食の後に父の仕事を手伝い、昼食を共にしてからノアは散歩をしてくると立ち上がった。父の暗くなる前に帰ってくるんだぞという声にわかってると返して畑を後にする。
最近は調査が進み魔物との関係が悪化しているせいか森の入り口辺り付近に近寄る村人などおらず、また王都からの派遣の兵士も立つことはなかった。このような辺鄙な村に割く人手はもうないのだろう。これ幸いにとノアは周囲を警戒しながら森の入り口の方へと歩いていく。うっかり村の人に見つかっては何を言われるかわからない。そろり、足音を忍ばせ隠れる様にして歩いて行った。
久しぶりの森の入り口は幾分寂しさを感じた。ノアは周囲を確認してから村から死角になりそうな木々の後ろへと身を隠した。
ここならディランを呼んでも誰にも見つからないだろう。お気に入りのあそこは行き過ぎたのか、昨夜父に人気がない場所は危ないからと行かないように釘を刺されてしまったのだ。そのためノアは村人がいなそうな場所、この森の入り口付近に足を向けたのだ。
ドキドキと緊張からか早鳴る心臓にノアは胸の辺りを抑えた。今日呼んでもいいと約束をしたのだ。だけどディランの名前を呼ぶのにこんなに緊張するとは思わなかった。それも全部昨日の帰り際のディランのせいなのだが。
頬に触れた優しい感触を思い出して顔が赤くなる。頬とはいえ、家族と以外とあのようなことはしたことがないのだ。ディランがどんな意味でしたのかはわからない。多分きっと親愛の意味なんだろうが、それでもノアは意識してしまう。時折ノアに向ける甘ったるいあの声や瞳がどうしてもノアを変な気持ちにさせるのだ。
「……もう……」
何となく、何となくだが自分はディランのことが好きなのだろうと思う。それは友人という枠を越える好きなのかと言われると悩んでしまうが、ディランにキスをされても嫌なんて気持ちは一切なく、寧ろ恥ずかしさや照れ臭さが勝っているのが答えなのだろう。
「……やだなぁ……」
ディランもノアのことを好きだとは思う。けれどもそれはノアの抱く感情とは違う。友、というよりは小さい子に対する親愛の様な感じなのだろう。ノアを犬猫のように撫でたり抱えたりするのがいい証で、頬へのキスもその延長上のものだろう。
自分のこの感情のせいでディランとの関係がおかしくなるのは避けたい。
ノアはぐっと拳を握ると大きく息を吐いてから「デ……、ディラン……」と小さな声で呼んだ。
辺りはしん、と静まっていて時折風に揺れる枯れ葉の音がノアの耳を掠める。
「まあ、そうだよね」
呼んでも直ぐには来れないと言っていたもんね、とノアはその場に座り込んで木に凭れかかった。まだ日が落ちるまでには時間はある。ゆっくりここで待とうと目を閉じた。ざあざあと草木が揺れる音に頬を撫でる風が心地好い。久しぶりの森の匂いもどこか乾いた印象に変化している。
初めて一人で森に入った時のことを思い出す。気持ちばかりが一人前で、結果としては迷子になってしまった。けれどもそこでディランと出会い、こうして何度も約束をとりつけて会う様な関係になるなんて、縁とはどこに落ちているかわからないものだなぁと、ノアは不思議な気持ちだ。たった一度の出会いから関係がこうして続いたのだから、この森に感謝しないと。ノアは胸の辺りが暖かくなるのを感じて口許が思わず緩む。
「ふふ」
迷子になった自分は情けないけれど、迷子になった自分にも感謝したくなるなんてと、ディランとの出会いはそれ程までにノアにとって特別なものになっていた。
「なぁに笑ってんの?」
「!?」
気配など全くなかったのに、いつの間にこんな近くまで来ていたのだろうか。
「ディランさんっ!」
ノアはぱちりと目を開けて、ディランへ花が開く様な笑顔を向ける。
「お待たせ」
ふふ、とディランもノアにつられるように笑みを浮かべて隣に座った。
「あっ、ふ、服汚れるよ!?」
ノアの服とは違い、ディランの服はいつも高級そうなもので、ノアは慌てて立ち上がろうとするのにディランが腕を掴んで制した。
「別に構わないよ」
「え、でも……」
「それならノアの服だって汚れるよ?」
「ボクのは別に……畑仕事とかで元々汚れてるから」
「お父さんのお手伝い?」
「そう」
「相変わらずノアはいい子だね」
くしゃりと頭を撫でられて、いつものことなのにノアの心臓がどきりと跳ねた。
「え、えへへ……」
ディランに気付かれたくなくて取り敢えず笑ってみるもどうにも上手く笑えなかったようで、ディランが探る様な視線を向けてくるのが悼まれなかった。
「あ、あのさっ」
「ん?」
誤魔化す様に話題を変えてみる。
「た、タレントって色んなことができるんだねっ」
「そう?」
ディランが少しだけ首を傾げるのに、ノアはそれさえもサマになるなぁ……なんて思わず見惚れてしまいそうになり、ぶんぶんと首を横に振る。
「えっとね、ボクあんまり詳しくないんだけど、タレントってその産まれた国由来っていうでしょ? ディランは水を操っているイメージなんだけど、その、呼んだら来てくれたりってのはそれとは違うような気がして……」
上手く説明できず、えと、その、なんてしどろもどろになってしまうもノアの言いたいことを何となく察したディランは「俺のタレントに興味があるの?」と笑った。その言葉に詮索するのは失礼かとは思ったがディランの表情は穏やかで、ノアは小さく頷いた。
「あはは、素直だね」
それからディランは「ノアの考えは半分正解の半分ちょっと違うかな」と笑った。
「俺のはタレントとはちょっと違うんだよね-」
「ちがうの!?」
「そうだよ」
あっさりと言われた言葉がノアには衝撃だった。この世にはタレント持ちとタレント持ちではない人しかいないと思っていたし、誰もノアにそんなことは教えてくれなかった。
「え、じゃ、じゃあディランさんは……」
「今はまだ秘密にさせて?」
確信に触れようとするノアに、ディランは少しだけ困った様な笑みを浮かべてノアの言葉を制した。ノアとしてもディランを困らせたいわけではないし、そんな表情をさせたいわけでもない。ノアは笑っているディランが好きだ。だから「うん、大丈夫」とディランに返した。
「落ち着いたらちゃんと話すから、もう少しだけ待って」
ありがとうねと、ディランは瞳を細めて穏やかに微笑んだ。そんな表情もできるのだと、いつもの明るい笑顔ではなくて日溜まりの様な温かさを感じる笑顔にディランの新しい一面を知った気分になる。
タレントでないならば何なのだろう。昔イーサンと読んだ絵本に出てきた魔法使いを思い出す。タレントではない力がこの世にあるなんて知らなかった。
「じゃあさ、ボクの声がどんな風に届くのかとかは聞いても大丈夫?」
「気になる?」
にんまりと口許に弧を描くディランに大きく頷くと「あはは、かわいい」と笑われた。
「普通だよ。ノアの声が俺の耳に届くようにしてるだけ」
「……ん? じゃあディランさんの名前以外もボクが話していることとか聞こえてるの!?」
「ああ、言い方が悪かったね。ノアが発するディランって言葉が届くようにしているだけだから、それ以外は届かないよ」
その言葉にノアはほっと溜め息を吐いた。聞かれて困ることはあまりないとは思うが、うっかり変なことを言っていたらたまったものではない。
「そうなんだ……」
「俺としてはノアのこともっと知りたいんだけどねぇ」
にやり、意味深に笑うディランにノアは「からかうのもほど程にしてよっ!?」と眉を吊り上げる。
「からかってなんかないよ?」
「うそだぁ」
にやにやと可笑しそうに笑うディランを信じろという方が難しい。ノアは騙されないぞと気合いを入れてそっぽを向く。
「信じてないな?」
「ディランさんはすぐからかうもんっ」
「あはは、信用ないなぁ」
笑いながらノアの頭を自分の胸元へと引き寄せて抱き締めた。
「!?」
「ほんと、からかってなんかないよ」
まさか胸元に引き寄せてられるとは思っていなくて思わず身体が固まる。耳許で苦手なあの甘ったるい声で囁かれて、ノアの心臓が今にも爆発しそうになるから止めて欲しい。
「な、な、なにっ!?」
「んー? ぎゅうってしてる」
ディランは何でもないように言うがノアとしてはパニックだ。ディランへの気持ちを何となく自覚した途端にこういうことをしないで欲しい。ばくばくと激しい音を鳴らす心臓がディランに気付かれたら悼まれない。
「あ-…癒される」
「……」
ディランのその一言にノアの焦る気持ちも一気に落ち着きを取り戻していく。そうだ、自分はディランからしたら犬猫の様な対象なのだ。勘違いも甚だしい。
「……疲れてる?」
「んー……疲れてないと言えば嘘になる、かな……?」
「そっかぁ……」
ノアもそっとディランの背中に腕をまわして抱き締める。一瞬ディランの身体が跳ねたのは気のせいだろうか。
「頑張ってるディランさんはすごいしえらいっ!」
「あはは、慰めてくれてるの?」
ディランもノアを先程よりもつよく抱き締める。
「うん」
「……そっかぁ」
嬉そうな声が耳を擽る。
「もう少しこのままでいい?」
ノアは返事はしないかわりに背中にまわした腕に力を込める。それを了承の意としてディランもそのままノアを抱き締めた。
触れ合っている部分の温かさがそのままノアの心を暖める。じんわりとした心地好いそれは今まで感じたことのない気持ちを呼び寄せた。
「知ってる? 人の体温って相手を安心させる力があるんだよ」
「ボクでも安心できる?」
抱き締められたまま問えば「もちろん」とディランの穏やかな声にノアの心臓が大きな音をたてた。あまりにも近いのでディランに心臓の音がバレないことを願う。
「ノアは?」
自分はと問われてノアは背中にまわしている手を握り締めて何と答えれば良いのか考える。勿論安心できるのだが、それ以外の感情も邪魔をして言葉が見つからない。
「あ、安心できるよっ」
嘘ではない。嘘ではないが本当でもない。この複雑な感情は一言では表せられない。
「それは良かった」
暫く抱き締め合うも、ほどなくしてディランの腕が離れていく。名残惜しさを感じながらノアもディランから腕を離した。
「明日もさ、名前呼んでくれる?」
ノアは小さく頷く。明日も呼んでもいいんだ、会えるのだと思うとそれだけで嬉しいし、それだけで明日が待ち遠しくなる。
「……そんな顔しないでよ……」
「えっ!? ど、どんなっ!?」
明日も会えるのが嬉しいと考えていただけなのだが、そんなに変な顔をしていたのだろうかとノアは狼狽える。
「勘違いしそうになる……」
目許を押さえながら独り言の様にこぼすディランにノアには首を傾げる。勘違いとはなんのことだろうか。
「ノア」
名前を呼ばれて真っ直ぐにディランを見つめれば、どこか熱を含んだ視線を返されて、その視線に頬が火照っていくのを感じた。
「顔が赤いよ?」
ディランの艶のある声にノアはぶわり、頬から耳にまで熱が広がる。
「どうしてそんなに赤いの?」
「だって……っ」
「だって?」
「だって……」
ディランさんがそんな目でボクを見るから……
消え入りそうな声で吐き出したがディランの耳には確りと届いた様で、「どんな目?」と更にノアを追い詰める。昨日頬にキスをされたのといい、ディランは去り際に自分をからかわないと気が済まないのだろうかとじわり、思いがけず涙が滲んだ。
「か、勘違いしそうになる目……っ」
もうこれで今日は許して欲しい。ノアは祈る気持ちでディランの言葉を待つ。きっと笑いを凝らえているのだろう。いつまでも何も言わないディランをそっと窺うと、想像とは違い、真剣な表現を浮かべるディランがいた。
「……ディランさん……?」
恐る恐る声をかけると、はっと気付いたかの様にあぁ、と一言こぼしてからノアの名前を呼んだ。
「勘違いじゃないよ」
「……え?」
「俺はノアのことが好きだよ」
だからこうして名前を呼んで貰って会えるのが凄く嬉しいのだと笑う。
「ノアとこうしてお喋りをして触れたりしているだけで幸せだったんだけど、欲張ってもいいのかな」
「……欲張る?」
ディランが嬉しそうに、だけども少しだけ寂しそうな笑みを浮かべるのがノアは辛くて「ボ、ボクもディランさんが好きです……っ!!」と思わず声を張り上げてしまった。
その声に驚いた様な表情を一瞬だけ浮かべるも直ぐにいつもの笑顔で「ノア、好きだよ」なんて言うからノアは嬉しいやら恥ずかしいやらどんな顔をしていいのかわからない。
「ボ、ボクもです……」
「うん」
嬉そうに、なんて蕩ける様な声をこの人はだすんだろうとノアの心は羞恥で限界だった。頬や耳だけでなく、全身を真っ赤にさせるノアに、ディランは気付かれないように小さく笑ってその頭を撫でた。
「ありがとう」
いつになく優しい動きで頭を撫でられる。
「明日、恥ずかしがらずにちゃんと名前呼んでね」
くすくすと小さく笑いながら、嬉しさを隠すことのない明るい声にノアも頷く。
「いいこ」
待ってるからねと、ディランはノアの額にキスをして「また明日ね」と行って去って行く。残されたノアも今にも暴れだしそうな心臓が落ち着くのを待ってから家路へと着いた。
最近は調査が進み魔物との関係が悪化しているせいか森の入り口辺り付近に近寄る村人などおらず、また王都からの派遣の兵士も立つことはなかった。このような辺鄙な村に割く人手はもうないのだろう。これ幸いにとノアは周囲を警戒しながら森の入り口の方へと歩いていく。うっかり村の人に見つかっては何を言われるかわからない。そろり、足音を忍ばせ隠れる様にして歩いて行った。
久しぶりの森の入り口は幾分寂しさを感じた。ノアは周囲を確認してから村から死角になりそうな木々の後ろへと身を隠した。
ここならディランを呼んでも誰にも見つからないだろう。お気に入りのあそこは行き過ぎたのか、昨夜父に人気がない場所は危ないからと行かないように釘を刺されてしまったのだ。そのためノアは村人がいなそうな場所、この森の入り口付近に足を向けたのだ。
ドキドキと緊張からか早鳴る心臓にノアは胸の辺りを抑えた。今日呼んでもいいと約束をしたのだ。だけどディランの名前を呼ぶのにこんなに緊張するとは思わなかった。それも全部昨日の帰り際のディランのせいなのだが。
頬に触れた優しい感触を思い出して顔が赤くなる。頬とはいえ、家族と以外とあのようなことはしたことがないのだ。ディランがどんな意味でしたのかはわからない。多分きっと親愛の意味なんだろうが、それでもノアは意識してしまう。時折ノアに向ける甘ったるいあの声や瞳がどうしてもノアを変な気持ちにさせるのだ。
「……もう……」
何となく、何となくだが自分はディランのことが好きなのだろうと思う。それは友人という枠を越える好きなのかと言われると悩んでしまうが、ディランにキスをされても嫌なんて気持ちは一切なく、寧ろ恥ずかしさや照れ臭さが勝っているのが答えなのだろう。
「……やだなぁ……」
ディランもノアのことを好きだとは思う。けれどもそれはノアの抱く感情とは違う。友、というよりは小さい子に対する親愛の様な感じなのだろう。ノアを犬猫のように撫でたり抱えたりするのがいい証で、頬へのキスもその延長上のものだろう。
自分のこの感情のせいでディランとの関係がおかしくなるのは避けたい。
ノアはぐっと拳を握ると大きく息を吐いてから「デ……、ディラン……」と小さな声で呼んだ。
辺りはしん、と静まっていて時折風に揺れる枯れ葉の音がノアの耳を掠める。
「まあ、そうだよね」
呼んでも直ぐには来れないと言っていたもんね、とノアはその場に座り込んで木に凭れかかった。まだ日が落ちるまでには時間はある。ゆっくりここで待とうと目を閉じた。ざあざあと草木が揺れる音に頬を撫でる風が心地好い。久しぶりの森の匂いもどこか乾いた印象に変化している。
初めて一人で森に入った時のことを思い出す。気持ちばかりが一人前で、結果としては迷子になってしまった。けれどもそこでディランと出会い、こうして何度も約束をとりつけて会う様な関係になるなんて、縁とはどこに落ちているかわからないものだなぁと、ノアは不思議な気持ちだ。たった一度の出会いから関係がこうして続いたのだから、この森に感謝しないと。ノアは胸の辺りが暖かくなるのを感じて口許が思わず緩む。
「ふふ」
迷子になった自分は情けないけれど、迷子になった自分にも感謝したくなるなんてと、ディランとの出会いはそれ程までにノアにとって特別なものになっていた。
「なぁに笑ってんの?」
「!?」
気配など全くなかったのに、いつの間にこんな近くまで来ていたのだろうか。
「ディランさんっ!」
ノアはぱちりと目を開けて、ディランへ花が開く様な笑顔を向ける。
「お待たせ」
ふふ、とディランもノアにつられるように笑みを浮かべて隣に座った。
「あっ、ふ、服汚れるよ!?」
ノアの服とは違い、ディランの服はいつも高級そうなもので、ノアは慌てて立ち上がろうとするのにディランが腕を掴んで制した。
「別に構わないよ」
「え、でも……」
「それならノアの服だって汚れるよ?」
「ボクのは別に……畑仕事とかで元々汚れてるから」
「お父さんのお手伝い?」
「そう」
「相変わらずノアはいい子だね」
くしゃりと頭を撫でられて、いつものことなのにノアの心臓がどきりと跳ねた。
「え、えへへ……」
ディランに気付かれたくなくて取り敢えず笑ってみるもどうにも上手く笑えなかったようで、ディランが探る様な視線を向けてくるのが悼まれなかった。
「あ、あのさっ」
「ん?」
誤魔化す様に話題を変えてみる。
「た、タレントって色んなことができるんだねっ」
「そう?」
ディランが少しだけ首を傾げるのに、ノアはそれさえもサマになるなぁ……なんて思わず見惚れてしまいそうになり、ぶんぶんと首を横に振る。
「えっとね、ボクあんまり詳しくないんだけど、タレントってその産まれた国由来っていうでしょ? ディランは水を操っているイメージなんだけど、その、呼んだら来てくれたりってのはそれとは違うような気がして……」
上手く説明できず、えと、その、なんてしどろもどろになってしまうもノアの言いたいことを何となく察したディランは「俺のタレントに興味があるの?」と笑った。その言葉に詮索するのは失礼かとは思ったがディランの表情は穏やかで、ノアは小さく頷いた。
「あはは、素直だね」
それからディランは「ノアの考えは半分正解の半分ちょっと違うかな」と笑った。
「俺のはタレントとはちょっと違うんだよね-」
「ちがうの!?」
「そうだよ」
あっさりと言われた言葉がノアには衝撃だった。この世にはタレント持ちとタレント持ちではない人しかいないと思っていたし、誰もノアにそんなことは教えてくれなかった。
「え、じゃ、じゃあディランさんは……」
「今はまだ秘密にさせて?」
確信に触れようとするノアに、ディランは少しだけ困った様な笑みを浮かべてノアの言葉を制した。ノアとしてもディランを困らせたいわけではないし、そんな表情をさせたいわけでもない。ノアは笑っているディランが好きだ。だから「うん、大丈夫」とディランに返した。
「落ち着いたらちゃんと話すから、もう少しだけ待って」
ありがとうねと、ディランは瞳を細めて穏やかに微笑んだ。そんな表情もできるのだと、いつもの明るい笑顔ではなくて日溜まりの様な温かさを感じる笑顔にディランの新しい一面を知った気分になる。
タレントでないならば何なのだろう。昔イーサンと読んだ絵本に出てきた魔法使いを思い出す。タレントではない力がこの世にあるなんて知らなかった。
「じゃあさ、ボクの声がどんな風に届くのかとかは聞いても大丈夫?」
「気になる?」
にんまりと口許に弧を描くディランに大きく頷くと「あはは、かわいい」と笑われた。
「普通だよ。ノアの声が俺の耳に届くようにしてるだけ」
「……ん? じゃあディランさんの名前以外もボクが話していることとか聞こえてるの!?」
「ああ、言い方が悪かったね。ノアが発するディランって言葉が届くようにしているだけだから、それ以外は届かないよ」
その言葉にノアはほっと溜め息を吐いた。聞かれて困ることはあまりないとは思うが、うっかり変なことを言っていたらたまったものではない。
「そうなんだ……」
「俺としてはノアのこともっと知りたいんだけどねぇ」
にやり、意味深に笑うディランにノアは「からかうのもほど程にしてよっ!?」と眉を吊り上げる。
「からかってなんかないよ?」
「うそだぁ」
にやにやと可笑しそうに笑うディランを信じろという方が難しい。ノアは騙されないぞと気合いを入れてそっぽを向く。
「信じてないな?」
「ディランさんはすぐからかうもんっ」
「あはは、信用ないなぁ」
笑いながらノアの頭を自分の胸元へと引き寄せて抱き締めた。
「!?」
「ほんと、からかってなんかないよ」
まさか胸元に引き寄せてられるとは思っていなくて思わず身体が固まる。耳許で苦手なあの甘ったるい声で囁かれて、ノアの心臓が今にも爆発しそうになるから止めて欲しい。
「な、な、なにっ!?」
「んー? ぎゅうってしてる」
ディランは何でもないように言うがノアとしてはパニックだ。ディランへの気持ちを何となく自覚した途端にこういうことをしないで欲しい。ばくばくと激しい音を鳴らす心臓がディランに気付かれたら悼まれない。
「あ-…癒される」
「……」
ディランのその一言にノアの焦る気持ちも一気に落ち着きを取り戻していく。そうだ、自分はディランからしたら犬猫の様な対象なのだ。勘違いも甚だしい。
「……疲れてる?」
「んー……疲れてないと言えば嘘になる、かな……?」
「そっかぁ……」
ノアもそっとディランの背中に腕をまわして抱き締める。一瞬ディランの身体が跳ねたのは気のせいだろうか。
「頑張ってるディランさんはすごいしえらいっ!」
「あはは、慰めてくれてるの?」
ディランもノアを先程よりもつよく抱き締める。
「うん」
「……そっかぁ」
嬉そうな声が耳を擽る。
「もう少しこのままでいい?」
ノアは返事はしないかわりに背中にまわした腕に力を込める。それを了承の意としてディランもそのままノアを抱き締めた。
触れ合っている部分の温かさがそのままノアの心を暖める。じんわりとした心地好いそれは今まで感じたことのない気持ちを呼び寄せた。
「知ってる? 人の体温って相手を安心させる力があるんだよ」
「ボクでも安心できる?」
抱き締められたまま問えば「もちろん」とディランの穏やかな声にノアの心臓が大きな音をたてた。あまりにも近いのでディランに心臓の音がバレないことを願う。
「ノアは?」
自分はと問われてノアは背中にまわしている手を握り締めて何と答えれば良いのか考える。勿論安心できるのだが、それ以外の感情も邪魔をして言葉が見つからない。
「あ、安心できるよっ」
嘘ではない。嘘ではないが本当でもない。この複雑な感情は一言では表せられない。
「それは良かった」
暫く抱き締め合うも、ほどなくしてディランの腕が離れていく。名残惜しさを感じながらノアもディランから腕を離した。
「明日もさ、名前呼んでくれる?」
ノアは小さく頷く。明日も呼んでもいいんだ、会えるのだと思うとそれだけで嬉しいし、それだけで明日が待ち遠しくなる。
「……そんな顔しないでよ……」
「えっ!? ど、どんなっ!?」
明日も会えるのが嬉しいと考えていただけなのだが、そんなに変な顔をしていたのだろうかとノアは狼狽える。
「勘違いしそうになる……」
目許を押さえながら独り言の様にこぼすディランにノアには首を傾げる。勘違いとはなんのことだろうか。
「ノア」
名前を呼ばれて真っ直ぐにディランを見つめれば、どこか熱を含んだ視線を返されて、その視線に頬が火照っていくのを感じた。
「顔が赤いよ?」
ディランの艶のある声にノアはぶわり、頬から耳にまで熱が広がる。
「どうしてそんなに赤いの?」
「だって……っ」
「だって?」
「だって……」
ディランさんがそんな目でボクを見るから……
消え入りそうな声で吐き出したがディランの耳には確りと届いた様で、「どんな目?」と更にノアを追い詰める。昨日頬にキスをされたのといい、ディランは去り際に自分をからかわないと気が済まないのだろうかとじわり、思いがけず涙が滲んだ。
「か、勘違いしそうになる目……っ」
もうこれで今日は許して欲しい。ノアは祈る気持ちでディランの言葉を待つ。きっと笑いを凝らえているのだろう。いつまでも何も言わないディランをそっと窺うと、想像とは違い、真剣な表現を浮かべるディランがいた。
「……ディランさん……?」
恐る恐る声をかけると、はっと気付いたかの様にあぁ、と一言こぼしてからノアの名前を呼んだ。
「勘違いじゃないよ」
「……え?」
「俺はノアのことが好きだよ」
だからこうして名前を呼んで貰って会えるのが凄く嬉しいのだと笑う。
「ノアとこうしてお喋りをして触れたりしているだけで幸せだったんだけど、欲張ってもいいのかな」
「……欲張る?」
ディランが嬉しそうに、だけども少しだけ寂しそうな笑みを浮かべるのがノアは辛くて「ボ、ボクもディランさんが好きです……っ!!」と思わず声を張り上げてしまった。
その声に驚いた様な表情を一瞬だけ浮かべるも直ぐにいつもの笑顔で「ノア、好きだよ」なんて言うからノアは嬉しいやら恥ずかしいやらどんな顔をしていいのかわからない。
「ボ、ボクもです……」
「うん」
嬉そうに、なんて蕩ける様な声をこの人はだすんだろうとノアの心は羞恥で限界だった。頬や耳だけでなく、全身を真っ赤にさせるノアに、ディランは気付かれないように小さく笑ってその頭を撫でた。
「ありがとう」
いつになく優しい動きで頭を撫でられる。
「明日、恥ずかしがらずにちゃんと名前呼んでね」
くすくすと小さく笑いながら、嬉しさを隠すことのない明るい声にノアも頷く。
「いいこ」
待ってるからねと、ディランはノアの額にキスをして「また明日ね」と行って去って行く。残されたノアも今にも暴れだしそうな心臓が落ち着くのを待ってから家路へと着いた。
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「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
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~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
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※第32話を少し修正しました。
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※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
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※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
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