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二人にはまだ早い部屋
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次の日のバイトで、落ち込んでいる凡城さんを見た。
私が休憩に行く時に、休憩を終えた彼とすれ違ったのだが、全く気付かれなかった。
なんとなく気になり、帰りに買い物するふりをし、凡城さんがまだ働いている事を確認した。
まだいたので、スーパーの出口から少し離れた所で待ってみた。
30分後。
なんだか楽しそうに歩いてくる凡城さんが出てきた。
「お疲れ様です」
近づいて行き声を掛ける。
「わっ!びっくりした。にな絵さん!お疲れ様です」
「伊之助さん、すみません、待ち伏せてしまいました」
「そうなんですね。あれ?今、伊之助って…」
「あー、その。今日元気なさそうな凡城さんを見つけて…元気づけにならないのは分かってたんですけど、下の名前で読んでみようと…待ってる間に決めていました」
「あー見られてたんですね。ちなみにこの後予定ありますか?」
「ないです!」
今までなら、バイトの後は観たいドラマの事で頭がいっぱいだったけれど、それどころじゃないという想いだった。
二人、カラオケに向かう。
私は凡城さんこと伊之助さんの歌が聞けるので嬉しい。
伊之助さんは私をカラオケに誘って良い事があるだろうか。
あれこれと考えてしまう。
部屋に入ってすぐ、戸惑いながら機械操作をした伊之助さんは、何も言わず曲を入れた。
最近一番流行っているバンドの曲だった。
私が緊張しないようにしてくれている気がした。
カラオケのノリというのが分からず、私は少しリズムを取りながら聞いていた。
私が彼の声が好きだからか、それとも彼の才能なのか。
原曲より良く聞こえてしまう。
伊之助さんの色に染めてしまう。
塗り替えてしまっている。
「歌いながら思ってたんだけど...いきなり歌って大丈夫でした?記憶がないくらい小さい時に両親と来た事はあるんですけど。最近のカラオケ事情について知らなくて...」
「あー。正直、私も分からないけど...でも私はいきなり歌ってくれて楽しいです。ファンなので」
「最近凄い人気ですもんね。出す曲全部良い。確かヴォーカルの人が作ってたはず...」
「そっちじゃなくて」
「え?」
「私がファンなのは伊之助さんなので」
「あ、ありがとう」
カラオケには逃げ場がない事に気付いた。
二人だけの空間。
ストレートな想いを言うにはまだ早い二人の関係。
私達にはカラオケは早過ぎたかもしれない。
「にな絵さんも歌って下さいよ。聞きたい」
「そうですよね。カラオケですもんね。歌わなきゃダメですよね」
「はい」
私はfubeの曲を入れた。
一番好きな曲。
歌い始めて気付く。
スローバラード。
愛について歌っている。
好きな曲という事しか考えていなくて、反省した。
間奏が長い。
どう過ごしていいのか分からずに、ただただ流れている映像を見た。
飲み物すら頼んでいない事に気付く。
飲み放題のドリンクバーにすべきだった。
「にな絵さん!凄く良かったです!この曲初めて聞いたけど、好きにまりました」
好き、の言葉にひどく照れた。
「ありがとうございます。緊張しますね」
「そうですね。まあ僕はもう何度も聞かれちゃってるんで、平気ですけど」
「何飲みます?」
「僕は、ん~コーラにします。にな絵さんは?」
「私は、オレンジジュースにします。電話しますね」
「電話?」
「電話で店員さんに頼むんですよ」
「あーそれは予想外でした」
あまりにも若者らしさを感じない。
SNSが分からなかったり、シンプルな紐のストラップをつけていたり。
つい可笑しくて笑ってしまった。
「今笑いました?まあ笑いますよね。時代に追いついてないですよね」
「一匹狼みたいな、人とは違う感じで良いんじゃないですか?」
「一匹狼に憧れます!」
「でも伊之助さんは狼というよりは、子犬って感じですね」
「子犬ですか?一匹子犬?」
「言葉だけ聞くと、なんだか可哀想ですね」
「一匹狼も聞き慣れてるから何も思わないけど、よく考えたら悲しい言葉ですね」
「確かに...」
隣の部屋から男の人の大熱唱が聞こえる。
カラオケは、沈黙を沈黙と捉えずに済む場所でもあるのかもしれない。
何かしらの音が聞こえるから。
「あ、ジュース頼みますね」
「お願いします」
伊之助さんがさっきのバンドの違う曲を歌い、最後のサビで盛り上がってる時、ジュースが届けられた。
どうしていいのか分からないようで、店員さんにお辞儀しながら歌い続けていた。
「さっきので合ってました?」
歌い終わってから聞かれた。
「合ってると思います。私もそうします」
「良かった」
ジュースを飲み、少し落ち着いたところで、気になってる事を聞くことにした。
「今日バイトで何かありましたか?大丈夫ですか?」
今の彼を見ると心配はゼロな気がした。
でもあの姿を思い出すとどうしても気になった。
「実は失敗をしてしまって…」
「そうだったんですか」
「怒られはしなかったんですけど、心の中は明らかに怒ってたんで、落ち込んでしまってました」
「そうだったんですね」
「ただ魚の命を無駄にせずに済んだので。それは良かったと思って、考えすぎない事にしました。ご心配おかけしました」
「大丈夫なら良かったです」
「もし、大丈夫じゃないとして」
「え?」
「僕、誕生日が近づいていて」
「あ、来月って言ってましたね」
「にな絵さんの作った歌、聞かせて下さいよ」
「えっと…」
「やっぱり大丈夫じゃないかもしれないです。落ち込んできました」
「え…」
子犬よりも可愛いような。
目が細くなり、口角が上がる。
そんな彼の笑顔を見ているだけで、私は新しい私に生まれ変わっていくようだった。
私が休憩に行く時に、休憩を終えた彼とすれ違ったのだが、全く気付かれなかった。
なんとなく気になり、帰りに買い物するふりをし、凡城さんがまだ働いている事を確認した。
まだいたので、スーパーの出口から少し離れた所で待ってみた。
30分後。
なんだか楽しそうに歩いてくる凡城さんが出てきた。
「お疲れ様です」
近づいて行き声を掛ける。
「わっ!びっくりした。にな絵さん!お疲れ様です」
「伊之助さん、すみません、待ち伏せてしまいました」
「そうなんですね。あれ?今、伊之助って…」
「あー、その。今日元気なさそうな凡城さんを見つけて…元気づけにならないのは分かってたんですけど、下の名前で読んでみようと…待ってる間に決めていました」
「あー見られてたんですね。ちなみにこの後予定ありますか?」
「ないです!」
今までなら、バイトの後は観たいドラマの事で頭がいっぱいだったけれど、それどころじゃないという想いだった。
二人、カラオケに向かう。
私は凡城さんこと伊之助さんの歌が聞けるので嬉しい。
伊之助さんは私をカラオケに誘って良い事があるだろうか。
あれこれと考えてしまう。
部屋に入ってすぐ、戸惑いながら機械操作をした伊之助さんは、何も言わず曲を入れた。
最近一番流行っているバンドの曲だった。
私が緊張しないようにしてくれている気がした。
カラオケのノリというのが分からず、私は少しリズムを取りながら聞いていた。
私が彼の声が好きだからか、それとも彼の才能なのか。
原曲より良く聞こえてしまう。
伊之助さんの色に染めてしまう。
塗り替えてしまっている。
「歌いながら思ってたんだけど...いきなり歌って大丈夫でした?記憶がないくらい小さい時に両親と来た事はあるんですけど。最近のカラオケ事情について知らなくて...」
「あー。正直、私も分からないけど...でも私はいきなり歌ってくれて楽しいです。ファンなので」
「最近凄い人気ですもんね。出す曲全部良い。確かヴォーカルの人が作ってたはず...」
「そっちじゃなくて」
「え?」
「私がファンなのは伊之助さんなので」
「あ、ありがとう」
カラオケには逃げ場がない事に気付いた。
二人だけの空間。
ストレートな想いを言うにはまだ早い二人の関係。
私達にはカラオケは早過ぎたかもしれない。
「にな絵さんも歌って下さいよ。聞きたい」
「そうですよね。カラオケですもんね。歌わなきゃダメですよね」
「はい」
私はfubeの曲を入れた。
一番好きな曲。
歌い始めて気付く。
スローバラード。
愛について歌っている。
好きな曲という事しか考えていなくて、反省した。
間奏が長い。
どう過ごしていいのか分からずに、ただただ流れている映像を見た。
飲み物すら頼んでいない事に気付く。
飲み放題のドリンクバーにすべきだった。
「にな絵さん!凄く良かったです!この曲初めて聞いたけど、好きにまりました」
好き、の言葉にひどく照れた。
「ありがとうございます。緊張しますね」
「そうですね。まあ僕はもう何度も聞かれちゃってるんで、平気ですけど」
「何飲みます?」
「僕は、ん~コーラにします。にな絵さんは?」
「私は、オレンジジュースにします。電話しますね」
「電話?」
「電話で店員さんに頼むんですよ」
「あーそれは予想外でした」
あまりにも若者らしさを感じない。
SNSが分からなかったり、シンプルな紐のストラップをつけていたり。
つい可笑しくて笑ってしまった。
「今笑いました?まあ笑いますよね。時代に追いついてないですよね」
「一匹狼みたいな、人とは違う感じで良いんじゃないですか?」
「一匹狼に憧れます!」
「でも伊之助さんは狼というよりは、子犬って感じですね」
「子犬ですか?一匹子犬?」
「言葉だけ聞くと、なんだか可哀想ですね」
「一匹狼も聞き慣れてるから何も思わないけど、よく考えたら悲しい言葉ですね」
「確かに...」
隣の部屋から男の人の大熱唱が聞こえる。
カラオケは、沈黙を沈黙と捉えずに済む場所でもあるのかもしれない。
何かしらの音が聞こえるから。
「あ、ジュース頼みますね」
「お願いします」
伊之助さんがさっきのバンドの違う曲を歌い、最後のサビで盛り上がってる時、ジュースが届けられた。
どうしていいのか分からないようで、店員さんにお辞儀しながら歌い続けていた。
「さっきので合ってました?」
歌い終わってから聞かれた。
「合ってると思います。私もそうします」
「良かった」
ジュースを飲み、少し落ち着いたところで、気になってる事を聞くことにした。
「今日バイトで何かありましたか?大丈夫ですか?」
今の彼を見ると心配はゼロな気がした。
でもあの姿を思い出すとどうしても気になった。
「実は失敗をしてしまって…」
「そうだったんですか」
「怒られはしなかったんですけど、心の中は明らかに怒ってたんで、落ち込んでしまってました」
「そうだったんですね」
「ただ魚の命を無駄にせずに済んだので。それは良かったと思って、考えすぎない事にしました。ご心配おかけしました」
「大丈夫なら良かったです」
「もし、大丈夫じゃないとして」
「え?」
「僕、誕生日が近づいていて」
「あ、来月って言ってましたね」
「にな絵さんの作った歌、聞かせて下さいよ」
「えっと…」
「やっぱり大丈夫じゃないかもしれないです。落ち込んできました」
「え…」
子犬よりも可愛いような。
目が細くなり、口角が上がる。
そんな彼の笑顔を見ているだけで、私は新しい私に生まれ変わっていくようだった。
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