同調、それだけでいいよ

あおなゆみ

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第4章 嫉妬や執着の青春は

16話

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 誰にも邪魔されず、白瀬ちゃんと話せる。
理花子とカラオケに行った次の日、私の胸は期待に溢れていた。
そして私は、伝えてみることにした。
だって白瀬ちゃんはこれまで、教室に遊びに来る理花子との会話にいつまでも付き合ってくれたし、私から離れようとしなかった。
理花子を理由に私を避けるなんてこともなかった。
理花子は、私をもう、支配下に置けない。
私は、友達を、本当の友達を大切にする時が来たのだ。

「白瀬ちゃん!」

教室に入ってきた白瀬ちゃんに、私は声を掛ける。
私が学校で出した声量で、一番の大きさだった。

「何?どうした?」

「白瀬ちゃん、私ね」

「ん?」

「私、理花子のこと嫌いなの」

白瀬ちゃんは目を丸くし、驚いている。

「白瀬ちゃんとの時間を奪う理花子が嫌い。自分の言うことが正解だと思い込む理花子が嫌い。私の気持ちを考えない理花子が嫌い。理花子の思い通りに、都合よく付き合うのは疲れた」

私の勢いに、白瀬ちゃんは戸惑っている。

「山村ちゃん、無理しなくても」

「無理してないよ。大丈夫な風に、決別したから。なんかあっさり、さっぱりと?これって世界で何人が経験するんだろうってくらい珍しい感じに、仲良くしてた人と別れたの」

「そうなんだ・・・」

「そう。だから、白瀬ちゃん。私は、本当に仲良くしたい友達と、怯えることなく、学校生活を送りたい」

白瀬ちゃんは何度か頷くと、ようやく微笑んでくれた。
私も満面の笑みだったと思う。

「良いと思う。私を友達って言ってくれるのが特にいいと思う。山村ちゃんが無理しなくて済むなら、それでいい」

白瀬ちゃんの笑顔は、本当に、天使みたいだ。
いや、天使より綺麗だ。

「白瀬ちゃん、でもね。こんなこと言ったら白瀬ちゃんは嫌がるかもしれないけど。あの子は・・・理花子は、それでも私の友達なんだと思う。仲良くするのをやめるって表明してきたけど、それでも友達の定義なんかないし、人それぞれだから。なんか言葉にするのは難しけど、そう思うの。私は、理花子に同調することで自分を守ってきたから。全てを理花子のせいにはできない。とにかく、私は精一杯頑張った。もう、我慢ばかりするのはやめる。我慢を減らす」

「うん。それで良いと思うよ」

「嫌われたくない、悪口を言われたくない、傷つけたくない。そういう、ないないないの連鎖はやめる」

「ないないない、ね・・・でも、止まらない?」

「うん。仲良しじゃなくなったけど、でも、心の中では止まらない何かがあるというかさ・・・私が理花子を調子に乗らせちゃったのも事実だし。それに、一度も心から笑った瞬間がなかったかと言われたら、それは違うから。とにかく白瀬ちゃん、ありがとう」

私のマシンガントークを聞き終え、白瀬ちゃんは鼻にしわを寄せて笑った。
可愛いと思った。

「可愛いね」

私がついそう言うと、白瀬ちゃんは真顔になる。
そして顔が赤くなった。

「ごめん。でもこれ、言ってみたかったんだよね。キャピキャピ女子がよく言うやつ。まあ私も、理花子の機嫌取る為には言ってきたんだけど・・・そういうの、本当に可愛いものに対して言う時もあるんだろうけど、なんかノリみたいにみんな言うから、私、好きじゃなくて。でも、私これ、本心で初めて言うんだ。だから、信憑性あるでしょ?いつか本当に言いたいと思った時に言おうって思ってたの」

「山村ちゃんって、面白いわ」

白瀬ちゃんは私の肩に触れ、寂しく笑った。
深く考えるほどではなく、私は何かを思った気がしたけれど、チャイムが鳴り始めたから、そのことについて考えることはもう、なかった。
きっと、そういうところが私の良くないところなんだと、気付く頃はもう取り戻せない時だ。
向き合うのを回避する悪い癖は、少しずつでも直していかないといけない。


 異常なほどに気を遣う人が、私の近くからいなくなり、学校生活が違く思えた。
とにかく自由度が増した。
好きな時に、好きな相手に話し掛ける。
それは、私の中で、凄いことだった。

 そして司は最近、私と付き合っていることを隠すのが嫌になってきたらしい。
私の方は、”司”呼びが定着し、声でも、心の中でも、当たり前になっていた。

「付き合ってることは、二人だけが知ってればいいんじゃなかったの?」

私が聞くと、

「これっていわゆる執着心かもしれない」

と、驚いた顔をした。

「俺、束縛男にはならないから」

と焦って、誓いまで始める。

「そもそものきっかけは、司が、仁井くんに真似されないようにする為だったんだよ?仁井くんに、感情も真似されるって・・・」

「うーん。それはそうだけどさ」

 正直私にも、執着心が理解できた。
それに最近の私には、嫉妬心もあった。
司は、誰とでも親しげに話せるタイプの人で、女子ウケもよく、可愛い女の子に囲まれることもしょっちゅうあった。
もしかしたら、告白されているんじゃないか、私に隠れて二人で遊んでいたらどうしよう・・・と、私の悪い妄想が広がることも多々ある。
確かに、私と付き合っていることを隠さなければ、そういった女子がむやみに近寄ることはなくなるかもしれない。

 教室で司と喋るとしても、怪しまれない程度の会話時間にとどめ、時々アイコンタクトを楽しむだけ。
でも、あの理花子があんなに人の観察をしているとは思わなかったみたいに、この教室にも、私達の関係に気付く人がいるかもしれないと思い直した。

 尾田先生の真実を聞いたり、理花子に支配されるのをやめたり、白瀬ちゃんに理花子のことが嫌いと伝えたり。
そういったことに影響され、私はまた、言葉にしたい真実を見つけていた。


 でも伝える前に、先に私に会いに来た人がいた。
確かに、こっちの方が先にすっきりさせておくべきことだ。
 まだ、司も白瀬ちゃんも登校していない、朝。
教室にやって来たのは、仁井くんだった。

「おはよ。心配しないで。理花子は寝坊したらしくて、一時間目に間に合うかも分からないから」

と、私の一番の心配を取り除く。

「そうなんだ。どうしたの?」

仁井くんは理花子の彼氏。
私にはもう、こうして二人で話すことに対しての優越感や高揚感はない。

「理花子と何かあった?」

仁井くんの表情は、私を心配しているのか、恋人の理花子を心配しているのか曖昧なものだった。

「私達、仲良くするのやめたの」

「そっか。何かきっかけでもあったの?その、このタイミングでそうなったことに・・・」

詳しく知りたがるのは、私に共感したいから?
それとも、理花子に同調したいから?

「付き合ってるのに理花子には聞けないの?」

仁井くんは、気まずそうな表情になる。

「その通りだよね。理花子に聞けって話だよね。でも・・・聞けないんだ。話したくなさそうだし。でも、山村さんが解放されたなら、良かったって本当に思うよ」

「今は私に同調、してくれてるの?」

「いや、違うよ。本心だよ」

「仁井くんは、優しい。それは本当だと思う。物の扱い方だけじゃない。修学旅行の日、部屋を貸してくれたことも、万引きをしたって話した時に言ってくれたことも。でも、もう。私、好きな人出来たし、変に心配とかしないで。理花子とはうまく離れられたから」

「えっ、そうなんだ。うん、でも・・・」

「仁井くんみたいに心優しい人が多かったら良いなってしょっちゅう思ってた。人の悪口ばっかり言う女子グループとか、女子のランク付けばっかりしてる男子グループとか見つけるたびに思い出すのは、仁井くんだった。大声で笑う集団とか・・・私も理花子に付き合ってその輪の中にいることもあったけど、あの時が一番不幸だった。仁井くんもそうじゃなかった?私に仁井くん、理花子に司。それから、理花子と司の仲の良い子達がいた大人数の集団。あの騒がしい輪の中にいる時、私と仁井くんは・・・誰かの真似をする仁井くんじゃなくて、本当の仁井くんだけは私と同じ気持ちだと思ってた」

「うん・・・確かに、あの中にいる時、決して良い気分ではなかったよ」

「できるなら、その場から離れたいって思わなかった?」

「うん、思った」

「私達の間にあるのは、共感。できるだけ少人数で、刺々しい言葉のない会話をして、穏やかにしていたいと思うところとか。でも私も仁井くんもそれぞれ、そういう、大人数の輪の中にいても全然平気な相手のことを好きになった」

「山村さんの好きな人って・・・」

「本人から聞いてる・・・わけないか」

「司なんだね」

「うん、司だよ。司は、私と自分が似てるって勘違いしてるけど、本当は違う。私とは似てない人。でも、私の気持ちに気付く、凄い人。仁井くんより前から、気付いてくれてた。違う?」

仁井くんは何かを言い掛けてやめ、少し時間を置いてから

「違わない」

と、それだけ言った。
私は、司がそろそろ来てしまうんじゃないかと、緊張してくる。
でも、仁井くんに伝えたいことが止まらない。
仁井くんがこうやって私のところに来てくれるのは、最後かもしれないから。

「ありがとう、仁井くん。先に私に同調していたのが司だったとしても、同調したいって、伝えてくれたのは仁井くんだったから。たとえ理花子の彼氏でも、最初に私に声を掛けて、味方になってくれたのは仁井くんだった。私、理花子から逃れられた仁井くんとの時間が嬉しかったし、楽しかった」

「過去形にしなくても・・・」

「仁井くん、ダメだよ。もう、誰かの気持ちを自分の気持ちだと思い込んだら。私はもう、理花子に逆らえない可哀想な人じゃないからね」

「うん・・・」

朝から、私は必死になって、何を言っているのだろう。
教室の時計を確認する。

「司、来ちゃうから。もう少ししたらこの教室、出て行ってほしいな」

「えっ、あ、うん」

私は、仁井くんの曖昧な優しさを避けたくて、そう言ってしまう。
それなのに、出し惜しみのように、私の言葉は止まらない。

「私が万引きの話をした時あるでしょ」
    
「うん」

「あの時、仁井くんが優しいんだと思った。いや、実際に優しかった。私の気持ちを理解してくれたんだって。でも、その優しさにも違う面が存在していて・・・仁井くんはきっと、私が気付かないように、私を突き放したんだね。理花子の万引きを止めずに、従うしかなかった意思のなさ。そんな自分を変えようとしていない、成長の見込みのなさ。そんなのを私に感じたんじゃない?本当は」

仁井くんは私から目を逸らさずにいた。
私は仁井くんを遠ざけたいのに、もっと冷たい印象を与えたいのに、それがうまくできない。
話し方や声色、言葉選びを、丁寧に行おうとしてしまう。
物に対してトントンとする、仁井くんが・・・
やっぱり私と似ている仁井くんが、誰かの些細な言い回しや不機嫌に傷ついてほしくなくて。

「ごめんね。過去の自分を変えれないからって、仁井くんの優しさを嘘みたいに言って・・・本当にごめん」

仁井くんはすでに傷ついているだろうか。
それとも、私のまとまり切っていない話を理解しようと必死なのか。
もしくは、私のこの気持ちを理解し、分かっているのか。

「謝らないで。山村さんといた時間、楽しかったから。それに、俺は最初から山村さんの共感だったんだよ。修学旅行の部屋割りについて意見した時から。まあ、そんな大した題材じゃないかもしれないけどさ。静かに過ごしたい人とか、仲間外れが怖い人の気持ちは分かるし。俺からすれば、大人数で騒ぎたい人とか、仲良しの子としか部屋を使いたくない人達がいることが理解し難いっていうか。いや・・・司とか理花子は、そういう人間だってことを山村さんは言いたかったんだよね。自己主張強くて、俺とか山村さんみたいな分類の人を分かってくれない人。でも、どこかそういう人が羨ましくて、憧れてる俺ら」

「うん。ないものねだりだよ。それに私は、共感っていうのが長く続くとは思えなくて。共感を求めたら、共感されなかった時に、自分が辛くなるだけ。共感はいつか同調に変わる。それなら、最初から同調で、時々共感が混ざる方がよっぽど良い。」

さっきより廊下が騒がしくなった。
仁井くんは焦るように瞬きをする。
教室の両方の扉を確認する。
私の好きな人、司がまだ来ていないかを警戒するように。

「あと・・・山村さん。共感、それだけでいいから・・・集団、グループ、輪の中で・・・好きな人がそこにいても、居心地が悪かったら。その時だけはお互い、共感し合おうね。集団の中にいるのが苦手、修学旅行の中華街、そういう共通のキーワードを思い浮かべながら」

仁井くんは本当に優しく、その言葉を言った。

「うん。共感」

「うん。じゃあもう行かないとマズイよね。教室戻るよ」

「分かった。じゃあね」

仁井くんは素早く教室を出て行く。
机や椅子にぶつかったらいいのに、と思った。
そして、優しく撫でるところを最後に見たい、と。
でも、軽やかな動きで、ぶつかることもなく出て行った。


 仁井くんに言ってしまいそうになってとどめたことを、心の中で呟く。

あのね、仁井くん。
これは、答えなくていいけど。
むしろ、答えないでほしいけど。
もし、あの日私が語った話が、理花子に誘われて一緒に万引きをしたというものではなくて、彼女の万引きを私が止めたという話だったら、仁井くんは理花子と別れて、私のところに来たんじゃないかな。 

 それは私がずっと考えてしまっていたことだった。
煮え切らない想いが、最後の抗議をしていた。
なんでなんだろう・・・
理花子だって万引きしたのに、万引きしようと言ったのは理花子なのに・・・
止めなかった私とは付き合えなくて、彼女とは付き合い続けたんだろう・・・
いや、そういう事情は関係なく、シンプルに、私自身が振られただけなんだけど・・・
共感より同調が良いと言ったのは私なのも分かっているけれど・・・

 その疑問は、もう仁井くんを好きじゃなくても、永遠に私の中に残り続けてしまいそうだった。
その疑問が仁井くんとの最後の思い出になるのは、望んでいたことじゃない。
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