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傭兵は雇用者を選べる
しおりを挟むシュットラウルさんが呆れ顔をしながら、既に強さは見せつけたとアマリーラさんに言う。
他にも給金の事を持ち出していたけど、実際に減らしたりする事はないんだろう……と思って聞いていたら、アマリーラさんの爆弾発言。
いやいやいや、俺に雇われるって……さすがにいきなりすぎるから。
「むぅ、強さを目の当たりにしたからか、アマリーラがリク殿至上主義になってしまっているな」
「いや、至上主義って……というかアマリーラさん、俺が部下というか人を雇うというのはしていないので……」
評判や噂がどうであれ、俺自身は単なる冒険者だと思っているので、人を雇って部下をとまでは考えていない。
雇うお金自体はあるけど……部下を持ちたいわけでもないからね。
「むぅ……リク様は冒険者。でしたら、クランを作って私を雇ってみてはいかがでしょう? 傭兵は冒険者としても登録していますので」
「既にリク殿に雇われる方向で考えているようだが、さすがにそれは私が困るぞ? アマリーラだけでなく、リネルトも他国の獣人で傭兵だから領民とは違うため、雇い主を選ぶ自由があるにはあるが」
「シュットラウル様は、他にも有望な者達を雇っていらっしゃるじゃありませんか。それに、私やリネルト以外にも獣人の傭兵を雇い入れるため、祖国との交流もなさっているのでしょう?」
「う……む。知っておったのか。まぁやましい事はないし、隠しているわけでもなかったが……だが、そうは言ってもな……もしリク殿が必要ならば、別の者を向かわせるのも良いかもしれんが……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
少し不満そうにしながら考えたアマリーラさんが、クランの事を持ち出す。
そりゃ確かに、マティルデさんからクランを作らないかという話が来ているし、多分このままだと作る方向になるんだろうな、なんて漠然と考えているけど。
いきなりここでアマリーラさんを雇って、と決めるわけにはいかない……そもそも、クランに入る冒険者は雇うとかとは少し違うはずだからね。
とにかく、俺が驚いて頭の中で色々考えている間にも、シュットラウルさんとアマリーラさんの間で、転職交渉みたいな話し合いが行われ出した。
このまま放っておくと、勝手に何かが決まってしまいそうだったので、二人の話に割って入る。
何故、俺がクランを作って誰かを雇う事前提で、しかも俺抜きで話しが進もうとしているのか……俺がはっきりと断らないせいか、はぁ……。
「どうかしたのか、リク殿?」
「どうしましたか、リク様?」
俺が少し大きな声で二人の話に割って入ると、シュットラウルさんもアマリーラさんも、キョトンとした顔をしてこちらを見る。
いや、そこは疑問に思う所じゃないと思うんですけど……。
「二人共、俺がアマリーラさんを雇う事を許可する前提で話していませんか? クランの話はありますけど……とにかく、今のところ俺は誰かをお金で雇ったりは考えていませんから!」
クランの……の部分は小声で聞こえないように呟いて、今は人を雇ったりはしていないときっぱり断言しておく。
これで、二人共色々諦めてくれるはずだ。
シュットラウルさんは、アマリーラさんを引き留めようとしているから、むしろ賛成してくれるはずだからね。
「ふむ、リク殿は冒険者であり、英雄と呼ばれているが……そうか、まだ誰かを部下に付ける気はないのだな。そういえば、モニカ殿達も同じ冒険者仲間、パーティの一員だったか。まぁ、これからだな。なに、最初は人の上に立てるのか不安になる事もあるだろうが、そのうち慣れる」
「え、いやこれからってわけでもなく……」
顎を手でさすりながら、何やら納得した風のシュットラウルさんは、今後俺が人を雇って行く事前提で話しているような……?
「リク様……私はいらない子なのでしょうか……?」
「そ、そういうわけではないんですけど……」
アマリーラさんにいたっては、目をうるうるさせて俺を見上げ、落ち込んでいる様子……こういう目には弱いんだけど、さすがに今雇うどうのという話を進めるわけにはいかない。
というかアマリーラさん、初めて会った時はキリッとした雰囲気だったのに、今は見る影もないな……兵士さん達相手は、それでも凛とした様子で接していたのに。
尻尾や耳も、萎れて元気がなくなっている。
とはいえ、ここは心を鬼にして? でも断らないとな……。
「はぁ……訓練よりも帰りの道中の方が疲れた気がします」
「はっはっは! リク殿は細かい事を気にし過ぎなのだ」
「シュットラウルさんは、もう少し細かい事を気にした方がいいと思うんですけど……」
「……いずれ、リク様の下へとはせ参じます」
「……言い方、間違えたかな?」
「ただいまなのー!」
なんだかんだと話しつつ、宿へと到着した頃には訓練直後よりも疲労を感じてしまっている俺。
溜め息を吐くのに対し、シュットラウルさんは笑い飛ばしている。
アマリーラさんは……断る時に言い方を間違えたのか、期待している様子だ。
いつか、もし必要になったらアマリーラさんに助けを求める、みたいな事を言ったからかもしれない。
雇う云々ではない方向に、話を持って行ったつもりだったんだけど……まぁ、なんとかなるよね、うん。
とりあえずは、まだシュットラウルさんの部下を辞めないみたいだし。
「お帰りなさいませ、リク様、ユノ様。……シュットラウル様」
「ただいま戻りました」
「うむ、戻った……が、どうしたのだ? 私をそんな胡乱な目で見て」
意気揚々と宿に入るユノに続き、俺やシュットラウルさんも中へ。
入ってすぐ、執事さんに迎えられたけど……俺やユノに一礼した後、顔を上げた執事さんは何かを疑うような視線をシュットラウルさんに送った。
……そういえば、軍費がどうのとか言っていたっけ……途中で話が変な方向に行ったから、シュットラウルさんも忘れていたようだけど。
「いえ、張り切ったシュットラウル様が、先の事を考えずに何かしていないかと……皆様が訓練に出発してから、不安になりましてな」
「うっ……」
「執事殿、私から報告を……」
執事さん、悪い予感みないなものを感じていたようだ。
たじろぐシュットラウルさんに、横からアマリ―ラさんが進み出る……どこから取り出したのか、書類の束みたいな物を持っていた。
チラッと束の一番上が見えたけど、『訓練・演習報告書』とか書かれていたから、今回の報告書だろう。
……いつの間にまとめていたんだろうか?
「ま、待てアマリ―ラ!」
「シュットラウル様の反応を見るに、何やらあった様子ですね。わかりました、ここではなんですので場所を変えて報告を聞きましょう、アマリーラさん。――リク様、私はこれにて失礼いたします。お荷物やお世話などは、他の者が担当いたしますので……」
「はい。では、失礼しますリク様、ユノ様」
「あ、はい……」
「またなの、アマリーラ!」
シュットラウルさんが、報告書を奪おうと手を伸ばすのを、サッとアマリーラさんが避けて執事さんに渡す。
紙束を受け取りながら、シュットラウルさんの反応をで疑念を深めた執事さんが、アマリーラさんと一緒に、俺やユノにもう一度礼をして奥へと向かう。
俺とユノは、慌てて追いかけるシュットラウルさんを見送るしかなかった……。
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