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負傷の元ギルドマスター
しおりを挟むヒュドラ―による酸を受けた元ギルドマスター、盾を構えて備えながらだらりと降ろされた左腕を見る。
融けた鎧の穴は拳の半分にも満たない大きさで、酸で焼かれた肌も深くまでは達していないようだから、直ちに危険な負傷ではないが……両手で扱うヒートハンマーをこれまでのように、軽々と振り回す事はできそうにないな。
「ギャギー!」
「ちぃ……!」
応急処置をするため、一旦後ろに下げるか……と負傷した元ギルドマスターの対処が頭の中をよぎった瞬間、再び頭上からヒュドラーの声。
慌ててタワーシールドを構え直し、体を使って支える。
今度は、一番盾ごとこちらを押す勢いのある炎だ!
「マックスさん!」
「俺は大丈夫だ! 耐えて見せる! だが……」
「くっ……これしきの負傷、現役で冒険者だった頃にはよくあった事だ、気にするな!」
「ですが、その腕では……」
「なに、伊達に筋肉を鍛えているわけではない。多少威力や勢いが落ちるのはやむを得んが……片手で武器を扱うくらいはできる」
ゴウゴウと、俺達を炎が取り巻く。
タワーシールドによって正面からの炎を防ぎ、後ろにいるヤン達は無事だが、やはり勢いが強い。
体に力を込め、足を踏みしめて耐える。
元ギルドマスターは、俺やヤンの心配する声に応えるため、右手に持つハンマーを振り上げた。
魔法鎧で顔も覆われているので、その表情は窺い知れない。
間違いなく痛みで顔を歪めているはずだ……無理しおって。
せめて、負傷したのが俺の左腕であれば、ほとんど役に立っていない俺自身が持つ剣を持てなくなる程度で済んだのにな。
だが、元々敵うはずのないSランクの魔物……王軍やエルサ、そしてリクの協力でなんとか足止めに成功しているのだから、これくらいは織り込み済みか。
「……行けるか?」
「問題ない……つっ! 痛みはあるが、この程度!」
炎を耐え、少しずつ勢いが弱まってきたのを見計らい、元ギルドマスターの様子を窺う。
本人は大丈夫な事を伝えるためだろうが、左腕を無理に動かそうとして小さくくぐもった声を出していた。
耐えられなくはなさそうだが、痛みはどうしようもないな。
「動きはこれまでと同じだ。攻撃の隙を狙って二人がヒュドラーに武器を振るう。ヒュドラーが反撃の気配を見せたら、俺の後ろに下がる。いいな」
「おう」
「えぇわかっています。ただ、元ギルドマスターはこれまで以上に早めに戻る意識をした方が良いでしょう」
「……現ギルドマスターのヤンに言われたら、従うしかないな」
「茶化さないで下さい」
「いや、茶化しているわけじゃないが……様になってきたって思ってな」
「強大な魔物と戦う事が、ギルドマスターとしての仕事とは思えません。こういうのは、これっきりにして欲しいですね」
盾を構え、攻撃が止むのを待ちながら後ろの二人が話しているのを聞く。
よくよく考えれば、三人共元冒険者というのは同じだが、俺以外はギルドマスタ―だったな。
今では一介の食堂の店主でしかない俺が、その二人に戦闘指示を出しているというのも、おかしな話だ。
それを言えば、リクが戻って来るまでは貴族軍の部隊をを引き連れていたんだがな。
「二人共、話はそこまでだ……今だ!」
ヒュドラーの吐き出す炎が止み、ミスリルの矢を警戒している首も含めてこちらへの攻撃がなくなった瞬間を狙い、前に出るタイミングを声で二人に指示。
どうやらヒュドラーは、ある程度の魔法を吐き出した後ほんの少しだけ、攻撃の隙ができる……そこが、注意を引きつけつつ多少なりともこちらの攻撃を加えるチャンスだ。
おそらく、それぞれ違う種類の攻撃を口から吐き出すために、溜めが必要なんだろう。
それが魔力を使っているからか、複数の首がある影響なのか、それとも体が大きすぎるせいなのかはわからないが。
数種類の魔法を吐き出すヒュドラーだが、首のどれかが攻撃している時は他の首も溜める事ができない……というのがこれまで戦って来てわかっている。
とは言っても、ほんの少ししか隙がないのである程度の攻撃を加えたら、また戻って守りに徹するという行動の繰り返しにはなるがな。
「っ!」
「ぬぅっ!」
俺の後ろから、飛び出していく二人……撒き散らされた炎を踏みしめ、熱くなった空間を突き進む。
やはり元ギルドマスターは動きが鈍いが……負傷の度合いで見れば、よくやっていると言えるだろう
それにしても、魔法鎧のおかげで炎の熱さや氷の冷たさなどを遮断できているのは、ありがたい事だ。
これが、通常の全身鎧だったらと考えると恐ろしい……鎧の内部で茹っていたかもしれないという予想は、とてもじゃないが笑えない。
盾も、特に魔法的な仕掛けはないにもかかわらず、急遽施されたワイバーンの皮があるおかげで、耐えてくれている。
こちらは、特に炎や熱に強いのがありがたいな。
まき散らされる炎の勢いだけでなく、燃えているような溶岩を吐き出す攻撃も、おかげでなんとかしのげている。
まぁ盾も鎧も、酸だけは触れるとまずいが。
そんな事を考えながら、足や体を攻撃する二人を戻すタイミングを、注意深くヒュドラーの首を見ていた。
「はぁ……はぁ……さすがに、耐えるのももう長くはないかもな」
あれから、何度ヒュドラーの攻撃を耐え、ヒュドラーへ攻撃を加えたか。
定期的に後方から飛んで来るミスリルの矢のおかげで、想像以上に足止めができてはいるが……そろそろ限界だ。
俺が持っているタワーシールドも、端が削られ、衝撃や熱であちこちが歪んでいた。
ワイバーンの皮があるおかげで、なんとか保っているが……いつ壊れてもおかしくない状態だ。
「そう、ですね……。私達も、疲れで動きが鈍っています。ふぅ、はぁ……」
「ま、まだ……俺は戦える……ぞ。くっ……はぁ……はぁ……」
「無理するな、負傷しているから体力の消耗も大きいだろう……はぁ……」
ヤンと元ギルドマスターも、戦闘開始直後と比べれば動きに精彩を欠いている。
段々と、ヒュドラーの隙に加えられる攻撃の手数も減り、首から吐き出される攻撃を避けるのもギリギリだ。
負傷とまではなっていないが、魔法鎧の端々が酸や熱で融かされ、凍っている部分まである始末。
「ぐっ……ふぅ、はぁ……リクは、まだなのか……?」
足止めにも限界を感じ、唯一の助けとなるリクの到着が待ち遠しい。
初めて会った時は、優しいがひよっこと言える少年だったリクなのに、今では私達だけでなく多くの人が頼る存在になっているのだから、不思議だな。
「ヒュドラーが私達に攻撃する余裕があるという事は、まだなのでしょう。リクさんが近付いて来れば、ヒュドラーの余裕はなくなるでしょうから」
ヤンの言葉には俺も同意だ……それは、リクがまだ近付いていない事を意味するわけでもあるが。
リクがいれば、当然ヒュドラーにとんでもない攻撃を仕掛けているはずだし、俺達に攻撃を加える余裕を保てているとは思えない。
ミスリルの矢を多くの兵士の協力で放っているが、それ以上の威力をたった一人で、それもなんでもない事のようにやるのがリクという人物だ――。
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