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隔離結界内部

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「どうなっているのだわ!? これは、リクの結界なのだわ? でも、こんなの今まで見た事がないのだわ!」

 人間より少し大きなくらいになったエルサちゃんが、頭上で叫ぶ。
 リクさんがヒュドラーとレムレースを倒してから、遊撃隊となっていた私達は少しの休息の後、エルサちゃんと合流していた。
 北側は、ヒュドラー、そしてレムレースという強力過ぎる魔物を失って、さらにリクさんの魔法で大打撃を受けて進行が止まっていたから。
 中央で父さん達とも合流して無事を確認し、順調にリクさんがヒュドラーを倒して行っている事を聞いて、安心したのも束の間。

 ユノちゃんがリクさんの伝言を報せてくれて、よくわからないけど好機だと多くの兵士が突撃した。
 私やソフィー達もその中に参加し、魔物と戦っていた矢先の事だった。
 突然エルサちゃんが騒ぎ始めたの。
 その少し後、急に私達……いえ、街ごと全てを包むような何かが出現した。
 
 それは壁であり、なにものをも通さない絶対的な盾となって、向こう側にいる魔物を通さない。
 ただ、戦っていた魔物の一部は包まれた中にもいたため、こちら側にも混乱を来しながらも集中して討伐されている。
 入り込んでいた魔物も当然強力……キマイラもいたし、父さんがアラクネと呼んでいた人間の上半身が生えた蜘蛛の魔物なんかもいた。
 アラクネ……単純に人間を引き裂くなどの攻撃力はキマイラの方が強いようだけど、あちらは一度絡め捕られたら自力では抜け出せない糸を吐き出す。

 キマイラとアラクネが一度に襲って来ると、数十人の兵士や私達で事に当たってすら犠牲が出る始末。
 それでも、救いは内側にいる魔物が少なかった事。
 頭上でエルサちゃんが騒ぎ、混乱している中でも少しずつ魔物が駆逐されて行っている。
 母さんと父さん、マルクス隊長が、冷静に指示を飛ばしてくれたおかげだと思うわ……もしかしたら表面は冷静でも頭の中では慌てていたりするのかもしれないけど。

 それでも私達だけだったら、少ないけど強力な魔物に甚大な被害を受けている所だったかもしれないもの。
 いえ、少なくない犠牲は出ているのだけれど……でも、絶命した人は私が見る限りでは少ないわ。
 ……息が絶えていないだけで、かろうじて命を繋ぎとめている人が、これからそこに加わる可能性はあるけれどね。

「リクさんだから……で済ませられる事態じゃないわよね?」
「おそらくな。先程、エルサがリクの様子がおかしいと言っていた。それに、東南へ向かっていったあの気持ち悪い泥のような何かも気になる」
「私は、黒く艶やかな宝石にも見えましたが……でも気持ち悪かったのは確かです」

 三人がかりで、オルトスに止めを刺しながら今の状況を把握するために話す。
 エルサちゃんがリクさんの結界と言った、私達を包んだ少しだけ透けている何かが発生する少し前。
 ソフィーが言ったように、これまで魔法の輪を通すミスリルの矢ってよくわからない物で後方援護していたエルサちゃんが、ピタリとそれを止め、戦っていた私達の所へきた。
 さらにその直前、センテの上空から黒くて何かよくわからない……ソフィーが言うには気持ちの悪い泥、フィネさんが言うには黒く鮮やかな宝石のような何かが東南へと流れて行ったのを見たの。

 私は、蠢く生き物だった物の塊のように見えたけど……人によって見方が違うのかもしれない。
 どう見えたとしても、同じ意見なのは気持ち悪いという事。
 もしかすると、あれが以前リクさんやエルサちゃんが言っていた、センテを渦巻く気持ち悪い何かが目に見えるようになった結果なのかもしれないわね。

「……くっ! 硬いな。ビクともしない……無理をすれば、剣の方があっさりと折れそうだ」
「こちらも駄目ですね。魔物やこちら側の魔法が当たっても、壊れた様子は一切ありません」
「んっ! はぁ、私もよ。やっぱりこれは、エルサちゃんが言っているようにリクさんが使った結界みたいね」

 ソフィーが剣を力いっぱい振り下ろし、フィネさんが斧を振り下ろす。
 私も槍を全力で、皆もやっていたように次善の一手で魔力を這わせていたんだけど、それでもビクともしなかったわ。
 それが、目の前を塞ぎ外と内を隔てている何かがリクさんのやった事だという、証明のように思えた。
 ただ、これまでリクさんが使っていた結界って、目に見えないはずなのよね……でもこれは、そこにあるのがはっきりと見えるし、外側は薄っすらと透けて見えるくらいだし……。

「なんなのだわ、なんなのだわ、なんなのだわ!! リクとの繋がりも一切感じないのだわ! おかしいのだわ、緊急事態なのだわ!」

 頭上で騒ぐエルサちゃんも、今の状況は理解していない様子。
 いつも冷静で慌てたりは……よくしていたわね、特にキュー関連で。
 でもエルサちゃんの慌てる様子は、何が起こっているのか一切理解できない私達にも焦りのようなものを沸き立たせる気がした。
 いえ……そうじゃないわね。

 エルサちゃんとは関係なく、私自身が何か悪い予感のようなものを感じているんだわ。
 なんだろう、喪失感に近いような……大事な物が失われた悲しみが、悪い予感となって私の胸に去来しているの。
 それは目の前の魔物を倒しても、結界らしき何かに槍を突き込んでも、一切晴れる事はなくむしろ、膨れ上がるばかり。

「……っ! エルサちゃん!」
「だわ! おかしいのだわ、おかしいのだわ!」

 思い切って浮かんだままで騒いでいる、慌てているエルサちゃんを呼ぶ。
 声に応えて、私のすぐ近くに降りて来てくれたけど……冷静にはなれないのか、ただ慌てておかしいとばかり繰り返す。
 こういう時、私達の近しい人の中で一番冷静に状況を見定めてくれるユノちゃんがいればなぁ、と思う。
 あの子……というのは少し失礼かしら? リクさんが言うには創造神だとかで、それが納得できるくらい他の人間とはかけ離れた達観した事言ったり、動きをしたりするけど。

 でも今ユノちゃんは、リクさんの伝言をするために北へ向かっているから。
 結界? に包まれて足を止めていなければ、そろそろ北に布陣する侯爵軍の大隊長さんの所に到着すると思うけど。
 ……そういえば、もう何度も顔を合わせているのに大隊長さんの名前を知らなかったわ。
 今気にする事ではないけれど……とにかく、エルサちゃんを落ち着かせないと。

「モニカ!」
「せぁっ!」
「ごめん、ありがとうソフィー! エルサちゃんを落ち着かせて話してみるから……ソフィーとフィネさん、しばらくお願いできる?」
「承知しました。お任せを!」

 エルサちゃんに気を取られていると、私に襲い掛かってきた魔物を、ソフィーとフィネさんが協力して切り倒してくれる。
 危なかったわ……まだ内側に入り込んでいる魔物が、いなくなったわけじゃないんだから、油断はしないようにしないとね。
 でもそこはそれ、私の周りを浮かんでクルクル回り続けるエルサちゃんをどうにかするため、しばらく周辺はソフィー達に任せる事にした。
 数はリクさんの後方で戦っていた時よりかなり少ないし、味方も多いから、大丈夫よね――。


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