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戻る意識と体
しおりを挟む光に対して不思議に思っていると、不意に感じる浮遊感。
俺には今体がないはずなのに、浮かんでいるような感覚。
そして一瞬だけ体との感覚が接続され、切断される。
それが繰り返されるうちに、はっきりと俺自身の体の感覚が戻ってくるようになった。
光が声を発しているのがわかる。
声の内容を理解する。
感じていた攻撃性は、その光の声によるものだったようだ。
呼びかける叫び声、でもそれは罵詈雑言や嘲りといった内容なのだと理解できる。
願望? 希望? 何かを求め、俺を呼んでいるように聞こえる事もあったけど、大半が相手の心を挫くのが目的と感じる程の罵声に感じる恐怖。
叱咤はあっても激励はなし、ただただ相手に、俺に? 黒い意識に? 対して向ける攻撃的な言葉の数々。
あぁそうか……これは俺に呼びかける言葉なんだ。
俺の意識に声を届け、呼びかけ、大きく広がるため。
体の感覚、そして薄れていく黒い意識……もう、俺の前に人や魔物の影が現れる事はない。
はっきりとわかる、そして取り戻す。
俺という存在、そして自分の体を。
全てが戻って、思わず表情を歪め、力の限り叫んでいるモニカさんとエルサに、苦笑しながら言葉を発した――。
「ちょっと、言い過ぎというか……怖かったんだけど。でも、ありがとう、ただいま。モニカさん、エルサ。おかげで意識を取り戻したよ」
目を開ける、手を握る……苦笑しながら声を出す。
うん、ちゃんと声は出ているし、目は見えている。
体の感覚はこれまで通り自分の物だし、動かない、動かせない事もない。
取り戻したんだ。
「リクさん!?」
「リクなのだわ!?」
驚くモニカさんとエルサがちゃんと見える。
叫び過ぎたのか、ちょっとだけ喉が枯れているような声だったけど、それでも間違いなくモニカさんとエルサの声だね。
声を聞き、目が見える……他にも確かめ、五感があるという事の喜びを感じた。
「うん、おかげで出て来られたよ。まぁ、叫んでいた言葉の内容はどうかと思うけど……」
「あ、あれは……その、リクさんの体を使っていた性悪なのが、ちょっと腹に据えかねたから……」
目を潤ませているモニカさんが、恥ずかしそうに俺から視線を外しながら、そう答える。
ちょっと腹に据えかねたくらいで、あんな言葉の数々が出てくるのだろうか?
まぁ、モニカさんは本気で怒らせてはいけないというのは、わかっていたけど心に刻んでおこうと思った。
「……本当に、リクなのだわ?」
「本当だよ。って、あれ? エルサ物凄いちっちゃくない?」
訝し気に俺を窺うエルサだけど、モニカさんの手の平に乗っているくらい小さくなっているのに、今更ながらに気付いた。
いつもは、俺の頭にノペッとくっ付いて覆いかぶされるくらいの大きさなのに、今は片手に楽々と乗れるくらい小さい。
丸まったら、野球のボールより小さくなるんじゃないだろうか?
「エルサちゃん、色々頑張ってくれたから」
「仕方ないからモニカ達に協力していたら、こうなってしまったのだわ」
「……エルサちゃんったら」
プイッとそっぽを向くエルサに、仕方がないというように息を吐くモニカさん。
何か、モニカさんとエルサの間で何かあったみたいだけど……。
「とにかく、リクが本当のリクでリクの意識なのかをリクに確かめないと、リクだと安心できないのだわ!」
リクが多過ぎて、ゲシュタルト崩壊しそうだ……いや、意味飽和に近いか。
俺の名前だけど。
「俺は間違いなく本物のリクだよ。まぁ、これまで俺の意識が混ざった濁流……というか、いっぱいの意識が混ざり合ったのが表層に出ていたみたいだけど」
「え、リクさんの意識も混ざって……いたの? そんな相手に、私……」
「あはは……色々言っていた内容は、さすがに全部じゃないけど後半は大体聞いていたかなぁ。でもおかげで、こうして表層に出て取り戻せたんだけどね。結構、モニカさんとエルサが言っていた事……負の感情だったっけ。あれには効いていたみたいだよ」
「っっっ!」
恥ずかしそうにエルサを乗せていない方の手で、顔を覆うモニカさん。
意識だけかどうかも怪しかった状態の事は、ほとんど覚えている。
そして、刺し込んでいた光がモニカさんやエルサの言葉だったって事も、既に理解していた。
意識としてしかなく、体との接続ができてからようやく声として聞こえて、理解できるようになったから全部じゃないけどね。
とにかく、攻撃性というか罵詈雑言と表現するのが正しいくらいの叫びが、俺を支配しようとしていた負の感情に対して効果的だったのは間違いない。
だって、意識ないに刺し込んでいた光は、負の感情の物である黒い意識が触れると消し去っていたから。
なんというか、説法とも言えない程感情任せに叱られて、反省したかはともかく言い負かされて昇天していくようなイメージだろうか。
あくまでイメージで、実際には強引に吹き飛ばされたのが近い気がするけど。
「とにかく、モニカさんもエルサもありがとう」
「いえ……うん……」
「……」
改めてお礼を言うと、片手で顔を覆ったまま恥ずかしそうに頷くモニカさんと、胡乱な目でこちら見ているエルサ。
まだ、俺が本物かどうか確信が持てないでいるようだ。
「エルサは、まだ疑っているみたいだけど……」
「ふぅ! 仕方ないわ、私は今のリクさんが本物だって思うけど。口調とかに違和感もないし、表情とかもね。その苦笑している感じ、私の知っているリクさんで間違いないと思うわ」
息を吐いて、気持ちを切り替えたらしいモニカさん。
いつまでも恥ずかしがってばかりじゃいけないと思ったらしい。
なかった事にとかではないけど、とりあえず叫んでいた言葉については触れない方向にしたみたいだ。
「……口調の違和感はともかく、苦笑しているのがっていうのは微妙だけど」
「まだこちらを油断させるつもりなのかもしれないのだわ。リクの意識を、本当に取り込んでしまったのかもなのだわ。リクに入り込んでいた意識が、出て行ったのかは目に見えないからわからないのだわ」
うーん、確かに俺の中に入り込んでいた意識がどうなったかは、目には見えないものだし魔力になる前の塊みたいな感じだから、探知魔法でもはっきりとはわからないと思う。
魔力が枯渇寸前にまで行って、いつもよりさらに小さくなっているエルサは、探知魔法も使えないだろうし。
俺からしてみれば、飲み込まれていたから感覚として負の感情がどうなったか、というのはわかるけどそれは内面的なものだし、俺じゃないエルサにはわからなくても仕方ないか。
どうしたら、エルサに納得してもらえるんだろうか……あ、そうだ。
「エルサ、ちょっとエルサ自身の魔力に意識を向けてみてよ。俺を疑っていて気付いていないかもしれないけど、魔力が流れているはずだよ?」
「魔力が……あ、本当なのだわ」
俺が負の感情に飲み込まれていた時、多分エルサには魔力が流れていなかった。
それは、魔法を使っていないのに小さいままになっているエルサを見ればわかるし、なんとなく意識したらエルサに流れていく魔力というものがわかるようになっている――。
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