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ひび割れた氷

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「よし、これで……」

 全身を駆け巡る魔力は、打ち付ける瞬間にどうしても拳へと集中してしまう。
 意識して魔力を集中させないようにしても、多少はね。
 無意識でそうなるから、脊髄反応に近いのかもしれない。
 ともかく、魔力が集まればその分威力が増してしまうわけで……次善の一手や最善の一手みたいに、明確に意識して魔力を流す、研ぎ澄ませるよりは加減ができてはいるんだけど。

「でもこれなら……ねっ!」

 布越しなら、魔力での威力増が緩和できると考えたわけだ。
 それを実証するために、先程よりも一応少しだけ加減する事を意識しながら、拳を氷に打ち付ける。
 
「うん、やっぱりこっちの方が良さそうだ。冷たくないし」

 拳は相変わらず氷にめり込み、へこませ、周囲にひび割れを発生させたけど、さっきよりも範囲は狭いしめり込みも浅い。
 次善の一手とかのように、意識して物に魔力を流したら別だろうけど、逆に意識して魔力を流さないようにしたおかげだね。

「成る程……魔力が多くなったからなのか、色々とやっちゃった経験からなのか、魔力が意識できるようになったおかげってとこかな」

 理由はわからないけど、以前よりはっきり自分の魔力が意識できている。
 そこでわかった事……というより、昨日モニカさんと一緒にグラシスニードルへ魔力を流した時に感じた事なんだけど。
 自分の体内を巡っている魔力は、自身の体であれば自由にどこへでも魔力を集めらる。
 けど、外に出そうとすると途端に抵抗されるみたいだ。

 まぁ、その抵抗をものともせず、かなりの量の魔力がにじみ出ているせいで、武具にかかわらずよくわからない防御力とよくわからない攻撃力になってしまっているんだけど。
 意識すると、魔力が駆け巡って平常時より多くの魔力がにじみ出るというか、噴き出す感じになるのだとわかる。
 そしてさらに、外に出すだけでなく何か物に魔力を流すには、その物自体の抵抗が加わるので、ほぼ無意識に魔力を注入する事はできなくなると。
 ……とはいっても、魔力量が多くて俺に限ってはどうなるかわからないので、意識して魔力が流入しないようにする必要がありそうだけど。

「まぁ、理屈とかはともかく、これならちょうどいい加減ができそうだ」

 布越しになったおかげで、直接氷に触れなくなったおかげでさっきよりも手が冷たくない。
 さすがに、ずっと氷に接触していたら冷たいけどね。

「それじゃ、体が冷えないようにこのままやっていこうかね」

 そう呟いて、一定間隔を離して氷の地面へと拳を打ち付ける作業を始める。
 ちょっとだけ、ユノやロジーナ達がやっていた氷を割る作業とは違ったけど、確実に解氷作業には貢献できているはずだ――。

 ――解氷作業の途中、魔法が使えないため細かな雑用を引き受けてくれていたフィネさんが、様子見がてら合流し、俺が作っていたひび割れを見て提案。

「ここに次善の一手を使えば、氷を切り出せないでしょうか?」

 という言葉を受けて、お試しをしたところ次善の一手だと簡単に斬れる事が判明。
 さすがに、何もしていない所は簡単いはいかなくて、効率を考えるとやらない方がいいくらいだったけど。
 これにより、魔法が使えない兵士さんやフィネさんも解氷作業に加われることとなり、効率がさらにアップした。
 エルサ曰く、俺がひびを入れた事で氷が内包していた魔力を放出して空気中に溶け出した事が原因、という事らしい。

 同じく、ユノやロジーナが割った氷も溶かしやすくなっていたらしいので、とにかく硬い氷を一度何かしらの方法で破壊すれば、通常の氷とあまり変わらない程度になるって事だと判断。
 ちなみに次善の一手だと、破壊とまではならないため、ひびを入れたり割ったりした時と同じ効果は期待できないようだった。
 ともかく、そうして俺がひびを入れる事でさらに氷が溶かしやすくなったうえ、何もしなくても日光や焚き火の熱で融け始めるのも確認された。
 さすがに焚き火の近くで多くのひびを発生させてしまうと、組んでいる薪が崩れて危険なため、近過ぎない程度に調整したけど。

 あと、ひびが入っていれば表面が融けやすくなって、昨夜のように簡易的なスケートリンクにして滑る事ができるんじゃないか、とモニカさんは期待したみたいだけど、危険だったために断念。
 深いひびがあったり、ひびどころか地割れみたいになっている部分もあったり……さすがにそこは調整できなかったんだけど……そういった事情で、足を引っかけてしまいそうだったからね。
 拳を打ち付けて、へこんでいる場所もあるし。

 でも気に入ったみたいだから、今度またエルサに頼んで簡易的なスケートリンクを作って遊んでみようと思った。
 その時は、俺としてはモニカさんと二人きりが良かったりするけど、でもソフィーや他の皆も一緒に遊ぶのも楽しそうだね――。


「待たせたな」

 昼食の休憩や、解氷作業を続けてくれている人達が交代で休憩したり、俺自身もあまり疲れていないとはいえ一応休憩をしたりしつつ、作業をして日が少し傾いた頃。
 ソフィーが数人を引き連れてセンテから出てきた。
 何やら、それぞれ荷物を持っているようだ。

「そんな、どこかの伝説の英雄みたいな……」
「ん? 英雄と言えばリクの事だと思うが……?」
「いや、なんでもないよ。忘れて」

 どこぞのゲームで使われていたセリフだったので、思わず口をついて出てしまった。
 当然ソフィーがわかるわけもなく、首を傾げさせてしまったので気にしないでと手を振って誤魔化しておく。

「まぁよくわからないが、持ってきたぞ。完成品のグラシスニードルだ」

 そう言って、連れてきた人達に合図を送り、持って来ていた荷物を降ろして中身を出す。
 グラシスニードルは、昨夜とは違いちゃんと靴裏全体に行き渡るよう、金属のニードルが取り付けられている。
 さらに、ニードル自体も昨日見た物よりも先が細く尖っている。

 試した時の意見を聞いて、改良してくれたんだろう。
 ……というか、ソフィーはユノやロジーナと一緒にレッタさんを見ていたはずなのに、そっちはいいんだろうか?

「ありがとう。それじゃ皆に……」
「あぁ」

 持ってきてもらったグラシスニードルを、モニカさん達や兵士さん達に配っていく。
 とはいえ、さすがに昨日の今日で全員分……大体百人くらい? に行き渡る程作れてはいないので、一部だけだけども。
 
「うん、何もないよりは歩きやすいよ」
「気を付けろ、昨日も話したがニードルを尖らせているので、耐久性が劣る。油断したり、歩き方によってはすぐにニードルが折れるか、先が潰れてしまうようだ」

 早速完成したグラシスニードルを靴に取り付けて、ソフィーの注意を聞きながら歩いてみる。
 さらに野球のスパイクに近付いたけど、ニードルの数はこちらの方が多い。
 先も尖っているので人に向けるのは危険だけど、そんな使い方をする人はいないだろう……スライディングとかしないし。
 あと、かかと近くだけじゃなく土踏まずの部分にもニードルがあって、当然ながら歩くのに安定感があるね――。


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