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出ていく魔力

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「縄をどこかに繋げて下さい! このままだと振り回されるかもしれません!」
「はい!」

 投げて巻き付け、拘束した縄の先は当然ながら女性のギルド職員さんが持っている。
 拘束されてもなお暴れようともがくアンリさんを、抑えておける力はないのでどこかに繋げるよう指示を出す。
 なんとなく、動く気配で職員さんやベリエスさんが協力して、牢屋の鉄格子に縄を結んで繋げているようだ。
 グリンデさんは突然の事に驚いたまま、呆然として床にぺたんと座り込み、それでもアンリさんに対して呼びかけている。

「……リクは、女性だったら誰でもいいのかしら? これはやっぱり、ロジーナ様に近付かないようより一層の警戒をしなければいけないわね」
「何を言っているんですか、レッタさん!? そんな事より、早くアンリさんを止めて下さい、できるんでしょ!?」
「もう準備は済んだわ。けど、どうしても同じ女と指摘になってね。もし、あのゴミクズと同じような事を考えていたら、ロジーナ様を連れてどこまででも逃げるわよ?」
「いや逃げるって……同じ事なんて考えるわけが……!」

 こんな時に何をレッタさんは言っているのか……と問答をしていると、ふと気付く。
 アンリさんを逆さに持ち上げている俺の顔の位置。
 ……後ろから、そして逆さに抱え上げている状態で、俺の腕は肩の高さに上げてアンリさんのお腹に巻き付けてある。
 その状態で、俺自身の肩よりも当然高い位置にあるはずの顔がどこにあるかというと……人間の背中の下、逆さだから上にあるのは腰で、さらにその少し上にはあるものといえば。

「あっ! こ、これは偶然なんです!!」

 必死だったから気付いていなかったけど、俺の顔すぐ前ではアンリさんのお尻が揺れている。
 足が拘束されてマシになったけど、さっきまでは何度か埋めるようにもなっていたわけで……道理で、時折痛みの他に柔らかい何かに包まれている気がしたわけだ。
 いや、声を大にして言いたいんだけど、決して、決して! 狙ったわけでもなければ、この状況を喜んでいるわけではない!
 咄嗟の事で仕方なかったし、それこそレッタさんが疑っているように、クズ皇帝みたいな女性に対して不埒な行いをとか一切考えていないから!

「ふん、リクならどんな状況でも狙えそうだけど、まぁいいわ。後で、色々と問い詰めるのが楽しそうだし」

 やめてください。
 レッタさんが俺を問い詰めるなんて事があったら、絶対ロジーナが出て来るだろうし、場合によってはユノも……それだけでなく、モニカさんにも伝わる可能性がある。
 ……事情を聞いて、問題なさそうだとアンリさん達を解放する、というだけの簡単な話だったはずなのに、どうしてこうなったのか。
 いや、アンリさんの豹変ぶりを考えるに、俺がレッタさんを呼んだからかもしれないけど。

「まぁいいわ。それじゃ、すぐに落ち着くとは思うけど、油断しないように少しだけそのままでいなさい」
「わ、わかりました……」
「ん……素直な子は好きよ」

 いえ、レッタさんに好かれようとは全然思っていないんですけど。
 まぁレッタさんにとっては、俺なんてまだまだ子供みたいな感覚なんだろうけどね……実際、子供はいたみたいだし、もし生きていたら俺と同年代くらいかもしれないけど。

「魔力貸与が、こんな症状を出すのは何度か見た事があるけど……さて、とにかく一度落ち着きなさい……」

 少しだけ不思議な、レッタさんの声が俺の後ろから響く。
 優しい母のような自愛の声のようにも聞こえるのは、アンリさんに何かしらの同情をしているからだろうか?
 それとも、俺がレッタさんの過去を知っているからか。
 ともかく、その声が響いて数秒程、静寂が辺りを包んだと思った瞬間、アンリさんに異変が起きた。

「ふーっ! ふーっ! ふ……う、ぐっ……!」

 正気とは思えない、荒い息を吐いていたアンリさんが息を詰まらせる。
 何か痛みが……? と思ったら、体も硬直して全身から力が抜けた。
 次の瞬間……。

「これは……魔力?」

 アンリさんの体のいたるところ、というか全身から滲み出る何か……拘束している俺には、一切触れているという感覚はない。
 透明度が高く、物質的な感じのないそれは直感で魔力だと感じた。

「えぇ。その子の魔力をちょちょいっとね」

 後ろから、レッタさんの肯定する言葉と共に、アンリさんから滲み出る魔力が俺の頭上へと集まっていく。

「薄暗いからか、ちょっと黒め?」
「そうね。まぁ今の暴走をした悪さをする魔力だから、そういうものでしょうね」

 魔力は本来、可視化されても魔法のために変換されていなければ白い事が多い。
 でもアンリさんから滲み出て、頭上に集まっているそれは薄暗い地下牢の中なのもあってか、黒く見える。
 白さなどはないから、何かに変換されているのかなと思ったけど、レッタさんの言葉通りならアンリさんが豹変した原因で、だからこそ黒く染まりかけているのかもしれない。

「……そろそろいいかしらね。ん……っと。はい、終了」

 しばらく、アンリさんから黒めの魔力を滲み出させて集め、止まった頃を見計らってか、レッタさんが後ろで何やら動いた気配。
 その瞬間、頭上に集まっていた魔力は音すら立てず、風に紛れて霧散するように空気中に溶けるみたいに消えて行った。
 地下牢は窓もなく、人の息遣いはあれど風なんて吹いていないのに……レッタさんがやったんだろう。

「えっと?」
「……」
「な、何が起こっているのですか?」
「俺に聞かれても……」

 何もなくなった天井を見上げ、ポカンとしている俺にベリエスさんが質問を投げかけて来る。
 けど俺にも何がどうなったのかはわからない。
 一応、アンリさんの魔力が体から出て行ったというくらいはわかるけど。

「正気をなくす原因になっていた魔力を、私が誘導して外に出し、霧散させた。それだけよ」
「それだけって……」

 悪い物を出す、膿を取り出す、みたいな事だろうか?
 レッタさんが魔力誘導とやらで、アンリさんの体に巣くう悪い魔力を取り除いたって考えて良さそう、かな。
 実際、魔力がにじみ出るようになってからアンリさんはおとなしくなったし……あ!

「アンリさん、大丈夫ですか!?」
「う、うぅ……」

 魔力の現象に驚いている場合じゃないと、逆さに持ち上げて拘束していたアンリさんを思い出し、声をかける。
 先程までの荒い息遣いは鳴りを潜め、今は呻くように声を漏らすだけだ。
 一応無事、なのかな?

「……もう大丈夫だから、降ろしてやりなさい、リク。そのままじゃ頭に血が上るだけよ」
「あ、はい。そうですね……へぶっ!」
「アンリ、アンリ!! 大丈夫なのアンリ!!」

 確かにこのままじゃ、頭に血が集まって危険だった……レッタさんの落ち着いた声を受けて、ゆっくりと床に降ろそうとした時、横から突然の衝撃と叫び声。

「アンリ!?」

 飛び込んできたのは、おとなしくなったアンリさんを心配したグリンデさん。
 俺を突き飛ばし、割って入るような形だ。
 まさか突き飛ばされると思っていなかった俺は、完全に油断していたせいで、掴んでいたアンリさんから腕を離してそのままたたらを踏んで横へとずれた。
 って、そんな事をしたら……。

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