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森の奥で不審な何かを発見

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「お酒は……まぁ、ソフィーに止められているから、そっちに行くわけにはいかないけど」

 ブハギムノングの街でお酒を飲んだ時、お店のテーブルを破壊しちゃったりもしたからね。
 そちらに逃げるわけにはいかないし、向き合わなくちゃ。
 ……クランを率いるわけだし。

「散々魔物を大量に倒しておいて、今更だけど」

 人を守って、街を守って、英雄と持て囃されて持ち上げられた、とは思っていない。
 自分でこうすると決めた事だから。

「うん、よし! やっぱりこうして一人でじっくり考えるのも、大事だねって事で!」

 殊更大きな声を出し、気持ちを切り替えるように剣に付いたシュネーウルフの血を振り払って、鞘に収める。
 誰かに相談して、誰かと話して解決する考えかもしれない。
 けど、誰かの言葉に左右されるよりも先に、自分でこうして考えておかなきゃいけないし、それができて良かったと考えておこう。
 とりあえず、立ち止まったまま考えていてもなんにもならないから、森を進みながらだね。

 もちろん、魔物を見つけたら倒しながらだけど。
 戦いそのものに、慣れていくために――。


「ん~、この辺りだと思うけど……今日は出ないのかな?」

 シュネーウルフを倒して、念のため目印を付けた後再び森を進む。
 周囲の様子を窺いながら、注意深く進んでいるけど……途中で遭遇したオークなどの魔物以外は特に何もない。
 兵士さん達からエレノールさんが聞き取った、何者かの影の発見情報を確かめようとしたんだけど、今のところ何もない。
 確か、話によると発見した場所は全部森と凍てついた大地の境界線辺りだったと聞いている。

 その凍てついた大地は、元々森だった場所だけど。
 俺の左手側、数本の木々の向こう側にはその凍てついた大地……俺が凍らせた場所が広がっている。
 これ以上は森を抜けてしまうため、今は南下しているんだけどそれでも何もおかしな部分はない。
 いやまぁ、地面が凍ったまま融けないというのは、おかしいと言えばおかしいんだけどね。

「あっちに行っても、何もなかったからなぁ。もう少し南に進んでみて、まだ何もなかったら諦めようかな」

 念のため氷の地面まで出てみて見渡してみたけど、センテの外壁が遠めに見える程見晴らしがいいのに、特に何もなかった。
 アイシクルアイネウムもいなかったし。
 もしかしたら、何かの条件とか出る日と出ない日があるのかもしれない。
 適当なところで諦めて、他の魔物を探した方がいいのかなと考える。

 目撃情報があった影は特に何か危害を加えられたなどの話はないし、目的は魔物討伐だからね。
 それに寒いし……。

「一応着る物は持ってきたけど、グラシスニードルは置いて来たから、氷の方に行くわけにもいかないし……見渡す限り何もないから、解氷作業でもないのに行く必要はないからなぁ」

 シュネーウルフを見つけた所では、それなりに気温が低くなってきていたけど、すぐそこに凍った地面があるとなるとかなり冷える程になっていた。
 それでも、森の木々が寒さに負けず冷気を遮ってくれているのか、多少は温かいけどね。
 それでも吐く息が白くなるくらいだし、マックスさんにもらったお弁当以外に、荷物として念のため重ね着用の服を持って来ていて良かった。

「この辺りには、あんまり魔物も近付いていないみたいだね。まぁ、ヘルサル方面に向かっていたのを考えると、当然か」

 魔物が森から出てヘルサル方面に行っていたのは、ラミアウネの大量発生以外にも、赤い光などの異常から逃げるためでもある……とエルサは言っていた。
 だから氷の地面が近付くごとに魔物との遭遇率がかなり下がっている、というか、南下し始めてからは一度も魔物を発見できていない。
 仲間とはぐれたのか、オークが数体と気温が下がり始めた辺りで見つけた、シュネーウルフくらいなものだね。

「このまま進んでも何もなさそうだし、そろそろ西に行った方がいいかもね」

 かれこれ二、三十分くらいは氷に沿って進んでいるし、魔物がいない場所を進んでいても仕方ない。
 このままじゃ、単純に森を突っ切る形になるわけだからね。
 森を南に抜けないまでも、あまり時間をかけすぎるとヘルサルへ戻るのが遅くなってしまうのもあるかな。
 まぁ、できるだけ魔物を倒すというのを諦めれば、森を抜けたあたりでリーバーに乗って戻るだけでもいいんだけども。

 一度、木に登って確かめたら、休憩を終えたのかリーバーが元気に空を飛びまわっていた。
 他のワイバーンよりも体力があるのかもしれない。

「……やっぱり、何もないか。日を改めてまた来るか、他の目撃証言とかが出るまで待った方が良さそうかな? って、ん? あれは……?」

 さらにしばらく進んで、諦めて西に向かおうと思った時、ちらりと何かが視界の隅を横切った。
 氷の大地に近い場所方だ。

「もしかして、あれが怪しい影……かな? でも人型じゃないよね?」

 気になって何かが見えたと思われる方へ歩を進めると、ゆらゆらとした影、黒いもやのようなものが、南に向かってゆっくりと進んでいた。
 黒いは、大体バスケットボールくらいの大きさで宙に浮かんでおり、それ自体には何も意思のようなのは感じられない。
 確かに怪しいんだけど、でも目撃情報のあった人のような影とは形が違う。
 単純に何かが集まってできただけのような、歪な丸の形で、蠢いている。

「うーん……見た人が勘違いした可能性もあるし、他に手掛かりとかもなさそうだからね。とりあえず様子を見つつ近付いてみよう」

 森の中、魔物がいる可能性などを考慮すると、人影と見間違えた可能性は否定できない。
 見たのは兵士さん達でもほんの一部だし、観察するにもそんな猶予もなくいなくなったらしいから、木の陰とかと合わさって人影のように思えたとか、ありそうだ。
 人の記憶って、曖昧なものだから。

「意思とかはなさそうな、ただのもやかと思ったけど……もしかしたらなんらかの意思があるのかな? 真っ直ぐ南に向かっているし……」

 怪しさしかない黒いもやは、俺に気付いていないのかはわからないけど、とにかくゆっくりと南を目指していた。
 それには何かの意思が介在しているようにしか見えない……目的があって、移動しているようだからね。
 時折木にぶつかるけど、ちょっと形を変えるだけですり抜けてすぐ元に戻る。
 生物とか小さい物の集合体ではないようだけど、多分空気に近い性質なのかもしれない。

 木をすり抜けるというか、目に見える空気の塊が何かにぶつかって形を変えているようにしか見えないから。
 その黒いもやは、ずっと一定の速度……人が歩く半分程度の速度で移動する。
 障害物になっている木に当たっても、その速度は衰えない。

「風に流されているわけでもないし、やっぱり何かあるんだろうね」

 主に氷がある方からだけど、冷たい風が森に入ってきている。
 風自体は常に一定の方向に向かているわけでもないし、黒いもやのように南にはあまり吹いていないから、ただ流されているわけじゃないというのがわかる。
 ちなみに、少し強めの風に当たっても形が崩れてしまったりしているけど、やっぱり移動の速度は一切割らない。
 どう考えても、何かの意思が介在して動いているようにしか見えない――。


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