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エアラハールさんへのお願い

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「えっとですね、モニカさん達の訓練の話の後なので少し言いにくいんですけど……」

 三人を見るのに、エアラハールさん一人では……という話をしていたばかりだからね。
 昔は、確か冒険者を引退した直後くらいにマックスさんやヴェンツェルさんの師匠になったらしいけど、それから数十年くらいかな。
 孫が成人したりそろそろ結婚や子供を……となっていても不思議じゃないくらいの年齢だ。

 一瞬だけなら最善の一手を使えるうえ、俺の振る剣を避けきって見せる動きをどうしてできるのかは、もう人外的なAランクだったからと納得するしかないけど、とにかくさらに俺も追加なんてできるのかどうか。
 なんて頭の隅で考えつつ、ここ最近悩んでいた事を話した。

「モニカさん達と同じく、俺にも訓練をとお願いしたいんです。ずっと、もっとちゃんと訓練しなきゃなんて思ってて……」
「リクをじゃと? それはまぁ、これまでも訓練をさせてきたが……正直なところ、リクには教える事がないとは言わんが、必要があるとは思えんのじゃが。それにリクはもうSランク。人外中の人外じゃ……元々わかっていた事じゃがの。魔法が使えなくなったとて、それは変わらんじゃろう?」
「あ、いや、強くなるためじゃなくて……いえ、実際にはそういう意味でもあるんでしょうけど、モニカさん達とは少し違っていて。その、センテでの戦いだけでなく王都へ戻る際にも、アルケニーと戦ったり他にも色々と……」
「ふむぅ……?」

 渋るエアラハールさんに、戦いの状況などを踏まえて事情の説明。
 要は戦いとか剣の技術とか、俺に身についていない事を教えて欲しいってわけだ。
 そうする事で、ある意味では強くなるのと同義なのかもしれないけど……俺が身につけたいのはどんな魔物でも倒すための技術ではなく、周囲を巻き込まないような、ユノとかに近い繊細な戦い方というか……。

「成る程のう。リクの近くで戦う他の者まで巻き込んでしまう恐れ、か」
「はい。力任せにやればそうなるのは当然なんですけど、あまり意識していなくてもついやっちゃって……アルケニ―と戦った時なんかは、ソフィー達にも怒られました」
「アルケニーとやり合って、そんな余裕がある事の方がワシとしては驚くべきなんじゃろうが、今更かのう」

 強い力を意識していなくても、魔物を吹っ飛ばしてしまう事なんてよくある事になってしまっているし、やってから不味ったと感じる事も多々ある。
 アマリーラさんとか、いつも使っている巨大な大剣を振り回しておきながら、味方を巻き込んだりしないのは力任せにぶん回しているからではなく、ちゃんとした技術で成り立っているからだろう。
 ……相方がリネルトさんだから、巻き込まれそうになっても軽々と避けるとかもあるのかもしれないが。

「……リクが過剰過ぎる程の力に振り回され、リク自身も振り回しているのはワシも見ておる。ある程度の基礎は学んでおるようじゃが……ワシ以外にはまともに剣を教えられた事なんてないじゃろ? そういう部分では、変な癖がついていなくてやりやすいのじゃろうが、力が強すぎるせいかそちらでの癖もついておるからの」
「まぁ……癖というのは自分だとわかりませんが、基礎くらいなら冒険者になる時マックスさんに教えてもらいました」

 剣の握り方なんてよく知らなかった俺に、マックスさんはモニカさんに教えるついでと本当に初歩の初歩、剣の握りや振り方を教えたもらったっけ。
 あのまま何も教えてもらわず、我流でやっていたら自分すら斬りつけかねないくらいだったし、見かねたっていうのもあるかもしれないけど。
 なんせ、剣を両手で握る時に手をぴったりくっつけて握っていたりしたからなぁ……あと、刃を通すための握りとか。
 とにかく、ただ握ればいいってわけじゃないのは凄く勉強になった。

「ふむ、そうか。確かにリクの剣の振りは丁寧という言葉がこれ程似合わない事もないと思わせるものじゃ」
「そこまで、ですか……」

 俺なりに、日本で見た物語なんかも参考にして形になるように振っている気なんだけど……エアラハールさんから言わせると、雑過ぎるらしい。
 まぁ物語、というかアニメとかだけど、そういうのは見栄え重視な事があったりもするからね。

「そうじゃ。あんなの、冷静に見極めれば当たるもんじゃないわい」
「確かに、エアラハールさんには完全に避けられましたけど……」

 初めてエアラハールさんと会った時、模擬戦をしたら俺の攻撃は全て避けられた。
 初心者の剣、雑な動きだと逆に軌道を読みにくいとかどこかで聞いた気がするけど、実際は熟練者にとってはなんて事のない振りって事らしい。

「当たったら、骨が折れるじゃ済まん力はこもっておったがの。それもあって、あの折れそうな剣を使わせて矯正しようとしたのじゃが……マシにはなってはおってもまともとはまだまだ言えんようじゃ」
「あれにも慣れちゃって。一応折れないようにとは気を付けていましたけど」
「それも、魔力を通す事を覚えてからは、折れないのをいい事にぶん回しておったのじゃろう。目に浮かぶわい。リクが戦ってきた状況や魔物を考えれば、ワシでさえ折れないように戦うのは不可能じゃし、どれだけの魔力を込めたのか知るのが怖いくらいじゃ。まぁ仕方のない部分もあったのじゃろうの」
「それはまぁ……」

 白い剣を使っている時はまだしも、単独で森に入った時に戦ったレムレースとか、あれは折れそうなボロボロの剣というわけではなく、エレノールさんに用意してもらった物だけど。
 あれだって、魔力を通さなかったら刃こぼれどころか折れていてもおかしくない、むしろなぜ折れていないのかと俺自身が疑問に思うような使い方をしていたからなぁ。
 二刀流とか、鞘と剣をそれぞれ左右に持ってとか、思い付きで使っていたし。

「力を振り回す事が力を使う事ではない。力というのは使ってこそじゃ。まぁ、必ずしも使わなければいけないというものでもないがの。じゃが、今は使う方法を考えねばならん」
「はい……」

 力を持ったからって、絶対それを使わなければいけないなんて事はない、と思う。
 ただ、帝国との事がある限り……いやなくても魔物に脅かされる人がいるのなら、冒険者として使わないという選択肢はないよね。
 でもその力をどう使うかというか、どの程度使うかとか、場面によって適正な使い方と力の入れ方みたいなのが必要だと思う。
 それが今の俺には欠けていて、ほとんどが全力ではないし加減するように考えてはいるけど、それでも強すぎる力に振り回されてしまっているんだろう。

 言ってみれば、ドバドバと水が出る蛇口のようなもので、ちょっとひねっただけなのに通常の人間……よくある蛇口の最大水量以上どころか、数倍の水が出てしまうようなものかな。
 多少調整したとしても、何に使うかにもよるけどそれじゃ無駄になっている水が多すぎる。
 そしてその大量の水でどんな物でも押し流されてしまう……ってところかな、多分――。


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