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ホラーな想像をさせる人物
しおりを挟む裏通りで発見した、臭いの元らしい人物。
後ろから見るだけでもわかるくらい痩せこけていて、失礼ながらボロ切れと言っても差支えがないような服を身に纏っているだけだ。
あまり見た目で人を判断したくはないけど、じっくり観察してもアマリーラさんと同じような感想しか出て来ない。
お風呂にも入っていなさそうだし、もしかしてアマリーラさん達はこの人の体臭とかを感じ取った、とかなのかな? と思うくらいだ。
けど、それくらいでアマリーラさん達が警戒するだろうか? リネルトさんは危険な感じがするとも言っていたし……。
「あ゙……あ゙……あ゙あ゙……」
「……ん? 声、かな?」
「何か、声をだしているようですね。ただ、喋っているのとは少し違う感じがしますが……」
俺たち以外は、立っているだけの人物以外いない場所、町に人が少なくなっている影響だろうか、表通りからもほとんど音が聞こえてこないおかげで、目指す人物が小さく何かの声をだしているのが聞こえた。
けどそれは、意味を成しているような言葉ではなく、ただ単に声を出している……苦しそうな息をしている、とかそんな感じに近いみたいだ。
かなり濁っているようには聞こえたけど。
「なんというか、同じじゃないですけど似たようなのを見た事があります。いやまぁ、実際に見たわけじゃないんですけど……」
「それは、どういう事でしょうか? 見た事があるのに見た事がない……とは?」
「まぁ、説明がちょっと難しいんですけど……とにかく今はあの人にもっと近づいてみましょう」
「は、はい」
意味をなさない声に、ほとんど動かず呼吸をしているのかすら怪しい様子で立っている人物、さらに後ろ姿だけでも汚れているとわかる姿……。
なんとなく、地球にあった映画やゲームのゾンビを彷彿とさせるけど、さすがにそれを今アマリーラさんに事細かに説明するのは難しい。
映像と言ってもよくわからないだろうし、絵と言った方がわかりやすいかな? とは思うけど、必要なら後で説明する事にして、とりあえずさらに近付く事にした。
ここで、近付いた俺達に気付いて、急に振り返って噛み付いてきたら本当にゾンビそのものでホラーだ……さすがに体は腐っていないと思われるし、数メートルの距離まで近付いても俺には特に変な臭いや腐敗臭みたいなのは感じないんだけど。
なんて、勝手に想像してちょっとドキドキしながら、手を伸ばせば届く程の距離まで近付けた。
想像したような振り返って襲い掛かってくるような事は一切ないどころか、その人物は俺達に一切気付いていな様子で、ただただ濁った声を出しているだけだった。
「えーっと……すみません、ちょっといいですか?」
「あ゙……あ゙、あ゙あ゙あ゙……」
勝手にホラーなイメージをして、ちょっと怖くなってしまったけど向こうが気付かないのもあって、仕方なくこちらから声をかけてみる。
だけど、その人物はそれでもまだ俯いたままで、濁った声を出し続けているだけだった。
耳が聞こえない、とかではない限り確実に俺の声は届いているはずなのに……。
「貴様……リク様がお声をかけて下さっている光栄に対し、無視をするとは何ご……っ!?」
「……アマリーラさん?」
俺の声が無視されたせいか、怒った様子のアマリーラさんがその人物の前に回り込んで声を荒げるが、俺が止めようとする間もなくその言葉は途中で途切れた。
立っているだけの人物を挟んでいる形だけど、俺から見えるアマリーラさんの顔は驚愕に目を見開かれている。
一体正面に何が……と思い、アマリーラさんに声を掛けつつ俺も正面に回ってみる。
「……これはアマリーラさんが言葉を失うのもわかる気がしますね……まるで、俺達を認識できていない。本当にゾンビみたいだ……」
「あ゙……あ゙あ゙……あ゙あ゙あ゙あ゙」
これだけ声を近くで声を出しているにもかかわらず、ただただ濁った声を出すだけのその人物。
俯いて地面を見ているように見えていたけど、その眼は焦点が合っていないどころか瞳孔が開ききっていて、まばたきすらしていない。
口からは涎が垂れて、ただ声を発するだけで閉じられもしないし、動きらしい動きもなかった。
映像などで見た事のある、ゾンビそのもののようにも見えた……正しくは、ゾンビになりかけとかそんな感じかもしれないけど。
「……何も、反応はありませんね」
俯いている顔の近くで、アマリーラさんが手を振って見せるがそれにも反応はなし。
目は開いていても、何も見えていない様子だ。
「考えていたのとは別の意味で危険、とも言えるかもしれませんけどこれは……」
かろうじて小さく呼吸はしているのが、ゾンビなどではなく生きているのだと思えるけど……これが生きている状態だと言っていいのかは疑問すら感じる。
危険は危険でも、近付いたら危険なのではなく、単純に目の前のこの人が危険な状態なのかもしれない。
「いえ、私やリネルトが感じた臭いからの危険な気配は、もっと周囲に撒き散らすような……この者自体がではなく、近付いてはいけない方向の危険です。今もそれは間違いなく、近付いた事でさらに強く感じています」
「……周囲に撒き散らす危険、ですか」
目の前に来ても、俺にはその臭いは一切感じられないため、獣人だからこそ嗅ぎ取る事ができる部類の物なんだろうと思う。
意外だったのは、傍から見てもかなり汚れているのにその人物から異臭のようなものが一切ない事か……。
香水みたいな、別の香りで誤魔化しているようには感じられないので、単純にその人からの臭いがないって事になる。
人間に感じられる臭いが、だけども。
汚れても洗わず、強い異臭を発するのは人間が新陳代謝をするからなのも一つの理由で、もしかしたらそれがないとか?
いや、新陳代謝がないとかそれだと完全にゾンビとかと変わらないだろうから、違うとは思うけど。
「ただの宿なし、というのは見た事がありますがここまでのは初めてです。まぁ、何もかもを失った人が虚ろになり、似たような風になるのはありますが……」
「何かを失って絶望して、とかとはまたちょっと違う感じはしますけどね」
虚ろな感じなのは確かにそうだけど、近いだけで同じだとは思えない。
さすがに精神はやられて虚ろになっても、ここまで近付いて声を掛けたり目の前で話していたら何かしらの反応は返って来そうなものだしね。
いやまぁ、俺はそんな人を近くで見た事がないから、もしかしたらそうなる人もいるのかもしれないけど。
「とにかく、撒き散らす危険な気配のする臭さ、というのがなんなのかはっきりしませんけど……このままにはできませんね」
「このような者は、捨て置けばいずれいなくなるものですが、リク様はお優しい」
「見過ごせないとかではなくて、放っておけないというのもあるのかもしれません。けど、アマリーラさん達が感じた臭いと併せて考えると、ここにこのまま放っておいてはいけない気がするんですよね……」
俺が優しい、というわけではないと思う。
こんな人が目の前にいたら、このままではいけないと思う人は多いと思う。
保護するとか、なんとか助けてあげたいとかじゃなく、単純に放置していたらいけないという感覚というか。
撒き散らす危険な気がする臭いが本当なら、何かあるわけだしね――。
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