虚ろな光

相田カラ

文字の大きさ
21 / 22
第二章 静寂の島

第二十話 魂の欠片

しおりを挟む

 階段を降りるほど、空気が冷えていった。
 湿気ではない。
 もっと“乾いた何か”が、皮膚の表面を淡く削っていくような冷たさ。

 石壁に沿って置かれた灯りは少なく、
 光は地面に落ちたあと、ゆっくり沈んでいく。
 まるで光そのものが、ここでは重くなるみたいに。

 イヴは足を止め、壁に触れた。
 指先がふるえたわけではない。
 ただ、記憶を探すように。

「……おと……うすい」

 その声は、普通の声だった。
 けれど奥底に“懐かしさの形”だけが沈んでいる。

 ルナは壁を見た。

 古い線が刻まれていた。
 絵でも文字でもない。
 ただ“残すためだけに爪で引いた”ような、乱れた痕跡。

 細い線のいくつかが──
 まるで人のシルエットに見えた。

(……これ……)

 触れた瞬間、胸の奥がざわ、と揺れた。
 夢で見た光景の一部が、ここに重なった。

 ――光の底で
 ――“もどってきて”
 ――**

 思い出そうとした途端、心臓の奥が刺すように痛む。

「……ルナ」

 袖が引かれた。
 イヴだった。

「……ちがう。ここ……“はじまり”じゃ……ない」

 イヴの瞳は、壁の奥の“見えない層”を見ていた。

 壁のさらに奥。
 空気が一段薄くなるような──
 そんな感覚が、二人の間を通り抜けた。

 陶片が胸の袋の中で震えた。

 方向はひとつ。
 壁の裂け目の向こう。

「……中心、じゃない……」

 ルナの口が、無意識に言葉をこぼした。

 ここは入口。
 ここから、何かが始まった。
 でも“核”はもっと奥にある。

 その深部だけは、島民すら触れていない層。

「行こう、イヴ。……まだ、この先がある」

 イヴは返事をしない。
 ただ袖をつまんだまま、ゆっくり頷いた。

 

 ――――

 裂け目を抜けると、空気が変わった。

 湿度も温度も同じなのに──
 “重さ”だけが違う。

 音が沈む。
 呼吸が遅れる。
 灯りが遠くなる。

 広間の中央に、円形の石台があった。

 その上には、割れた“欠片”が散らばっている。
 陶片によく似た材質。
 でも形が違う。
 用途も違う。

(……これ……)

 ルナの胸が軋む。

 それは、禁呪の“道具”だった。

 魂を割り、
 分け、
 重ね、
 “別の器へ繋ぎとめる”秘術のための──

 断片に指を伸ばした瞬間、
 ルナの視界がぐらりと揺れた。

 ――光
 ――手
 ――崩れかけた身体
 ――何かを渡す
 ――何かを奪う
 ――「……**」

 誰かが泣いていた。
 叫んでいた。
 でも音は途中で崩れて、意味を成さない。

 痛みだけが、鮮明だった。

「……ルナ」

 イヴの声が遠くで呼んだ。
 その声だけが現実に引き戻す。

 ルナは息を震わせた。

(……これが……禁呪……?
 魂を……渡す……?
 私が……?)

 理解の輪郭は掴めない。
 ただ“そういう形の術”だという確信だけが、胸の奥に沈んだ。

 でも、イヴには言えなかった。

 イヴの瞳だけが、じっと自分を見つめている。

 言えば壊れる。
 その直感だけは、なぜか確かだった。

「……なんでも、ない」

 ルナはそう言い、微笑んだ。

 イヴは、少しだけ長くルナを見ていたが──
 やがて袖をつまんだ。

「……いこ。まだ……さき」

 陶片が再び震えた。
 緑の線が広間の奥へ、地下へ──
 さらに深い層へ伸びていく。

(本当の核があるのは……もっと下……)

 その先には、何があるのか。

 夢の声の主が、
 何を“もう一度”求めているのか。

 分からないまま、
 ルナはイヴの手を取り、さらに深い暗闇へ歩き出した。

 石畳の下で、何かがかすかに脈打っていた。

 魂の層が、重なる音を立てながら──。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

侵略国家の皇女に転生しましたが他国へと追放されたので祖国を懲らしめます

think
恋愛
日本から転生を果たした普通の女性、橘美紀は侵略国家の皇女として生まれ変わった。 敵味方問わず多くの兵士が死んでいく現状を変えたいと願ったが、父によって他国へと嫁がされてしまう。 ならばと彼女は祖国を懲らしめるために嫁いだ国スイレース王国の王子とともに逆襲することにしました。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

処理中です...