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「昨日の夜、先輩と一緒にいた人って彼氏なんですか?」
朝から避けていた後輩と、備品倉庫で二人きりになってしまった。
そして危惧していた通り、二人きりになった瞬間に言われた質問に、心の中で溜め息を吐き出す。
そうだよね。気になるよね。
セフレと一緒にコンビニから出るところを知り合いに見られるなんて、私も思ってなかったもん。
「……まあ、そんな感じ」
「彼氏いないって言ってましたよね。なんで誰にも言ってないんですか。えっと……もしかして不倫、とか?」
「ちっ、違う違う! ……その、違うけど、どんな人とか聞かれるの嫌だし、そういう話するのあんまり慣れてないのもあって、職場ではあんまり言いたくないだけだよ」
私の回答に納得がいかないという顔で、私の後輩――立川遥翔(たちかわはると)は、「へえ」とだけ溢して、キャビネットからファイルを取り出す。
パラパラと中身を確認しながら「俺、本当に脈なかったんですね」と独り言のように呟かれ、気まずさで心臓がキリキリと痛んだ。
現在二十五歳。年下。後輩。私が彼に仕事を教えていたのは研修期間の一年だけで、今では立川くんのほうがよっぽど重要な仕事をかかえている。
見た目がいいだけでなく、仕事もできて細かいところによく気付く。それを鼻にかけることもなく、誰に対しても人当たりが良い企画部若手のエース。上司からも顧客からもウケがいいのは、甘え方や距離感の掴み方が抜群にうまいためだろう。
そんな立川くんが、「脈がない」と私を困らせるような言葉を選ぶのは、私に対しての甘えなのだろうか。
――どこまでが本気か分からなくて、正直困る。
どう答えればいいのか分からず、ただ黙っていると、「朝からずっと俺のこと避けてましたよね」と続けられてしまい、心の中で小さく唸った。
自意識過剰かもしれないけれど、立川くんは詳細を聞いてくるだろうなと思って、朝から意図的に避けてきた。
現に今こんな会話になっているし、私は一方的に気まずさを感じている。けれど別に、私は立川くんから告白らしい告白をされたわけではないし、交際しているわけでもない。
ただ、そういう空気になったことが、過去に一度あるだけだ。
――二年前、立て続けに三人の女性が立川くんに告白し、全員が振られたという噂が社内で広がった時期があった。
そんな時にあった飲み会の帰り、話題に困った私がその話を振ると、「先輩が俺と付き合ってくれたらいいのに」と拗ねたように言われてしまい、私は冗談としてその言葉を聞き流したのだ。
立川くんもそういう話題の逸らし方をするんだなぁと、申し訳ない気持ちになりながら「変な話題を振ってごめんね」と謝って終わった話。
それ以降は特にそういう雰囲気になることもなく、今までずっとただの仕事仲間として接してきた。――はずなのに、なぜか今、こんな雰囲気になっている。
いきなりあの時の続きのようなトーンで話されても、どうしたらいいのか分からない。
「先輩が彼氏いらないってずっと言ってたの知ってるから、嘘つかれてた気分です」
「え……でも、もう彼氏いるんだから、彼氏いらないのは本当だよ。嘘はついてないでしょ」
「でも昨日の、あー……彼氏さん? は、結構最近知り合った感じですよね。距離感とか、まだそこまで近いわけじゃなかった」
こういう観察眼をもっているから、人との距離の取り方が絶妙だと言われているのだろうか。
どうかその能力を、私の顔色を読むことにも使って欲しい。この話題を避けたいのだと、そろそろ気付いてもらえないだろうか。
「先輩は、昨日の人ならいいって思ったんですか?」
「……まあ、うん」
彼氏としての評価ではないけれど、たまに会う人として「いいな」と思ったのは本当だ。
――自分が恋愛に向いていないことを、私はしっかり自覚している。
惚れっぽいうえに冷めやすく、過去にお付き合いした人はいるけれど、長く続いたことがない。
付き合うまでは優しかった人でも、恋人になってからは向けてくれる優しさが目減りしていき、独占欲だけは増して変に束縛される。そんなお付き合いが連続したせいか、ちゃんとした恋人を作るのがどんどん面倒臭くなってしまった。
それでも、一人で過ごすには寂しい日が定期的に訪れるし、どろどろに甘やかしてくれる人が欲しくなる日があるのだ。
疲れた時に頭を撫でて慰めてくれたり、大きな身体で抱きしめて一緒に眠ってくれたりと、そんな人の温もりを求めてしまう。
しかし、ただ抱きしめて眠ってくれる男の人は見つからず、結果的にセックス込みで甘やかしてくれる人と、私は繋がりを持つようになってしまった。
――と、そういう意味で、昨日の人は確かに「いいな」と思っている。
会ったら朝まで一緒にいてくれるし、七つも歳が離れているからか、私のことを過剰に甘やかしてくれて優しい。
しかし、そんな爛れた事情を後輩に聞かせることなどできるはずもなく、「どこがよかったんですか?」という質問がくると焦ってしまう。
平然を装って「優しいとこ」と返事をすると、立川くんの動きがぴたりと止まった。
「……そっか。先輩はそういう感じでいいんだ」
ぼそっと呟かれた一言も、今は聞かなかったことにする。これに言及すると、また話が長くなりそうだ。
立川くんのことを気にしない振りをしてファイルを探し、急いで取り出し両手で抱える。
用事が終わればここに長居する必要はないのだ。二人きりだからこんな話になってしまうだけ。早くここから去るのが賢い。
そう思って隣を通り過ぎようとした瞬間、立川くんに腕を掴まれ引き止められた。
まだこの話を続けないといけないのか……と、心の中で盛大な溜息を吐く。
「あの、何……」
「見た感じ、会社の中にはいないですよね?」
「は……?」
「いや、実は俺、他社から引き抜きの話があって……その、少し迷ってたんです。もし同じ会社じゃなかったら、先輩は俺のこともそういう対象にしてくれましたか?」
「へっ? あ……いや、そういう対象も何も、後輩のことそんな風に見れないっていうか」
「だから、違う職場なら後輩じゃなくなるから――」
「え……? それでも、えっと……? 元後輩になるだけだよね?」
言った瞬間、立川くんの瞳がすうっと細められたのが分かった。
しかしその表情は一瞬で消えてしまい、すぐに可愛らしい笑みを浮かべた立川くんは、小首を傾げて甘えたような声を出す。
「ねえ、先輩。今は俺、普通に後輩だから、相談とか乗ってもらえますか?」
「相談?」
「はい。引き抜きの話、今月中に返事をしないといけなくて……。先輩に話を聞いてほしいなーって」
「え? あの、でもそういう大事な話は、今の上司とか……。私じゃない方がいいと思うけど……」
「この話、まだ先輩にしか話せてないんです。辞めるかもしれないなんて上司には言えないし、同期にも言いづらくて……。同じ業界の人の方が話が分かると思うし、参考にしたいから先輩の意見も聞きたいなって思って……あの、駄目ですか?」
素直で甘え上手で、立川くんが役員にまで可愛がられている理由がよく分かる。こんな声で頼られたら、男女問わず悪い気はしないだろう。
だからこそ、「立川くんが頼れば誰でも親身になってくれると思うし、もっと頼りになる人に相談してね!」と声を大にして叫びたい。
けれど、私は内緒にしていた交友関係を、彼に知られてしまったばかりなのだ。
こんな下世話な話を社内で風聴する人ではないと思っているけれど、なんとなく弱みを握られたような状態で、立川くんのお願いを突っぱねることなんて出来ない。
いい返事をしなければ、掴まれた腕も、いつまでもそのままだろう。
「わ、分かった、から。とりあえず戻らないとだし、離してくれる……?」
「あ、すみません。でもよかったぁ。それじゃあ今日、仕事のあとって空いてますか?」
「……うん。大丈夫」
「ありがとうございます。店予約しておくので、よろしくお願いしますね」
嬉しそうに笑いかけられ、気まずさを誤魔化すように苦笑で返す。逃げるように備品倉庫を出て、重たい気持ちのままでいつも通りの業務に戻った。
その日のうちに立川くんからお店のリンク付きでメッセージが届き、「予約しました」のメッセージを読んだ私は、デスクで盛大に溜息を吐き出すことになったのである。
朝から避けていた後輩と、備品倉庫で二人きりになってしまった。
そして危惧していた通り、二人きりになった瞬間に言われた質問に、心の中で溜め息を吐き出す。
そうだよね。気になるよね。
セフレと一緒にコンビニから出るところを知り合いに見られるなんて、私も思ってなかったもん。
「……まあ、そんな感じ」
「彼氏いないって言ってましたよね。なんで誰にも言ってないんですか。えっと……もしかして不倫、とか?」
「ちっ、違う違う! ……その、違うけど、どんな人とか聞かれるの嫌だし、そういう話するのあんまり慣れてないのもあって、職場ではあんまり言いたくないだけだよ」
私の回答に納得がいかないという顔で、私の後輩――立川遥翔(たちかわはると)は、「へえ」とだけ溢して、キャビネットからファイルを取り出す。
パラパラと中身を確認しながら「俺、本当に脈なかったんですね」と独り言のように呟かれ、気まずさで心臓がキリキリと痛んだ。
現在二十五歳。年下。後輩。私が彼に仕事を教えていたのは研修期間の一年だけで、今では立川くんのほうがよっぽど重要な仕事をかかえている。
見た目がいいだけでなく、仕事もできて細かいところによく気付く。それを鼻にかけることもなく、誰に対しても人当たりが良い企画部若手のエース。上司からも顧客からもウケがいいのは、甘え方や距離感の掴み方が抜群にうまいためだろう。
そんな立川くんが、「脈がない」と私を困らせるような言葉を選ぶのは、私に対しての甘えなのだろうか。
――どこまでが本気か分からなくて、正直困る。
どう答えればいいのか分からず、ただ黙っていると、「朝からずっと俺のこと避けてましたよね」と続けられてしまい、心の中で小さく唸った。
自意識過剰かもしれないけれど、立川くんは詳細を聞いてくるだろうなと思って、朝から意図的に避けてきた。
現に今こんな会話になっているし、私は一方的に気まずさを感じている。けれど別に、私は立川くんから告白らしい告白をされたわけではないし、交際しているわけでもない。
ただ、そういう空気になったことが、過去に一度あるだけだ。
――二年前、立て続けに三人の女性が立川くんに告白し、全員が振られたという噂が社内で広がった時期があった。
そんな時にあった飲み会の帰り、話題に困った私がその話を振ると、「先輩が俺と付き合ってくれたらいいのに」と拗ねたように言われてしまい、私は冗談としてその言葉を聞き流したのだ。
立川くんもそういう話題の逸らし方をするんだなぁと、申し訳ない気持ちになりながら「変な話題を振ってごめんね」と謝って終わった話。
それ以降は特にそういう雰囲気になることもなく、今までずっとただの仕事仲間として接してきた。――はずなのに、なぜか今、こんな雰囲気になっている。
いきなりあの時の続きのようなトーンで話されても、どうしたらいいのか分からない。
「先輩が彼氏いらないってずっと言ってたの知ってるから、嘘つかれてた気分です」
「え……でも、もう彼氏いるんだから、彼氏いらないのは本当だよ。嘘はついてないでしょ」
「でも昨日の、あー……彼氏さん? は、結構最近知り合った感じですよね。距離感とか、まだそこまで近いわけじゃなかった」
こういう観察眼をもっているから、人との距離の取り方が絶妙だと言われているのだろうか。
どうかその能力を、私の顔色を読むことにも使って欲しい。この話題を避けたいのだと、そろそろ気付いてもらえないだろうか。
「先輩は、昨日の人ならいいって思ったんですか?」
「……まあ、うん」
彼氏としての評価ではないけれど、たまに会う人として「いいな」と思ったのは本当だ。
――自分が恋愛に向いていないことを、私はしっかり自覚している。
惚れっぽいうえに冷めやすく、過去にお付き合いした人はいるけれど、長く続いたことがない。
付き合うまでは優しかった人でも、恋人になってからは向けてくれる優しさが目減りしていき、独占欲だけは増して変に束縛される。そんなお付き合いが連続したせいか、ちゃんとした恋人を作るのがどんどん面倒臭くなってしまった。
それでも、一人で過ごすには寂しい日が定期的に訪れるし、どろどろに甘やかしてくれる人が欲しくなる日があるのだ。
疲れた時に頭を撫でて慰めてくれたり、大きな身体で抱きしめて一緒に眠ってくれたりと、そんな人の温もりを求めてしまう。
しかし、ただ抱きしめて眠ってくれる男の人は見つからず、結果的にセックス込みで甘やかしてくれる人と、私は繋がりを持つようになってしまった。
――と、そういう意味で、昨日の人は確かに「いいな」と思っている。
会ったら朝まで一緒にいてくれるし、七つも歳が離れているからか、私のことを過剰に甘やかしてくれて優しい。
しかし、そんな爛れた事情を後輩に聞かせることなどできるはずもなく、「どこがよかったんですか?」という質問がくると焦ってしまう。
平然を装って「優しいとこ」と返事をすると、立川くんの動きがぴたりと止まった。
「……そっか。先輩はそういう感じでいいんだ」
ぼそっと呟かれた一言も、今は聞かなかったことにする。これに言及すると、また話が長くなりそうだ。
立川くんのことを気にしない振りをしてファイルを探し、急いで取り出し両手で抱える。
用事が終わればここに長居する必要はないのだ。二人きりだからこんな話になってしまうだけ。早くここから去るのが賢い。
そう思って隣を通り過ぎようとした瞬間、立川くんに腕を掴まれ引き止められた。
まだこの話を続けないといけないのか……と、心の中で盛大な溜息を吐く。
「あの、何……」
「見た感じ、会社の中にはいないですよね?」
「は……?」
「いや、実は俺、他社から引き抜きの話があって……その、少し迷ってたんです。もし同じ会社じゃなかったら、先輩は俺のこともそういう対象にしてくれましたか?」
「へっ? あ……いや、そういう対象も何も、後輩のことそんな風に見れないっていうか」
「だから、違う職場なら後輩じゃなくなるから――」
「え……? それでも、えっと……? 元後輩になるだけだよね?」
言った瞬間、立川くんの瞳がすうっと細められたのが分かった。
しかしその表情は一瞬で消えてしまい、すぐに可愛らしい笑みを浮かべた立川くんは、小首を傾げて甘えたような声を出す。
「ねえ、先輩。今は俺、普通に後輩だから、相談とか乗ってもらえますか?」
「相談?」
「はい。引き抜きの話、今月中に返事をしないといけなくて……。先輩に話を聞いてほしいなーって」
「え? あの、でもそういう大事な話は、今の上司とか……。私じゃない方がいいと思うけど……」
「この話、まだ先輩にしか話せてないんです。辞めるかもしれないなんて上司には言えないし、同期にも言いづらくて……。同じ業界の人の方が話が分かると思うし、参考にしたいから先輩の意見も聞きたいなって思って……あの、駄目ですか?」
素直で甘え上手で、立川くんが役員にまで可愛がられている理由がよく分かる。こんな声で頼られたら、男女問わず悪い気はしないだろう。
だからこそ、「立川くんが頼れば誰でも親身になってくれると思うし、もっと頼りになる人に相談してね!」と声を大にして叫びたい。
けれど、私は内緒にしていた交友関係を、彼に知られてしまったばかりなのだ。
こんな下世話な話を社内で風聴する人ではないと思っているけれど、なんとなく弱みを握られたような状態で、立川くんのお願いを突っぱねることなんて出来ない。
いい返事をしなければ、掴まれた腕も、いつまでもそのままだろう。
「わ、分かった、から。とりあえず戻らないとだし、離してくれる……?」
「あ、すみません。でもよかったぁ。それじゃあ今日、仕事のあとって空いてますか?」
「……うん。大丈夫」
「ありがとうございます。店予約しておくので、よろしくお願いしますね」
嬉しそうに笑いかけられ、気まずさを誤魔化すように苦笑で返す。逃げるように備品倉庫を出て、重たい気持ちのままでいつも通りの業務に戻った。
その日のうちに立川くんからお店のリンク付きでメッセージが届き、「予約しました」のメッセージを読んだ私は、デスクで盛大に溜息を吐き出すことになったのである。
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