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居酒屋
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「私、あんまり強くないから飲まないよ」
「別にいいですよ。ノンアルでもソフトドリンクでも、先輩は好きなの飲んでください。俺は飲みますけど、合わせる必要ないですし」
立川くんが予約してくれたのは、おしゃれな雰囲気の居酒屋だった。
たくさんのアルコールメニューが並ぶ中で、私は烏龍茶を選び、立川くんは生ビールを注文する。
彼氏がいるという体(てい)で話したし、今さら何もないとは思う。それでも、ここまでの誘い方が少し強引だったこともあり、隙を見せるのは躊躇われた。
別に私もまったく飲めないわけではないけれど、多少は警戒しておいた方がいいだろう。
「とりあえずお疲れ様」
「はい、お疲れ様です」
乾杯をし、烏龍茶のグラスに口をつける。私が一口飲む間に、立川くんはジョッキの半分を空にしていた。
一緒に食事を楽しみながらも、先輩らしく、ちゃんと立川くんの相談に乗る。
転職の話。上司からのプレッシャー。同期との仲。今やっている企画の話。
そんな感じのことをテンポよく話しながら、立川くんはすごい速さでアルコールを摂取していく。
ビール二杯とハイボールを三杯。そこまで飲んだところで、「あー……なんかワイン飲みたいかも」と言い出したので、さすがに心配になってくる。
「あの、明日が休みとはいえ、これ以上はさすがに飲み過ぎじゃない?」
「え~? 別に大丈夫ですよ。俺ザルだって言われるし、お酒に弱い先輩と違って、どれだけ飲んでも酔わないので」
そう言いながらも話し方がいつもよりふわふわしていて、とろんと溶けた瞳は眠そうだ。あまり大丈夫だとは思えない。
「……立川くんが潰れちゃったら、私じゃ運べないよ」
「あはは、そういう心配してくれるの、本当に優しいですよね。でも俺、気持ち悪くて吐いたりしないし、普通に歩けるし、家以外で寝たりしないし、先輩に迷惑かけないから大丈夫ですよ」
そう言って追加で注文された白ワインは、まさかのボトルサイズだった。それを一人で飲み干して、立川くんは幸せそうにへらりと笑って頬杖をつく。
食べて、飲んで、話をして、最終的に立川くんが、どのくらいのアルコールを飲んだのかは分からない。
ほとんど俺が飲んだ分だからと奢られてしまい、自分の食べた量もお会計の金額も、知らされないままで店を出た。
店の前で私が財布を取り出すと、「も~。そういうのいいから、仕舞ってください」と、明らかに酔ったテンションで立川くんは声を出す。
「いや、後輩に奢らせるのはちょっと……。確かに飲んでないけど、ご飯は食べたし私も――」
「え~? 俺から誘ったのに出してもらうとか、格好悪いから嫌です」
「そんな風にフニャフニャになってるのは格好悪くないの?」
「ふふ、フニャフニャって言い方、可愛いですね。あーあ……こういう感じでいると、いつもは可愛がってもらえるんだけどなぁ。先輩には効きませんか?」
その可愛がってもらうというのは、可愛い部下としてなのか。それとも女性と飲みに行った時の話なのか。
後者だったらあまり出さない方がいい話題だと思うけれど、こんなことを言ってしまうくらいには、立川くんは酔いが回っているのだろう。早く帰った方がいい。
「受け取ってもらえないならいいよ。職場のデスクに勝手に置いておくから」
「強情だなぁ。まあ、そういうところも先輩らしいですけど」
へらへらと笑った立川くんの足がふらつき、また数歩分距離が縮まる。倒れてきたら支えるつもりで身構えていると、近くなった立川くんの顔がふにゃりと緩んだ。
「先輩、この距離でも嫌がらないんだ? もっと近くいってもいい?」
「はぁ……。やっぱり飲み過ぎだったんじゃない? ちゃんと帰れる?」
「俺の家、ここからそんなに遠くないですよ。あ、でも……帰れないかもしれないって言ったら、先輩が送ってくれますか?」
「ええ?」
「ほら、先輩優しいから。酔った後輩がいたら、放っておくの心配になりません? 本当に帰っちゃうんですか?」
ザルだとか酔わないだとか言っていたのは、いったい何だったのだろうか。
確かにちゃんと前に歩けているし、気分が悪くて動けなくなるような酔い方はしないのだろう。しかしこれだけホワホワしているのだから、どれだけ飲んでも大丈夫とは言い難い。
「ねえ先輩、おねがい。家まで送って欲しいです」
「普通は逆じゃない? 立川くんのこと送ったら、私そこから一人で帰ることになるんだけど」
「え~? 別に帰らなきゃいいじゃないですか」
「……私、彼氏いるって言わなかったっけ」
「はは、嘘つき。彼氏なんかじゃないくせに」
「は……」
すべてを見透かしているような目で見つめられ、ひゅっと喉から上擦った息が漏れた。耳元に顔を近づけられ、「ね、先輩」という甘ったるい声が私の鼓膜を揺らす。
――ああ、なんだ。バレてたんだ。
私にセフレがいることを立川くんは察していて、だからこんな風に私に触れてくるのだろう。
立川くんの指先が私の手の甲に触れ、ゆっくりと肌をなぞる。
男の人って、本当にそういうことばっかりしたがるんだな、と冷めた心で思った。私のことを慕ってくれる後輩だと思っていたのに、こんなにも簡単に、手を出していい軽い存在としてカテゴライズされてしまう。
「特定の人がいないんだから、俺の家に泊まっても問題ないですよね?」
「泊まるって……」
「先輩は誰にも知られたくないんですよね? じゃあ帰らないでください」
熱の籠った声が耳元で落ちる。
何も返せず固まっていると、あはっと声を出して立川くんが可愛らしく笑う。
「全然お酒飲まないし、ちょっと不安そうな顔してるし、警戒されてるの分かって少しだけテンション上がっちゃいました。ちゃんと男として意識してくれてるんだな~って」
「……わ、私、脅されてるの?」
「え?」
警戒してるって察していたのに、こんな誘いを持ち出すんだ。そんな非難を込めて声を出すと、立川くんは驚いたように目を見開く。
もしかして私が嫌がる可能性を、少しも考えていなかったのだろうか。
「脅しって……あ、ああ~……。そっか。ごめんなさい。別に先輩が帰っても、仕返しに社内で噂広げようとか思ってませんよ。それで先輩が他の男にそういう目で見られるの、俺はヤだし。ただ……もう俺は知っちゃったから、エッチなことが好きなんだって隠す必要ないじゃないですか。先輩のそういう対象に俺でもなれるなら、このまま一緒にいて欲しいなって思って……。あの、俺も先輩とそういうことしたいです」
ストレートな誘いと共に、立川くんの指先が私のブラウスの袖を掴んだ。
軽く振り払うと、簡単に離してくれる程度の弱い力。加減してくれているのか、酔って力が入らないのか。これは一体どっちなのだろう。
「……あの、俺、駄目ですか? ちゃんと優しくするし、乱暴にしたりとか絶対にしないです」
「あー……えっと、そういう心配をしてるわけじゃないんだけど」
正直、セックスの一回くらいなら別に構わないのだ。
初めてなわけでもないし、大して価値のある体だとも思っていない。なんなら今私が関係を持っている誰よりも、立川くんの方がかっこいいと思う。
(断るのも面倒臭いし、今日だけならもういいかなぁ)
今までに何度もしていたワンナイト。
立川くんのことが嫌いなわけでもないし、ここからお付き合いが始まるわけでもないのだ。断る理由を探すより、このまま流された方がなんだか楽な気がする。
「まあ、立川くんがしたいなら別にいいけど……」
「本当ですか? わ、やったぁ……! じゃあ行きましょう、こっちです」
恋人のように繋がれた手を引かれ、嬉しそうに歩き出した背中についていくため足を動かす。
立川くんも、こういうのに慣れているのだろうか。モテることは知っていたけれど、恋人を作らないのはこういうことをしているのが理由なのかもしれないな。と、そんな勝手な想像をしながら、夜の町を並んで歩いた。
「私、あんまり強くないから飲まないよ」
「別にいいですよ。ノンアルでもソフトドリンクでも、先輩は好きなの飲んでください。俺は飲みますけど、合わせる必要ないですし」
立川くんが予約してくれたのは、おしゃれな雰囲気の居酒屋だった。
たくさんのアルコールメニューが並ぶ中で、私は烏龍茶を選び、立川くんは生ビールを注文する。
彼氏がいるという体(てい)で話したし、今さら何もないとは思う。それでも、ここまでの誘い方が少し強引だったこともあり、隙を見せるのは躊躇われた。
別に私もまったく飲めないわけではないけれど、多少は警戒しておいた方がいいだろう。
「とりあえずお疲れ様」
「はい、お疲れ様です」
乾杯をし、烏龍茶のグラスに口をつける。私が一口飲む間に、立川くんはジョッキの半分を空にしていた。
一緒に食事を楽しみながらも、先輩らしく、ちゃんと立川くんの相談に乗る。
転職の話。上司からのプレッシャー。同期との仲。今やっている企画の話。
そんな感じのことをテンポよく話しながら、立川くんはすごい速さでアルコールを摂取していく。
ビール二杯とハイボールを三杯。そこまで飲んだところで、「あー……なんかワイン飲みたいかも」と言い出したので、さすがに心配になってくる。
「あの、明日が休みとはいえ、これ以上はさすがに飲み過ぎじゃない?」
「え~? 別に大丈夫ですよ。俺ザルだって言われるし、お酒に弱い先輩と違って、どれだけ飲んでも酔わないので」
そう言いながらも話し方がいつもよりふわふわしていて、とろんと溶けた瞳は眠そうだ。あまり大丈夫だとは思えない。
「……立川くんが潰れちゃったら、私じゃ運べないよ」
「あはは、そういう心配してくれるの、本当に優しいですよね。でも俺、気持ち悪くて吐いたりしないし、普通に歩けるし、家以外で寝たりしないし、先輩に迷惑かけないから大丈夫ですよ」
そう言って追加で注文された白ワインは、まさかのボトルサイズだった。それを一人で飲み干して、立川くんは幸せそうにへらりと笑って頬杖をつく。
食べて、飲んで、話をして、最終的に立川くんが、どのくらいのアルコールを飲んだのかは分からない。
ほとんど俺が飲んだ分だからと奢られてしまい、自分の食べた量もお会計の金額も、知らされないままで店を出た。
店の前で私が財布を取り出すと、「も~。そういうのいいから、仕舞ってください」と、明らかに酔ったテンションで立川くんは声を出す。
「いや、後輩に奢らせるのはちょっと……。確かに飲んでないけど、ご飯は食べたし私も――」
「え~? 俺から誘ったのに出してもらうとか、格好悪いから嫌です」
「そんな風にフニャフニャになってるのは格好悪くないの?」
「ふふ、フニャフニャって言い方、可愛いですね。あーあ……こういう感じでいると、いつもは可愛がってもらえるんだけどなぁ。先輩には効きませんか?」
その可愛がってもらうというのは、可愛い部下としてなのか。それとも女性と飲みに行った時の話なのか。
後者だったらあまり出さない方がいい話題だと思うけれど、こんなことを言ってしまうくらいには、立川くんは酔いが回っているのだろう。早く帰った方がいい。
「受け取ってもらえないならいいよ。職場のデスクに勝手に置いておくから」
「強情だなぁ。まあ、そういうところも先輩らしいですけど」
へらへらと笑った立川くんの足がふらつき、また数歩分距離が縮まる。倒れてきたら支えるつもりで身構えていると、近くなった立川くんの顔がふにゃりと緩んだ。
「先輩、この距離でも嫌がらないんだ? もっと近くいってもいい?」
「はぁ……。やっぱり飲み過ぎだったんじゃない? ちゃんと帰れる?」
「俺の家、ここからそんなに遠くないですよ。あ、でも……帰れないかもしれないって言ったら、先輩が送ってくれますか?」
「ええ?」
「ほら、先輩優しいから。酔った後輩がいたら、放っておくの心配になりません? 本当に帰っちゃうんですか?」
ザルだとか酔わないだとか言っていたのは、いったい何だったのだろうか。
確かにちゃんと前に歩けているし、気分が悪くて動けなくなるような酔い方はしないのだろう。しかしこれだけホワホワしているのだから、どれだけ飲んでも大丈夫とは言い難い。
「ねえ先輩、おねがい。家まで送って欲しいです」
「普通は逆じゃない? 立川くんのこと送ったら、私そこから一人で帰ることになるんだけど」
「え~? 別に帰らなきゃいいじゃないですか」
「……私、彼氏いるって言わなかったっけ」
「はは、嘘つき。彼氏なんかじゃないくせに」
「は……」
すべてを見透かしているような目で見つめられ、ひゅっと喉から上擦った息が漏れた。耳元に顔を近づけられ、「ね、先輩」という甘ったるい声が私の鼓膜を揺らす。
――ああ、なんだ。バレてたんだ。
私にセフレがいることを立川くんは察していて、だからこんな風に私に触れてくるのだろう。
立川くんの指先が私の手の甲に触れ、ゆっくりと肌をなぞる。
男の人って、本当にそういうことばっかりしたがるんだな、と冷めた心で思った。私のことを慕ってくれる後輩だと思っていたのに、こんなにも簡単に、手を出していい軽い存在としてカテゴライズされてしまう。
「特定の人がいないんだから、俺の家に泊まっても問題ないですよね?」
「泊まるって……」
「先輩は誰にも知られたくないんですよね? じゃあ帰らないでください」
熱の籠った声が耳元で落ちる。
何も返せず固まっていると、あはっと声を出して立川くんが可愛らしく笑う。
「全然お酒飲まないし、ちょっと不安そうな顔してるし、警戒されてるの分かって少しだけテンション上がっちゃいました。ちゃんと男として意識してくれてるんだな~って」
「……わ、私、脅されてるの?」
「え?」
警戒してるって察していたのに、こんな誘いを持ち出すんだ。そんな非難を込めて声を出すと、立川くんは驚いたように目を見開く。
もしかして私が嫌がる可能性を、少しも考えていなかったのだろうか。
「脅しって……あ、ああ~……。そっか。ごめんなさい。別に先輩が帰っても、仕返しに社内で噂広げようとか思ってませんよ。それで先輩が他の男にそういう目で見られるの、俺はヤだし。ただ……もう俺は知っちゃったから、エッチなことが好きなんだって隠す必要ないじゃないですか。先輩のそういう対象に俺でもなれるなら、このまま一緒にいて欲しいなって思って……。あの、俺も先輩とそういうことしたいです」
ストレートな誘いと共に、立川くんの指先が私のブラウスの袖を掴んだ。
軽く振り払うと、簡単に離してくれる程度の弱い力。加減してくれているのか、酔って力が入らないのか。これは一体どっちなのだろう。
「……あの、俺、駄目ですか? ちゃんと優しくするし、乱暴にしたりとか絶対にしないです」
「あー……えっと、そういう心配をしてるわけじゃないんだけど」
正直、セックスの一回くらいなら別に構わないのだ。
初めてなわけでもないし、大して価値のある体だとも思っていない。なんなら今私が関係を持っている誰よりも、立川くんの方がかっこいいと思う。
(断るのも面倒臭いし、今日だけならもういいかなぁ)
今までに何度もしていたワンナイト。
立川くんのことが嫌いなわけでもないし、ここからお付き合いが始まるわけでもないのだ。断る理由を探すより、このまま流された方がなんだか楽な気がする。
「まあ、立川くんがしたいなら別にいいけど……」
「本当ですか? わ、やったぁ……! じゃあ行きましょう、こっちです」
恋人のように繋がれた手を引かれ、嬉しそうに歩き出した背中についていくため足を動かす。
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