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後輩の家※
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***
通されたマンションの一室。
「すごく綺麗にしてるわけじゃないんですけど、どうぞ」と言って私を中に入れてくれたあと、立川くんの後ろで玄関扉が施錠される音が響く。
靴を脱いで廊下に上がるのと同時に距離を詰められ、ちゅっという軽い音を立てて、一度唇が触れた。
「はぁ……嬉しいなぁ。あんな誘い方しかできなくて、本当についてきてくれるか不安だったんです。でも、先輩は俺としてもいいって思ってくれたんですよね? 本当にエッチなこと好きなんだ」
揶揄うようなセリフに、少しだけ心の中に靄がかかる。
エッチなことは嫌いじゃないけど、特別好きなわけでもない。しかし、「ただ抱きしめて一緒に眠ってくれる人が欲しいだけだよ」と説明したところで理解してもらえるとは思えないし、そんなこと立川くんは興味がないだろう。
そのつもりで来たし、自分が今から立川くんに食べられることは分かっているのだ。ここまで来て逃げたりしないのだから、別に雰囲気を作ってもらう必要なんてない。
「えっと……あの、そういうのいいから……。先にシャワーしたいんだけど、借りてもいい?」
「あー……はは、本当に慣れてるんですね。業務的でやだなぁ、それ」
「え……?」
「俺の相手するのめんどくさそうな態度で、それ嫌です。俺が相手でも、いつもしてるみたいに楽しんでもらいたいんですけど」
「なんか……私がそういう行為を楽しんでるみたいな言い方するんだね」
「違うんですか? 昨日の男とも楽しくやって、どうせまた誘われたら先輩は会っちゃうんでしょ」
昨日の人を「いいな」と思ったこと、立川くんには伝えないほうがよかったのかもしれない。日中の会話を思い出すと気まずくて、思わず目を伏せてしまう。
「昨日の男と先輩の関係、俺、ずーっと考えてたんです。彼氏だったらどうしようって不安で、ずっと話を聞きたかったのに朝から避けられて、本当に嫌だった」
「ご、ごめん……?」
「もういいですよ、別に。話しにくい話題だったんだろうなって、今なら分かるし。結構無理して二人きりになるチャンス作って話しかけましたけど、別に付き合ってないけど体の関係がある相手なんだろうな~って、先輩の返事聞いてすぐに分かりました。先輩ってすぐ顔に出るし、嘘つくの下手ですよね。そういうところも可愛いんですけど……あの時、なんで嘘ついたんですか?」
わずかに冷たくなった声色に、ひくりと喉の奥が震える。
「え? なんでって……」
「彼氏なんて言わないで欲しかった。セフレいるって知られたら、つけ込まれそうだって思いましたか? そりゃあ、つけ入る隙があるならそうしたいですよ、俺」
「立川く……」
「彼氏じゃない相手でもできるなら、やっぱり俺でもいいんじゃないかなって思って、今日誘って……本当に俺のこと相手にしてくれるの、すごく嬉しいんです。先輩が俺のことをそういう対象にしてくれるなんて、絶対にないのかなって思ってたから」
ちゅっと音を立てて再び触れた唇が、今度は先ほどよりも長い時間離れない。
数秒かけて触れ合ったあと、少しだけ柔らかくなった立川くんの瞳と、至近距離で視線が絡む。
「あ、でもね、俺は先輩のセフレになるつもりはなくて、セックスなんていくらでも付き合うから、定期的に会ってる男がいるなら全部切って欲しいんですよ。……意味、分かりますか?」
真っ直ぐに私を見つめる瞳がどろりと溶ける。
部屋に来るまではもっと軽薄な様子で、全然そんな雰囲気じゃなかった。
だから私も、一回だけならしてもいいかな、と。そんな軽い気持ちでついてきたのだ。
それ以上を求められると、どうしていいか分からなくなる。
「あの……よ、酔ってるから、変なこと言ってるんだよね?」
「俺、酔わないって言ったでしょ。そのほうが警戒心解いてくれそうだから、適当にフラフラしてみせてただけですよ」
確かに部屋に入った時から、立川くんが纏う雰囲気が違っている。しっかり立って真っ直ぐに歩き、表情にも声にも、ふにゃふにゃしているところが見つからない。
「酔ってないし、真剣に告白してるんです。先輩のこと好きだから、これからはずっと俺だけにしてください。ね、返事してもらえませんか?」
曖昧な言い方ではない、ストレートな告白。
さっきまで「エッチしたい」とか「自分もそういうことをしてみたい」とか、そんな言い方をしていたくせに。家に入った瞬間に違うことを言い出すのは、正直どうかと思う。
「た……立川くん後輩だし、同じ会社の人と付き合うのは、お互いにいろいろと面倒だと思うから……」
「そっか、じゃあ後輩じゃなくなればいいですか? 先輩がそう言うなら辞めますよ。引き抜きの話、迷ってたのは先輩との繋がり無くなるのが嫌だったからですし、付き合えるならそんなこと気にする必要ないですもんね」
思っていたよりも重たい返事をされ、喉の奥で悲鳴押し殺した。
立川くんなら絶対にもっと合う人がいるし、私に恋愛は向いてない。
しっかり仕事の出来るいい子だなとは思っていたけれど、立川くんはやっぱり、私にとって普通の後輩でしかないのだ。
(どうしよう……)
甘やかして可愛がってくれそうだなという理由で、私はずっと年上の人ばかりを選んで会ってきた。
若いから奔放でも仕方ないよね、と笑って許してくれる余裕のある人が好きだし、食事代やホテル代を出してもらう時も、そのほうが安心して優しさを享受できる。
しかし立川くんは、どちらかというと甘え上手なタイプの、可愛い枠の男の子だ。
職場での自分が先輩らしく振る舞っていたこともあって、たとえ付き合うようなことがあったとしても、恥ずかしくて簡単に私からは甘えにいけない。
「わ、私その……弟がいるから。年下は対象外っていうか……」
「たった二つしか違わないんだから、誤差みたいなもんでしょ。年上とか年下とか、それだけで判断するのやめてください。俺は先輩の弟じゃないです」
「別に歳だけで判断してるわけじゃないけど、何をどうしたって立川くんは私の後輩だし……。あの、どっちかというと私は年上の方が好みで、立川くんって甘え上手な感じだし、誰から見ても可愛い後輩タイプだなって思ってて……」
「あー……じゃあ試しに、先輩じゃない女の子にするみたいに話してみましょうか? 年下だから恋愛対象に見れないとか、絶対に思われたくないから」
可愛い後輩タイプだと言っても、当然性差はある。
立川くんのほうが背は高いし、壁際に追い込まれた状態で見下ろされたら逃げられない。
声だって私よりずっと低く、少し話し方を変えるだけで、簡単に男の人になってしまう。
「呼び方……どうしよっか? 名前で呼びたいな。葵衣ちゃん? 葵衣? 昨日の人は、葵衣ちゃんって呼んでたっけ? 年上からはちゃん付けで呼ばれる方が好きなの?」
「そ……そういうわけではない、けど……」
「じゃあ、俺は葵衣って呼ぶね。……葵衣、顔こっち向けて。キスしたい」
いきなり低くなった声に腹の奥がぞくりと震える。
同じ会社の後輩なのに、知らない男の人に名前を呼ばれたみたいだ。おそるおそる顔を上げると、そのまま唇が塞がれる。
「んっ……ふ、ぁ」
「はぁ、かわい……」
唇が触れ合い、一度離れてからまた重なる。
隙間から差し込まれた舌が私の舌に触れ、色香を孕んだ息が至近距離で吐かれた。私の口内を撫でるように動く舌によって、強制的に空気が変えられていく。
(立川くん、キス上手だな)
いやらしいのに優しくて、背中が震えてしまうくらい気持ち良い。
ちゅ、ちゅっと響く音がエッチで、どんどん身体に熱が溜まっていく。
「はぁ……やらしい顔。キス、そんなに気持ち良かった?」
「……うん」
「はは、嬉しいなぁ。葵衣はお酒飲んでないのに、酔ったみたいな顔してる」
どちらのものか分からない唾液で、立川くんの下唇が少しだけ濡れている。
こんなにも近い距離で、そんなことを言うんだ。そんな声で、そんな表情で、そういうことを言える人なんだと思った瞬間、ぞくりとした感覚が下腹部に駆けた。
「目とろとろになってて、期待してる顔。可愛い」
「う……」
「キスできるし、俺のこと男として見ることできるんだよね。じゃあもういいでしょ」
簡単にいやらしい気持ちになってしまったことを見抜かれ、恥ずかしくてきゅっと拳を握る。
このまま流されたら普通にセックスはできるけれど、でも、本当にそれだけなのだ。
一度抱かれたところでいきなり恋愛感情が湧くわけでもないし、今後も職場で顔を合わせる人と深い付き合いになっていくのは、正直避けたい。
「先に返事、欲しい。好き。俺と付き合って」
「えっと、あ……だから、そういうのはちょっと」
「ちょっと、何? 泊まりに来てくれたってことは、セックスしてもいいって思ってくれたんだよね?」
「それは……あの、一回したら終わりなのかなって」
「あー……はは。まあいいや。とりあえず試してもらいたいし、葵衣がそう言うなら一回しちゃおうか。ちゃんと気持ち良かったら、俺だけでいいって思ってくれるよね?」
ちゃんと気持ち良く――という言葉に、ごくりと唾を飲み込んだ。
返事はせず、期待するように視線だけを動かして、立川くんをじっと見つめる。
「あー……じゃあ、ほら。寝室こっちだから、来て」
「え? あの、シャワーは」
「要らない。そのまま触りたいから、早く来て」
私の腕を引く立川くんが、なんだか本当に知らない人みたいだ。
誰にでも可愛らしい笑顔を見せている後輩とは思えない雰囲気があって、この人がどんな触り方をするのか、正直とても興味がある。
「……ん、分かった。い、行くから」
「あ……すみません。腕、少し強く掴みすぎましたよね」
「え……?」
「あっ……敬語、癖で……間違えただけ。今の忘れて。今から俺が相手するんだから、後輩なのに~とか、もう思わないでよ」
腕を掴む力は弱まったけれど、決して離してはくれなかった。立川くんに腕を掴まれたまま、数歩足を進めた先で寝室のドアが開かれる。
仕事終わりで飲み屋帰り。そんな格好で人のベッドに上がるのは抵抗があったけれど、立川くんはそんなことを気にしていないらしい。
ベッドの前で躊躇う素振りを見せた私を強引に押し倒し、私の腰元に跨った状態でまた深いキスを落とされる。
室内の空気なのか、ベッドの残り香なのかは分からないけれど、自分のものとは違う、男の人の匂いがした。
「は……ぁ、ふ」
「あー……かわいい。ほんと、かわいいなぁ。頑張って俺の肩押してるけど、こんなので抵抗してるつもりなの?」
「あ……」
肩を押していた私の手にするりと立川くんが指を絡ませ、そのままシーツに縫い付けられた。
立川くん越しに真っ白な天井が見えて、今からこの人とするんだなぁと、改めて夜の空気を意識する。
「ちがうよ。あの、抵抗とかじゃなくて、汚くないかなって思って……。その、服のままベッドに入るの申し訳ないから」
「俺が押し倒したんだから駄目なわけないでしょ。ああ、でも……そう言うなら早く脱いで欲しいかも。脱がせていい?」
私の腰に伸ばされた右手が、ブラウスの裾を軽く引っ張る。
胸の下まで服を捲られたところで、「脱がしにくいから一旦起きましょうか」と、立川くんが眉を下げて笑った。
セックスするつもりで来ているのだから、当然、裸になる覚悟もしてきている。
その申し出を拒むつもりはなく、大人しく立川くんに身を任せた。
ジャケット、ブラウス、インナーと、ベッドの上で向かい合ったまま、立川くんに一枚ずつ服を脱がされていく。
上半身に残るのがブラだけになったところで、立川くんは一度動きを止め、はぁぁ、と深く息を吐き出した。
「あー……全然嫌がんないし。下着も、マジでエロくて可愛いの何。本当に俺以外の誰にも見せたくない。……まあ、いろんな奴に見せてるんだろうけど」
自嘲気味にそう言った立川くんにブラのホックを外され、最後の一枚も腕から抜かれてしまった。
その状態でもう一度ベッドに転がされると、立川くんの指が私の首筋に触れる。ゆっくりと肌をなぞりながら、大きな右手は私の胸元に下降していく。
「はは、ドキドキして息少しだけ荒くなってるの、ほんと可愛い。肌白くて、すごく綺麗だね。もっと早く、俺だけがこうしたかったなぁ……」
「んっ、ぁ……」
ふにふにと柔らかく胸を揉まれ、立川くんの頭が私の首筋に埋まる。
熱い息が首に触れ、優しく肌を食まれた。薄い皮膚の上に唇が触れるたびにびくびくと身体が揺れ、いやらしい空気に飲まれそうになる。
「あ、あ……立川く、」
「ほんっと、かわいいなぁ……。声甘ったるくて、頭おかしくなりそう。会社でもいっぱい話してるのに、エッチなことしてる時はこんな声出すんだね? 知らなかった」
煽るようなことを言われるが、あまり嫌な感じはしない。エッチな声を出している自覚はあるし、それで互いの気持ちが盛り上がるなら悪いことではないはずだ。
立川くんの下半身がスラックスの下で硬くなっているのが見えて、少しだけ嬉しくなる。
こんなに早く興奮してしまうあたり、立川くんだって十分に可愛い。
「いい匂いする。はは、マジでやば……」
「ん、あ、はぁっ……」
「んー、ここ舐められるの気持ち良いね? 俺も気持ち良いし、エロい声出してくれるの嬉しい」
胸の先を指と舌で優しく転がされ、びくびくと身体が反応する。立川くんの触り方が全部気持ち良くて、下腹部にもじわじわと熱が溜まっていった。
自然と漏れてしまう息も、声も、止めることができない。
捩るように脚を擦り合わせていると、私の胸を触っていた立川くんの左手が、ゆっくりと肌をなぞりながら今度は腰へと移動する。
「着たままだと汚れちゃうかな。そろそろ下も脱ぐ?」
「……ん」
パンツスーツのウエスト部分に指をかけられ、少しだけ腰を浮かす。脱がされた衣服はベッドの下に落とされ、ショーツ一枚で立川くんに組み敷かれる形になった。
何をされても大人しく応じる私を、立川くんがじっと見下ろす。
たくさんキスをして、熱に浮かされたような顔。しかしどこか苦しそうに、私を見下ろす瞳にわずかな影が落ちる。
「あー……葵衣ってさ、いつもこんな感じなの? セフレ作るくらいだから、もっといろいろしたがるのかと思ってたけど」
「え……? えっと……いろいろって?」
「その、葵衣のほうから触ったりとか、そういうの想像してたから……。すごく受け身だからちょっとびっくりしたっていうか……」
セフレがいるという一点だけで、とんでもない痴女だと思われていたのだろうか。
私がノリノリで上に乗ったり、男の人のいやらしいところを弄り出したりと、そういう行為を期待されて誘われたのかと思うと嫌になる。
残念ながら私はセックスに対して積極的なほうではなかったし、期待されても何もできない。
ただ受け入れた回数がそれなりにあるだけで、男の人を喜ばせる技術があるわけではないのだ。
「……駄目?」
「いや、駄目なわけじゃないよ。エロいとこ見せてくれたらそれはそれで興奮したと思うけど……。あー……でも、それ以上に気分悪くなってたかな、俺。慣れてるなーって思いながら触るの嫌だったし、そうやって初々しい反応してくれるのは嬉しい」
「ひぅっ……!」
下着の上から割れ目をなぞられ、思わずおかしな声が漏れた。反射的に脚を閉じると、膝裏を掴まれて片脚が持ち上げられる。
「なんで閉じるの。やめてよ」
「ご、ごめん……」
「は……ちょっと怯えてるし、やっぱりよく分からないなぁ。慣れてないほうが嬉しいけど、俺が相手だから乗り気になれないってだけなら、それはそれでイラつくんだよね。葵衣がいつもどんな感じなのか知らないから、俺に対してだけ冷めてたらどうしようって考えてたらなんか……ああ、ごめん。別に葵衣に何かして欲しいとか、そういうわけじゃないんだけど……」
「の……乗り気になれてないとか、全然、そういうわけじゃない、けど……」
「そっか……うん。じゃあもういいや。変なこと聞いてごめん。忘れて」
どう答えれば正解だったのか分からず、何かを誤魔化すような笑顔を向けられて息が詰まる。そんな私の口を塞ぐようにして、また立川くんにキスをされて舌が絡んだ。
「ん、んんっ……!」
私の脚の間に触れたままだった指が動き、爪の先でカリカリと陰核を刺激する。
キスをしたままなのに器用に動かされる指に反応して、また上擦った息が漏れた。
「……っは、あ」
「指でここ触られるの、気持ち良いね」
「んっ、んぁ、あ、そこ……」
「あー……声、また甘くなってきた。ねえ、好き。一回イッて欲しい。俺に触られてイくとこ見せて。お願い」
布越しに気持ち良い一点を虐められ、堪らなくなって無意識のうちに腰を揺らしてしまう。私の反応を見て的確に気持ち良いところだけを狙ってくるのだから、私よりも立川くんのほうが、よっぽどこういう行為に慣れていそうだ。
「あ、あっ、イッ……きそ。も、まって……ふ、うっ、ぁ」
「は……可愛い。イッて。お願い。イく時の顔見せて。イッて」
びくりと身体が震えた瞬間、じわりと何かが漏れる感覚があった。指を動かされると濡れた音が微かに響き、下着が肌に張り付く。
指でクリを触られただけでこんなに濡らしてしまったのだと、自覚した瞬間に恥ずかしくて堪らなくなる。
「あ、ごめ……あの、私……」
「はっ、はは、よかった。気持ち良かったよね? すっごい可愛い顔してた。大好き、好き……」
甘ったるい言葉と共にまた何度もキスをされ、口の中で舌が絡む。
イッたばかりなのに口を塞がれ、うまく呼吸が出来なくて苦しい。
「は、待って、立川く……」
「待たない。……好きです。ずっと、本当に好きで……俺のこと、ちゃんと彼氏にして」
キスをしながらの告白に、心臓がひゅっと音を立ててすくんだ。
――頷くべきじゃない。返事をしてはいけない。
そんな言葉が脳裏に浮かび、誤魔化すようにして立川くんに手を伸ばす。
「あの……わ、私ばっかりで、だめだよね。ごめん。もう挿れても大丈夫だから……」
「は……なんで? またそうやってはぐらかすんだ」
「ち、がう。だって、まだ私だけで……立川くんは挿れたくない……?」
「挿れたいに決まってるでしょ。俺がずっと勃ってんの、葵衣も分かってるよね」
――うん。そうだよ、分かっていて聞いたの。
頭の中でだけ肯定して、決して声には出さないように気をつけながら目を合わせる。
この話を長引かせるのは絶対によくない。適当に返事をしたら、取り返しのつかないことになる気がする。
「当たってて、勃ってるのずっと気になってて……だから、もう挿れて欲しいなって」
「嫌だよ。まだ告白の返事もらえてない。中途半端な状態でするの嫌なんだよ、俺。なんでそんな、」
「い……一回試してみようって言ったの、立川くんだよね?」
立川くんの言葉を遮るように言うと、「は?」と返されて心臓が止まりそうになる。
一瞬怯んでしまうくらい、怖くて低い声だった。
「あー……ほんっと、何言ってんの? 試すだけならもういいでしょ。イッてくれたし、俺が相手でも気持ち良いことできるって分かってくれたよね? これ以上何を試すの」
「か、体の相性とかは、挿れてみないと分からないし……」
言った瞬間に、立川くんのテンションが分かりやすく急降下する。
瞳が伏せられ、落ちた前髪が目元に影を作る。暗くなった表情に私が怯えている隙に、立川くんがまた体勢を変えた。
「……舐めてもいい?」
「へ?」
「もっと気持ち良くするから、だから……これでイッたら俺と付き合って」
「待って、や……舐めなくていいから、そんな……っひ」
拒むよりも先に舌が触れ、濡れた感覚にびくりと腰が震える。
イッたばかりで敏感になっている場所を執拗に弄られ、私は呆気なく二度目の絶頂を迎えてしまう。
私がイッたことは、立川くんだってわかっているはずだ。それなのに、その余韻に浸る時間も与えられず、今度はナカに立川くんの指が沈められる。
「やっ、なんで……なんでっ、あ」
「俺のセリフでしょ、それ。なんでそんなに頑なに頷いてくれないの? 気持ち良いくせに。何でもするから俺と付き合うって言ってよ」
「うっ……あ、やっ、も……」
「うわー……すご。一回イッてからすごい簡単にイくんだね。エロすぎ」
「やだっ、もうイッたばっか……っあ! とまって、とまって……!」
「はー……気持ち良さそうにナカきゅうきゅうしててやばいね。マジで可愛いけど、いつもこんな感じなの? 葵衣とヤるやつ、全員楽しんでるんだろうね。自分のすることでこんだけ何回もイッてくれたらそりゃあ嬉しいよな。あー……はは、まじで嫌」
声が低くなると激しくされる合図のようで、お腹の奥がきゅうっと疼く。もう何をされても濡らしてしまって、お腹の裏側を軽く押されるだけでやばい。
「あっ、ああっ……!」
「またビクってしたね。ここ触られると気持ち良くなるんだ」
「ちが、もっ……一回抜いて、って、んっ」
「もっと教えてよ。どこが弱いの? おかしくなっちゃうとこ、どこ」
返事が出来ずに嬌声だけを漏らしていると、「いつもされて気持ち良くなるとこ、どこだって聞いてるんだけど」と低い声で問われ、それだけでびくびくと身体が反応する。ドMの変態みたいだ、私。
「な、らな……っひぁ、いつも、んっ……こんな、時間かけて前戯とか、されない……っから、わかんな、あ、ああっ」
「へぇ、可哀想。前戯もまともに出来ないやつと会うのやめたほうがいいよ、絶対」
「うっ、うぁ……またきちゃ、やっ……またイく、いく……っうあ」
「ふっ……はは、また軽くイッたね」
涙で滲んだ視界越しに、興奮しきった目で私を見下ろす立川くんがいる。
こんなの長引かせてもお互い苦しいだけなのだから、早く終わらせてくれればいいのに。我慢する必要なんてどこにもない。
「も、早くそこ、挿れて……」
「うん。俺も挿れたい。だから――」
「っもう、はやく、立川くんとしたいよ。一緒に気持ち良くなって、お願い」
こんなにぐちゃぐちゃにされても、まだ冷静でいられるんだな。他人事のようにそんなことを思いながら、立川くんの首に手を伸ばして思い切り抱きつく。
耳元に顔を寄せて「一緒にイきたい」と口にすると、立川くんがごくりと喉を鳴らしたことが分かった。
このまま押せば、きっと有耶無耶なまま終われる。そのためにどう動くべきかを必死で考えて、今度は私からキスをする。数秒舌を絡ませれば、立川くんの瞳が欲に負けてどろりと溶けた。
「あ……先輩……」
「ねえ、もうしよう? したいよ、お願い」
「……っ、します。あ、ゴム、ゴムつけるから……ちょっと待って」
「うん」
告白の返事を急かされなくなったことに安心して、大人しくベッドの上で寝転んだまま立川くんを待つ。
乱雑に服を脱ぐ立川くんによって、布の擦れる音とベルトを外す音だけが室内に響いた。
――細身だけど筋肉があって、ちゃんと男の人の体だ。
起ち上がったソコを凝視しないように気をつけながらも、しっかりと避妊具をつけてくれたことを確認し、立川くんを迎えるために少しだけ脚を開く。
「……す、ごいね。こんなに硬くなってる」
「うん、ずっと挿れたくて、ごめん。あんまり余裕ないから、もう……」
早く挿れたい。気持ち良くなりたいと、言葉にせずとも立川くんの目が訴えてくる。
私が欲しくてたまらないと、そんなことを考えて頭がいっぱいになっているのは今だけだ。
その欲を、好きって気持ちと混同するべきではない。
気持ち良くなって一回出したら、どうせすぐに冷めちゃうんだからこれでいい。
「うん。中、このまま挿れて……っあ」
私が最後まで言い切るより先に、立川くんが動いていた。
ぐぷぐぷと簡単に奥まで性器が沈んでいき、気持ちいいところが一気に擦られる。
「はっ……あ、すご。ナカ、締まって、きもちっ……んっ」
「あ、あっ、んあ……っは、ああっ」
「ん? 奥ちょっと突いただけで軽くイッたの? その顔すっごくかわいい。あー……ぁ、俺も、やば……っあ、狭くてこれ、きもちっ……はぁ」
男の人が気持ち良い時に出す声って、どうしてこんなにもお腹に響くのだろうか。
必死な感じがして、可愛くて、それなのに色気があって、ちゃんと気持ち良いと伝えてくれているみたいで、少しだけ嬉しくなる。
「は、あ……んん、ふっ」
「全部入った、から……っもう、動いていい? あー……駄目だ。我慢できない。ごめん、動くね。はっ、あ……きもちい……」
「っああ、あ、立川くんっ、や、そこまた……っあ、ああっ」
「もっと呼んで。声聞きたい。はっ、あ、かわい、あ……すき、好き……もっと、んっ」
好きって言われて感じるの、喜んでいるみたいで嫌だ。
二人分の嬌声と、肌のぶつかる音。嬉しそうに溶けた瞳が近付き、深いキスに呼吸を奪われている最中にも、立川くんが腰を動かす。
全部がぐちゃぐちゃに混じってまたイきそうになる。何回目なのか分からないし、一人で何度もイくのは恥ずかしい。
だけどもう、気持ち良いことしか分からなくておかしくなる。
「あっ、やぁっ、いく……またイッちゃ……っひぁ、あっ」
「あー……やだ、一緒にイきたい。はっ……あ、きもちい……から、もっと。やば……っは、出る、出るっ、ぐ、ぅあ」
「~~~っ、んっ」
びくりと身体が震えて、足先にぎゅっと力が入る。
同時だったのか定かではないけれど、立川くんも私に挿れたまま達してくれたらしい。
低い呻き声と共に、避妊具越しに出された感覚があった。
はーはーと気持ち良さそうに息を吐き、立川くんが乱れた呼吸を整える。しばらく待っているとようやく気持ちが落ち着いたのか、ゆっくりと動かれて性器が引き抜かれた。
「は……なんか、すっごいがっついた感じになっちゃって、あ……俺、その……」
「ん、気持ちよかったね……」
へらりと笑いかけると、立川くんが安心したように目を細めて私を見る。
一度出してすっきりしたせいか、立川くんはいつもの雰囲気に戻っていた。
会社の先輩とこんなことになったことを今さら気まずく感じているのか、どこか遠慮気味に、私に気を遣うようにして声を出す。
「あ、あの、痛いとことかないですか? 俺、ちゃんと先輩のこと気持ちよくできました?」
――セックスの感想を聞かれるの、正直やりづらいなぁ。
そう思いながらも一度頷くと、「そっかぁ」と嬉しそうに溢した立川くんは、そのまま私の隣にごろんと横になる。
よしよしと頭を撫でられることに居心地の悪さを感じながらも、されるがままにして目を閉じた。
「あ、もしかして眠い? 今日はこのまま泊まっていく……よね?」
「……うん、ごめん。このまま寝たいから、泊めてほしい……」
何度もイッたせいか、今から着替えて帰る気にはなれなかった。
明日の朝になったら、なんでもない顔をしてちゃんと帰るから、今だけは甘えさせてもらいたい。
「うん、もちろん。ゆっくり休んで。……へへ、葵衣が俺の部屋にいてくれるの、すっごい嬉しい。とろんとしてる顔かわいい。大好き」
そう言いながらぎゅうっと抱きしめられ、頭の中に疑問符が浮かぶ。
立川くんもイッたはずで、一度射精した現在、もう完全に賢者タイムに入っていると思っていた。
ムラムライライラしていた感情は落ち着いたはずなのに、一体どういうつもりなんだろうか。
好き好き可愛い大好きと、幸せそうに言葉を吐きながら私に顔を寄せて、頬や目尻にキスをしてくる。なにこれ。
「あ、そうだ。あんまり社内で話題にしないほうがいいのは分かってるんだけど、仲良い同期には葵衣と付き合い始めたって話してもいい?」
邪気のない、嬉しそうな顔で尋ねられ、一気に眠気が霧散した。
思わず溢れた「え……?」という私の声色から何かを察したらしく、立川くんの表情が分かりやすく曇り始める。
「え……? あの、なんか違いましたか? だって俺、今セックスしたんですよ……?」
「そうだけど、別に……セックスは付き合ってない人とでもできることだし」
「え? は……? え、やだ、なにその反応。付き合ってくれるんだよね? 俺に抱かれてあんなに可愛い顔してくれるんだから、無理じゃないでしょ」
「い、一回だけって言ったし……っあ」
最後まで言い切る前に覆い被さられ、二の腕を強く掴まれてシーツに押さえつけられる。
痛くて嫌なのに、私の力では振り解くこともできない。
「あの、それ痛……」
「一回だけでいいなんて俺は言ってないです。俺とキスして、セックスして、普通は付き合ってる相手としかしないことでしょこんなの。一回だけって何? 意味わかんない。付き合ってるって言ってよ」
急に凄まれ、怖くて声が出せなくなる。
それでもどうにか首を振って否定すると、私の腕を掴む力が更に強くなった。
「ねえ、俺の部屋にいるんだよ。分かってないの? 欲しい返事聞けるまでここから出さないよ。お願い、ちゃんと付き合ってるって言って」
「あの……立川くんは後輩で、年も私より下で、だから……」
「年下が対象外とか、そういう話どうでもいいんだって! 後輩とか年下だから駄目じゃなくて、ちゃんと俺のこと見て。俺に抱かれて気持ち良かったんでしょ? じゃあもういいじゃん」
確かに気持ち良くなってしまったけれど、気持ち良いだけなら他の人が相手でもなったことがあるし。――なんて、そんなことを言ったら今以上に大変なことになりそうなので、必死に脳を動かして違う言葉を選ぶ。
「……えっと、立川くんのためにも、そういうのよくないかなって。こんなことの後で付き合うのは違うし」
「違うって何? 俺としてあんなに気持ち良さそうだったんだから、もう俺だけでいいよね? ねえ、いいって言って」
「ごめん。あの、私は全然そういうつもりじゃなくて。その、泊まるのやっぱりやめるから……。も、帰るね、ごめん」
押さえられている腕に力を入れ、どうにか距離を開けようと身を捩る。
強い力で抵抗しているのに、全然動くことができなかった。
「立川くんごめん、どいて……」
「い、嫌です。こんなところで帰せるわけない。そういうつもりじゃないとか言われても、俺は無理です」
「そういう対象じゃないって、最初に私は言ったよ。だから――」
「これから俺がどれだけ努力しても、絶対に歳の差だけは埋まらないんだって! それだけが理由で無理とか言われるの納得できない。このまま帰せません。嫌です、嫌……お願いします。付き合うって言って」
「付き合ってなくても別に……ほら、あの、また立川くんがしたくなったらするから……」
「……っ、だから! 俺はセフレになりたいわけじゃないんだよ! 彼氏にして欲しいの! さっきから後輩だから無理とかそんなのばっかりじゃん。俺の何が駄目なの? 歳下だから駄目? おかしいじゃんそんなの。納得できない」
こんなの、おかしくなっているのは立川くんのほうだ。
セフレがいて、誘われたら軽い気持ちでほいほい着いてくるような女を、彼女にしたいと思うなんておかしい。
それに、私の何を気に入ってくれたのかよく分からないけれど、こんな風に強引に迫るのは立川くんらしくない。
職場での立川くんは場の空気を読むことに長けていて、相手が困っていると感じたらすぐに別の人に仕事を割り振ったりと、細かいことまでよく気が付く人だった。
セックスの最中に何度か告白のようなことを言われたけれど、私は全部、わざと聞き流したのだ。その時点で察して欲しい。
「ご、めん……私、あの、本当にそういうの、無理で……」
「俺だって無理だよ。ねえ、お願いだから付き合って。俺以外の男と会われるのやだ。セフレのうちの一人とか本当に無理。俺、呼ばれたらいつでも会いにいくのに、それなのに葵衣が他の男とやってんのとか考えたら頭おかしくなる。だから嫌。葵衣のこと引き止める理由が欲しい。彼氏になりたい」
「彼氏じゃなくても……その、立川くんがエッチしたいだけなら、また予定合う時とかに……」
「俺だけじゃ足りないと思ってる? 葵衣がエロいこと好きなら満足するまで何回だって付き合うよ。だから他の男としないで」
どうやら私は立川くんの中で、とんでもない性豪だと認識されているらしい。
いつでもエッチなことができる人を彼女にしたいと思っているだけなら、ますます私には付き合いきれない。こんな行為を週に何回もするなんて、私には絶対無理だ。
「……わ、私はセックスするの、そんなに好きなわけじゃなくて」
「は? じゃあなんでセフレなんているの?」
低くなった声が怖くて、震えながら返事をする。
こんな風に思われるくらいなら、最初から全部話しておけばよかった。
「……し、信じてもらえないかもしれないけど、私ほんとに、セックスがしたいわけじゃない。しないで済むならそのほうが嬉しいけど、何も無しで甘えさせてくれたりとか、添い寝だけしてくれる人なんていないから……そういう行為込みで一緒に過ごしてもらってるだけ、で……」
「は、なにそれ」
理解してもらえるなんて最初から思っていないけれど、突き放すような冷たい声を向けられると泣きそうになる。
裸のまま押さえつけられて、どうして私は後輩にこんな話を聞かせなくてはいけないのだろう。
「本当はセックスなんてしたくないってこと?」
「……まあ、どちらかと言えば」
「それじゃあ、俺が頑張ってイかせたのとか、気持ち良いって思って欲しくて弱いところばっかり触ったの、あ……あんまり意味、なかった……?」
どんどん弱々しくなっていく声が気になり、ちらりと立川くんの顔色を窺う。こちらが心配になるくらいに、立川くんは分かりやすく青褪め、表情を引き攣らせていた。
「えっと、あの……立川くん?」
「あ、え……いや、その、ごめんなさい。でも、あ……甘えさせてくれる相手って、それ、それこそ本当に俺じゃ駄目なの? 葵衣がしたくないなら、セックスは必須じゃなくてもいい。俺はしたいけど、絶対しなきゃいけないって思ってるわけじゃないし……」
「ごめん、立川くん。本当、もういいから」
「全然よくないです! あの、俺ならいくらでも甘えてくれて大丈夫ですよ。どんなワガママ言ってくれてもいいし、抱きついて寝る相手が欲しいだけなら手も出さないし……だから、ね? 葵衣から見ても、結構いい条件だと思わない?」
「……そんなの、立川くんに何のメリットがあるの」
「だって、他の男と一緒にいるところ見るの、もう本当に嫌だから……」
泣きそうな声が、静かな部屋にゆっくりと落ちた。
苦しくて、申し訳なくて、うまく言葉が出てこない。
「昨日の……あの男と、どんなことしてるんだろうとか、どういうところを好きになったんだろうとか、早く別れてくれないかなとか、昨日からずっとそんなことばっかり考えてた。いろいろ聞きたいのに朝からずっと避けられてて、ちゃんと話するまでもう本当にキツくて……。その、彼氏じゃなかったって分かってからは少しだけ安心したけど、それってつまり、他にもいる可能性があるわけでしょ? 葵衣がどこで誰と一緒に過ごしてるか分からないの、もう本当に全部嫌だ……」
「え、えぇっと……?」
「全部切ってくれるなら、それだけで俺にとってはメリットだよ。他の奴にこれ以上触らせないで。いろんな奴と関係持つとか普通に危ないし、やめてよ。本当に嫌」
立川くんが私を慕ってくれていたことは、今までにも何度か感じる瞬間があった。
だけどここで「普通に危ない」と心配してくれて、セックスはしなくてもいいと言ってくれるほど、立川くんは自分の欲を押し付けてこないし、善性の強い人なのだ。
こんな人と私が付き合うのは、やっぱり申し訳ないなぁと思ってしまう。
「う……あの、ちゃんと気をつけるから、ごめんね」
「つ、付き合ってくれないのに、俺とセックスしたの? なんで? え、やだ。嫌です。謝らないでください。本当に俺と付き合う気ないってことですか? 俺のこと嫌いなわけじゃないですよね?」
「嫌いとかじゃないけど、やっぱり立川くんは私にはもったいないよ」
「え? あの、なんで? もったいないとか意味わからないです。セックスしてもいいって思ったから、俺の家に来てくれたんですよね?」
「うん。だから……好きじゃない相手とそういうことするような女、あんまりよくないでしょ。立川くんと付き合うのに相応しい女の子だったら、こんな風に男の人の家に簡単に上がったりしないと思うよ」
ひゅっと息を吸い込む音が、いやに鮮明に私の耳に届いた。
立川くんの声が、少しだけ震えている。
「す……好きじゃない相手とか、なんでそんな酷いこと言うんですか。別に、俺だってこんなことしたかったわけじゃ……いや、したかったけど、でも、俺のこと少しでもいいなって思ってくれたらって、だから……」
「うん。立川くんは私のやってること知って、ちょっと自分もやってみたくなっただけなんだよね? 好意じゃなくてただの性欲だよ。私はそう割り切って付いてきたわけだし、付き合うとか気負わなくていいから」
「だからそれは……本当に、あの、セフレ作るくらいそういうこと好きなら、体の相性とか気に入ってくれたら付き合ってもらえると思って、した。ごめんなさい。でも、やってみたかったとかじゃなくて、本気で好きなんです。ただの性欲とか、そんなんじゃない。ここで終わるの嫌です。好きで……俺だけにして欲しくて……」
「普通は好きな人にセフレとかいたら失望するでしょ。自分もしたいって思ったなら、それは付き合いたいって意味の好きとかじゃないよ」
どうかそうであって欲しいと、自分の願望を込めて口にした言葉。
言ってしまった瞬間に、立川くんの顔からすっと表情が消えた。
「なんで……そこまで俺の気持ち否定するの? 先輩の相手が俺ならいいのにってずっとぐるぐる考えちゃって、もうそれだけで頭いっぱいだったんですよ。ここまでしなきゃ先輩は、俺のこと意識してくれなかったでしょ?」
「意識は……まあ、そうかもしれないけど……」
「じゃあどうすればよかったんですか? 先輩が他の男とするの、本当に嫌なんです。昨日の男とか、付き合ってるわけじゃないならもう会わないなんて簡単ですよね? 好きです。俺だけにしてください。付き合って」
「だから、あの、誰かと付き合うとか私は考えてないから……」
「は……最悪。やっぱりちゃんと先に返事もらっておけばよかった」
誰に聞かせるでもない、独り言に近い声だった。
ぼそっと落とされたその一言のあと、立川くんは嘲笑しながら私を見下ろす。
「あのさぁ、ここ、どこだか分かってます? 俺の部屋にいるんです、今。うんって返事してくれまで出さないよ。ねえ、いいの? 困るでしょ」
「……そんなことしたら困るのは立川くんもでしょう?」
「だから、なんでそんな小さい子供あやすような言い方するの? やめてよ、後輩扱いされんの本当にやだ。ここまでしたんだからちゃんと男として意識してよ!」
「してるよ。立川くんが男の人だってちゃんと分かってる」
「違います。違う……それだけじゃなくて、ねえ、本気で好きなんです。不特定多数のうちの一人じゃ嫌なんです。他の男と会う可能性あるって分かってるのに、帰せるわけないでしょ」
「……ふっ」
乱暴に口付けられ、すぐに離れた。
歯を立てられわけではないのに、なんだか噛みつかれたみたいだ。
「俺だけにしてくれるって約束してくれるまで出さない」
「え……」
「お願い。返事して。付き合うって言って。好きなんです。なんで他の男に会うかもしれないって分かってるのに引き下がらなきゃならないんですか」
「あの……私もそんな、頻繁に誰かとこういうことしてるわけじゃないし……あ! その、立川くんが嫌じゃなければ、またしたい時に言ってくれたらするから」
「……っ、だから、付き合ってくれないならこんなの何回したって意味ないんだって、なんで分かってくれないんですか」
組み敷かれて、身動きが取れなくなって、そこでようやく自分がどれだけ危うい場所にいるのかを意識する。
年下で、後輩。敬語で話すのが常で、私のことを慕ってくれていて、泣きそうな顔で必死に声を荒げる姿は子供みたい。
それでも、体格も力も私とは全然違って、何をしても敵わない。そのくらい、立川くんは男の人だ。
「子供……あ、そうだ、子供できたらどうですか? 俺との子供ができたら、結婚してくれる? ね、してくれるよね? そうしたら俺だけのものになってくれる?」
「何言って……や、待って、」
「嫌です。次はゴムしない。もう一回、ねえ、させて。今度は中でいっぱい出す。これで終わりになるのほんと嫌だ」
恐ろしいことを言い出した目の前の男は、本当にあの可愛い後輩と同一人物なのだろうか。
ほんの数時間前までは、立川くんはお酒を飲んでふにゃふにゃになっていたのに。
――まあ、それも全部、演技だったのかもしれないけれど。
「き、嫌いになるよ。そんなことする人とセフレにもなれないし、そういうことするなら、もうほんとに二度と立川くんとはしない……!」
「は、はは……。いや、もうさ、嫌われてなくても付き合ってもらえないなら同じでしょ。好きでも嫌いでも関係ないもん。します、中で出す。絶対にやめない。本当に好きなんです。お願いだから俺のになって。俺だけでいいって言って」
頬を掴まれて顔を固定され、深いキスに呼吸を奪われる。
硬くなったまま触れる下半身には、今度は避妊具が着けられていない。
「逃がしません。絶対どこにも行かせない」
「は……」
一回セックスをして終わるつもりで、立川くんの気持ちを軽く扱った私が悪いのだろうか。
たとえここで子供ができなくとも、簡単には逃げられないのだろうと察して身体が震える。
年下とか年上とか関係なく、こういう人が一番やばい。
通されたマンションの一室。
「すごく綺麗にしてるわけじゃないんですけど、どうぞ」と言って私を中に入れてくれたあと、立川くんの後ろで玄関扉が施錠される音が響く。
靴を脱いで廊下に上がるのと同時に距離を詰められ、ちゅっという軽い音を立てて、一度唇が触れた。
「はぁ……嬉しいなぁ。あんな誘い方しかできなくて、本当についてきてくれるか不安だったんです。でも、先輩は俺としてもいいって思ってくれたんですよね? 本当にエッチなこと好きなんだ」
揶揄うようなセリフに、少しだけ心の中に靄がかかる。
エッチなことは嫌いじゃないけど、特別好きなわけでもない。しかし、「ただ抱きしめて一緒に眠ってくれる人が欲しいだけだよ」と説明したところで理解してもらえるとは思えないし、そんなこと立川くんは興味がないだろう。
そのつもりで来たし、自分が今から立川くんに食べられることは分かっているのだ。ここまで来て逃げたりしないのだから、別に雰囲気を作ってもらう必要なんてない。
「えっと……あの、そういうのいいから……。先にシャワーしたいんだけど、借りてもいい?」
「あー……はは、本当に慣れてるんですね。業務的でやだなぁ、それ」
「え……?」
「俺の相手するのめんどくさそうな態度で、それ嫌です。俺が相手でも、いつもしてるみたいに楽しんでもらいたいんですけど」
「なんか……私がそういう行為を楽しんでるみたいな言い方するんだね」
「違うんですか? 昨日の男とも楽しくやって、どうせまた誘われたら先輩は会っちゃうんでしょ」
昨日の人を「いいな」と思ったこと、立川くんには伝えないほうがよかったのかもしれない。日中の会話を思い出すと気まずくて、思わず目を伏せてしまう。
「昨日の男と先輩の関係、俺、ずーっと考えてたんです。彼氏だったらどうしようって不安で、ずっと話を聞きたかったのに朝から避けられて、本当に嫌だった」
「ご、ごめん……?」
「もういいですよ、別に。話しにくい話題だったんだろうなって、今なら分かるし。結構無理して二人きりになるチャンス作って話しかけましたけど、別に付き合ってないけど体の関係がある相手なんだろうな~って、先輩の返事聞いてすぐに分かりました。先輩ってすぐ顔に出るし、嘘つくの下手ですよね。そういうところも可愛いんですけど……あの時、なんで嘘ついたんですか?」
わずかに冷たくなった声色に、ひくりと喉の奥が震える。
「え? なんでって……」
「彼氏なんて言わないで欲しかった。セフレいるって知られたら、つけ込まれそうだって思いましたか? そりゃあ、つけ入る隙があるならそうしたいですよ、俺」
「立川く……」
「彼氏じゃない相手でもできるなら、やっぱり俺でもいいんじゃないかなって思って、今日誘って……本当に俺のこと相手にしてくれるの、すごく嬉しいんです。先輩が俺のことをそういう対象にしてくれるなんて、絶対にないのかなって思ってたから」
ちゅっと音を立てて再び触れた唇が、今度は先ほどよりも長い時間離れない。
数秒かけて触れ合ったあと、少しだけ柔らかくなった立川くんの瞳と、至近距離で視線が絡む。
「あ、でもね、俺は先輩のセフレになるつもりはなくて、セックスなんていくらでも付き合うから、定期的に会ってる男がいるなら全部切って欲しいんですよ。……意味、分かりますか?」
真っ直ぐに私を見つめる瞳がどろりと溶ける。
部屋に来るまではもっと軽薄な様子で、全然そんな雰囲気じゃなかった。
だから私も、一回だけならしてもいいかな、と。そんな軽い気持ちでついてきたのだ。
それ以上を求められると、どうしていいか分からなくなる。
「あの……よ、酔ってるから、変なこと言ってるんだよね?」
「俺、酔わないって言ったでしょ。そのほうが警戒心解いてくれそうだから、適当にフラフラしてみせてただけですよ」
確かに部屋に入った時から、立川くんが纏う雰囲気が違っている。しっかり立って真っ直ぐに歩き、表情にも声にも、ふにゃふにゃしているところが見つからない。
「酔ってないし、真剣に告白してるんです。先輩のこと好きだから、これからはずっと俺だけにしてください。ね、返事してもらえませんか?」
曖昧な言い方ではない、ストレートな告白。
さっきまで「エッチしたい」とか「自分もそういうことをしてみたい」とか、そんな言い方をしていたくせに。家に入った瞬間に違うことを言い出すのは、正直どうかと思う。
「た……立川くん後輩だし、同じ会社の人と付き合うのは、お互いにいろいろと面倒だと思うから……」
「そっか、じゃあ後輩じゃなくなればいいですか? 先輩がそう言うなら辞めますよ。引き抜きの話、迷ってたのは先輩との繋がり無くなるのが嫌だったからですし、付き合えるならそんなこと気にする必要ないですもんね」
思っていたよりも重たい返事をされ、喉の奥で悲鳴押し殺した。
立川くんなら絶対にもっと合う人がいるし、私に恋愛は向いてない。
しっかり仕事の出来るいい子だなとは思っていたけれど、立川くんはやっぱり、私にとって普通の後輩でしかないのだ。
(どうしよう……)
甘やかして可愛がってくれそうだなという理由で、私はずっと年上の人ばかりを選んで会ってきた。
若いから奔放でも仕方ないよね、と笑って許してくれる余裕のある人が好きだし、食事代やホテル代を出してもらう時も、そのほうが安心して優しさを享受できる。
しかし立川くんは、どちらかというと甘え上手なタイプの、可愛い枠の男の子だ。
職場での自分が先輩らしく振る舞っていたこともあって、たとえ付き合うようなことがあったとしても、恥ずかしくて簡単に私からは甘えにいけない。
「わ、私その……弟がいるから。年下は対象外っていうか……」
「たった二つしか違わないんだから、誤差みたいなもんでしょ。年上とか年下とか、それだけで判断するのやめてください。俺は先輩の弟じゃないです」
「別に歳だけで判断してるわけじゃないけど、何をどうしたって立川くんは私の後輩だし……。あの、どっちかというと私は年上の方が好みで、立川くんって甘え上手な感じだし、誰から見ても可愛い後輩タイプだなって思ってて……」
「あー……じゃあ試しに、先輩じゃない女の子にするみたいに話してみましょうか? 年下だから恋愛対象に見れないとか、絶対に思われたくないから」
可愛い後輩タイプだと言っても、当然性差はある。
立川くんのほうが背は高いし、壁際に追い込まれた状態で見下ろされたら逃げられない。
声だって私よりずっと低く、少し話し方を変えるだけで、簡単に男の人になってしまう。
「呼び方……どうしよっか? 名前で呼びたいな。葵衣ちゃん? 葵衣? 昨日の人は、葵衣ちゃんって呼んでたっけ? 年上からはちゃん付けで呼ばれる方が好きなの?」
「そ……そういうわけではない、けど……」
「じゃあ、俺は葵衣って呼ぶね。……葵衣、顔こっち向けて。キスしたい」
いきなり低くなった声に腹の奥がぞくりと震える。
同じ会社の後輩なのに、知らない男の人に名前を呼ばれたみたいだ。おそるおそる顔を上げると、そのまま唇が塞がれる。
「んっ……ふ、ぁ」
「はぁ、かわい……」
唇が触れ合い、一度離れてからまた重なる。
隙間から差し込まれた舌が私の舌に触れ、色香を孕んだ息が至近距離で吐かれた。私の口内を撫でるように動く舌によって、強制的に空気が変えられていく。
(立川くん、キス上手だな)
いやらしいのに優しくて、背中が震えてしまうくらい気持ち良い。
ちゅ、ちゅっと響く音がエッチで、どんどん身体に熱が溜まっていく。
「はぁ……やらしい顔。キス、そんなに気持ち良かった?」
「……うん」
「はは、嬉しいなぁ。葵衣はお酒飲んでないのに、酔ったみたいな顔してる」
どちらのものか分からない唾液で、立川くんの下唇が少しだけ濡れている。
こんなにも近い距離で、そんなことを言うんだ。そんな声で、そんな表情で、そういうことを言える人なんだと思った瞬間、ぞくりとした感覚が下腹部に駆けた。
「目とろとろになってて、期待してる顔。可愛い」
「う……」
「キスできるし、俺のこと男として見ることできるんだよね。じゃあもういいでしょ」
簡単にいやらしい気持ちになってしまったことを見抜かれ、恥ずかしくてきゅっと拳を握る。
このまま流されたら普通にセックスはできるけれど、でも、本当にそれだけなのだ。
一度抱かれたところでいきなり恋愛感情が湧くわけでもないし、今後も職場で顔を合わせる人と深い付き合いになっていくのは、正直避けたい。
「先に返事、欲しい。好き。俺と付き合って」
「えっと、あ……だから、そういうのはちょっと」
「ちょっと、何? 泊まりに来てくれたってことは、セックスしてもいいって思ってくれたんだよね?」
「それは……あの、一回したら終わりなのかなって」
「あー……はは。まあいいや。とりあえず試してもらいたいし、葵衣がそう言うなら一回しちゃおうか。ちゃんと気持ち良かったら、俺だけでいいって思ってくれるよね?」
ちゃんと気持ち良く――という言葉に、ごくりと唾を飲み込んだ。
返事はせず、期待するように視線だけを動かして、立川くんをじっと見つめる。
「あー……じゃあ、ほら。寝室こっちだから、来て」
「え? あの、シャワーは」
「要らない。そのまま触りたいから、早く来て」
私の腕を引く立川くんが、なんだか本当に知らない人みたいだ。
誰にでも可愛らしい笑顔を見せている後輩とは思えない雰囲気があって、この人がどんな触り方をするのか、正直とても興味がある。
「……ん、分かった。い、行くから」
「あ……すみません。腕、少し強く掴みすぎましたよね」
「え……?」
「あっ……敬語、癖で……間違えただけ。今の忘れて。今から俺が相手するんだから、後輩なのに~とか、もう思わないでよ」
腕を掴む力は弱まったけれど、決して離してはくれなかった。立川くんに腕を掴まれたまま、数歩足を進めた先で寝室のドアが開かれる。
仕事終わりで飲み屋帰り。そんな格好で人のベッドに上がるのは抵抗があったけれど、立川くんはそんなことを気にしていないらしい。
ベッドの前で躊躇う素振りを見せた私を強引に押し倒し、私の腰元に跨った状態でまた深いキスを落とされる。
室内の空気なのか、ベッドの残り香なのかは分からないけれど、自分のものとは違う、男の人の匂いがした。
「は……ぁ、ふ」
「あー……かわいい。ほんと、かわいいなぁ。頑張って俺の肩押してるけど、こんなので抵抗してるつもりなの?」
「あ……」
肩を押していた私の手にするりと立川くんが指を絡ませ、そのままシーツに縫い付けられた。
立川くん越しに真っ白な天井が見えて、今からこの人とするんだなぁと、改めて夜の空気を意識する。
「ちがうよ。あの、抵抗とかじゃなくて、汚くないかなって思って……。その、服のままベッドに入るの申し訳ないから」
「俺が押し倒したんだから駄目なわけないでしょ。ああ、でも……そう言うなら早く脱いで欲しいかも。脱がせていい?」
私の腰に伸ばされた右手が、ブラウスの裾を軽く引っ張る。
胸の下まで服を捲られたところで、「脱がしにくいから一旦起きましょうか」と、立川くんが眉を下げて笑った。
セックスするつもりで来ているのだから、当然、裸になる覚悟もしてきている。
その申し出を拒むつもりはなく、大人しく立川くんに身を任せた。
ジャケット、ブラウス、インナーと、ベッドの上で向かい合ったまま、立川くんに一枚ずつ服を脱がされていく。
上半身に残るのがブラだけになったところで、立川くんは一度動きを止め、はぁぁ、と深く息を吐き出した。
「あー……全然嫌がんないし。下着も、マジでエロくて可愛いの何。本当に俺以外の誰にも見せたくない。……まあ、いろんな奴に見せてるんだろうけど」
自嘲気味にそう言った立川くんにブラのホックを外され、最後の一枚も腕から抜かれてしまった。
その状態でもう一度ベッドに転がされると、立川くんの指が私の首筋に触れる。ゆっくりと肌をなぞりながら、大きな右手は私の胸元に下降していく。
「はは、ドキドキして息少しだけ荒くなってるの、ほんと可愛い。肌白くて、すごく綺麗だね。もっと早く、俺だけがこうしたかったなぁ……」
「んっ、ぁ……」
ふにふにと柔らかく胸を揉まれ、立川くんの頭が私の首筋に埋まる。
熱い息が首に触れ、優しく肌を食まれた。薄い皮膚の上に唇が触れるたびにびくびくと身体が揺れ、いやらしい空気に飲まれそうになる。
「あ、あ……立川く、」
「ほんっと、かわいいなぁ……。声甘ったるくて、頭おかしくなりそう。会社でもいっぱい話してるのに、エッチなことしてる時はこんな声出すんだね? 知らなかった」
煽るようなことを言われるが、あまり嫌な感じはしない。エッチな声を出している自覚はあるし、それで互いの気持ちが盛り上がるなら悪いことではないはずだ。
立川くんの下半身がスラックスの下で硬くなっているのが見えて、少しだけ嬉しくなる。
こんなに早く興奮してしまうあたり、立川くんだって十分に可愛い。
「いい匂いする。はは、マジでやば……」
「ん、あ、はぁっ……」
「んー、ここ舐められるの気持ち良いね? 俺も気持ち良いし、エロい声出してくれるの嬉しい」
胸の先を指と舌で優しく転がされ、びくびくと身体が反応する。立川くんの触り方が全部気持ち良くて、下腹部にもじわじわと熱が溜まっていった。
自然と漏れてしまう息も、声も、止めることができない。
捩るように脚を擦り合わせていると、私の胸を触っていた立川くんの左手が、ゆっくりと肌をなぞりながら今度は腰へと移動する。
「着たままだと汚れちゃうかな。そろそろ下も脱ぐ?」
「……ん」
パンツスーツのウエスト部分に指をかけられ、少しだけ腰を浮かす。脱がされた衣服はベッドの下に落とされ、ショーツ一枚で立川くんに組み敷かれる形になった。
何をされても大人しく応じる私を、立川くんがじっと見下ろす。
たくさんキスをして、熱に浮かされたような顔。しかしどこか苦しそうに、私を見下ろす瞳にわずかな影が落ちる。
「あー……葵衣ってさ、いつもこんな感じなの? セフレ作るくらいだから、もっといろいろしたがるのかと思ってたけど」
「え……? えっと……いろいろって?」
「その、葵衣のほうから触ったりとか、そういうの想像してたから……。すごく受け身だからちょっとびっくりしたっていうか……」
セフレがいるという一点だけで、とんでもない痴女だと思われていたのだろうか。
私がノリノリで上に乗ったり、男の人のいやらしいところを弄り出したりと、そういう行為を期待されて誘われたのかと思うと嫌になる。
残念ながら私はセックスに対して積極的なほうではなかったし、期待されても何もできない。
ただ受け入れた回数がそれなりにあるだけで、男の人を喜ばせる技術があるわけではないのだ。
「……駄目?」
「いや、駄目なわけじゃないよ。エロいとこ見せてくれたらそれはそれで興奮したと思うけど……。あー……でも、それ以上に気分悪くなってたかな、俺。慣れてるなーって思いながら触るの嫌だったし、そうやって初々しい反応してくれるのは嬉しい」
「ひぅっ……!」
下着の上から割れ目をなぞられ、思わずおかしな声が漏れた。反射的に脚を閉じると、膝裏を掴まれて片脚が持ち上げられる。
「なんで閉じるの。やめてよ」
「ご、ごめん……」
「は……ちょっと怯えてるし、やっぱりよく分からないなぁ。慣れてないほうが嬉しいけど、俺が相手だから乗り気になれないってだけなら、それはそれでイラつくんだよね。葵衣がいつもどんな感じなのか知らないから、俺に対してだけ冷めてたらどうしようって考えてたらなんか……ああ、ごめん。別に葵衣に何かして欲しいとか、そういうわけじゃないんだけど……」
「の……乗り気になれてないとか、全然、そういうわけじゃない、けど……」
「そっか……うん。じゃあもういいや。変なこと聞いてごめん。忘れて」
どう答えれば正解だったのか分からず、何かを誤魔化すような笑顔を向けられて息が詰まる。そんな私の口を塞ぐようにして、また立川くんにキスをされて舌が絡んだ。
「ん、んんっ……!」
私の脚の間に触れたままだった指が動き、爪の先でカリカリと陰核を刺激する。
キスをしたままなのに器用に動かされる指に反応して、また上擦った息が漏れた。
「……っは、あ」
「指でここ触られるの、気持ち良いね」
「んっ、んぁ、あ、そこ……」
「あー……声、また甘くなってきた。ねえ、好き。一回イッて欲しい。俺に触られてイくとこ見せて。お願い」
布越しに気持ち良い一点を虐められ、堪らなくなって無意識のうちに腰を揺らしてしまう。私の反応を見て的確に気持ち良いところだけを狙ってくるのだから、私よりも立川くんのほうが、よっぽどこういう行為に慣れていそうだ。
「あ、あっ、イッ……きそ。も、まって……ふ、うっ、ぁ」
「は……可愛い。イッて。お願い。イく時の顔見せて。イッて」
びくりと身体が震えた瞬間、じわりと何かが漏れる感覚があった。指を動かされると濡れた音が微かに響き、下着が肌に張り付く。
指でクリを触られただけでこんなに濡らしてしまったのだと、自覚した瞬間に恥ずかしくて堪らなくなる。
「あ、ごめ……あの、私……」
「はっ、はは、よかった。気持ち良かったよね? すっごい可愛い顔してた。大好き、好き……」
甘ったるい言葉と共にまた何度もキスをされ、口の中で舌が絡む。
イッたばかりなのに口を塞がれ、うまく呼吸が出来なくて苦しい。
「は、待って、立川く……」
「待たない。……好きです。ずっと、本当に好きで……俺のこと、ちゃんと彼氏にして」
キスをしながらの告白に、心臓がひゅっと音を立ててすくんだ。
――頷くべきじゃない。返事をしてはいけない。
そんな言葉が脳裏に浮かび、誤魔化すようにして立川くんに手を伸ばす。
「あの……わ、私ばっかりで、だめだよね。ごめん。もう挿れても大丈夫だから……」
「は……なんで? またそうやってはぐらかすんだ」
「ち、がう。だって、まだ私だけで……立川くんは挿れたくない……?」
「挿れたいに決まってるでしょ。俺がずっと勃ってんの、葵衣も分かってるよね」
――うん。そうだよ、分かっていて聞いたの。
頭の中でだけ肯定して、決して声には出さないように気をつけながら目を合わせる。
この話を長引かせるのは絶対によくない。適当に返事をしたら、取り返しのつかないことになる気がする。
「当たってて、勃ってるのずっと気になってて……だから、もう挿れて欲しいなって」
「嫌だよ。まだ告白の返事もらえてない。中途半端な状態でするの嫌なんだよ、俺。なんでそんな、」
「い……一回試してみようって言ったの、立川くんだよね?」
立川くんの言葉を遮るように言うと、「は?」と返されて心臓が止まりそうになる。
一瞬怯んでしまうくらい、怖くて低い声だった。
「あー……ほんっと、何言ってんの? 試すだけならもういいでしょ。イッてくれたし、俺が相手でも気持ち良いことできるって分かってくれたよね? これ以上何を試すの」
「か、体の相性とかは、挿れてみないと分からないし……」
言った瞬間に、立川くんのテンションが分かりやすく急降下する。
瞳が伏せられ、落ちた前髪が目元に影を作る。暗くなった表情に私が怯えている隙に、立川くんがまた体勢を変えた。
「……舐めてもいい?」
「へ?」
「もっと気持ち良くするから、だから……これでイッたら俺と付き合って」
「待って、や……舐めなくていいから、そんな……っひ」
拒むよりも先に舌が触れ、濡れた感覚にびくりと腰が震える。
イッたばかりで敏感になっている場所を執拗に弄られ、私は呆気なく二度目の絶頂を迎えてしまう。
私がイッたことは、立川くんだってわかっているはずだ。それなのに、その余韻に浸る時間も与えられず、今度はナカに立川くんの指が沈められる。
「やっ、なんで……なんでっ、あ」
「俺のセリフでしょ、それ。なんでそんなに頑なに頷いてくれないの? 気持ち良いくせに。何でもするから俺と付き合うって言ってよ」
「うっ……あ、やっ、も……」
「うわー……すご。一回イッてからすごい簡単にイくんだね。エロすぎ」
「やだっ、もうイッたばっか……っあ! とまって、とまって……!」
「はー……気持ち良さそうにナカきゅうきゅうしててやばいね。マジで可愛いけど、いつもこんな感じなの? 葵衣とヤるやつ、全員楽しんでるんだろうね。自分のすることでこんだけ何回もイッてくれたらそりゃあ嬉しいよな。あー……はは、まじで嫌」
声が低くなると激しくされる合図のようで、お腹の奥がきゅうっと疼く。もう何をされても濡らしてしまって、お腹の裏側を軽く押されるだけでやばい。
「あっ、ああっ……!」
「またビクってしたね。ここ触られると気持ち良くなるんだ」
「ちが、もっ……一回抜いて、って、んっ」
「もっと教えてよ。どこが弱いの? おかしくなっちゃうとこ、どこ」
返事が出来ずに嬌声だけを漏らしていると、「いつもされて気持ち良くなるとこ、どこだって聞いてるんだけど」と低い声で問われ、それだけでびくびくと身体が反応する。ドMの変態みたいだ、私。
「な、らな……っひぁ、いつも、んっ……こんな、時間かけて前戯とか、されない……っから、わかんな、あ、ああっ」
「へぇ、可哀想。前戯もまともに出来ないやつと会うのやめたほうがいいよ、絶対」
「うっ、うぁ……またきちゃ、やっ……またイく、いく……っうあ」
「ふっ……はは、また軽くイッたね」
涙で滲んだ視界越しに、興奮しきった目で私を見下ろす立川くんがいる。
こんなの長引かせてもお互い苦しいだけなのだから、早く終わらせてくれればいいのに。我慢する必要なんてどこにもない。
「も、早くそこ、挿れて……」
「うん。俺も挿れたい。だから――」
「っもう、はやく、立川くんとしたいよ。一緒に気持ち良くなって、お願い」
こんなにぐちゃぐちゃにされても、まだ冷静でいられるんだな。他人事のようにそんなことを思いながら、立川くんの首に手を伸ばして思い切り抱きつく。
耳元に顔を寄せて「一緒にイきたい」と口にすると、立川くんがごくりと喉を鳴らしたことが分かった。
このまま押せば、きっと有耶無耶なまま終われる。そのためにどう動くべきかを必死で考えて、今度は私からキスをする。数秒舌を絡ませれば、立川くんの瞳が欲に負けてどろりと溶けた。
「あ……先輩……」
「ねえ、もうしよう? したいよ、お願い」
「……っ、します。あ、ゴム、ゴムつけるから……ちょっと待って」
「うん」
告白の返事を急かされなくなったことに安心して、大人しくベッドの上で寝転んだまま立川くんを待つ。
乱雑に服を脱ぐ立川くんによって、布の擦れる音とベルトを外す音だけが室内に響いた。
――細身だけど筋肉があって、ちゃんと男の人の体だ。
起ち上がったソコを凝視しないように気をつけながらも、しっかりと避妊具をつけてくれたことを確認し、立川くんを迎えるために少しだけ脚を開く。
「……す、ごいね。こんなに硬くなってる」
「うん、ずっと挿れたくて、ごめん。あんまり余裕ないから、もう……」
早く挿れたい。気持ち良くなりたいと、言葉にせずとも立川くんの目が訴えてくる。
私が欲しくてたまらないと、そんなことを考えて頭がいっぱいになっているのは今だけだ。
その欲を、好きって気持ちと混同するべきではない。
気持ち良くなって一回出したら、どうせすぐに冷めちゃうんだからこれでいい。
「うん。中、このまま挿れて……っあ」
私が最後まで言い切るより先に、立川くんが動いていた。
ぐぷぐぷと簡単に奥まで性器が沈んでいき、気持ちいいところが一気に擦られる。
「はっ……あ、すご。ナカ、締まって、きもちっ……んっ」
「あ、あっ、んあ……っは、ああっ」
「ん? 奥ちょっと突いただけで軽くイッたの? その顔すっごくかわいい。あー……ぁ、俺も、やば……っあ、狭くてこれ、きもちっ……はぁ」
男の人が気持ち良い時に出す声って、どうしてこんなにもお腹に響くのだろうか。
必死な感じがして、可愛くて、それなのに色気があって、ちゃんと気持ち良いと伝えてくれているみたいで、少しだけ嬉しくなる。
「は、あ……んん、ふっ」
「全部入った、から……っもう、動いていい? あー……駄目だ。我慢できない。ごめん、動くね。はっ、あ……きもちい……」
「っああ、あ、立川くんっ、や、そこまた……っあ、ああっ」
「もっと呼んで。声聞きたい。はっ、あ、かわい、あ……すき、好き……もっと、んっ」
好きって言われて感じるの、喜んでいるみたいで嫌だ。
二人分の嬌声と、肌のぶつかる音。嬉しそうに溶けた瞳が近付き、深いキスに呼吸を奪われている最中にも、立川くんが腰を動かす。
全部がぐちゃぐちゃに混じってまたイきそうになる。何回目なのか分からないし、一人で何度もイくのは恥ずかしい。
だけどもう、気持ち良いことしか分からなくておかしくなる。
「あっ、やぁっ、いく……またイッちゃ……っひぁ、あっ」
「あー……やだ、一緒にイきたい。はっ……あ、きもちい……から、もっと。やば……っは、出る、出るっ、ぐ、ぅあ」
「~~~っ、んっ」
びくりと身体が震えて、足先にぎゅっと力が入る。
同時だったのか定かではないけれど、立川くんも私に挿れたまま達してくれたらしい。
低い呻き声と共に、避妊具越しに出された感覚があった。
はーはーと気持ち良さそうに息を吐き、立川くんが乱れた呼吸を整える。しばらく待っているとようやく気持ちが落ち着いたのか、ゆっくりと動かれて性器が引き抜かれた。
「は……なんか、すっごいがっついた感じになっちゃって、あ……俺、その……」
「ん、気持ちよかったね……」
へらりと笑いかけると、立川くんが安心したように目を細めて私を見る。
一度出してすっきりしたせいか、立川くんはいつもの雰囲気に戻っていた。
会社の先輩とこんなことになったことを今さら気まずく感じているのか、どこか遠慮気味に、私に気を遣うようにして声を出す。
「あ、あの、痛いとことかないですか? 俺、ちゃんと先輩のこと気持ちよくできました?」
――セックスの感想を聞かれるの、正直やりづらいなぁ。
そう思いながらも一度頷くと、「そっかぁ」と嬉しそうに溢した立川くんは、そのまま私の隣にごろんと横になる。
よしよしと頭を撫でられることに居心地の悪さを感じながらも、されるがままにして目を閉じた。
「あ、もしかして眠い? 今日はこのまま泊まっていく……よね?」
「……うん、ごめん。このまま寝たいから、泊めてほしい……」
何度もイッたせいか、今から着替えて帰る気にはなれなかった。
明日の朝になったら、なんでもない顔をしてちゃんと帰るから、今だけは甘えさせてもらいたい。
「うん、もちろん。ゆっくり休んで。……へへ、葵衣が俺の部屋にいてくれるの、すっごい嬉しい。とろんとしてる顔かわいい。大好き」
そう言いながらぎゅうっと抱きしめられ、頭の中に疑問符が浮かぶ。
立川くんもイッたはずで、一度射精した現在、もう完全に賢者タイムに入っていると思っていた。
ムラムライライラしていた感情は落ち着いたはずなのに、一体どういうつもりなんだろうか。
好き好き可愛い大好きと、幸せそうに言葉を吐きながら私に顔を寄せて、頬や目尻にキスをしてくる。なにこれ。
「あ、そうだ。あんまり社内で話題にしないほうがいいのは分かってるんだけど、仲良い同期には葵衣と付き合い始めたって話してもいい?」
邪気のない、嬉しそうな顔で尋ねられ、一気に眠気が霧散した。
思わず溢れた「え……?」という私の声色から何かを察したらしく、立川くんの表情が分かりやすく曇り始める。
「え……? あの、なんか違いましたか? だって俺、今セックスしたんですよ……?」
「そうだけど、別に……セックスは付き合ってない人とでもできることだし」
「え? は……? え、やだ、なにその反応。付き合ってくれるんだよね? 俺に抱かれてあんなに可愛い顔してくれるんだから、無理じゃないでしょ」
「い、一回だけって言ったし……っあ」
最後まで言い切る前に覆い被さられ、二の腕を強く掴まれてシーツに押さえつけられる。
痛くて嫌なのに、私の力では振り解くこともできない。
「あの、それ痛……」
「一回だけでいいなんて俺は言ってないです。俺とキスして、セックスして、普通は付き合ってる相手としかしないことでしょこんなの。一回だけって何? 意味わかんない。付き合ってるって言ってよ」
急に凄まれ、怖くて声が出せなくなる。
それでもどうにか首を振って否定すると、私の腕を掴む力が更に強くなった。
「ねえ、俺の部屋にいるんだよ。分かってないの? 欲しい返事聞けるまでここから出さないよ。お願い、ちゃんと付き合ってるって言って」
「あの……立川くんは後輩で、年も私より下で、だから……」
「年下が対象外とか、そういう話どうでもいいんだって! 後輩とか年下だから駄目じゃなくて、ちゃんと俺のこと見て。俺に抱かれて気持ち良かったんでしょ? じゃあもういいじゃん」
確かに気持ち良くなってしまったけれど、気持ち良いだけなら他の人が相手でもなったことがあるし。――なんて、そんなことを言ったら今以上に大変なことになりそうなので、必死に脳を動かして違う言葉を選ぶ。
「……えっと、立川くんのためにも、そういうのよくないかなって。こんなことの後で付き合うのは違うし」
「違うって何? 俺としてあんなに気持ち良さそうだったんだから、もう俺だけでいいよね? ねえ、いいって言って」
「ごめん。あの、私は全然そういうつもりじゃなくて。その、泊まるのやっぱりやめるから……。も、帰るね、ごめん」
押さえられている腕に力を入れ、どうにか距離を開けようと身を捩る。
強い力で抵抗しているのに、全然動くことができなかった。
「立川くんごめん、どいて……」
「い、嫌です。こんなところで帰せるわけない。そういうつもりじゃないとか言われても、俺は無理です」
「そういう対象じゃないって、最初に私は言ったよ。だから――」
「これから俺がどれだけ努力しても、絶対に歳の差だけは埋まらないんだって! それだけが理由で無理とか言われるの納得できない。このまま帰せません。嫌です、嫌……お願いします。付き合うって言って」
「付き合ってなくても別に……ほら、あの、また立川くんがしたくなったらするから……」
「……っ、だから! 俺はセフレになりたいわけじゃないんだよ! 彼氏にして欲しいの! さっきから後輩だから無理とかそんなのばっかりじゃん。俺の何が駄目なの? 歳下だから駄目? おかしいじゃんそんなの。納得できない」
こんなの、おかしくなっているのは立川くんのほうだ。
セフレがいて、誘われたら軽い気持ちでほいほい着いてくるような女を、彼女にしたいと思うなんておかしい。
それに、私の何を気に入ってくれたのかよく分からないけれど、こんな風に強引に迫るのは立川くんらしくない。
職場での立川くんは場の空気を読むことに長けていて、相手が困っていると感じたらすぐに別の人に仕事を割り振ったりと、細かいことまでよく気が付く人だった。
セックスの最中に何度か告白のようなことを言われたけれど、私は全部、わざと聞き流したのだ。その時点で察して欲しい。
「ご、めん……私、あの、本当にそういうの、無理で……」
「俺だって無理だよ。ねえ、お願いだから付き合って。俺以外の男と会われるのやだ。セフレのうちの一人とか本当に無理。俺、呼ばれたらいつでも会いにいくのに、それなのに葵衣が他の男とやってんのとか考えたら頭おかしくなる。だから嫌。葵衣のこと引き止める理由が欲しい。彼氏になりたい」
「彼氏じゃなくても……その、立川くんがエッチしたいだけなら、また予定合う時とかに……」
「俺だけじゃ足りないと思ってる? 葵衣がエロいこと好きなら満足するまで何回だって付き合うよ。だから他の男としないで」
どうやら私は立川くんの中で、とんでもない性豪だと認識されているらしい。
いつでもエッチなことができる人を彼女にしたいと思っているだけなら、ますます私には付き合いきれない。こんな行為を週に何回もするなんて、私には絶対無理だ。
「……わ、私はセックスするの、そんなに好きなわけじゃなくて」
「は? じゃあなんでセフレなんているの?」
低くなった声が怖くて、震えながら返事をする。
こんな風に思われるくらいなら、最初から全部話しておけばよかった。
「……し、信じてもらえないかもしれないけど、私ほんとに、セックスがしたいわけじゃない。しないで済むならそのほうが嬉しいけど、何も無しで甘えさせてくれたりとか、添い寝だけしてくれる人なんていないから……そういう行為込みで一緒に過ごしてもらってるだけ、で……」
「は、なにそれ」
理解してもらえるなんて最初から思っていないけれど、突き放すような冷たい声を向けられると泣きそうになる。
裸のまま押さえつけられて、どうして私は後輩にこんな話を聞かせなくてはいけないのだろう。
「本当はセックスなんてしたくないってこと?」
「……まあ、どちらかと言えば」
「それじゃあ、俺が頑張ってイかせたのとか、気持ち良いって思って欲しくて弱いところばっかり触ったの、あ……あんまり意味、なかった……?」
どんどん弱々しくなっていく声が気になり、ちらりと立川くんの顔色を窺う。こちらが心配になるくらいに、立川くんは分かりやすく青褪め、表情を引き攣らせていた。
「えっと、あの……立川くん?」
「あ、え……いや、その、ごめんなさい。でも、あ……甘えさせてくれる相手って、それ、それこそ本当に俺じゃ駄目なの? 葵衣がしたくないなら、セックスは必須じゃなくてもいい。俺はしたいけど、絶対しなきゃいけないって思ってるわけじゃないし……」
「ごめん、立川くん。本当、もういいから」
「全然よくないです! あの、俺ならいくらでも甘えてくれて大丈夫ですよ。どんなワガママ言ってくれてもいいし、抱きついて寝る相手が欲しいだけなら手も出さないし……だから、ね? 葵衣から見ても、結構いい条件だと思わない?」
「……そんなの、立川くんに何のメリットがあるの」
「だって、他の男と一緒にいるところ見るの、もう本当に嫌だから……」
泣きそうな声が、静かな部屋にゆっくりと落ちた。
苦しくて、申し訳なくて、うまく言葉が出てこない。
「昨日の……あの男と、どんなことしてるんだろうとか、どういうところを好きになったんだろうとか、早く別れてくれないかなとか、昨日からずっとそんなことばっかり考えてた。いろいろ聞きたいのに朝からずっと避けられてて、ちゃんと話するまでもう本当にキツくて……。その、彼氏じゃなかったって分かってからは少しだけ安心したけど、それってつまり、他にもいる可能性があるわけでしょ? 葵衣がどこで誰と一緒に過ごしてるか分からないの、もう本当に全部嫌だ……」
「え、えぇっと……?」
「全部切ってくれるなら、それだけで俺にとってはメリットだよ。他の奴にこれ以上触らせないで。いろんな奴と関係持つとか普通に危ないし、やめてよ。本当に嫌」
立川くんが私を慕ってくれていたことは、今までにも何度か感じる瞬間があった。
だけどここで「普通に危ない」と心配してくれて、セックスはしなくてもいいと言ってくれるほど、立川くんは自分の欲を押し付けてこないし、善性の強い人なのだ。
こんな人と私が付き合うのは、やっぱり申し訳ないなぁと思ってしまう。
「う……あの、ちゃんと気をつけるから、ごめんね」
「つ、付き合ってくれないのに、俺とセックスしたの? なんで? え、やだ。嫌です。謝らないでください。本当に俺と付き合う気ないってことですか? 俺のこと嫌いなわけじゃないですよね?」
「嫌いとかじゃないけど、やっぱり立川くんは私にはもったいないよ」
「え? あの、なんで? もったいないとか意味わからないです。セックスしてもいいって思ったから、俺の家に来てくれたんですよね?」
「うん。だから……好きじゃない相手とそういうことするような女、あんまりよくないでしょ。立川くんと付き合うのに相応しい女の子だったら、こんな風に男の人の家に簡単に上がったりしないと思うよ」
ひゅっと息を吸い込む音が、いやに鮮明に私の耳に届いた。
立川くんの声が、少しだけ震えている。
「す……好きじゃない相手とか、なんでそんな酷いこと言うんですか。別に、俺だってこんなことしたかったわけじゃ……いや、したかったけど、でも、俺のこと少しでもいいなって思ってくれたらって、だから……」
「うん。立川くんは私のやってること知って、ちょっと自分もやってみたくなっただけなんだよね? 好意じゃなくてただの性欲だよ。私はそう割り切って付いてきたわけだし、付き合うとか気負わなくていいから」
「だからそれは……本当に、あの、セフレ作るくらいそういうこと好きなら、体の相性とか気に入ってくれたら付き合ってもらえると思って、した。ごめんなさい。でも、やってみたかったとかじゃなくて、本気で好きなんです。ただの性欲とか、そんなんじゃない。ここで終わるの嫌です。好きで……俺だけにして欲しくて……」
「普通は好きな人にセフレとかいたら失望するでしょ。自分もしたいって思ったなら、それは付き合いたいって意味の好きとかじゃないよ」
どうかそうであって欲しいと、自分の願望を込めて口にした言葉。
言ってしまった瞬間に、立川くんの顔からすっと表情が消えた。
「なんで……そこまで俺の気持ち否定するの? 先輩の相手が俺ならいいのにってずっとぐるぐる考えちゃって、もうそれだけで頭いっぱいだったんですよ。ここまでしなきゃ先輩は、俺のこと意識してくれなかったでしょ?」
「意識は……まあ、そうかもしれないけど……」
「じゃあどうすればよかったんですか? 先輩が他の男とするの、本当に嫌なんです。昨日の男とか、付き合ってるわけじゃないならもう会わないなんて簡単ですよね? 好きです。俺だけにしてください。付き合って」
「だから、あの、誰かと付き合うとか私は考えてないから……」
「は……最悪。やっぱりちゃんと先に返事もらっておけばよかった」
誰に聞かせるでもない、独り言に近い声だった。
ぼそっと落とされたその一言のあと、立川くんは嘲笑しながら私を見下ろす。
「あのさぁ、ここ、どこだか分かってます? 俺の部屋にいるんです、今。うんって返事してくれまで出さないよ。ねえ、いいの? 困るでしょ」
「……そんなことしたら困るのは立川くんもでしょう?」
「だから、なんでそんな小さい子供あやすような言い方するの? やめてよ、後輩扱いされんの本当にやだ。ここまでしたんだからちゃんと男として意識してよ!」
「してるよ。立川くんが男の人だってちゃんと分かってる」
「違います。違う……それだけじゃなくて、ねえ、本気で好きなんです。不特定多数のうちの一人じゃ嫌なんです。他の男と会う可能性あるって分かってるのに、帰せるわけないでしょ」
「……ふっ」
乱暴に口付けられ、すぐに離れた。
歯を立てられわけではないのに、なんだか噛みつかれたみたいだ。
「俺だけにしてくれるって約束してくれるまで出さない」
「え……」
「お願い。返事して。付き合うって言って。好きなんです。なんで他の男に会うかもしれないって分かってるのに引き下がらなきゃならないんですか」
「あの……私もそんな、頻繁に誰かとこういうことしてるわけじゃないし……あ! その、立川くんが嫌じゃなければ、またしたい時に言ってくれたらするから」
「……っ、だから、付き合ってくれないならこんなの何回したって意味ないんだって、なんで分かってくれないんですか」
組み敷かれて、身動きが取れなくなって、そこでようやく自分がどれだけ危うい場所にいるのかを意識する。
年下で、後輩。敬語で話すのが常で、私のことを慕ってくれていて、泣きそうな顔で必死に声を荒げる姿は子供みたい。
それでも、体格も力も私とは全然違って、何をしても敵わない。そのくらい、立川くんは男の人だ。
「子供……あ、そうだ、子供できたらどうですか? 俺との子供ができたら、結婚してくれる? ね、してくれるよね? そうしたら俺だけのものになってくれる?」
「何言って……や、待って、」
「嫌です。次はゴムしない。もう一回、ねえ、させて。今度は中でいっぱい出す。これで終わりになるのほんと嫌だ」
恐ろしいことを言い出した目の前の男は、本当にあの可愛い後輩と同一人物なのだろうか。
ほんの数時間前までは、立川くんはお酒を飲んでふにゃふにゃになっていたのに。
――まあ、それも全部、演技だったのかもしれないけれど。
「き、嫌いになるよ。そんなことする人とセフレにもなれないし、そういうことするなら、もうほんとに二度と立川くんとはしない……!」
「は、はは……。いや、もうさ、嫌われてなくても付き合ってもらえないなら同じでしょ。好きでも嫌いでも関係ないもん。します、中で出す。絶対にやめない。本当に好きなんです。お願いだから俺のになって。俺だけでいいって言って」
頬を掴まれて顔を固定され、深いキスに呼吸を奪われる。
硬くなったまま触れる下半身には、今度は避妊具が着けられていない。
「逃がしません。絶対どこにも行かせない」
「は……」
一回セックスをして終わるつもりで、立川くんの気持ちを軽く扱った私が悪いのだろうか。
たとえここで子供ができなくとも、簡単には逃げられないのだろうと察して身体が震える。
年下とか年上とか関係なく、こういう人が一番やばい。
100
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ふぉ〜っ
これで終わりじゃなく続きを読みたい
ありがとうございます!
このあと無事に(?)付き合うことになりますが、立川くんは葵衣ちゃんが絆され始めても全然好意を信じられなくてしばらく苦しむことになります。可哀想ですね!