【完結・R18】弱ってる時に優しくされたから好きになっただけでしょう?

堀川ぼり

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アジサイのパフェ

 連絡先を交換した日の夜にさっそくやり取りをし、その翌日には次に会う予定を決めたいと連絡がきた。
 自分のスケジュールを確認した私は、スマホを見つめながら「うぅ……」と小さく呻く。
 私の職場は複合機、OA機器、ネットワーク関係の法人向けサポートをしており、365日対応しているためシフト制の不定休だ。
 今月のシフトはもう出ているが、タイミングが悪く、ほとんどの休日にもう予定を入れてしまっている。
 今月の後半は遅番ばかりで、そうなると仕事が終わるのは二十一時近い。夜に食事に行くだけでもと葉山さんを誘うには、少し躊躇う時間帯だ。

「直近だと再来週の火曜日しか空いてないけど、さすがに厳しいだろうなぁ」

 しかし、また次の機会にと会話を濁すのもよくない気がした。
 もう会う気がないと受け取られてしまうのは避けたいし、もし葉山さんが気を病んだらと考えると不安になる。
 ひとまず、ちゃんと会うつもりがあることは伝えるべきだろう。
 申し訳なく思いながらも、直近だと再来週の火曜日、それ以降ならまたスケジュールが分かってから連絡しますとメッセージを送る。数分と間を空けず、「その日なら僕も大丈夫です」と葉山さんから返信がきた。
 同時に送られてきた嬉しそうに踊るペンギンのスタンプを見つめ、葉山さんの背景を考えてしまう。

「……葉山さんって、やっぱり仕事してなさそう」

 自殺の原因も、仕事関係の悩みだったのではないだろうか。
 今の段階で踏み込んでいいことなのか分からないので、詳しくは聞かないようにする。けれどもっと親しくなったら、その辺りの悩みも安心して話してくれるだろうか。
 それじゃあ火曜日にしましょうと約束を取り付けたあと、スマートフォンの画面を見つめながら前回のデートを思い出した。

「うぅ……。働いてない人に奢ってもらっちゃった……」

 私が誘ったのにと言っても、「年下の女の子に出してもらうなんて出来ないよ」と葉山さんは頑なに譲らず、あの日の支払いは全部葉山さんに任せてしまった。
 まさかそんなわけはないと思うけれど、死ぬつもりだから将来のことなど気にせず、全部使い切るつもりで払ってくれていたのだとしたらどうしよう。
 それとも、年上の男だからというプライドが、葉山さんにもあるのだろうか。
 遺書を渡すというとんでもない弱みを見せられた状態で出会ったのだから、そんなことは気にしなくていいのに。
 無理にかっこつける理由がよく分からない。

「デートプラン、葉山さんに無理をさせないように考えないと……」

 楽しく過ごせるように。且つ、金銭的な負担にならないように。
 いろいろと考えながらデートスポットを検索していると、SNSで見つけた一枚の写真に目を奪われる。どんな場所で撮られたものかを調べると、敷地内に池や遊歩道、温室付きの植物園がある、とても大きな公園が出てきた。
 今からの時期は、薔薇や紫陽花が見頃らしい。

「へぇ、すごい……」

 合わせて近くの飲食店も調べると、雰囲気のいいカフェがいくつも見つかる。調べていると楽しくて止まらなくなり、「葉山さんさえよければ私はここに行きたいです」とリンク付きでメッセージを送っていた。

***

 約束の日、待ち合わせの駅に着くと、すでに葉山さんが待っていた。
 前回から少し日が開いた梅雨入り前。暑い日も増えたこの時期、葉山さんのも着ている物も夏物になっている。
 柔らかく落ちるネイビーの半袖シャツと、黒いスラックス。前回のパーカー姿もシンプルだったけれど、今日の服とは印象が違う。
 スタイルの良さが引き立つシルエットで、どこか色気があって大人っぽい。大人っぽいというか、実際に私より年上なのだけれど。

「あの、ごめんなさい。お待たせしました」
「いいえ、全然待ってないですよ。今日の服、ひらひらしていて可愛いですね」

 駆け寄って声をかけると、ふわりと微笑みながら服装を褒められる。前回のような緊張は微塵も感じられず、どこか余裕さえ感じられた。
 行き先に合うように植物の刺繡が入ったオーガンジーのスカートを選び、そこに白いブラウスを合わせた。真っ先に服装を褒められたことは嬉しいけれど、デートだと意識していたことがバレたようで、少しだけ身構えてしまう。
 前回の食事も今回のお出かけも、まるでデートのようだと私は思った。
 けれど私はメッセージの中で、一度も「デート」という単語は使っていない。意識していると思われたくなくて、わざと使わないようにしていたのだ。

「あ……ありがとうございます。葉山さんも前に会った時とは雰囲気が違う感じで、そういう服も似合ってて格好いいです」
「はは、ありがとうございます。前回は結構気が抜けた格好してたから、今思うと恥ずかしいな。香月さんと一緒に過ごせるって分かっていたら、もっとちゃんとした格好しておいたのに」
「えっと、私は前回の感じも好きでしたよ?」

 ラフな格好だったと思うけれど、だらしない印象は受けなかった。
 自殺を考えている時なんてもっと身なりに気を使えない状態でも不思議じゃないのに、綺麗な形のパーカーは新品のようにハリがあって、ホテルのラウンジでもまったく浮いていなかったのだ。
 これだけスタイルの良い人が着ているから、そう見えただけかもしれないけれど。

「よかった。そう言ってもらえると安心します」

 私の言葉を受け取って、葉山さんはまた嬉しそうに瞳を細める。
 初めて会話をした時の葉山さんは、ずっと怯えたような目をしていた。何があったのかはまだ教えてもらっていないけれど、こうやって笑えるほどに心が回復したのかと思うと私まで嬉しくなる。
 とりあえず移動しようという話になり、葉山さんと並んで歩道を歩く。
 目的地に向かう間の話題として、少しくらい葉山さんについて聞かせてもらっても大丈夫だろうか。何も知らないままでは、葉山さんが触れて欲しくない話題を無意識に振ってしまうかもしれないのだ。
 あれから半月以上経っているのだから、少しでいいから葉山さんの事情を知っておきたい。

「あの、葉山さん」
「はい」
「この前の、最初に駅のホームで会話した時のことなんですけど……」
「あー……いや、本当に、もう忘れてください。急にあんなもの渡したって困らせるだけなのに、あの時はこうするしかないと思い込んでいて……。必死だったとはいえ、香月さんに申し訳ないです。今思い出すと本当に恥ずかしい」
「……葉山さん的には、あんまり触れて欲しくないことですか?」
「その……今、こういう時間を作ってもらえて凄く嬉しいから、みっともない自分のことはあんまり思い出して欲しくないかな。あの時は本当に酷い顔をしていたと思うし……」

 確かにあの時の葉山さんは、すべてに絶望するように俯いて、ひどく暗い顔をしていた。
 時間が経ったこともあり元気そうに振舞ってはいるけれど、あまり思い出したくない記憶なのだろう。本当にこれ以上は話題にして欲しくなさそうだ。

「ごめんなさい。あの、必死だった葉山さんを拒絶するような形になったし、最初の方とかずっと葉山さんが強張った顔をしていたから、それだけが気になってて……。だからその、えっと、全部上塗りできるくらいに、今日も楽しく過ごせたら嬉しいです」

 嫌な話題に触れないように意識すると、どうしても言葉の選び方が不自然になってしまう。
 それでもきっと、私の言いたいことは葉山さんに伝わったのだろう。向けられたその表情を見れば、私の言葉が好意として受け取ってもらえたのだと、ちゃんと分かる。

「最初に二人で過ごせた時から、もうずっと嬉しいし楽しいよ」

 ストレートな言葉と優しい微笑みに、きゅっと喉の奥が狭くなる。
 どのタイミングからかは分からない。でも、きっとかなり早い段階から、私の方が葉山さんと過ごせることを嬉しくて楽しいと思っていた。
 葉山さんが笑ってくれると私は嬉しいのだ。
 年上の男の人に対してこういう表現があっているのかは分からないけれど、本当に可愛い人だなと思う。こんな風に感じる男性、今まで私の周りにはいなかった。
 葉山さんと話しているうちに、自然と頬が緩んでくる。

「あの、私の方が年下ですし、今みたいに敬語外して話してくれた方が嬉しいです」
「……僕が外したら、香月さんも外してくれる?」
「え……あ、年上の方と話すのあんまり慣れていないので、私のほうはまだ少しだけ待ってもらえますか?」
「それこそ別に気にしなくてもいいのに」

 そう言いつつも私のお願いは聞いてくれるのか、砕けた話し方で返してくれる。やっぱりこの話し方のほうが、距離が縮まった感じがして好きだなと思った。
 穏やかな低い声が心地良くて安心する。大柄な体つきの男の人なのに、可愛い笑い方をするせいか、あまり怖いとも感じない。
 前回よりも緊張せずに過ごせたからだろうか。ひとことで言えば園内を歩くだけのデートなのに、とても楽しい時間だった。
 ゆっくりとバラ園を散策し、ベーカリーに寄って買ったパンを広場のベンチで食べた。そのあと温室と、アジサイ展をじっくり見て回り、気になっていたカフェで期間限定のアジサイのパフェを食べて休憩する。
 時間が過ぎるのはあっという間だったけれど、「遅くなる前に帰ろうか」と葉山さんに言われて、夜になる前に解散することになった。
 まだ明るいのにと思いつつも、不思議と葉山さんの言葉に頷いてしまう。

(解散してすぐなのに、もう次の約束が欲しい)

 少し物足りないと感じるデートが一番いいというのは、誰に聞いた言葉だっただろうか。
 離れてからまだ一時間も経っていないのに、家に着いた瞬間から、次はいつ会えるのだろうと考えてしまう。

(葉山さんも私と同じように思ってくれていたらいいのに)

 そんな下心を込めてお礼のメッセージを送り、すぐに返信がきたことに安心して一人でにやけた。
 
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