【完結・R18】弱ってる時に優しくされたから好きになっただけでしょう?

堀川ぼり

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ビーフシチュー※

 定時の十五分後に退勤し、いつもより重い荷物を持って会社を出る。
 仕事中の葉山さんが見てくれるかは分からないけれど、「今から向かいます」と、報告のつもりで短いメッセージを送った。
 会社から葉山さんのマンションまで、電車を使って三十分ほど時間がかかる。葉山さんの帰宅時間は、今日も二十三時頃になるだろう。

(電車を降りたら、葉山さんの家に行く前にどこかで買い物していこうかな)

 夕食は一人で食べることになるが、明日の朝は一緒に食事をする時間がある。泊まらせてもらうことになるし、たまには私も早起きして朝食を準備するくらいはしなければ。いつもやってもらうばかりでは、葉山さんに申し訳ない。

(どこかのお店で軽く食べてから、朝食の食材を買っていこう)

 そんな予定を頭の中で組み立てていると、鞄の中でスマホがブブッと震えた。取り出して確認すると、葉山さんからのメッセージだ。
 迎えに行けなくてごめん。気を付けて来てね。帰り遅くなるけど家だと思ってゆっくりしていて。
 そんな優しいメッセージの最後に「夕食は作ってあるから好きに食べて。温め方は――」と添えられていて、スマホを見つめたまま、私は思わず固まってしまった。

「……作ってあるって、なんで?」

 咄嗟に出た私の独り言に返事はない。
 しかし、葉山さんに返信を打とうとしたところで、ちょうど駅に着いてしまった。到着アナウンスの声に慌てて顔を上げ、扉が閉まる前に急いで電車を降りる。
 ホームの隅に移動し、「わざわざ用意してくれたんですか?」と送るが返事はなかった。この数分の間に葉山さんは仕事に戻ったのだろう。お店が開店したばかりの忙しい時間帯だ。さきほどくれたメッセージも、手が空いた隙に急いで送ってくれた可能性が高い。

(また葉山さんに負担をかけちゃったかも……)

 事前に連絡していたから、気を遣わせてしまったのだろうか。とはいえ、合鍵があるからと連絡なしで急に訪問するような、非常識な真似もしたくなかったのだ。
 仕事のあと家に行きますと話してはおいたけれど、会える時間は夜遅くなる。それなら食事は各自で済ませるものだと、勝手に思い込んでいた。

(私のすることが全部、空回ってる感じがする)

 無力感と罪悪感がじわりと胸に広がる。申し訳なさを抱えながら、ゆっくりとホームの外に向かって歩き出した。
 考えていた予定を変更し、駅から真っ直ぐに葉山さんの家に向かう。
 こんな気持ちで合鍵を使うことになるとは、今朝の時点では思っていなかった。複雑な心境のまま解錠し、中に入って鍵をかける。
 小さな声で呟いた「お邪魔します」に返事が返ってくることはなく、一人寂しくリビングの扉を開けた。
 エアコンで冷やされていた室内は快適で、ひやりと私の肌を冷やす。
 ちらりとキッチンに目をやると、グリルの上に可愛いホーロー鍋が置いてある。以前、私が風邪をひいた時に持ってきてくれたものと同じ鍋だ。
 事前にメッセージで聞いているから、中身が何かは知っている。
 手を洗って蓋を開けると、柔らかそうなお肉がごろごろと入ったビーフシチューが顔を出した。

「はぁ……。まだ温めてないのに、もう美味しそうな匂いがする」

 見た瞬間にぐぅとお腹が鳴る。
 しかし葉山さんが用意してくれたのは、ビーフシチューだけではないのだ。
 冷蔵庫の扉を開けて容器を取り出し、「わぁ、これが……」と思わず声を出した。
 ガラスのバットに入った、夏野菜たっぷりのラタトゥイユ。
 まだ切り分けられていないサーモンとほうれん草のキッシュは、焼き型ごとラップをされた状態で冷蔵庫に入っている。
「好きな大きさに切ってオーブンで十分くらい温めてね」と、葉山さんは事前に教えてくれていた。
 私が一人で味わうのはもったいないし、贅沢すぎる。写真に残して、いろんな人に自慢したほうがいいんじゃないだろうか。
 ――なんて、そんなこと決してしないけれど、「匂わせ」という行為をする人の気持ちが、今なら私にも少しだけ分かる。

「お腹空いたし、さっそく食べちゃおうかな……」

 気持ちを切り替えるように独り言を言い、教えてもらった手順通りに温めてから、綺麗にお皿に盛り付ける。
 いただきますと手を合わせて、まずはビーフシチューを口に運んだ。
 美味しくて、しばらく無言のまま食事に没頭してしまう。私のためだけに用意されたものだと思うと、さらに温かく感じる気がした。
 一人での食事が味気ないなんて嘘だと思う。
 一人で食べても二人で食べても美味しいものはちゃんと美味しいし、良い食事は心にまで栄養を与えてくれる。
 もちろん葉山さんと二人で食事できた方が嬉しいけれど、一人でもこんなに幸せな気持ちで食事が出来るのだ。

「はぁ、ごちそうさまでした」

 空になった器の前で手を合わせ、スマートフォンを確認する。葉山さんからの返事はまだなかったが、「美味しかったです。ごちそうさまでした」と重ねてメッセージを送っておいた。

 片付けと入浴を済ませ、いつでも眠れる服に着替えて葉山さんの帰りを待つ。
 予定通り、二十三時に玄関扉が開く音が聞こえ、ソファから立ち上がった私は葉山さんを出迎えにいく。

「おかえりなさい」
「うん、ただいま」

 目を合わせた瞬間に、葉山さんの表情がふわりと緩む。
 この顔を向けられるだけで、私の中の不安や焦りは一気に溶けて小さくなるのだ。

「はは、本当にいてくれるんだ。嬉しいな」

 そう言いながら伸ばされた指が私の手に触れる。指の付け根から手の甲まで、なぞるように優しく撫でられ、そのままゆっくりと離れた。
 たったそれだけの動きなのに、どこかいやらしく感じてしまうのはどうしてだろう。

「先にシャワー浴びてくるね。少し待ってて」
「……うん。お仕事おつかれさま」

 今夜もするんだろうな。そう思いながら頷き、浴室に向かう葉山さんを見送る。
 そのまま私も歩き出し、一人で寝室に向かった。

 ――会うたびに、毎回葉山さんと身体を重ねている。
 初めての時は自分の身体じゃないようで少し怖いと感じたけれど、今はそれもない。ただ気持ちが良いだけで、葉山さんはすごく優しく私に触れてくれる。

(イチャイチャする前に、改めて晩ご飯のお礼を伝えないとな。さっきは言いそびれたちゃった)

 そんなことを考えながらベッドに座り、葉山さんが戻ってくるのを待つ。
 しばらく待っていると、パイル生地のルームウェアに身を包んだ葉山さんが寝室に現れた。また少しだけ濡れている毛先が可愛くて、いつもより少しだけ幼く見える。

「ごめん、待たせたね」
「大丈夫ですよ。葉山さん、まだ髪の毛乾かしてないんですか?」
「あれ? ドライヤーしたんだけどな。ちゃんと乾いてない?」
「ほら。ここ、少し濡れてます」

 腕を伸ばすと、私の目の前でわずかに葉山さんが屈んでくれた。毛先に触れると一気に距離が近付き、シャンプーの香りが鼻に届く。
 葉山さんの瞳が幸せそうに緩み、私を映してとろんと溶けた。

「もっと触って」
「ふふ、こうしてると、大きな犬を撫でてるみたいですね」
「うん。いいよ、可愛がって」

 触れていた両手を葉山さんに包まれ、甘えるように頬擦りされる。
 可愛くて、愛しい。こういう顔をしている葉山さんが、私は一番好きみたいだ。幸せだって全身で伝えてくれているようで、私のほうが嬉しくなる。

「ねぇ、真衣からキスして」
「ふふっ、はぁい」

 一度キスをすると首の後ろに手が回され、角度が固定された状態で葉山さんの舌が入ってくる。
 私の呼吸に合わせてゆっくりと舌が動かされ、丁寧に口内を撫でられると、気持ち良くて力が抜けていった。

「はぁ……っ」

 一度唇が離れても、余韻でまだ頭がふわふわしている。
 その間に身体を抱きかかえられ、ベッドの真ん中に下ろされる。被さるようにゆっくり押し倒されると、可愛かった葉山さんがいきなり大人っぽく見えてくるのだから不思議だ。

「もう、顔とろんってしてるね。可愛い」
「ん……っふ、ぁ」

 ちゅ、ちゅっと何度もキスをしながら、葉山さんは器用に私の服を脱がしていく。
 耳元に息を吹きかけられるとゾクゾクして、首筋を柔く喰まれるとぴくりと身体を揺らしてしまう。直接いやらしいところを触られなくとも、ドキドキするし気持ち良い。
 キスだけで濡れている窪みを指でなぞられ、その間にも深いキスは続けられる。ゆっくりと沈められていく指が気持ち良いところを擦り、葉山さんを受け入れるために少しずつ慣らされていく。

「あ……も、そこ気持ちっ……んっ、んぁ、はっ」
「自分で動かしちゃうくらいだもんね? 素直で可愛い」
「ふっ……ん、んんっ」

 お腹の内側を優しく押され、どんどん呼吸が乱れていく。頭の中がぼうっとして、無意識のうちに身体が動く。ゆるゆると腰を動かしながら、自ら気持ち良いところに葉山さんの指を当てにいく。
 しかし私が自ら動かなくとも、葉山さんは私の弱点を知っているのだ。焦らすように指を動かし、私の反応を見ながら抜き差しを繰り返す。
 限界が近付き私が達しそうになると、葉山さんは一度動かすのを止めてしまう。ゆっくり指を引き抜くと私の耳元に口を寄せ、甘い声で囁きながら息を吹きかける。

「可愛い。一緒にイこうね」
「ん……いっしょにいく……。ここ、葉山さんの挿れて」

 興奮しきった目を向けられるとゾクゾクする。手早くゴムを着けた葉山さんのものが挿入されると、その刺激だけで私は軽くイってしまった。

「あ、っふ……んん」
「はっ……挿れただけなのに先にイッちゃった? 今、すっごい締まったね」
「あ……ごめ、ごめんなさ……っも、きもちくて……」
「いいよ。もう一回イケる?」
「ん……。イく、葉山さんと一緒にイく……」

 深いキスをしながら腰を押しつけられ、一番奥まで葉山さんが入ってくる。
 葉山さんが動くたびに声を出してしまい、気持ち良くてもう何も考えられない。
 これ好き。もっといっぱいして欲しい。気持ち良い。
 そんなことを言いながら、葉山さんの背中に腕を回してキスをねだる。
 イキそう、イッちゃう、我慢できなくなる。そんなタイミングで、私の陰核を撫でるように葉山さんが手を伸ばす。
 同時に触られると堪らなく気持ち良いのだと、分かっていて葉山さんはやっているのだ。

「っあ……それ、また気持ち良くなっちゃうから……」
「うん、なって欲しいな。そのほうが僕も気持ち良い」
「うぁ、んん……っ、あ、葉山さん。も、私またイッちゃう……あっ、一緒にするのずるい……っン」
「ん……っは、僕もイキそ……」

 挿れながら陰核を指で摘まれ、虐められるとびくびくと腰が跳ねる。
 下腹部に甘い痺れが広がり、私が達するのと同時に葉山さんも精を吐き出した。

 ――行為が終わったあと、いつも意識がふわふわしている。
 身体を拭いてもらってから服を着て、葉山さんに抱きしめられながらベッドに横になる瞬間は、セックスよりも気持ち良い。
 心なしか葉山さんもほわほわした空気を纏っている気がして、一緒にいると安心する。

(少しでも長く、こういう関係でいたいなぁ)

 葉山さんのことを知って、自分との差を感じるたびに考えてしまうことがある。
 幸せな時間に浸るほど、その不安はどんどん大きくなっていった。
 こういう形の幸せに、正直私は慣れていないのだ。
 与えてもらうばかりで何を返せるのか分からないまま、ただ葉山さんを想う気持ちだけが大きくなって、それと同じだけ不安も募る。
 葉山さんが私のどんなところを好いてくれているのかもよく分からず、甘やかされるだけの付き合い方を少しだけ怖く感じてしまう。

(明確な差があることが、なんだか分厚い壁みたいだ)

 偶然が重ならなければ出会うはずのなかった人。踏み込めない一線。遠い存在。
 いろんな壁がある気がして、簡単には取り払えない。
 今日、葉山さんが帰ってくるまで、長い時間を一人で過ごしたせいだろうか。
 募った不安と焦りが胸にこびりついて、簡単には消えてくれなかった。

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