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一枚
――出張三日目、昼過ぎ。
メンテナンス担当者の車の中で、私は必死に顔が引き攣りそうになるのを抑えていた。
「……明日の午前中ですか?」
「はい。ぜひ香月さんにも一緒に立ち合っていただきたいと先方から言われていて……。お願いできますか?」
今回のようなトラブルが再発しないように、予備として新しい機械を導入してもらうことになった。その設置が明日の午前中で、私も一緒にその場で確認することを先方に求められている。
そんな説明を聞きながら頭によぎったのは、葉山さんのことだった。
(仕事で来ているのに、彼氏に会いたいから帰りたいなんて言えないしなぁ……)
今回は全面的にこちらが迷惑をかけているのだ。そんなプライベートな理由で、顧客の指名を断れるはずがない。
明日の昼には帰してもらえるし、半日帰宅がずれるだけ。そう自分に言い聞かせ、溜息が溢れそうになるのを必死に堪えて笑顔を作る。
「……もちろん、大丈夫ですよ。明日の十時からですね」
安心したように笑い、「それじゃあよろしくお願いします!」と言った彼の隣で、ちらりと時間を確認する。
(今の時間なら、少しは葉山さんと話す時間があるかな)
メッセージを送れば済む話かもしれない。だけどもう、昨日のような勘違いはさせたくないのだ。
ちゃんと分かってもらうためには、文字ではなく声で伝えたほうがいい気がする。
支社に寄ったタイミングで、少し電話をしてくると言って席を外し、人気のない備品倉庫の裏で葉山さんに電話をかけた。
十秒ほど待ったタイミングで、葉山さんが電話に出る。
「真衣? どうしたの」
「葉山さんごめんなさい。今日帰れなくなって……だから家に、」
「無理」
家に行けるのは明日になります、と。そう最後まで伝える前に、葉山さんの一言に私の声は制される。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「え……?」
「出ていくのも急だったし、変に長引くね。本当に出張なの? 僕があんなことしたからもう会うのが嫌になっただけじゃない?」
葉山さんの声なのに、知らない人の声のようで肝が冷える。
緊張で喉がひりつき、一拍遅れて出た私の声はわずかに震えていた。
「っあ、そんな……嫌になんてなってないです。ごめんなさい、あの、明日にはちゃんと……」
「初めて家に来てくれた時、真衣が寝ている間に写真を撮った」
「え……?」
急に何の話が始まったのか分からず、ハテナを浮かべて一瞬固まる。
話の通じない私に呆れたのか、向こうで葉山さんが溜息を吐いた音が聞こえた。
「えっと、写真ですか……? 何の話……」
「人に見られたくない格好してると思うけど、こんなの僕が持ってても平気? 会って話してくれないと、僕が何するか分からないでしょ」
そこまで言われてようやく、自分が脅されているのだと理解する。
初めて家に行った時――つまりは、葉山さんと付き合うことになった夜のことだろう。
葉山さんのベッドでいろいろして、私は裸で眠ってしまった。その間に撮られた写真と聞いて、最悪な姿が頭を過ぎる。
「あ……え? な、なんで……?」
「約束通り今夜来てよ。ちゃんと話そう」
「でも……あの、本当に今日は行けない。あ、明日じゃないと帰れないから……」
「明日なら絶対に来てくれるの? 時間は? 約束してくれるならその時間まで待つよ」
待つというのは、その時間に間に合わなければ写真を撒くという意味だろうか。
葉山さんがそんなことをするわけがないのに、こんな会話をしているせいで不安になる。
電話越しに聞く声が、知らない人のもののようで怖い。葉山さんの考えていることが分からなくて、泣きそうになりながら帰れそうな時間を伝えた。
どうにか電話を終えて、ふーっとその場で大きく息を吐く。
(今、私はいったい誰と話していたんだろう……)
葉山さんじゃない人だったらいいのに。
写真を撮っていたとか、それを使って脅すとか、葉山さんがしたことだと思いたくない。
ふらふらと歩いて営業所に戻ると、「顔色が悪いけど大丈夫ですか」と声を掛けられた。自分がどんな顔をしているのか分からないけれど、誰かに相談できる内容ではない。
誤魔化すように笑いながら、大丈夫ですと伝えて仕事に戻った。
その日の夜、どんな写真か見せて欲しいとメッセージを送ったけれど、葉山さんから返信はこなかった。
悪いことばかり考えてほとんど眠れず、翌日。
出張最後の仕事を寝不足の中でどうにかこなし、私は時間通りに帰りの新幹線に乗り込んだ。会社に寄って報告を済ませ、今日は早めに退勤する。
これから真っ直ぐに向かうのは葉山さんの部屋だ。
(今日お休みのはずだし、たぶん家にいてくれるよね)
様子がおかしかった昨日の葉山さんを思い出し、今から行きますとメッセージを送る。どれだけ待っても返信はなく、戸惑いを引きずった状態でマンションに到着した。
鞄からキーケースを取り出し、ゆっくりと鍵を開ける。
扉を開こうとした瞬間、急に開いたドアの隙間から腕が伸ばされ、手首を掴まれると同時に部屋の中に引きずりこまれた。
勢いと迫力が、まるでホラー映画のようだった。
「は、葉山さん……?」
思いっきり引っ張られたせいで、少しだけ腕が痛い。
しかしそんな苦情も言えないような状況で、目の前に立つ葉山さんの顔を見上げる。
無言で見下ろされたまま、壁際に追い込まれる。視界の端で、葉山さんが施錠したのが見えた。
「びっ、びっくりしました。いきなり引っ張られると思ってなくて……」
「……うん。ごめん」
ドッドッドッと、心臓がいつもの倍の大きさで鳴っている。
私の腕を掴んでいるのは葉山さんで、その表情はひどく沈んでいた。
長い前髪に覆われているから、そう見えるだけなのだろうか。目にかかる髪が陰になり、瞳からは完全にハイライトが消えている。
「あの、あ、そうだこれ。お土産のチーズケーキなんですけど……」
「僕と結婚して」
「え?」
「同棲してもいいって思ってくれたんでしょ? 嘘じゃないなら結婚してよ」
玄関で靴すら脱がず、こんな深刻な顔をしてする話ではないと思う。
プロポーズされた? と浮かれるような雰囲気でもなく、それどころか葉山さんは、今にも倒れそうなくらいに顔色が悪い。
私に遺書を渡してきた時よりも、ずっと暗い表情をしているように見える。
「あの、大丈夫ですか? 葉山さん、あんまり顔色が……」
「やっぱり返事はしてくれないの?」
「えっ? あ、返事……」
さすがに何も分からない状態で「結婚します」と答えることはできず、「同棲からじゃだめなんですか……?」と弱々しく返す。
私の服装と、荷物。お土産の袋。何かを確認するように、ゆっくりと葉山さんの視線が動く。表情を歪めたままの葉山さんが、はぁ……と深く息を吐いた。
「……出張、本当だったんだよね。ごめん、困らせること言った」
「あ……。そう、です。そういえばあの、電話で言ってた写真って……」
「話す前に移動しようか。仕事で疲れてるのに、こんなところで立ちっぱなしにさせてごめんね」
私よりもずっと疲れていそうな葉山さんが、力無く笑って優しく私の手を引く。
無理して作った笑顔だと、分かっているのに何も言えない。ただ無言で葉山さんの後ろをついて歩き、リビングのソファに腰掛けた。
話を切り出すきっかけを迷って数秒。先に動いたのは葉山さんで、「はい」と言いながら私に自身のスマートフォンを手渡す。
表示されていたのは、寝ている私の写真だった。
「え、っと……?」
「言ってた写真。僕がどんなもの撮ってたか、ちゃんと見せないと不安でしょ」
確かに昨日はとても不安で、悪い想像ばかりしてしまった。
しかし実際に見せられた写真は、ただ布団を被って寝ている自分の姿だ。
腕と背中が少し見えていて、服を着ていないことは分かる。しかし、ちゃんと布団を被っていて大切なところは隠れているし、横向きで髪が乱れているせいで、しっかりと顔も映っていない。
寝顔だし、事後。確かに恥ずかしい写真ではあるけれど、私が不安になるほどの破壊力はなかった。
「……? えっと、どうしてこんな写真撮ったんですか……?」
純粋に湧いた疑問に、葉山さんはしばらく口籠もる。
私の手からゆっくりとスマホを引き抜くと、伏せるようにテーブルに置いた。
「初めて抱いた日。僕はすごく幸せだったけど、全部お酒のせいだって真衣が必死に言ってくるから、朝になったら振られると思ったんだよね」
「あ……あれは私の言い方が悪くて、勘違いしないで欲しいって、朝……ちゃんと話したのに……」
「うん。でも写真を撮った時はまだ真衣の気持ちが分からなかったから。お酒のせいにして真衣が忘れてるなら、これを一緒に寝た証拠にしようと思ったし、写真を撮ったってことだけ伝えたら、僕と別れにくくなるかと思って……だから撮った。ごめん」
勝手に写真を撮られたと知って、確かに昨日の私は不安になっていた。誰にも見せられないような姿を撮られたと思って葉山さんを疑っていたし、今でもまだ、本当にこの写真だけなのかと不安が残っている。
「あの、この日の写真って……他には何もないんですか……?」
「撮ってないよ。気になるなら僕が持ってるもの全部チェックしてくれていい。本当に駄目なもの撮ったら一生付き合ってもらえないだろうなって考え出したら、結局それ一枚撮るのが限界だった」
言いにくい話題を振ると、気まずそうな顔をしながらも、決して嘘はつかずに話してくれる。
おそらく本当に、持っているのはこの写真だけなのだろう。
(もしもあの日の朝、写真を撮ったって葉山さんに言われていたら、私はどうしていただろう)
あの時点でかなり葉山さんに惹かれていたし、もうしないでくださいと伝えるだけで、付き合わないという選択はしなかったように思う。
それでも、何をしてでも引き止めたいとか、絶対に別れたくないと思うほどに大きい気持ちは、あの頃の私はまだ持っていなかった。
知り合ってから、まだ三回しか会っていない状態だ。そのうちの一回は、葉山さんに看病しにきてもらっただけ。優しくしてもらった私のほうならともかく、葉山さんが私をここまで好きになるような場面は何もなかった。
それなのにどうして、葉山さんはそんなに早い段階から、私のことを好きだと思ってくれたのだろう。
――ずっと気にしないようにしていた違和感が、どんどん胸の中で広がっていく。
「引かれるって思ってたし、盗撮されたって知ったら不信感を持たれるって分かってたから、こんな写真撮ってたなんて一生話すつもりなかったんだけどな」
ぽつりと溢された葉山さんの声に、落としていた視線をゆっくりと上げていく。顔を見ても、葉山さんが何を考えているのかよく分からない。
「昨日の電話……少し脅されているように聞こえたから、もっと変な写真を撮られてるのかと思ってました」
「脅したんだよ。そうでもしなきゃ、もう会ってくれないと思ってたから」
「は……」
「これが大したことない写真なのは分かってるよ。どんな写真なのか見せたら脅しの材料にもならないよね。ただ、真衣をもう一度家に呼ぶ口実には使えるかなって考えてたら、そのまま口に出してた」
昨日の電話と、メッセージの返信がなかったこと。思い出した瞬間に葉山さんに距離を詰められ、びくりと指先が震えた。
「自分勝手な理由で手を出した翌日に、僕のいない時間を狙って荷物を持って出ていくし、嫌いにならないって言ってくれたのはその場を誤魔化すための嘘だったのかなって思って本気で焦った。電話したら真衣から同棲の話を出してくれて少し安心したけど、やっぱり帰れないって言い出すからもう無理なんだなって思ったよ。このままフェードアウトするつもりなんだと思ってた」
ただの勘違いだったよ。ごめんね。と、笑って言ってくれたらすぐに終わる話なのに、葉山さんの表情はずっと暗いままだ。
私が仕事で留守にしていたと分かってくれたはずなのに、信用してもらうにはまだ何か足りないのだろうか。
どうしてこんなに……と考え出すと、ひとつの可能性に行き当たる。
「……誰かにフェードアウトされたこと、あるんですか?」
ほとんど確信して葉山さんに尋ねた。
一瞬動揺した葉山さんを見て、やっぱりな、と思う。
答えにくい話題になった時、葉山さんは誤魔化すように話を変えたり、言い淀んだりすることはある。だけど葉山さんは、決して嘘を言ったりしない。
「あー……そう、だね。時間が合わなくて、結局そうなった人もいたよ。でも、真衣とは絶対に駄目になりたくないから」
そう言われて、これまでの葉山さんとのやり取りを思い出す。
付き合って早々に合鍵を渡されたのは、忙しい中でわざわざ会う時間を作るのが大変だからという理由だった。献身的に尽くされているようで、危うく依存してしまいそうな生活を提供されていたのに、私からは何も返せていない。それなのに葉山さんは、少しのかけ違いでここまで焦って不安になる。
私が相手であることは関係なく、葉山さんは恋人から別れを切り出されることを、極端に恐れているように感じてしまう。
(あんまり話したくなさそうだったけど、どこまでなら突っ込んで聞いてもいいんだろう……)
付き合う前に遺書について尋ね、あまり思い出したくないのだと、はぐらかされたことを思い出す。
葉山さんのことをよく知らなかったあの時。私はてっきり、仕事のことで苦しんで自殺を考えていると思っていた。
しかし葉山さんは、人気フレンチレストランのオーナーシェフだ。仕事で結果を出していて、お店で働いている人とも仲が良さそうだった。
そんな葉山さんが死にたいと思うくらいに傷ついた原因で、私なんかに縋りつくように乗り換えた理由。――そんなの、ひとつしか思い浮かばない。
いろんなことが繋がっていき、すっと心が冷えていく。
(私って本当に、葉山さんが弱っている時に偶然近くにいただけなんだろうな)
無意識のうちに蓋をして、考えないようにしていたのだろう。
こんなこと、ずっと気付かないままでいたかった。
葉山さんの前の彼女は、急に姿をくらませたりしたのだろうか。
「私は……黙っていなくなったりしないです。だから写真使って脅すようなこと、もうしないでください」
すぐに「分かったよ、ごめんね」と言ってくれるものかと思っていた。
しかし私の予想に反して、葉山さんはスッと瞳を伏せてから、冷たい声で話題を変える。
「真衣は今、自分がどこにいるのか分かってる?」
「えっと、葉山さんの家ですけど……」
「そうだね。少し話すだけで帰してもらえると思った?」
「え……?」
肩を押され、バランスを崩した身体がそのままソファに押し倒される。
葉山さん越しに、明るい天井が見えた。
「同棲じゃなくて結婚がしたい。返事してくれる?」
「え? あ、あの……?」
「それとも本当に円満な別れ話ができると思ってここに来たの?」
「――っ」
葉山さんの表情が、駅のホームで初めて話しかけられた時のものに重なる。
いや、あの時よりもっと、ずっと――私を見下ろす瞳が暗い。
「真衣が僕と別れるつもりなら、またここで……」
「葉山さん!」
いったいどんな終わり方をしたら、ここまで必死になれるのだろう。別れ話をされることが、それほどトラウマになっているのだろうか。
何をされたのか本当に心配になる。
(いや、葉山さんにとって、きっとそれだけ大きな存在の人だったんだろうな)
葉山さんが結婚をしたいのは、私じゃなくてその人のほうなのだろう。会ったこともない相手なのに、嫉妬して苦しくなる。
「……葉山さんは、今までどんな人と付き合ってたの?」
「どんなって……そんなこと聞いてどうするの?」
確かに、聞いてもどうしようもないことかもしれない。
それでも気になってしまうのだから、もう仕方ないだろう。
「し、知りたい……から」
じっと目を見ながら訴えると、何かを考え込むように葉山さんが表情を曇らせる。
「真衣が聞いて楽しいことなんて何もないと思うけど」と前置きをしてから、しぶしぶと言った様子で話を聞かせてくれた。
「最後に女性と付き合っていたのはパリにいた頃で……、半年くらいの付き合いだったかな。僕のほうが仕事で忙しくて、あまり会う時間が持てないでいたら、彼女から他に好きな人ができたからって振られておしまい。日本に戻ってからはすぐに自分の店を出して、しばらくは忙しくて仕事のことしか考えてなかったから、恋人が欲しいと思うこともなかった。付き合いたいって思ったのは真衣だけで、こっちに戻ってきてから初めての恋人。……他に、何か気になることはある?」
「え……? あ、えっと、未練がある人はいないんですか?」
「はは……いるわけないでしょ。ずっと真衣だけが好きだよ。なんでそんなこと言うの?」
顔が近付き、唇が触れそうになった。
今キスをするのはよくない気がして、逃げるように顔を背ける。
葉山さんが退いてくれる気配がなく、体勢を変えることはできない。押し倒されたままで話しにくいけれど、ちゃんと今、葉山さんと話をするべきだと思った。
「私……本当に葉山さんに好きになってもらえる理由が思い当たらなくて……。葉山さんはただ、弱ってるところを付け込まれただけだと思うから」
「……付け込まれたって、僕が?」
「だって、ここまで大切にしてもらえる理由、私にはないです。それに私……別に優しい人間ってわけでもなくて、一度目の前で線路に飛び込まれた経験があるから、もう遺書なんて受け取りたくなかっただけなんです。あの日葉山さんを連れ出したのは少しでも考え直して欲しかったからで、私は葉山さんが思っているような善人でもないし、偶然居合わせただけなのにいろいろしてもらってばかりで、本当に騙してるみたいで罪悪感が……」
「ちょっと待って。……え? ごめん。何の話? 遺書って何のこと?」
「へ……?」
数秒固まったまま、二人の間に無言の時間が流れる。
お互いに相手の真意を測ろうとして、ただ呆然とお互いの顔を見つめた。
「……弱ってる時に優しくされて好きになったっていうのは、真衣の話だったよね?」
確認するように言われた葉山さんの問いかけに、私は本気で首を傾げることになった。
メンテナンス担当者の車の中で、私は必死に顔が引き攣りそうになるのを抑えていた。
「……明日の午前中ですか?」
「はい。ぜひ香月さんにも一緒に立ち合っていただきたいと先方から言われていて……。お願いできますか?」
今回のようなトラブルが再発しないように、予備として新しい機械を導入してもらうことになった。その設置が明日の午前中で、私も一緒にその場で確認することを先方に求められている。
そんな説明を聞きながら頭によぎったのは、葉山さんのことだった。
(仕事で来ているのに、彼氏に会いたいから帰りたいなんて言えないしなぁ……)
今回は全面的にこちらが迷惑をかけているのだ。そんなプライベートな理由で、顧客の指名を断れるはずがない。
明日の昼には帰してもらえるし、半日帰宅がずれるだけ。そう自分に言い聞かせ、溜息が溢れそうになるのを必死に堪えて笑顔を作る。
「……もちろん、大丈夫ですよ。明日の十時からですね」
安心したように笑い、「それじゃあよろしくお願いします!」と言った彼の隣で、ちらりと時間を確認する。
(今の時間なら、少しは葉山さんと話す時間があるかな)
メッセージを送れば済む話かもしれない。だけどもう、昨日のような勘違いはさせたくないのだ。
ちゃんと分かってもらうためには、文字ではなく声で伝えたほうがいい気がする。
支社に寄ったタイミングで、少し電話をしてくると言って席を外し、人気のない備品倉庫の裏で葉山さんに電話をかけた。
十秒ほど待ったタイミングで、葉山さんが電話に出る。
「真衣? どうしたの」
「葉山さんごめんなさい。今日帰れなくなって……だから家に、」
「無理」
家に行けるのは明日になります、と。そう最後まで伝える前に、葉山さんの一言に私の声は制される。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「え……?」
「出ていくのも急だったし、変に長引くね。本当に出張なの? 僕があんなことしたからもう会うのが嫌になっただけじゃない?」
葉山さんの声なのに、知らない人の声のようで肝が冷える。
緊張で喉がひりつき、一拍遅れて出た私の声はわずかに震えていた。
「っあ、そんな……嫌になんてなってないです。ごめんなさい、あの、明日にはちゃんと……」
「初めて家に来てくれた時、真衣が寝ている間に写真を撮った」
「え……?」
急に何の話が始まったのか分からず、ハテナを浮かべて一瞬固まる。
話の通じない私に呆れたのか、向こうで葉山さんが溜息を吐いた音が聞こえた。
「えっと、写真ですか……? 何の話……」
「人に見られたくない格好してると思うけど、こんなの僕が持ってても平気? 会って話してくれないと、僕が何するか分からないでしょ」
そこまで言われてようやく、自分が脅されているのだと理解する。
初めて家に行った時――つまりは、葉山さんと付き合うことになった夜のことだろう。
葉山さんのベッドでいろいろして、私は裸で眠ってしまった。その間に撮られた写真と聞いて、最悪な姿が頭を過ぎる。
「あ……え? な、なんで……?」
「約束通り今夜来てよ。ちゃんと話そう」
「でも……あの、本当に今日は行けない。あ、明日じゃないと帰れないから……」
「明日なら絶対に来てくれるの? 時間は? 約束してくれるならその時間まで待つよ」
待つというのは、その時間に間に合わなければ写真を撒くという意味だろうか。
葉山さんがそんなことをするわけがないのに、こんな会話をしているせいで不安になる。
電話越しに聞く声が、知らない人のもののようで怖い。葉山さんの考えていることが分からなくて、泣きそうになりながら帰れそうな時間を伝えた。
どうにか電話を終えて、ふーっとその場で大きく息を吐く。
(今、私はいったい誰と話していたんだろう……)
葉山さんじゃない人だったらいいのに。
写真を撮っていたとか、それを使って脅すとか、葉山さんがしたことだと思いたくない。
ふらふらと歩いて営業所に戻ると、「顔色が悪いけど大丈夫ですか」と声を掛けられた。自分がどんな顔をしているのか分からないけれど、誰かに相談できる内容ではない。
誤魔化すように笑いながら、大丈夫ですと伝えて仕事に戻った。
その日の夜、どんな写真か見せて欲しいとメッセージを送ったけれど、葉山さんから返信はこなかった。
悪いことばかり考えてほとんど眠れず、翌日。
出張最後の仕事を寝不足の中でどうにかこなし、私は時間通りに帰りの新幹線に乗り込んだ。会社に寄って報告を済ませ、今日は早めに退勤する。
これから真っ直ぐに向かうのは葉山さんの部屋だ。
(今日お休みのはずだし、たぶん家にいてくれるよね)
様子がおかしかった昨日の葉山さんを思い出し、今から行きますとメッセージを送る。どれだけ待っても返信はなく、戸惑いを引きずった状態でマンションに到着した。
鞄からキーケースを取り出し、ゆっくりと鍵を開ける。
扉を開こうとした瞬間、急に開いたドアの隙間から腕が伸ばされ、手首を掴まれると同時に部屋の中に引きずりこまれた。
勢いと迫力が、まるでホラー映画のようだった。
「は、葉山さん……?」
思いっきり引っ張られたせいで、少しだけ腕が痛い。
しかしそんな苦情も言えないような状況で、目の前に立つ葉山さんの顔を見上げる。
無言で見下ろされたまま、壁際に追い込まれる。視界の端で、葉山さんが施錠したのが見えた。
「びっ、びっくりしました。いきなり引っ張られると思ってなくて……」
「……うん。ごめん」
ドッドッドッと、心臓がいつもの倍の大きさで鳴っている。
私の腕を掴んでいるのは葉山さんで、その表情はひどく沈んでいた。
長い前髪に覆われているから、そう見えるだけなのだろうか。目にかかる髪が陰になり、瞳からは完全にハイライトが消えている。
「あの、あ、そうだこれ。お土産のチーズケーキなんですけど……」
「僕と結婚して」
「え?」
「同棲してもいいって思ってくれたんでしょ? 嘘じゃないなら結婚してよ」
玄関で靴すら脱がず、こんな深刻な顔をしてする話ではないと思う。
プロポーズされた? と浮かれるような雰囲気でもなく、それどころか葉山さんは、今にも倒れそうなくらいに顔色が悪い。
私に遺書を渡してきた時よりも、ずっと暗い表情をしているように見える。
「あの、大丈夫ですか? 葉山さん、あんまり顔色が……」
「やっぱり返事はしてくれないの?」
「えっ? あ、返事……」
さすがに何も分からない状態で「結婚します」と答えることはできず、「同棲からじゃだめなんですか……?」と弱々しく返す。
私の服装と、荷物。お土産の袋。何かを確認するように、ゆっくりと葉山さんの視線が動く。表情を歪めたままの葉山さんが、はぁ……と深く息を吐いた。
「……出張、本当だったんだよね。ごめん、困らせること言った」
「あ……。そう、です。そういえばあの、電話で言ってた写真って……」
「話す前に移動しようか。仕事で疲れてるのに、こんなところで立ちっぱなしにさせてごめんね」
私よりもずっと疲れていそうな葉山さんが、力無く笑って優しく私の手を引く。
無理して作った笑顔だと、分かっているのに何も言えない。ただ無言で葉山さんの後ろをついて歩き、リビングのソファに腰掛けた。
話を切り出すきっかけを迷って数秒。先に動いたのは葉山さんで、「はい」と言いながら私に自身のスマートフォンを手渡す。
表示されていたのは、寝ている私の写真だった。
「え、っと……?」
「言ってた写真。僕がどんなもの撮ってたか、ちゃんと見せないと不安でしょ」
確かに昨日はとても不安で、悪い想像ばかりしてしまった。
しかし実際に見せられた写真は、ただ布団を被って寝ている自分の姿だ。
腕と背中が少し見えていて、服を着ていないことは分かる。しかし、ちゃんと布団を被っていて大切なところは隠れているし、横向きで髪が乱れているせいで、しっかりと顔も映っていない。
寝顔だし、事後。確かに恥ずかしい写真ではあるけれど、私が不安になるほどの破壊力はなかった。
「……? えっと、どうしてこんな写真撮ったんですか……?」
純粋に湧いた疑問に、葉山さんはしばらく口籠もる。
私の手からゆっくりとスマホを引き抜くと、伏せるようにテーブルに置いた。
「初めて抱いた日。僕はすごく幸せだったけど、全部お酒のせいだって真衣が必死に言ってくるから、朝になったら振られると思ったんだよね」
「あ……あれは私の言い方が悪くて、勘違いしないで欲しいって、朝……ちゃんと話したのに……」
「うん。でも写真を撮った時はまだ真衣の気持ちが分からなかったから。お酒のせいにして真衣が忘れてるなら、これを一緒に寝た証拠にしようと思ったし、写真を撮ったってことだけ伝えたら、僕と別れにくくなるかと思って……だから撮った。ごめん」
勝手に写真を撮られたと知って、確かに昨日の私は不安になっていた。誰にも見せられないような姿を撮られたと思って葉山さんを疑っていたし、今でもまだ、本当にこの写真だけなのかと不安が残っている。
「あの、この日の写真って……他には何もないんですか……?」
「撮ってないよ。気になるなら僕が持ってるもの全部チェックしてくれていい。本当に駄目なもの撮ったら一生付き合ってもらえないだろうなって考え出したら、結局それ一枚撮るのが限界だった」
言いにくい話題を振ると、気まずそうな顔をしながらも、決して嘘はつかずに話してくれる。
おそらく本当に、持っているのはこの写真だけなのだろう。
(もしもあの日の朝、写真を撮ったって葉山さんに言われていたら、私はどうしていただろう)
あの時点でかなり葉山さんに惹かれていたし、もうしないでくださいと伝えるだけで、付き合わないという選択はしなかったように思う。
それでも、何をしてでも引き止めたいとか、絶対に別れたくないと思うほどに大きい気持ちは、あの頃の私はまだ持っていなかった。
知り合ってから、まだ三回しか会っていない状態だ。そのうちの一回は、葉山さんに看病しにきてもらっただけ。優しくしてもらった私のほうならともかく、葉山さんが私をここまで好きになるような場面は何もなかった。
それなのにどうして、葉山さんはそんなに早い段階から、私のことを好きだと思ってくれたのだろう。
――ずっと気にしないようにしていた違和感が、どんどん胸の中で広がっていく。
「引かれるって思ってたし、盗撮されたって知ったら不信感を持たれるって分かってたから、こんな写真撮ってたなんて一生話すつもりなかったんだけどな」
ぽつりと溢された葉山さんの声に、落としていた視線をゆっくりと上げていく。顔を見ても、葉山さんが何を考えているのかよく分からない。
「昨日の電話……少し脅されているように聞こえたから、もっと変な写真を撮られてるのかと思ってました」
「脅したんだよ。そうでもしなきゃ、もう会ってくれないと思ってたから」
「は……」
「これが大したことない写真なのは分かってるよ。どんな写真なのか見せたら脅しの材料にもならないよね。ただ、真衣をもう一度家に呼ぶ口実には使えるかなって考えてたら、そのまま口に出してた」
昨日の電話と、メッセージの返信がなかったこと。思い出した瞬間に葉山さんに距離を詰められ、びくりと指先が震えた。
「自分勝手な理由で手を出した翌日に、僕のいない時間を狙って荷物を持って出ていくし、嫌いにならないって言ってくれたのはその場を誤魔化すための嘘だったのかなって思って本気で焦った。電話したら真衣から同棲の話を出してくれて少し安心したけど、やっぱり帰れないって言い出すからもう無理なんだなって思ったよ。このままフェードアウトするつもりなんだと思ってた」
ただの勘違いだったよ。ごめんね。と、笑って言ってくれたらすぐに終わる話なのに、葉山さんの表情はずっと暗いままだ。
私が仕事で留守にしていたと分かってくれたはずなのに、信用してもらうにはまだ何か足りないのだろうか。
どうしてこんなに……と考え出すと、ひとつの可能性に行き当たる。
「……誰かにフェードアウトされたこと、あるんですか?」
ほとんど確信して葉山さんに尋ねた。
一瞬動揺した葉山さんを見て、やっぱりな、と思う。
答えにくい話題になった時、葉山さんは誤魔化すように話を変えたり、言い淀んだりすることはある。だけど葉山さんは、決して嘘を言ったりしない。
「あー……そう、だね。時間が合わなくて、結局そうなった人もいたよ。でも、真衣とは絶対に駄目になりたくないから」
そう言われて、これまでの葉山さんとのやり取りを思い出す。
付き合って早々に合鍵を渡されたのは、忙しい中でわざわざ会う時間を作るのが大変だからという理由だった。献身的に尽くされているようで、危うく依存してしまいそうな生活を提供されていたのに、私からは何も返せていない。それなのに葉山さんは、少しのかけ違いでここまで焦って不安になる。
私が相手であることは関係なく、葉山さんは恋人から別れを切り出されることを、極端に恐れているように感じてしまう。
(あんまり話したくなさそうだったけど、どこまでなら突っ込んで聞いてもいいんだろう……)
付き合う前に遺書について尋ね、あまり思い出したくないのだと、はぐらかされたことを思い出す。
葉山さんのことをよく知らなかったあの時。私はてっきり、仕事のことで苦しんで自殺を考えていると思っていた。
しかし葉山さんは、人気フレンチレストランのオーナーシェフだ。仕事で結果を出していて、お店で働いている人とも仲が良さそうだった。
そんな葉山さんが死にたいと思うくらいに傷ついた原因で、私なんかに縋りつくように乗り換えた理由。――そんなの、ひとつしか思い浮かばない。
いろんなことが繋がっていき、すっと心が冷えていく。
(私って本当に、葉山さんが弱っている時に偶然近くにいただけなんだろうな)
無意識のうちに蓋をして、考えないようにしていたのだろう。
こんなこと、ずっと気付かないままでいたかった。
葉山さんの前の彼女は、急に姿をくらませたりしたのだろうか。
「私は……黙っていなくなったりしないです。だから写真使って脅すようなこと、もうしないでください」
すぐに「分かったよ、ごめんね」と言ってくれるものかと思っていた。
しかし私の予想に反して、葉山さんはスッと瞳を伏せてから、冷たい声で話題を変える。
「真衣は今、自分がどこにいるのか分かってる?」
「えっと、葉山さんの家ですけど……」
「そうだね。少し話すだけで帰してもらえると思った?」
「え……?」
肩を押され、バランスを崩した身体がそのままソファに押し倒される。
葉山さん越しに、明るい天井が見えた。
「同棲じゃなくて結婚がしたい。返事してくれる?」
「え? あ、あの……?」
「それとも本当に円満な別れ話ができると思ってここに来たの?」
「――っ」
葉山さんの表情が、駅のホームで初めて話しかけられた時のものに重なる。
いや、あの時よりもっと、ずっと――私を見下ろす瞳が暗い。
「真衣が僕と別れるつもりなら、またここで……」
「葉山さん!」
いったいどんな終わり方をしたら、ここまで必死になれるのだろう。別れ話をされることが、それほどトラウマになっているのだろうか。
何をされたのか本当に心配になる。
(いや、葉山さんにとって、きっとそれだけ大きな存在の人だったんだろうな)
葉山さんが結婚をしたいのは、私じゃなくてその人のほうなのだろう。会ったこともない相手なのに、嫉妬して苦しくなる。
「……葉山さんは、今までどんな人と付き合ってたの?」
「どんなって……そんなこと聞いてどうするの?」
確かに、聞いてもどうしようもないことかもしれない。
それでも気になってしまうのだから、もう仕方ないだろう。
「し、知りたい……から」
じっと目を見ながら訴えると、何かを考え込むように葉山さんが表情を曇らせる。
「真衣が聞いて楽しいことなんて何もないと思うけど」と前置きをしてから、しぶしぶと言った様子で話を聞かせてくれた。
「最後に女性と付き合っていたのはパリにいた頃で……、半年くらいの付き合いだったかな。僕のほうが仕事で忙しくて、あまり会う時間が持てないでいたら、彼女から他に好きな人ができたからって振られておしまい。日本に戻ってからはすぐに自分の店を出して、しばらくは忙しくて仕事のことしか考えてなかったから、恋人が欲しいと思うこともなかった。付き合いたいって思ったのは真衣だけで、こっちに戻ってきてから初めての恋人。……他に、何か気になることはある?」
「え……? あ、えっと、未練がある人はいないんですか?」
「はは……いるわけないでしょ。ずっと真衣だけが好きだよ。なんでそんなこと言うの?」
顔が近付き、唇が触れそうになった。
今キスをするのはよくない気がして、逃げるように顔を背ける。
葉山さんが退いてくれる気配がなく、体勢を変えることはできない。押し倒されたままで話しにくいけれど、ちゃんと今、葉山さんと話をするべきだと思った。
「私……本当に葉山さんに好きになってもらえる理由が思い当たらなくて……。葉山さんはただ、弱ってるところを付け込まれただけだと思うから」
「……付け込まれたって、僕が?」
「だって、ここまで大切にしてもらえる理由、私にはないです。それに私……別に優しい人間ってわけでもなくて、一度目の前で線路に飛び込まれた経験があるから、もう遺書なんて受け取りたくなかっただけなんです。あの日葉山さんを連れ出したのは少しでも考え直して欲しかったからで、私は葉山さんが思っているような善人でもないし、偶然居合わせただけなのにいろいろしてもらってばかりで、本当に騙してるみたいで罪悪感が……」
「ちょっと待って。……え? ごめん。何の話? 遺書って何のこと?」
「へ……?」
数秒固まったまま、二人の間に無言の時間が流れる。
お互いに相手の真意を測ろうとして、ただ呆然とお互いの顔を見つめた。
「……弱ってる時に優しくされて好きになったっていうのは、真衣の話だったよね?」
確認するように言われた葉山さんの問いかけに、私は本気で首を傾げることになった。
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