文字の大きさ
大
中
小
68 / 299
5巻
5-3
「扉が、開くぞ」
これ結界しておくべき? 熱くて死んじゃったりしない? 試練に魔法の補助は無効とか言わないよな。
だからそもそも試練って何なの。
クレイが通れるくらいの幅まで扉が開かれると、熱風は全身に覆いかぶさってくるように部屋から溢れ出た。例えるのならば、エアコンの効いた店内から外に出たら梅雨明けの灼熱都心部。アスファルトの照り返しでああもうとろけちゃう……という、あのクソ暑い日本の夏を思い出す。嗚呼、懐かしの故郷よ。
「タケル、この暑さはなんとかならんのか? わたしは、どうも、暑いところは、苦手で」
ブロライトが俺の背で熱風を避けつつ悲鳴を上げる。エルフって常に涼しそうな顔で何でもありません、みたいに装っているけど、やっぱりこう暑いと逃げ出したくなるんだな。確かにこの暑さは、尋常じゃない。
「ブロライト、クレイ、前に渡してあっただろ? ミスリル魔鉱砂で作った結界の魔道具。あれを起動させれば、少しだけ暑さから逃れられると思う」
「なんと!」
エルフの郷からベルカイムに戻ったときに造っておいたんだ。
鋼の肉体が自慢のクレイと、風のように素早く動けるブロライトには不要かもしれないが、念には念をということで渡しておいた。
これを造ったのは、ペンドラスス工房のリブさん。結界効果のあるミスリル魔鉱砂を入れたペンダントを造ってもらったのだ。リブさんにはお守りの砂が入った銀の玉をペンダントに加工してくれと頼んだ。ただの銀の玉だったものに、リブさんはえらく綺麗な模様を描いてくれたんだよ。
こういう魔道具に頼らなくても俺には魔法があるんだけど、結界を全員に張り続けるには集中力がいる。もしも疲れて集中力が途切れてしまったら、結界の効果もプツンと切れてしまうのだ。魔法の効果を描き続け、集中に集中を重ねなければ命にかかわる。万能に思える魔法の力だが、万能足りえないのは、それを扱う俺自身が未熟だから仕方がない。
俺の集中力が途切れても魔法の効果が続けばいいんだけど、それがまた難しい。そういうイメージで魔法を作ることもできるとは思うんだ。自信がないだけ。
そんなわけで、効果を持続させるには、ミスリル魔鉱石から削り出した魔鉱砂に頼るしかないんだ。
「起動」
ブロライトは服の下に仕舞っていた銀色のビー玉サイズのペンダントを取り出し、顔から汗を流しながらそう口にした。
銀のビー玉にポッと光が灯ると、光は一気に全身を包み込む結界となる。巨大ナメクジのような強敵が相手だったとしたら、この結界は数回しか持たないだろう。しょせん素人の俺がぺぺっと造った付け焼刃。専門知識がないままイメージだけで造り上げた玩具のようなもの。即死のダメージを数回回避できるだけでもマシだと思ってもらいたい。
ただし、暑さ寒さ程度だったら半永久的に効果を発揮することが可能のはずだ。
「どう?」
「……うむ。幾分ましになったようじゃ。これならば、耐えることができる」
暑さで赤かったブロライトの肌が次第に元の色に戻っていく。汗もしばらくすれば引いていくだろう。
クレイはペンダントを爪の先でつまんだまま沈黙していた。
「クレイ、どうしたんだよ」
「もしもこの扉の先が俺を試す場だとするのなら、俺はお前の力に頼るわけにはゆかぬ」
「別に頼っているわけじゃないんじゃないかな。利用できるものは利用するだけで。誰にも頼っちゃいけませんよ、なんて何処にも書いていないし」
「タケル、クレイストンの申すことももっともじゃ。我らはクレイストンを黙って見守るしかないのではないか?」
試練のルール? 決まり事? がわからないんじゃ、うかつに補助魔法をかけることもできないのかな。
ブロライトに諭され、それ以上言うのはやめた。クレイが心に決めているのなら、俺はしつこく言わないでおこう。殴られるから。
相変わらず熱風が顔面を攻撃してくる。この暑さ、辛いっちゃ辛いんだが、我慢することはできる。真夏の灼熱日本で経験したことのある暑さだ。それに、サウナでも水を飲みながら二十分は耐えることができるからな。
「二人とも、扉の中に入る前に水分補給。あと個人でも魔法瓶を持ってくれ」
「うむ」
「何故じゃ」
「この暑さで身体の水分が急激に奪われる。喉が渇くだろうし、熱中症になって倒れでもしたら大変だから」
特に巨体のクレイに倒れられたら、どうやって運ぶよ。
鞄の中から魔法瓶を三つ取り出した。空間術を施した魔法瓶は最大容量大樽二つ分。不慮の事態で離ればなれになっても、しばらくはこれで大丈夫。
巨大な扉にしがみ付いて遊んでいたプニさんは小型化してもらい、ビーの背中へ。そのビーは俺の鞄の上にしがみ付いてもらう。熱風で飛ばされないよう注意し、鞄の上からビーごと布で固定。魔法瓶のショルダーを肩にかけ、これで準備よし。
「入るぞ」
クレイを先頭に、俺、ブロライトと続く。
部屋の中は砂嵐のようなもので視界が遮られており、熱風と共に赤茶色の砂が吹き荒れていた。まるで真昼の砂漠に迷い込んでしまったようだ。
地下だというのに灯光がいらないほど明るい。どうしてなんだろう。
「ピュイ!」
何も見えないなか、ビーが警戒警報発令。何処かに何かが潜んでいるのか?
「探査……前から三匹、後ろと右から二匹ずつ。動きが素早い。ロックバード並み」
「了解した」
「わたしは後ろを!」
それぞれに武器を手にし、戦闘態勢。
俺もユグドラシルの枝を杖に変化させ、両手に構える。
激しい風の音に紛れ、何かの叫び声。ギャア、ギャアア、という音がはっきりと耳に聞こえた瞬間。
「グギャアア!!」
何かの絶叫を合図に、砂嵐の先から熱風が炎と共に吐き出された。
「盾展開!」
「ぬおおおっ!」
俺が盾で炎を止めるのと同時に、クレイが前に飛び出し手にした長剣で砂嵐に突き刺す。
「ギャアヒッ!」
何かがえぐれる鈍い音と、叫び声。
どさりと地面に叩きつけられたのは、巨大なオレンジ色のでっぷりとした鳥。
「ぬうっ? これはフロガ・ターキだ!」
「なにそれ! ぶぺっ、ぺっ」
「灼熱の炎を口から吐き出し、獲物を焼き尽くしてから丸呑みにするBランクのモンスターだ!」
叫ぶたびに口の中に砂が入る。
モンスターは別にいいんだけど、というかクレイが知っているモンスターなら対処の仕方もわかっているのだろう。
問題はこの砂嵐と熱風だよ。さすがに数メートル先も見えないのは怖い。ここで罠が仕掛けられていたら、まんまと引っかかる自信がある。
ああもう、なんでこんな面倒なところに面倒なモンスターが出てくるんだよ。これが試練? とかいうものなのか? クレイのご先祖様も面倒くさいもん造りやがって。
いっそのこと全速力で逃げるっていうのも手だよな、なんて考えていると。
「タケル、フロガ・ターキの肉は美味いのじゃ!」
「なんですと!!」
「ピュッ!?」
ブロライトが嬉々として叫び、俺も目の色が一気に変わった。
ビーも驚きの声を上げている。
美味しいお肉が相手ならば、話は変わる。チーム蒼黒の団のエンゲル係数は恐ろしく高いのだ。特に鶏肉は大人気。
「砂に埋もれる前に倒した奴から回収する! ブロライト、回収手伝え! ビー、俺の背中に移動して、絶対に離れ、痛っ! 爪立てんな!」
「おりゃあああっ!」
クレイがばっさばっさと倒していく間、俺とブロライトはせっせと絶命した鳥の回収。
それでも激しい風の影響で、倒した側から砂に埋もれてしまう。この砂、本当に何処から吹いてくるんだよ。迷惑だな。
クレイを直接手助けするわけじゃないから、いいよな。もしもブッブー、失格、なんて言われたら腹を空かせたチームメンバーのためだったんです、と泣き落とそう。
「ちょっと本気で強めにいく」
できるだけ広範囲をカバーするように。
モンスターを倒す間だけでいい。強い風がやめばいい。
ユグドラシルの杖を両手に持ち、砂を吸い込まないように気をつけながら肺を膨らまし、腹に力を入れる。
「結界展開っ!」
今まで試したことがなかったが、イメージできるのなら実行できる。モンスターごと全て結界の中に閉じ込めるように、光の膜を一気に解き放った。
結界は砂もモンスターも全てを包み込み、広い範囲をカバー。おかげであれだけ吹き荒れていた砂や熱が、一気に治まった。
よし、これで戦いやすくなったぞ。
これがもしも対リザードマン用の試練だとしたなら、後はクレイに頑張ってもらいましょう。
砂嵐がぴたりと治まると、この地下空間らしき場所の全容が明らかになった。
どう作られたのかはわからないが、学校の体育館ほどの広大な四角い部屋。壁にはでっかいファンのようなものが回っており、結界の外では勢いよく風が吹き荒れている。
高い天井にいくつもの大きな照明らしきものがある。あれが熱と光を放っていたのか。
両方とも魔道具だと思うが、ずいぶんと大きなものを造り上げたな。あの動力源は何だろう。
「ピュイ、ピュー」
「そうです、まだ暑いです。さすがのわたくしでもこの暑さは我慢なりません。ああ、忌々しい」
俺の背中に隠れていたビーとプニさんが声を上げた。
神様すら弱音を吐く暑さが続くと、いくら水分をとったとしても意味がない。というか、プニさんがキレて何をするのかわからない。
「わかったわかった。天井にある装置がこのバカみたいな暑さを作っていると思うんだ。あの照明、いくつか壊してもいいかな」
「あのようなところ、如何にして壊すのじゃ」
「うーん……俺の魔法をぶつけてもいいが、絶対に外す。遠すぎる」
「何かを投げたらどうじゃ」
「ああそっか、エルフの郷でもらった弓矢を試してみればいい」
「おお!」
足元は砂地で動きにくいが、あの風がなくなっただけでも良しとする。
俺たちを取り囲むオレンジ色の七面鳥のような鳥。あれが美味しい肉、じゃなくてフロガ・ターキなんだな。獰猛なモンスター相手にまるまるとしていて美味そうと思ってしまうあたり、俺も冒険者らしくなってきたということだろうか。身の危険の前に考えることは、今夜の飯は鶏肉づくし。
クレイの動きも素早くなった。このまま食材を増やしていただきましょう。
鞄の中からブロジェの弓を取り出し、それに魔素水をふりかける。これで弓の動力源は装備者の魔力ではなくなる。まあ、一発放つたびに魔素水の補給が必要になるんだけども。
「あの、光を放つ魔道具を狙うんだ」
「任されよう!」
ブロライトがブロジェの弓を構え、天井へと狙いを定める。
ブロジェの弓は普通の弓ではない。魔力を糧とし、魔力の質と量によって威力が変わるグラン・リオ・エルフの秘宝。俺の結界をすり抜け、標的に刺せるはず。
ハイエルフであるブロライトの魔力もそこそこあるのだが、それよりも今ぶっかけた魔素水がどれだけの威力を発揮するのか楽しみだ。ボルさん、いつもお世話になってます。
「クレイ、手伝ったほうがいい?」
「これも俺の為の試練だと思えば容易きこと! 決して手は出すな!」
「はいはい」
一人でモンスターと戦っているクレイは、槍が壊れているため代用の鉄槍を使っているが、早くも刃先がぼろぼろになっている。ちなみに代用の槍は俺の鞄に数十本入っているため、壊れた側からぽいぽいとクレイに投げて渡した。ブロライトが声を上げる。
「タケル、放つぞ!」
「真上じゃなくて離れているところな」
「てやっ!」
弓から放たれた小さな光の矢が、天井へと一筋の線となって煌めく。天井の隅に配置されていた照明へと真っすぐに。
ぺすっ……
「へ?」
「ぬ?」
気の抜けたペットボトルの蓋を開けたような、間抜けな音を立てて光の矢が突き刺さった。何の反応も示さない。
あれ、失敗したかな? とブロライトと顔を見合わせると。
豪快な爆音と共に、天井の一部と言わず四分の一ほどが吹き飛んでしまった。
「はあっ!?」
「なんじゃああっ??」
あれだけ小さな光の矢だったのに、天井の照明を七個、いや十個も壊してしまった。爆発の連鎖反応で照明は半分ほど壊れてしまったようだ。やばいどうしよう。
見た目は派手な爆発。しかし、目的は達成できた。おかげで照りつくような暑さが消えた。天井は無残に破壊されてしまったが、この部屋を抜けるときに修復すればいいよな。天井が崩れてきたら怖いし。
クレイは戦いながらも派手に壊れてしまった天井を見上げ、俺に怒鳴った。
「タケル、何をしおった!」
「なんで俺のせいだって決めつけるんだよ! ぶ、ブロジェの弓の威力が思っていたより強かっただけじゃないか」
「湿地の水が流れ込んできたらどうするつもりであったのだ!」
「あっ。えーと、それはまあ……そのときはそのときでね、アレだよ」
ぶっちゃけそこまで考えていませんでした。
視線を泳がせて言葉を探していると、クレイは背後から飛びかかってきた鳥を振り向きもせず一閃。
「その弓をうかつに使うでない! ブロライト、エルフの秘宝はもっと慎重に扱うのだ!」
「う、うむ。まさかこれほどの威力を発揮するとは思わなかったのじゃ」
矢を放ったのがブロライトだったからか、それとも魔素水のせいか。
それは追々検証をすることにしよう。今は暑さが引いたからオールオッケー。
後は快適にお肉回収。とっととこんな部屋を出ないと俺の集中力が途切れて結界が消え、再び砂嵐の中を彷徨うことになってしまう。
「ピュイ、ピュピュ!」
俺の頭の上で暑さにへばっていたビーが、結界の外で吹き荒れる風の向こうを見て叫んだ。扉があると。
「ピュイ、ピュー」
「ん? 扉? 扉なんて何処に」
砂嵐でよくわからなかったが、僅かに見え隠れする扉らしきものがあった。砂に半分埋もれた、普通の大きさの茶色い扉。ビーが気づかなければ、誰も気づくことができなかったかもしれない。
何処から来るのかはわからないが、フロガ・ターキの群れは次々と襲いかかってくる。やつらが口から放つ炎により、再び猛烈な熱さに囲まれた。
「クレイ、あそこに出口か入り口かわからないけど、別の扉がある」
「ならばそこまで走れ! これではきりがない!」
倒した鳥を数えると、既に数十匹。クレイ一人に任せてしまったが、これだけ倒せばしばらくは鶏肉に困らないだろう。炒めるのもいいが、煮るのもいいな。
ん? これってクレイの試練なのか? 途中から目的が食材採取に変わっていたような。
「扉の前に行ってから結界を解除する。ブロライトも走れ!」
風を起こしている巨大なファンを壊しても良かったが、ブロジェの弓を使うのはちょっと怖い。
そろって走りだすと、フロガ・ターキが再び数を増やして追いかけてきた。
あいつら何処から湧いて出てくるんだ。こんな密閉されているような部屋の中で、どういう生態系で生き延びているんだよ。
砂に足を取られながらも必死に走り、結界の端まで到達。振り向きざまに強い力で修復を展開し、天井の照明を元の姿に。壊したのが原因で墓が崩れたら、後でクレイに何を言われるか。
「タケル、扉を開けるぞ!」
「鍵がかかっているならぶち壊せ! 結界を解除する!」
クレイが全身で扉にぶつかるのと同時に解除。とたんに吹き荒れる風と強烈な暑さが戻った部屋の内部で、フロガ・ターキが砂嵐の向こうに消えていく。
「ブロライト、クレイに続くぞ!」
「応っ!」
扉がある場所に当たりをつけ、体当たりをする勢いで飛び込んだ。
「おぐううっ!」
「ほげっ!」
「ピュ!」
「うぎょっ!」
顔面に当たる硬い何かと、背中にぶつかる、ブロライトの頭に押されたビーのツノ。
扉をぶち壊した勢いのまま床に倒れていたクレイの上に、俺とブロライトが降ってきた。顔は痛いし腕も痛いし背中も痛いしで、踏んだり蹴ったりというのはこのことを言うのかと。
「ツノ刺さった……ツノ……」
「頭が……頭が痛い」
「タケル、部屋を出ることができたようです」
「ピュイィィ~~」
「それよりも上から退けい!」
下敷きになってくれたクレイの上からやれやれと退くと、俺たちが壊した扉があっという間に修復されていった。木製の扉に見えるが、形状記憶機能でもついていたのだろうか。扉は原形に戻った後、吹き荒れる砂を隠すように静かに閉じてしまった。
「ピュ」
「見た。ばっちり見た。なにあれ」
魔法みたい!
いや、魔法なんだろうけどさ。
クレイの体当たりで粉々になった扉の破片が、ひゅーんとひょーんと宙を浮いて、するするっと元の姿に戻ってぱたりと閉まる。
毎日当たり前のように魔法を使う俺だけど、こんな魔法は見たことがない。修復とはまた違う魔法だ。魔法なのか?
「あの暑さと風はマジでやばかった」
水分補給をしながら一息つくと、服や髪から大量の砂が出てきた。口の中は砂まみれだし、眉毛やまつ毛にまで砂がついている。
全員に清潔を展開し、やっと今の状況を冷静に判断することができた。部屋の外は部屋に入る前と同じような景色。石畳の床と、石で組まれた壁と天井。先へ先へと進む暗闇の中、ぽつりぽつりと小さな灯りが等間隔に床に置いてあった。
灯光を出す必要はなかったが、どうにも不気味だな。
「これが第一の試練なのか? 勇気を試す炎の部屋とは、一体どういう意味があるのじゃ」
「なんだろな。あの暑さと風とモンスターに対抗するのが勇気ってこと? 勇気というより無謀だよなあ」
――うるさいわね
「え?」
「ぬ? どうした、タケル」
「いや、今うるさいって。うるさいってことないだろ?」
そもそも勇気っていうのは試すものではなく、そのときの判断によって後々評価されるものだ。勇気を試すために無茶をすることは、勇気とは言わない。ただの無謀。
だと思ったんだが、まさかうるさいと言われるなんて。
「わたしは何も言うてはおらぬぞ?」
「わたくしもです」
「え。でも確かに女性の声で……うるさいって」
「何を言うておるのだ」
ブロライトとプニさんが互いに顔を見合わせ、何を言っているのだと首をかしげる。クレイまでも俺を訝しむように見、少し居た堪れなくなった。
「ピュピュイ」
「そうだよ、ビーは聞こえたよな? 今、確かに誰かの声がしたんだ」
ビーも何かを聞いたと同意してくれている。疲れから来る幻聴ではない。
女性の、若い女性の声。若いというよりも、幼い。
幼い女の子の声が。
耳元で。
――勇気を試さなければ何を試せと言うの?
そう、こうやって耳元で聞こえたんだ。
4 細小波~いさらなみ~
俺たち三人と一匹と一頭しかいないはずの薄暗い墓の中。
仄暗い明かりで互いの姿すらはっきりと見えない、そんな視界にぼんやりと現れる白い影。
「ピャアアッ!」
「うおっほーい!」
ビーと俺の叫びが見事にシンクロし、その場から数メートル後ずさった。
声が聞こえたと思い、振り返るとやつがいた。白いぼんやりとした人魂のような。
「タケル! 何事じゃ!」
「どうした!」
クレイもブロライトもどうしてあの人魂がわからないんだ。クレイの目の前でふよふよ浮かんでいるじゃないか。
ごめんなさいリザードマンの亡霊さん。天井ブッ壊したのは不可抗力なんです。だけど元通りに戻したんだから許してください。呪いとかそういうのやめよ? ナムナム。
「何を叫んでいる!」
「見えないの!? あああ、ブロライトのほうへ行った!」
「何がじゃ? 何処に、何があるのじゃ」
二人とも白い影のようなものは見えていないようだ。この反応、リベルアリナが出たときと同じだ。あの悪霊、じゃなくて精霊王の姿も最初は二人に見えなかった。
それじゃあこの亡霊も、俺とビーにしか見えていないということ?
「プププ、プニさんは見えている? そこに、なんか白いのが、白いのが」
「ぶるるっ、わかりますよ? イグニス・ファトゥスですかね……いえ、精霊の力とはまた別の力のようです」
ああよかった。俺の目がおかしくなったわけじゃなかったのか。
――アンタ、どうしてアタシの姿が見えるのよ!
白いふよふよが急に叫んだ。幼い女の子の声。
女の子の亡霊? 何だ相手は子供か。子供? 子供なのに亡霊だなんて、どんな最期を遂げたんだ。
「えーと、俺は冒険者のタケルって言います。こっちは元リザードマンのクレイストン。そっちはエルフのブロライト。こいつはビー」
「ピュイ」
「無表情でブイサインしているのがプニさん」
「ひひん」
何もない空間に大声で独り言を言っているように見えるだろうが、俺とビーとプニさんの視線は同じところを見つめている。
さすがにクレイとブロライトは、俺との付き合いでいろいろと察してくれたようだ。
「姿が見えるわけじゃない。声ははっきりと聞こえるが、姿は……こう、霧のようなもやもやした何かだ」
――アンタたちがあっけなく罠を避けちゃったから、そのぶんの魔力を大量に消費したの! そのせいでこんな姿になったの!
「えっ」
罠をあっけなく避けたつもりはないんだけど。けっこう命からがらなのが何回かありましたよ。
――そこのリザードマンもなんだか様子がおかしいし! 様子がおかしいのにアタシの造った試練の門を開けちゃうし!
「それはクレイが元リザードマンで今は違うから」
――知らないわよそんなの!
姿が見えないが声は子供。だけど話す言葉は大人のようだ。
これ結界しておくべき? 熱くて死んじゃったりしない? 試練に魔法の補助は無効とか言わないよな。
だからそもそも試練って何なの。
クレイが通れるくらいの幅まで扉が開かれると、熱風は全身に覆いかぶさってくるように部屋から溢れ出た。例えるのならば、エアコンの効いた店内から外に出たら梅雨明けの灼熱都心部。アスファルトの照り返しでああもうとろけちゃう……という、あのクソ暑い日本の夏を思い出す。嗚呼、懐かしの故郷よ。
「タケル、この暑さはなんとかならんのか? わたしは、どうも、暑いところは、苦手で」
ブロライトが俺の背で熱風を避けつつ悲鳴を上げる。エルフって常に涼しそうな顔で何でもありません、みたいに装っているけど、やっぱりこう暑いと逃げ出したくなるんだな。確かにこの暑さは、尋常じゃない。
「ブロライト、クレイ、前に渡してあっただろ? ミスリル魔鉱砂で作った結界の魔道具。あれを起動させれば、少しだけ暑さから逃れられると思う」
「なんと!」
エルフの郷からベルカイムに戻ったときに造っておいたんだ。
鋼の肉体が自慢のクレイと、風のように素早く動けるブロライトには不要かもしれないが、念には念をということで渡しておいた。
これを造ったのは、ペンドラスス工房のリブさん。結界効果のあるミスリル魔鉱砂を入れたペンダントを造ってもらったのだ。リブさんにはお守りの砂が入った銀の玉をペンダントに加工してくれと頼んだ。ただの銀の玉だったものに、リブさんはえらく綺麗な模様を描いてくれたんだよ。
こういう魔道具に頼らなくても俺には魔法があるんだけど、結界を全員に張り続けるには集中力がいる。もしも疲れて集中力が途切れてしまったら、結界の効果もプツンと切れてしまうのだ。魔法の効果を描き続け、集中に集中を重ねなければ命にかかわる。万能に思える魔法の力だが、万能足りえないのは、それを扱う俺自身が未熟だから仕方がない。
俺の集中力が途切れても魔法の効果が続けばいいんだけど、それがまた難しい。そういうイメージで魔法を作ることもできるとは思うんだ。自信がないだけ。
そんなわけで、効果を持続させるには、ミスリル魔鉱石から削り出した魔鉱砂に頼るしかないんだ。
「起動」
ブロライトは服の下に仕舞っていた銀色のビー玉サイズのペンダントを取り出し、顔から汗を流しながらそう口にした。
銀のビー玉にポッと光が灯ると、光は一気に全身を包み込む結界となる。巨大ナメクジのような強敵が相手だったとしたら、この結界は数回しか持たないだろう。しょせん素人の俺がぺぺっと造った付け焼刃。専門知識がないままイメージだけで造り上げた玩具のようなもの。即死のダメージを数回回避できるだけでもマシだと思ってもらいたい。
ただし、暑さ寒さ程度だったら半永久的に効果を発揮することが可能のはずだ。
「どう?」
「……うむ。幾分ましになったようじゃ。これならば、耐えることができる」
暑さで赤かったブロライトの肌が次第に元の色に戻っていく。汗もしばらくすれば引いていくだろう。
クレイはペンダントを爪の先でつまんだまま沈黙していた。
「クレイ、どうしたんだよ」
「もしもこの扉の先が俺を試す場だとするのなら、俺はお前の力に頼るわけにはゆかぬ」
「別に頼っているわけじゃないんじゃないかな。利用できるものは利用するだけで。誰にも頼っちゃいけませんよ、なんて何処にも書いていないし」
「タケル、クレイストンの申すことももっともじゃ。我らはクレイストンを黙って見守るしかないのではないか?」
試練のルール? 決まり事? がわからないんじゃ、うかつに補助魔法をかけることもできないのかな。
ブロライトに諭され、それ以上言うのはやめた。クレイが心に決めているのなら、俺はしつこく言わないでおこう。殴られるから。
相変わらず熱風が顔面を攻撃してくる。この暑さ、辛いっちゃ辛いんだが、我慢することはできる。真夏の灼熱日本で経験したことのある暑さだ。それに、サウナでも水を飲みながら二十分は耐えることができるからな。
「二人とも、扉の中に入る前に水分補給。あと個人でも魔法瓶を持ってくれ」
「うむ」
「何故じゃ」
「この暑さで身体の水分が急激に奪われる。喉が渇くだろうし、熱中症になって倒れでもしたら大変だから」
特に巨体のクレイに倒れられたら、どうやって運ぶよ。
鞄の中から魔法瓶を三つ取り出した。空間術を施した魔法瓶は最大容量大樽二つ分。不慮の事態で離ればなれになっても、しばらくはこれで大丈夫。
巨大な扉にしがみ付いて遊んでいたプニさんは小型化してもらい、ビーの背中へ。そのビーは俺の鞄の上にしがみ付いてもらう。熱風で飛ばされないよう注意し、鞄の上からビーごと布で固定。魔法瓶のショルダーを肩にかけ、これで準備よし。
「入るぞ」
クレイを先頭に、俺、ブロライトと続く。
部屋の中は砂嵐のようなもので視界が遮られており、熱風と共に赤茶色の砂が吹き荒れていた。まるで真昼の砂漠に迷い込んでしまったようだ。
地下だというのに灯光がいらないほど明るい。どうしてなんだろう。
「ピュイ!」
何も見えないなか、ビーが警戒警報発令。何処かに何かが潜んでいるのか?
「探査……前から三匹、後ろと右から二匹ずつ。動きが素早い。ロックバード並み」
「了解した」
「わたしは後ろを!」
それぞれに武器を手にし、戦闘態勢。
俺もユグドラシルの枝を杖に変化させ、両手に構える。
激しい風の音に紛れ、何かの叫び声。ギャア、ギャアア、という音がはっきりと耳に聞こえた瞬間。
「グギャアア!!」
何かの絶叫を合図に、砂嵐の先から熱風が炎と共に吐き出された。
「盾展開!」
「ぬおおおっ!」
俺が盾で炎を止めるのと同時に、クレイが前に飛び出し手にした長剣で砂嵐に突き刺す。
「ギャアヒッ!」
何かがえぐれる鈍い音と、叫び声。
どさりと地面に叩きつけられたのは、巨大なオレンジ色のでっぷりとした鳥。
「ぬうっ? これはフロガ・ターキだ!」
「なにそれ! ぶぺっ、ぺっ」
「灼熱の炎を口から吐き出し、獲物を焼き尽くしてから丸呑みにするBランクのモンスターだ!」
叫ぶたびに口の中に砂が入る。
モンスターは別にいいんだけど、というかクレイが知っているモンスターなら対処の仕方もわかっているのだろう。
問題はこの砂嵐と熱風だよ。さすがに数メートル先も見えないのは怖い。ここで罠が仕掛けられていたら、まんまと引っかかる自信がある。
ああもう、なんでこんな面倒なところに面倒なモンスターが出てくるんだよ。これが試練? とかいうものなのか? クレイのご先祖様も面倒くさいもん造りやがって。
いっそのこと全速力で逃げるっていうのも手だよな、なんて考えていると。
「タケル、フロガ・ターキの肉は美味いのじゃ!」
「なんですと!!」
「ピュッ!?」
ブロライトが嬉々として叫び、俺も目の色が一気に変わった。
ビーも驚きの声を上げている。
美味しいお肉が相手ならば、話は変わる。チーム蒼黒の団のエンゲル係数は恐ろしく高いのだ。特に鶏肉は大人気。
「砂に埋もれる前に倒した奴から回収する! ブロライト、回収手伝え! ビー、俺の背中に移動して、絶対に離れ、痛っ! 爪立てんな!」
「おりゃあああっ!」
クレイがばっさばっさと倒していく間、俺とブロライトはせっせと絶命した鳥の回収。
それでも激しい風の影響で、倒した側から砂に埋もれてしまう。この砂、本当に何処から吹いてくるんだよ。迷惑だな。
クレイを直接手助けするわけじゃないから、いいよな。もしもブッブー、失格、なんて言われたら腹を空かせたチームメンバーのためだったんです、と泣き落とそう。
「ちょっと本気で強めにいく」
できるだけ広範囲をカバーするように。
モンスターを倒す間だけでいい。強い風がやめばいい。
ユグドラシルの杖を両手に持ち、砂を吸い込まないように気をつけながら肺を膨らまし、腹に力を入れる。
「結界展開っ!」
今まで試したことがなかったが、イメージできるのなら実行できる。モンスターごと全て結界の中に閉じ込めるように、光の膜を一気に解き放った。
結界は砂もモンスターも全てを包み込み、広い範囲をカバー。おかげであれだけ吹き荒れていた砂や熱が、一気に治まった。
よし、これで戦いやすくなったぞ。
これがもしも対リザードマン用の試練だとしたなら、後はクレイに頑張ってもらいましょう。
砂嵐がぴたりと治まると、この地下空間らしき場所の全容が明らかになった。
どう作られたのかはわからないが、学校の体育館ほどの広大な四角い部屋。壁にはでっかいファンのようなものが回っており、結界の外では勢いよく風が吹き荒れている。
高い天井にいくつもの大きな照明らしきものがある。あれが熱と光を放っていたのか。
両方とも魔道具だと思うが、ずいぶんと大きなものを造り上げたな。あの動力源は何だろう。
「ピュイ、ピュー」
「そうです、まだ暑いです。さすがのわたくしでもこの暑さは我慢なりません。ああ、忌々しい」
俺の背中に隠れていたビーとプニさんが声を上げた。
神様すら弱音を吐く暑さが続くと、いくら水分をとったとしても意味がない。というか、プニさんがキレて何をするのかわからない。
「わかったわかった。天井にある装置がこのバカみたいな暑さを作っていると思うんだ。あの照明、いくつか壊してもいいかな」
「あのようなところ、如何にして壊すのじゃ」
「うーん……俺の魔法をぶつけてもいいが、絶対に外す。遠すぎる」
「何かを投げたらどうじゃ」
「ああそっか、エルフの郷でもらった弓矢を試してみればいい」
「おお!」
足元は砂地で動きにくいが、あの風がなくなっただけでも良しとする。
俺たちを取り囲むオレンジ色の七面鳥のような鳥。あれが美味しい肉、じゃなくてフロガ・ターキなんだな。獰猛なモンスター相手にまるまるとしていて美味そうと思ってしまうあたり、俺も冒険者らしくなってきたということだろうか。身の危険の前に考えることは、今夜の飯は鶏肉づくし。
クレイの動きも素早くなった。このまま食材を増やしていただきましょう。
鞄の中からブロジェの弓を取り出し、それに魔素水をふりかける。これで弓の動力源は装備者の魔力ではなくなる。まあ、一発放つたびに魔素水の補給が必要になるんだけども。
「あの、光を放つ魔道具を狙うんだ」
「任されよう!」
ブロライトがブロジェの弓を構え、天井へと狙いを定める。
ブロジェの弓は普通の弓ではない。魔力を糧とし、魔力の質と量によって威力が変わるグラン・リオ・エルフの秘宝。俺の結界をすり抜け、標的に刺せるはず。
ハイエルフであるブロライトの魔力もそこそこあるのだが、それよりも今ぶっかけた魔素水がどれだけの威力を発揮するのか楽しみだ。ボルさん、いつもお世話になってます。
「クレイ、手伝ったほうがいい?」
「これも俺の為の試練だと思えば容易きこと! 決して手は出すな!」
「はいはい」
一人でモンスターと戦っているクレイは、槍が壊れているため代用の鉄槍を使っているが、早くも刃先がぼろぼろになっている。ちなみに代用の槍は俺の鞄に数十本入っているため、壊れた側からぽいぽいとクレイに投げて渡した。ブロライトが声を上げる。
「タケル、放つぞ!」
「真上じゃなくて離れているところな」
「てやっ!」
弓から放たれた小さな光の矢が、天井へと一筋の線となって煌めく。天井の隅に配置されていた照明へと真っすぐに。
ぺすっ……
「へ?」
「ぬ?」
気の抜けたペットボトルの蓋を開けたような、間抜けな音を立てて光の矢が突き刺さった。何の反応も示さない。
あれ、失敗したかな? とブロライトと顔を見合わせると。
豪快な爆音と共に、天井の一部と言わず四分の一ほどが吹き飛んでしまった。
「はあっ!?」
「なんじゃああっ??」
あれだけ小さな光の矢だったのに、天井の照明を七個、いや十個も壊してしまった。爆発の連鎖反応で照明は半分ほど壊れてしまったようだ。やばいどうしよう。
見た目は派手な爆発。しかし、目的は達成できた。おかげで照りつくような暑さが消えた。天井は無残に破壊されてしまったが、この部屋を抜けるときに修復すればいいよな。天井が崩れてきたら怖いし。
クレイは戦いながらも派手に壊れてしまった天井を見上げ、俺に怒鳴った。
「タケル、何をしおった!」
「なんで俺のせいだって決めつけるんだよ! ぶ、ブロジェの弓の威力が思っていたより強かっただけじゃないか」
「湿地の水が流れ込んできたらどうするつもりであったのだ!」
「あっ。えーと、それはまあ……そのときはそのときでね、アレだよ」
ぶっちゃけそこまで考えていませんでした。
視線を泳がせて言葉を探していると、クレイは背後から飛びかかってきた鳥を振り向きもせず一閃。
「その弓をうかつに使うでない! ブロライト、エルフの秘宝はもっと慎重に扱うのだ!」
「う、うむ。まさかこれほどの威力を発揮するとは思わなかったのじゃ」
矢を放ったのがブロライトだったからか、それとも魔素水のせいか。
それは追々検証をすることにしよう。今は暑さが引いたからオールオッケー。
後は快適にお肉回収。とっととこんな部屋を出ないと俺の集中力が途切れて結界が消え、再び砂嵐の中を彷徨うことになってしまう。
「ピュイ、ピュピュ!」
俺の頭の上で暑さにへばっていたビーが、結界の外で吹き荒れる風の向こうを見て叫んだ。扉があると。
「ピュイ、ピュー」
「ん? 扉? 扉なんて何処に」
砂嵐でよくわからなかったが、僅かに見え隠れする扉らしきものがあった。砂に半分埋もれた、普通の大きさの茶色い扉。ビーが気づかなければ、誰も気づくことができなかったかもしれない。
何処から来るのかはわからないが、フロガ・ターキの群れは次々と襲いかかってくる。やつらが口から放つ炎により、再び猛烈な熱さに囲まれた。
「クレイ、あそこに出口か入り口かわからないけど、別の扉がある」
「ならばそこまで走れ! これではきりがない!」
倒した鳥を数えると、既に数十匹。クレイ一人に任せてしまったが、これだけ倒せばしばらくは鶏肉に困らないだろう。炒めるのもいいが、煮るのもいいな。
ん? これってクレイの試練なのか? 途中から目的が食材採取に変わっていたような。
「扉の前に行ってから結界を解除する。ブロライトも走れ!」
風を起こしている巨大なファンを壊しても良かったが、ブロジェの弓を使うのはちょっと怖い。
そろって走りだすと、フロガ・ターキが再び数を増やして追いかけてきた。
あいつら何処から湧いて出てくるんだ。こんな密閉されているような部屋の中で、どういう生態系で生き延びているんだよ。
砂に足を取られながらも必死に走り、結界の端まで到達。振り向きざまに強い力で修復を展開し、天井の照明を元の姿に。壊したのが原因で墓が崩れたら、後でクレイに何を言われるか。
「タケル、扉を開けるぞ!」
「鍵がかかっているならぶち壊せ! 結界を解除する!」
クレイが全身で扉にぶつかるのと同時に解除。とたんに吹き荒れる風と強烈な暑さが戻った部屋の内部で、フロガ・ターキが砂嵐の向こうに消えていく。
「ブロライト、クレイに続くぞ!」
「応っ!」
扉がある場所に当たりをつけ、体当たりをする勢いで飛び込んだ。
「おぐううっ!」
「ほげっ!」
「ピュ!」
「うぎょっ!」
顔面に当たる硬い何かと、背中にぶつかる、ブロライトの頭に押されたビーのツノ。
扉をぶち壊した勢いのまま床に倒れていたクレイの上に、俺とブロライトが降ってきた。顔は痛いし腕も痛いし背中も痛いしで、踏んだり蹴ったりというのはこのことを言うのかと。
「ツノ刺さった……ツノ……」
「頭が……頭が痛い」
「タケル、部屋を出ることができたようです」
「ピュイィィ~~」
「それよりも上から退けい!」
下敷きになってくれたクレイの上からやれやれと退くと、俺たちが壊した扉があっという間に修復されていった。木製の扉に見えるが、形状記憶機能でもついていたのだろうか。扉は原形に戻った後、吹き荒れる砂を隠すように静かに閉じてしまった。
「ピュ」
「見た。ばっちり見た。なにあれ」
魔法みたい!
いや、魔法なんだろうけどさ。
クレイの体当たりで粉々になった扉の破片が、ひゅーんとひょーんと宙を浮いて、するするっと元の姿に戻ってぱたりと閉まる。
毎日当たり前のように魔法を使う俺だけど、こんな魔法は見たことがない。修復とはまた違う魔法だ。魔法なのか?
「あの暑さと風はマジでやばかった」
水分補給をしながら一息つくと、服や髪から大量の砂が出てきた。口の中は砂まみれだし、眉毛やまつ毛にまで砂がついている。
全員に清潔を展開し、やっと今の状況を冷静に判断することができた。部屋の外は部屋に入る前と同じような景色。石畳の床と、石で組まれた壁と天井。先へ先へと進む暗闇の中、ぽつりぽつりと小さな灯りが等間隔に床に置いてあった。
灯光を出す必要はなかったが、どうにも不気味だな。
「これが第一の試練なのか? 勇気を試す炎の部屋とは、一体どういう意味があるのじゃ」
「なんだろな。あの暑さと風とモンスターに対抗するのが勇気ってこと? 勇気というより無謀だよなあ」
――うるさいわね
「え?」
「ぬ? どうした、タケル」
「いや、今うるさいって。うるさいってことないだろ?」
そもそも勇気っていうのは試すものではなく、そのときの判断によって後々評価されるものだ。勇気を試すために無茶をすることは、勇気とは言わない。ただの無謀。
だと思ったんだが、まさかうるさいと言われるなんて。
「わたしは何も言うてはおらぬぞ?」
「わたくしもです」
「え。でも確かに女性の声で……うるさいって」
「何を言うておるのだ」
ブロライトとプニさんが互いに顔を見合わせ、何を言っているのだと首をかしげる。クレイまでも俺を訝しむように見、少し居た堪れなくなった。
「ピュピュイ」
「そうだよ、ビーは聞こえたよな? 今、確かに誰かの声がしたんだ」
ビーも何かを聞いたと同意してくれている。疲れから来る幻聴ではない。
女性の、若い女性の声。若いというよりも、幼い。
幼い女の子の声が。
耳元で。
――勇気を試さなければ何を試せと言うの?
そう、こうやって耳元で聞こえたんだ。
4 細小波~いさらなみ~
俺たち三人と一匹と一頭しかいないはずの薄暗い墓の中。
仄暗い明かりで互いの姿すらはっきりと見えない、そんな視界にぼんやりと現れる白い影。
「ピャアアッ!」
「うおっほーい!」
ビーと俺の叫びが見事にシンクロし、その場から数メートル後ずさった。
声が聞こえたと思い、振り返るとやつがいた。白いぼんやりとした人魂のような。
「タケル! 何事じゃ!」
「どうした!」
クレイもブロライトもどうしてあの人魂がわからないんだ。クレイの目の前でふよふよ浮かんでいるじゃないか。
ごめんなさいリザードマンの亡霊さん。天井ブッ壊したのは不可抗力なんです。だけど元通りに戻したんだから許してください。呪いとかそういうのやめよ? ナムナム。
「何を叫んでいる!」
「見えないの!? あああ、ブロライトのほうへ行った!」
「何がじゃ? 何処に、何があるのじゃ」
二人とも白い影のようなものは見えていないようだ。この反応、リベルアリナが出たときと同じだ。あの悪霊、じゃなくて精霊王の姿も最初は二人に見えなかった。
それじゃあこの亡霊も、俺とビーにしか見えていないということ?
「プププ、プニさんは見えている? そこに、なんか白いのが、白いのが」
「ぶるるっ、わかりますよ? イグニス・ファトゥスですかね……いえ、精霊の力とはまた別の力のようです」
ああよかった。俺の目がおかしくなったわけじゃなかったのか。
――アンタ、どうしてアタシの姿が見えるのよ!
白いふよふよが急に叫んだ。幼い女の子の声。
女の子の亡霊? 何だ相手は子供か。子供? 子供なのに亡霊だなんて、どんな最期を遂げたんだ。
「えーと、俺は冒険者のタケルって言います。こっちは元リザードマンのクレイストン。そっちはエルフのブロライト。こいつはビー」
「ピュイ」
「無表情でブイサインしているのがプニさん」
「ひひん」
何もない空間に大声で独り言を言っているように見えるだろうが、俺とビーとプニさんの視線は同じところを見つめている。
さすがにクレイとブロライトは、俺との付き合いでいろいろと察してくれたようだ。
「姿が見えるわけじゃない。声ははっきりと聞こえるが、姿は……こう、霧のようなもやもやした何かだ」
――アンタたちがあっけなく罠を避けちゃったから、そのぶんの魔力を大量に消費したの! そのせいでこんな姿になったの!
「えっ」
罠をあっけなく避けたつもりはないんだけど。けっこう命からがらなのが何回かありましたよ。
――そこのリザードマンもなんだか様子がおかしいし! 様子がおかしいのにアタシの造った試練の門を開けちゃうし!
「それはクレイが元リザードマンで今は違うから」
――知らないわよそんなの!
姿が見えないが声は子供。だけど話す言葉は大人のようだ。
感想
あなたにおすすめの小説
【完結済】ワザと醜い令嬢をしていた令嬢一家華麗に亡命する
satomi醜く自らに魔法をかけてケルリール王国王太子と婚約をしていた侯爵家令嬢のアメリア=キートウェル。フェルナン=ケルリール王太子から醜いという理由で婚約破棄を言い渡されました。
もう王太子は能無しですし、ケルリール王国から一家で亡命してしまう事にしちゃいます!
【完結】悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
本編完結済です。
もっちもっち感謝祭で、リクエストいただいたお話を更新しています。
皆さまの応援のおかげで『もふもふ獣人に転生したら、最愛の推しに溺愛されています』書籍化、心から、ありがとうございます!
皆の動画をつくりました!
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです!
表紙や動画にAIを使っていますが、小説にはAIを使っておりません
妹ばかり愛した家族へ。私が王太子妃になった日、皆さんは謝りました。けれど、もう遅いのです
由香【全一話完結】
幼い頃から妹の引き立て役として生き、婚約者まで奪われて家を追放された侯爵令嬢エレナ。
傷ついた彼女が助けた青年は、身分を隠した王太子だった。
一年後、王太子妃となったエレナの前に現れたのは、今さら「家族だから」と擦り寄ってくる両親と妹。
けれど彼女は、もう二度と振り返らない。
婚約者を妹に譲ったので、温泉へ行く
七月なのか貴族の令嬢リリアーナは、幼い頃から「役立たず」と呼ばれて育った。
社交が苦手で、刺繍と料理ばかりしていた彼女を、家族も婚約者も疎ましく思っていた。
そしてある日、婚約者は妹と恋に落ち、婚約破棄。
両親からも見放されたリリアーナは、亡き祖父が遺した火山地帯の小領地を押し付けられ、王都から追い出されてしまう。
「好きに生きなさい」
それが最後の言葉だった。
画像作成:AI
「お姉様の刺繍は素人ね」と笑った義妹の婚礼衣装——裏地を見た女官十二人が、一斉に針を置いた
歩人(あゆと)「お姉様の刺繍は、素人の手習いに見えますわね」――王太子妃となる異母妹アデリーナは、王宮女官たちの前で姉ローゼを笑った。翌週の婚礼の朝。式典装の最終確認のため、十二人の女官が衣装の裏地を検めた瞬間――一人、また一人と、針を置いた。裏地に縫い込まれていたのは、女官たちが十二年間ずっと探していた一筆の銀糸。即位式の絹外套、二人の王女の婚礼ドレス、亡き王太后の弔意の喪服。王家儀礼衣装のすべての裏地に、同じ手で、同じ糸で、同じ銀の花が縫い込まれていた。「アデリーナ様、これは――あなた様の手では、ございません」縫い手は、ずっと一人だった。それを十二年間、誰の名でも呼べなかっただけのこと。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
私に姉など居ませんが?
山葵「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた
歩人(あゆと)侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。