素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

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1巻

1-3

「こんちはー」

 薄暗い店内に入ると、漢方のようなお香のような独特の匂いがした。
 所狭しと大きなガラスびんが壁に並び、中に何かが詰められている。天井から鍋やフライパンが吊られ、シャベルやつるはしのようなものもあった。
 なるほど、雑貨屋というか何でも屋というか。テーマパークにあるような部屋だが、これは現実。なんか顔がにやけてくる。
 カウンター奥から、恰幅かっぷくのいい髭面ひげづらの男がのそのそと出てきた。

「はい、らっしゃー、い? 兄さん、見たことのない顔だな」
「こんにちは。旅をしている者です」
「ほうほう、それは珍しい…………何か探しているものでもあるのかい?」

 何が必要なのか今はわからないので、まずは拾ったものを売ることが先だ。
 鞄の中から、一番いらないものを取り出す。
 そう、うんこだ。

「すんません、こんなんでも売れます?」

 えんがちょとつまんだブツを店主に見せると、店主はそれをひょいと素手でつまむ。しつこいが、うんこだ。

「うーん? うん? ほう、ほう、ほ~~う! ハンマーアリクイの糞か!」
「はい……」
「形も強度もいいな、色もいい。兄さん、こんなのよく見つけられたな」

 そこらに落ちてましたけど。

「売れます?」
「もちろん! これは売ってくれとこちらから言うところだ。こんな状態のいいものは久しくお目にかかっていない。そうだな……他に売られても困るから、銀貨五枚でどうだ!」

 そうドヤ顔されても相場がわかりません。買値かいねを言ってくれたんだろうけど、いくらくらいになるんだ。だってうんこ売った額だぞ?

「ええと、この村に宿ってありますよね」
「ああ、はす向かいのギャロップの宿だ。村には宿がそこしかねぇ」
「宿代って一晩いくらになります?」
「500レイブだな」

 れ、れいぶ? レイブってのが円とかドルっていう貨幣の呼び方? うんこが安いのか宿代が安いのかわからんな。

「銅貨十枚と青銅貨九枚と銀貨四枚にバラけて渡したほうがいいか?」

 お。銀貨五枚が、銅貨十枚と青銅貨九枚と銀貨四枚になると……うーんややこしい。
 で、ともかく通貨単位がレイブ。

「すみません、貨幣を扱うのが久しぶりで……ええと、宿代の500レイブっていうのは貨幣で言うと……どうなります?」
「うん? アンタ相当な田舎から来たな。ははっ、まあいいさ。銅貨五十枚か青銅貨五枚だぜ」

 銅貨五十枚で500レイブ。ということは、銅貨一枚が10レイブ、青銅貨一枚が100レイブということか。さっきの話を踏まえると、銀貨は1000レイブだな。
 つまりは……宿代よりもうんこのほうが高いのか?
 自称ド田舎な宿の相場がいくらになるのかわからないが、日本だと安くても5000円以上した宿泊施設。ということは、1レイブは日本円で10円くらいになるのだろうか。
 すると宿代が5000円くらいで、うんこが5万円? しつこいようだが、アレうんこだぞ!?

「それで、いいです。どうも……」
「よっしゃ! お互いいい取引ができたな!」

 店主は嬉しそうにうんこに頬ずりしている。気づけそれはうんこだ。
 ばっちいものを見る目を我慢し、用意してくれた貨幣を受け取る。鞄の中にあった小袋にそれを入れたらちょうど良かった。
 続いて鞄に手を突っ込む。

「これはどうですか?」
「うん? これは……鉄鉱石か。鉄含有量がそこそこあるようだな。うん、いい品だ。銀貨三枚でどうだ?」

 日常の必需品に化ける鉄が、うんこに負けた瞬間だった。
 どんだけ貴重なのかあのうんこ。

「それでお願いします」
「兄ちゃん、状態のいいもん持っているんだな。他にもなにかあるかい?」
「えーと、それじゃあ……」

 ランクBの月夜草を土ごと取り出す。どこを採取すればいいのかわからなかったので、根こそぎ持ってきた。

「なぬっ!? そりゃあ……月夜草か? いやまさか……むむ……確かに月夜草だ」
「そうらしいですね」
「こんなに大振りなものははじめて見た。これはどこに咲いていたんだ?」
「街道を北にずっと行った草原です」
「ベラキア大草原か。っはー、あんなところにも咲いているたあなあ。しかし今採取したばかりのようだな。どうやって持ってきたんだい?」
「鞄に詰めて?」
「は? …………空間収納袋アイテムボックス? いや…………でもまさか…………! こりゃあなんてこったい! 兄さん、異能ギフト持ちかい!?」

 鞄を広げて見せると、何もない漆黒の空間。それを見た店主が飛び上がるほど驚く。
 それほど驚くようなことだったのか?

「こりゃ驚いた…………空間術の異能ギフト持ちなんざ、それこそ久しぶりに見たぞ」
「はあ」
「すまんな、こんなに驚いちまって。話には聞いていたんだが、兄さんのような能力があるもんは大抵王都近辺を根城ねじろにするもんだろ? 何でこんなド田舎に来たんだい」

 店主は震える手で月夜草を売り物らしい木のカップに入れ、それを眺めながら尋ねてきた。

「俺のほうこそ辺鄙へんぴな森の中に住んでいましてね。都心部の情報なんて一切入ってこない、外界から閉ざされたところで自給自足の生活だったんですよ。それでまあ外の世界を知りたくなりまして、旅をしているわけです」
「森の住人かい」
「超、ド田舎でした」
「はははは! でかい森はそれだけ訪れるもんも少ないと聞くからなあ。もしかして……兄さんはその異能ギフトのことを詳しく知らねぇんじゃないか?」
「恥ずかしながら」

 店主は呆れながらも語気を強くして説明してくれた。
 異能ギフトは、技能スキルと違って生まれもって授かった祝福なのだという。異能ギフト持ちが生まれる確率は一万人に一人とも百万人に一人とも言われ、誰しも持っているわけではない。グラン・リオ大陸一賑やかなアルツェリオ王都にある魔法技術学院にすら、数人いればいいほう。異能力者を集めた団体もあり、それは国すらも動かせるほどの発言力があるらしい。
 ちなみに店主は人を見る目が普通の人より優れており、初対面の相手でもどんな性格なのか大体わかってしまうのだとか。それは長年の経験と潜在的な技能スキルによって生み出された特技のようなものなのだという。

「田舎モンなら便利だなーで終わる話だが、ここより更に南に行ったベルカイムでは話が違う。兄さんの能力を利用しようとするヤツがいるだろうよ。怪しげな団体に勧誘されたりするかもしれねぇ」
「なんか怖いですね」
「それだけ異能力者、異能ギフト持ちってのは珍しいし貴重なんだよ。俺は大昔、兄さんのような空間を操る異能力を見たことがあるからわかったけどよ、こう見るとその違いがわからあ。そいつの異能力なんかより兄さんの力のほうがすげぇ。魔道具マジックアイテムにも空間収納袋アイテムボックスってぇのがあるから、一見するとそれを持っていると思われることのほうが多いかもな」
「アイテムボックスですか」
「そうだ。だからといって異能力者だと言って回るのは止めておけよ。兄さん、人がよさそうだから利用されそうな気がするぜ」
「気をつけます」
魔道具マジックアイテムについては……そうだな、ここらにある……この本でも読んでおけば基本がわかる」

 店主はカウンターの下に潜り込み、古びた一冊の本を取り出した。

 背表紙には『事典』と書かれている。数年前に作られたものらしいが、大体の言葉の意味が載っているようだ。これはありがたいことだ。

「銀貨二枚にしておいてやるぜ」

 魔道具マジックアイテムのことがわかるならば、とそれを銀貨二枚で購入した。商売上手め。
 本よりうんこが高いのです……




 4 風呂が、ない!?


「兄さんはいつまでトルミにいるつもりだい?」
「世間の常識にうといですからね。都心部を目指す前に、この村で一般常識を学ばせてもらいますよ。なので、しばらく滞在させてもらいます」
「ははははっ、こんなド田舎で何が学べるかわからんが、皆気のイイやつらばかりだ。俺も含めてな!」
「そのようですね」
「あっはっはっは! いいねぇ、兄さん気に入った!!」

 初対面のでかい男がやってきても、嫌な顔をせずに歓迎してくれた。この村が危険と隣り合わせと言うのなら、村人たちはもっと警戒心むき出しでくるはず。おそらく警備網が磐石ばんじゃくなのか、それほど危険な目には遭わないのか。村を囲む柵は頑丈ではなかったので、きっと危険なことが少なく、平和なのだろう。

「俺はジェロムってんだ」
「俺はタケルと言います」
「月夜草は買い取れねぇ。ここじゃ買うやつもいねぇからな。買い取ってらしたりしたら、出入りの業者にどやされる。すまねぇが、旅の行商人かベルカイムあたりで売ってくれるか」
「わかりました」
「しばらく滞在するならギャロップの宿に行けよ。村にゃ宿はそこしかねぇけどな。俺の名前を言ってくれりゃあ、いくらか安くなると思うぜ」
「ありがとうございます」

 ジェロムと握手を交わし、月夜草を鞄にしまう。
 再度宿の場所を聞いてから、カウンターに置いてある白い飴玉を瓶ごと購入した。
 店の前で待ってくれていた子供らに飴玉を渡すと飛び上がって喜び、また抱っこしろだの肩車しろだのわらわらと寄ってこられた。
 店先に出てきたジェロムに笑われながらも子供らの相手をしていると、親たちが頭を下げながら一人また一人と子供を回収していく。
 どうやら夕飯の時間になるらしい。ジェロムと今度こそ別れ、宿を目指す。


 + + + + +


「こんちはー」

 大きな看板にギャロップと書かれた宿屋は雑貨屋よりは大きく、そして明るかった。
 二階建ての造りは村でも大きな建造物の一つであり、見た目はどの家よりも立派だ。木の匂いがする。
 入り口正面にカウンター、右側に食堂と思わしきところ、その奥は厨房のようだ。
 カウンターにいた恰幅かっぷくのいい女性がにこやかに応えた。

「はいはい、いらっしゃい」
「雑貨屋のご主人、ジェロムさんに勧められて来ました」
「あらまあ! っはー、そうですか。珍しいこともあるもんだ。お兄さんは旅人さんかね」
「そうです。タケルって言います」
「これはご丁寧にどうも、あたしは女将おかみのコンフィアです」
「どうも」

 互いに挨拶を済ませると、女将は俺を珍しそうに見上げる。

「村にでかい旅人が来たと子供らが騒いでいたが、あんたのことかい」
「そのようですね」
「ほあああ~、言われた通りでかいね。ふふふ、ごめんよ、あんたみたいにでかくて立派な兄さんには滅多にお目にかかれないんだ」

 やはり自分の背丈は規格外、と。

「しばらくご厄介になりたいんですけど、部屋は空いてますか?」
「ジェロムに気に入られた旅人さんだからね、安くしておくよ。本来なら一晩飯抜きで500レイブだが、朝飯つけて500レイブでどうだい?」
「それはありがたい」

 一晩青銅貨五枚、二日で銀貨一枚、1000レイブ。
 まずこの村で一般常識を身に付けたいから、十日ほどは滞在するつもりだ。
 銀貨五枚を取り出した。たぶんこれで合っているはず。

「滞在が伸びるかもしれませんが、まず十日分お願いします」
「はい、確かに。弁当が必要なら、前の晩に声をかけておくれよ」
「それでは明日の昼飯を弁当にしてもらえますか?」
「はいよ。普通は50レイブもらうんだが、最初の弁当はタダにしてあげるよ」
「ありがとうございます」
「見ての通りうちは食堂もやっていて、夜には酒場になる。村で一番やかましくなるところだから、うるさすぎたら言っておくれよ」
「わかりました」

 女将から部屋の鍵をもらい案内された階段を上がる。廊下の一番奥にある赤色の石が扉にはめ込まれた部屋に入った。
 俺の背丈ではどの部屋も狭く感じるのだろうが、贅沢は言うまい。屋根のある部屋で寝起きできることが既に贅沢なのだ。
 部屋は六畳ほどの広さで清潔感がある。出窓が一つあり、ベッドと小さなクローゼット。丸いテーブルと椅子もあった。
 これで一食付き500レイブ。安いのか安くないのかはわからんが、俺にとっては安いと言える。
 女将さんの人柄もよさそうだし、ベッドもそれほど硬くない。

「さて、と」

 ローブを脱いでブーツも脱ぐ。靴下も脱いでにおい確認。不思議と臭くなかった。
 鞄を開いて着替えを確認する。
 ミスリル銀糸のインナーシャツが二枚、厚手のハイネックシャツが二枚、普通のシャツが二枚、革ズボンが二本と下着が四枚。下着はボクサータイプで良かった。ふんどしだったらどうしようかと。
 普通のシャツと柔らかい素材のズボンを取り出し、寝巻きにする。
 トイレはみ取り式だ。懐かしのぼっとん便所に、ウォシュレットトイレの素晴らしさを今更ながら思う。一階にしかないようなので、寝る前に水分の取りすぎに気をつけるとする。暗くて怖いとかじゃないもん。

「そういや風呂ってどうなってるんだ?」

 風呂の案内をされなかった。部屋にはシャワーや風呂釜らしきものはない。素直に聞けばいいのだが、その前に買った事典に書いてあるか確認しよう。
 鞄から事典を取り出し、ベッドに腰掛ける。ギギ、と嫌な音がしたが無視。
 見た目はひもで留められた冊子だ。
 表紙を開くと何項目かに分かれた目次があり、序文らしきものが書かれている。文字も難なく読めた。
 ジェロムは事典と言っていたが、どうやらこれはマニュアル本らしい。冒険者に向けた初級知識が書かれてある。『冒険者』と『旅人』の違いはギルドに登録してあるかどうかのようだ。来たこれギルド! おらわくわくします。
『冒険者』はギルドに登録して依頼クエストをこなして稼ぐ職業。『旅人』は所謂いわゆる……趣味と。
 村の人たちが俺のことを旅人さんと言っていたのは、冒険者っぽくないからなのか? 帯剣していないし、強くなさそう……とか?
 ギルドとは職業斡旋あっせん所のようなものであり、日常の些細な手伝いや武器防具や薬などの材料の採取、指定のモンスターを討伐して指定の部位を採取したり、危険な箇所を探索したりする。時には護衛、荷物運搬、戦争への参加も依頼クエストとして頼まれる。
 ここらへんはゲームで知っていたギルドとさほど変わりはないようだ。ギルド登録した冒険者は経験や知名度などでランクが上がる。
 FとEが初心者、Dが普通冒険者、Cがいっぱしの冒険者、Bから一人前と認められ専門分野に分かれて活動し、Aになると尊敬すらされる。
 SとSSは別格であり、Sで英雄と呼ばれ、SSになると国王すら頭を下げる存在。
 よくわからないが上位ランクはとにかく凄い存在なのだろう。目から怪光線とか出るのかもしれない。
 SSクラス冒険者は世界でも四人しかいない。所在地不明、と。
 国王が頭を下げるというのだから、ド庶民が気軽に逢えるようなものでもないのだろう。逢いたいとも思わないからどうでもいい。
 続いて貨幣価値。
 貨幣は世界共通であり、どの地域でも使用することができる。国によって形は異なるが、総じて銅貨・青銅貨・銀貨・白銀貨・金貨・大陸金貨となっている。10レイブが銅貨一枚、100レイブが青銅貨一枚、1000レイブが銀貨一枚、1万レイブが白銀貨一枚、10万レイブが金貨一枚、100万レイブが大陸金貨一枚。
 庶民が扱うのは主に銀と銅であり、金貨や大陸金貨は商人か貴族が主に扱う。大陸金貨の上には紙幣のようなものがあるらしい。

「さっきも確認したが、1レイブ10円くらいの価値らしい。でも単位が10レイブからだ。1レイブ硬貨がないから、物価は10レイブが最低……と」

 手持ちの硬貨を取り出し、その形を確認。日本の硬貨より少し大きく、無骨ぶこつだ。硬貨に描かれた柄は国の紋章なのだろうか。
 手持ちは銅貨数十枚。ジェロムの雑貨屋で購入した飴玉は一ついくらというわけではなく、一瓶で100レイブだった。一キロくらいする大瓶。日本だとこれだけたくさん入った飴玉の瓶なんて2、3000円くらいするんだけどな。
 それも子供らに大盤振る舞いして三割は減った。味は柑橘かんきつ系でなかなか美味しい。
 この世界で、どこかに勤めて定期的に収入を得る、という考えは俺にはない。安定した生活は好ましいが、それでは前世と何も変わらない。もう上司にイビられたりするのはいやなんです。
 どうせなら世界を旅していろいろなものを見たいから、冒険者になるのが手っ取り早いのだろう。旅は趣味かもしれないが、生活費も稼がないといけない。
 袋に貨幣をじゃらじゃらと入れると、それを再び鞄にしまう。そのうち硬貨が取り出しやすい財布を探そう。
 はてさて魔道具マジックアイテムについては……魔石ませきを動力とした便利な道具らしい。
 魔石というのが何かと別ページをめくると、魔素まそを取り込んだ魔素結晶石を魔石と呼ぶ、とあった。魔石に様々な魔法を詰め込むことで、それをかてとする道具に特色が現れるようだ。
 魔素っていうのは魔力のもとみたいなもんか。つまりが魔石とは電池のようなものだな。その魔石に種類があって、いろんな効果があると。
 空間収納袋アイテムボックスは便利だが空間を操る異能力者が希少なため、市場に出回るのも極めてまれ。おまけに高価であり、最低価格は大陸金貨数枚……
 ワーオ。
 この鞄、大事にしよ。

「さて、風呂については何か書かれているか?」

 冒険者マニュアルブックに庶民の私生活について詳しく書かれてあるわけがない。そんなの一般常識すぎて書くまでもないのだろう。
 やっぱり聞くしかないか……そう考えていたところ。
 コンコン。
 扉を叩く音。
 この世界でも室内に入る前は扉を叩いて確認するのがマナーなのかな。覚えておこう。

「はい」
「宿の者です。お客様にお湯をお持ちしました」

 何でお湯? と思いながら扉を開く。
 そこには、おさげをしたソバカスの女の子がいた。年の頃は十歳くらい。重たそうな手桶のようなものを手にしている。その中にはホカホカとした湯気の上がるお湯。

「最初のお湯は無料です。追加を望まれるなら一回30レイブです」
「うん、ありがとう……それでね、聞いていいかな」
「なんでしょう?」
「俺は旅をしている者で、この国のことはとても疎いんだ」
「はあ」
「……このお湯で何をすればいいの?」

 わざと聞きづらそうに恥ずかしがって言うと、女の子はプッと吹き出した。笑うと可愛らしいな。

「身体を拭いたり足を拭いたりするのよ。旅人さん、ほこりっぽいでしょう?」
「あー……そのためのお湯ね。えっとね、風呂……ってわかる?」
「わかるけど、風呂なんてないわよ? 貴族じゃあるまいし」
「え!」

 風呂がないと?

「ベルカイムには湯屋ゆやがあるらしいけど、トルミにはないわ」
「それじゃあ、みんな身体を拭くだけ? 頭は?」
「井戸の洗い場で洗うのよ」

 うわあ。
 それはなんというかうわあ。
 温泉お風呂大好き日本人としては、絶望の底に突き落とされた気分だ。

「つよい魔導士が魔法で身体を綺麗にしてくれることもあるらしいけれど、トルミにはいないわ」
「魔法、で身体を綺麗にできるの?」
「ええ。私は詳しいことがわからないからうまく説明できないの。ごめんなさい」
「いやいや、そんな便利な魔法があるって情報を教えてくれただけでもありがたいよ」

 桶を部屋に入れ、鞄から財布にしている袋を取り出す。チップの相場はわからないけど、銅貨を五枚差し出した。50レイブだ。

「えっ? このお湯は無料ですよ?」
「情報のお礼と、何日か滞在するからお世話になります、ってことで」
「でも」
「これを受け取ったら女将さんに叱られる?」
「そんなことはないけど……」
「それじゃあ受け取ってくれるかな」

 少女はおずおずと両手を出す。てのひらに銅貨を落とすと少女の顔が戸惑いながらも微笑む。かわいい。

「お客様、ありがとう!」
「俺はタケルって言うんだ」
「わたしはエリィよ」
「よろしく」

 ブンブンと握手をし、エリィは跳ねるように駆けていった。
 幼女趣味はないが、子供は可愛いものだ。
 さて、良い情報を仕入れた。魔法で身体を綺麗にする、と。これも探査サーチのように考えれば使えるのかもしれない。
 清潔大事。何より大事。不衛生にしているだけで病気になることだってあるのだから。

「んーーー……身体を綺麗にするんだろ? 浄化……だとなんか状態異常解除のようだな。そうじゃなくて、洗う、清潔にする……清潔………………清潔クリーンか!」

 目をカッと見開いて唱えると、身体がファッと淡い光に包まれた。
 あっという間のことだったが、さっきまで感じていた髪の毛のべとべと感や肌のぺたぺた感が綺麗さっぱりなくなっている。風呂に入って全身乾かしたあとのような仕上がり。
 自分自身だけでなく、身につけていた服もこざっぱりとしていた。

「これは便利だ!! 便利だがものすごく物足りない! だが便利だ!」

 長湯が大好きな俺としては不満だが、それまではこの魔法で我慢するとしよう。そのうち絶対に湯屋に行き、風呂に入ってみせるぞ。

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