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2巻
2-3
門の前には、ずらりと並ぶ入国待機者。ドワーフ族はほぼ顔パスらしいが、他種族はお行儀良く並んでいる。
俺も最後尾に並ぼうとしたら、クレイがずんずんと列を無視して門へと歩いていく。そして警備のドワーフと一言二言会話をすると、振り向いて俺らに手招き。
どうしたのかと列を外れて近づくと、そのまま警備に案内されて大門の中へ入れた。
大門から長く続くゆるやかな坂を下ると、眼下に広がるのは巨大都市。鉄鋼山を採掘してできた穴に宿場を設けたのが、ヴォズラオの始まりらしい。宿場は村になり、村から町に。国民の八割が何らかの職人というまさしく職人大国。町のあちこちにある建造物はどれもこれもが素晴らしい出来で、美しく、ちょっと無骨。
太陽光と何らかの魔道具で灯された光によって、地下坑道跡だというのに暗さも陰気さも感じさせない。空気を循環させるシステムがあるのか、息苦しさや不快感もなかった。
ただし、すべてドワーフサイズで造られているため、俺たちのような背が高い者にとっては多少の不便もある。種族別の宿や各店の受付が完備されているところはありがたい。
門を顔パスできた理由について、クレイに尋ねてみる。
「なにこれ特別待遇?」
「いやなに、俺の知り合いがいたから挨拶をしたまで」
「いいのか? 身元調査とかしないで」
ギルドリングを出す用意はしていたのだが、それも見せろと言われなかった。この世界ではギルドリングが身分証明書でパスポートの役割もする。冒険者じゃない者は身元を証明する証紙のようなものを携帯するらしいが、そもそも冒険者や商人以外で長旅をする者はいない。商人は専用のパスみたいなものを所持している。
他国に入るには厳重な検査があるものだと思っていたが、なんだか拍子抜けだ。
「旦那のお仲間ですからね! 気にしないでくださいよ!」
先導していた警備のドワーフが歩きながら振り向き、鉄甲冑をがちゃがちゃと響かせながら叫ぶ。声がでかいのもドワーフ族の特徴。
「旦那ってのはクレイのことか? そういえば、クレイはこの国に来たことがあるんだっけ」
「旦那のお仲間さん、旦那のことを知らないんですかい? 旦那は我が王国の国王様と旧知の仲なんですよ?」
え。王様と知り合いなわけ?
それは寝耳に水ですよ、とクレイを見上げると――
「旧知の仲と言うよりも、ただの腐れ縁だ」
ははっと笑い飛ばした。それでも王様と面識があるなんて凄いことだと思うんだが。
「何をおっしゃるんですか旦那ぁ! 剛雷王ゼングムを追い払い、我が国を守ってくれた旦那はドワーフの救世主、いや英雄じゃないですか!」
なにそれ、どこの勇者のお話?
俺が興味津々の顔をしているのに気づいた警備ドワーフは、ちっちゃな目を爛々と輝かせて自慢げに続けた。
「聞いてくださいよ旦那のお仲間さん! あれは十年ほど昔の話なんですがね」
武具を作るが使わない者が多いドワーフ族は、戦争とは無縁。他のどの種族にも寄らず媚びず贔屓せず、一貫して中立の立場を守ってきた。しかし鋼鉄都市ヴォズラオは、豊富な鉱石の資源に恵まれた富める都市。そんな平和な王国は、貧しい国からすれば強引に攻め込んでも手に入れたい魅力的な地だった。
だが、ドワーフ族も平和に安穏と胡坐をかいていたわけではない。手先が器用で知能も高い彼らは、都市を守る防御壁も完璧に造り上げた。そもそも都市自体が、分厚い鉄鋼脈の地下にあるのだ。生半可な軍隊はものともしなかった。
ところがそれが仇となり、長い歴史の中でドワーフたちは戦う術を忘れてしまった。完璧な防御壁があるのだから、地上戦なんて起こり得ない。ますます武具を実際に扱える者はいなくなり、危機意識が低くなりつつあった頃。
「人族に化けた魔族が大門を抜けたんだ! 魔族なんて滅多に姿を見せない伝説上の種族って聞いていたから、俺たちも油断しちまってよ。その魔族が恐ろしい姿をした剛雷王ゼングム!」
また出てきた中二、じゃない謎の王様。どの国の王様なんだ?
ちなみに魔族は北の大陸に住んでいる長命な種族。ゲームでは異形の種として恐れられていたりするが、この世界では特にそんなことはない。知能が高く高潔な種らしく、魔力が高い。誰もが美男美女。
で、話を戻して、そのどこぞの王様がドワーフ族の都市に不法入国したもんだから、まあ大変。戦う術のないドワーフたちは、ナントカ王に言われるがままに金銀財宝を差し出してしまったと。
しばらくは暗黒の搾取の時代が続いたらしいが、そこで登場するのがクレイストン。
「旦那は剛雷王ゼングムに一人立ち向かってくれた。俺たちを助けてくれた!」
鼻息荒く拳を掲げた彼は、甲冑をがしゃがしゃ鳴らしながらスキップ。
どうやらクレイはこの国で英雄扱いらしい。なるほど顔パス入国なわけだ。
「……いや、少々話が違うのだが」
「え?」
「そのときは、新しい武具を揃えるためにたまたま立ち寄っただけでな。その……ゼングムという魔族は俺の姿を見てすぐ飛んで逃げたんだ」
「なにそれ」
「あの様子だと、ゼングムは姿かたちが恐ろしいだけで、実戦経験はなかったのであろう。剣すらまともに構えることができぬようだった」
つまり、見せかけだけのヤンキーがオラオラしていたら、見た目も戦闘経験もバリバリのクレイがやってきたので、怖気づいてケツまくって逃げた、と。
それはお恥ずかしい。魔族、カッコワルイ。
「確かにクレイの見た目は怖いからな」
「何だ」
「いや別に。まあいいんじゃないか? 追い払ったことに変わりはないし、ドワーフたちは喜んでいるんだから」
「喜ぶどころじゃないですって! それに旦那は、武具を扱えなかった俺たちを一から鍛えてくだすったんだ!」
話に食い込んできた警備ドワーフが、更に興奮しながら語りだした。
ドワーフたちは一流の冒険者であるクレイを師と崇め、国民総出で彼から槍術を教えてもらったらしい。総出て。
はじめは国王を護衛する者たち。続いて王宮を守る者たち。町の治安を守る者たち。そうして気がつけば、立派なドワーフ軍団の出来上がり。今では高ランクのドワーフ冒険者も珍しくなくなったらしい。
クレイが気まずそうに呟く。
「……いや、そうではない」
「またかよ」
「俺は基礎の型を指南しただけだ。あとは別の冒険者らが報酬目当てで教えただけのこと」
そう言うクレイを無視し、警備ドワーフは、それどちらのクレイさんの話? というものすごい美談を語り続けた。
感謝感激しすぎて事実に大いに脚色しまくった挙句、真実がどっかいっちゃったようだ。
誇張された話を聞きながら、クレイは言いづらそうに顔を顰める。気の毒かもしれないが、それだけ慕われているということだろう。
ブロライトはクレイの背中を叩いた。
「まあ……あながち嘘ではないのじゃ。ドワーフどもがクレイストンに感謝していることは変わりないのじゃろう?」
「そうそう。そのうちすんごい銅像とか建つかもしれないな。こう、魔王みたいに怖くてどでかいやつ」
「ピュイ!」
「それはすごいことじゃ!」
「ふふっ、まさかそこまでのことではなかろう」
「あははは。だよなー」
「はははは!」
軽く盛り上がってしまった。
まあ、ブラジルの巨大キリスト像みたいなのがあったらさすがに笑えないだろうな、と。
俺たちは暢気に都市見物を続けたのだが。
笑い事ではありませんでした。
「……勘弁してくれ」
ヴォズラオギルド「カリスト」がある中央広場の、その真ん中。
都市の象徴になっているだろう巨大建造物を見た俺たちは、呆気に取られた。
クレイストンは――絶望していた。
ここで俺が何を言っても慰めにはならないんだろうけど、とりあえず声をかけておこう。
「まあまあ、どう見ても別人にしか見えないからさ」
「やかましい!」
クレイに一蹴される。
「わたしはあのでっかいクレイストンのほうが恰好いいと思うぞ!」
「黙れブロライトォォ!」
この、雄々しいティラノサウルスみたいな超巨大立像の名前は、「勇者ギルディアス」。ちなみにギルディアスは、クレイストンのファーストネームだ。
銅と錫と亜鉛で造られた立派な像は、どう見てもクレイではない。面影が一切ない。ビジュアルの恰好良さ重視で造っちゃった感ありありのその像は、ドワーフたちの誇りらしい。拝んでいる者もいた。だけどあれ、完全に恐怖の大魔王だよな。
羞恥に悶え縮こまるクレイを放置し、俺はギルドの受付に行って、採取した素材を売りさばいた。
どの国でも薬草や野草というものは常に需要があり、特に状態のいいものばかり選んで採取する俺の素材は高値で売れた。
「エウロパのグリット受付主任から伝書虫が届いていて、お前さんのことはなんとなく聞いていたが、いやはやこいつは想像以上だ! すげえな! どれもこれも一級品だ!」
「それはどうも」
「こんな腕持っているのに、アンタ何でランクFのままなんだよ」
ランクアップがめんどくさくてですね。
月夜草に一本白銀貨五枚の値がついた。これはエウロパギルドよりも高い。回復薬に不可欠な薬草はどれも高値がついたということは、それだけ品数を必要とされているのだろう。これはやはり、鉱山で何か起きていることと関連しているんだろうな。
「聞いてもいいか? リュハイの鉱山はどうなっている」
「うん? ああ……もしかしたらアンタもイルドラを求めて来たのか?」
「知人に頼まれてな。様子を見に来たんだ」
「そいつは無駄骨だったな。一部の坑道はなんとか確保できているんだが、そこはもう採り尽くした跡に過ぎない。一番奥のこれから採掘をしようって場所に、とんでもないモンスター……、いや……アイツは悪魔だ! 悪魔が出るようになりやがった!」
「何でその、悪魔? が出てくるようになったんだ?」
カリストギルド受付主任であるドワーフのザンボは肩をすくめ、経緯を教えてくれた。
数ヶ月前に大地が激しく揺れ、その災厄によって地下に眠る獰猛な悪魔が目を覚ましたのだ、と。
数ヶ月前、か。
……なんとなく、ビーの目覚めとボルさんの浄化が、関与しているような気がします。
「ピュイィ?」
ともかく、この愛くるしい生き物のせいにするつもりは毛頭ない。
どれだけ恐ろしく強いモンスターがいたとしても、ボルさんほどじゃないだろう。ほんと、ボルさんは良い基準になります。
悪魔がいようと、まあ、なんとかしてやろうじゃないの。
「なぜ……なぜ俺が……あんな……俺はあんな……恐ろしいのか……?」
「クレイ、クレイストン、ちょっとこっち帰ってきてくれる?」
ギルドの隅っこで羞恥に震えるクレイの肩を叩き、我に返させる。
「ぐすっ……なんだ」
ちょっと泣きべそやめてー。
「グルサス親方が書いてくれた紹介状は誰に見せればいい? 俺は坑道に入って少しでも多くのイルドラ石を採取したいんだ」
「ずびっ、危険だとわかっている坑道に入るというのか」
「最強のハサミを作ってもらうためにここまで来たんだぞ? 観光だけして帰るなんて」
もったいないというかなんというか。
ドヤ顔して受注した依頼を、無理でしたできませんでしたテヘッ、というのはものすごく恰好悪い。いやいや、恰好良い悪いの問題でもない。信用問題になるのだ!
「ところでさ、鉱山の坑道って迷路みたいに入り組んでいるんだよな」
「熟練の坑夫ならば案内もできると思うが」
「それってつまり、ダンジョンだよな」
「……タケル。お前の目的はそれか」
そうです。
迷路と言えばダンジョン!
洞窟や遺跡なんかを探検するのには憧れていたんだよ。有名なはっちゃけ考古学者の冒険映画なんて何回も観たものだ。謎解いて秘宝を手にするとか、たまんない。虫だらけの床は嫌だけど。
この世界は現実であり、リセットしてやり直すことはできない。死んだらそこでおしまいだが、ボルさんクラスのモンスターは出てこないとすれば、行かない以外の選択肢が見つからない。
それに、俺の優れた第六感が言っているんだ。
行っちゃえ、と!
4 坑道探索、参ります
「ほほう、ほうほうほう、ほほほう!! 久しぶりだのギル! わしは見た目の通り元気だ! なあに鉱山でちょーっと問題があるくらいで、他は皆元気だ!」
グラン・リオ・ドワーフ王国を束ねるゾロワディーン王。
ドワーフの王様ってなんと言いますかこう……もっと威厳に満ち溢れた貫禄たっぷりのイメージがあったんだけど。
「わしがゾロワディーンである! ギルの仲間であるそなたたちならば、わしのことを気軽に呼べば良いぞ! ゾロちゃんとかディンちゃんとかの」
なにこのちまこいの。
さっそくクレイが苦情を言う。
「ゾロワディーン、落ち着いて聞いてくれ。まずあの巨大な立像はなんだ!」
「ん? あれ見てくれた? ほうほう、凄いであろう凄いであろう! わしらの自信作! わしもこの手で彫ったのだぞ! 目玉のところを! ぐりぐりと!」
「あの立像を俺にするのはやめろ! 俺はあんなに恐ろしくはないだろう!」
「ん? ん? 恰好良いだろう? わしらの守り神!」
巨大なクレイストンが、ちまこいドワーフの王様に怒鳴っている。
警備のドワーフよりも小さなそのおっさんは、コレでも一族に慕われている有能な王様らしい。ヴォズラオの完璧な防御壁を造ったのも、このちまこいおっさんが先導したという。
王族としては珍しい改革派なんだろうな。守るべきものは守り、変えるべきものは柔軟に変えていく。統治者として理想的。
だが、やはり威厳はない。
のんびりもしていられないので話に割って入る。
「お楽しみのところ失礼いたします」
「誰がお楽しみだ」
「まあまあ」
ムッとするクレイを軽く宥めて、ちょろちょろ動く王様に一礼。膝をつき、頭を下げる。確か映画ではこうやって王様に敬意を表していたはずだ。
王様は長い顎ひげを撫でながら俺の頭上を凝視。そこにはキョトン顔したビーが、逆に王様を凝視。
「はじめまして、ゾロワディーン王。俺は冒険者のタケルと申します」
「ほほう、ほうほう! ギルの仲間だな。大きいな! 巨人族か?」
「いいえ、人間です王様」
「ほほうほうほう、ほほう! 頭の上のはドラゴンか? 幼生とははじめて見た!」
「ピューイ……」
「めんこいのうめんこいのう! よーしよしよしよし! ところで何用だ?」
やっと本題を聞いてくれた。
俺はグルサス親方が書いてくれた紹介状を、執政のセラフィン氏に手渡す。それを読んだセラフィン氏は驚き、俺のほうを見てパッと顔を明るくさせた。
「王様王様、吉報でございますぞ」
「うむうむ、申してみよ」
「ベルカイム商業地区武器鍛冶組合代表、グルサス・ペンドラススよりの紹介状でございます」
「ほうほう、グルサスか! 存じておるぞ!」
「グルサスが申しますには、そこなる冒険者タケルは素晴らしい腕を持った素材採取家であるとか。此度のリュハイ鉱山の騒動の真相を突き止められるほどの腕と」
えっ?
「ほほほほう!! それは素晴らしい!」
「え、ちょま」
真相を突き止めるつもりはないんだけど。
「北坑道には、正体不明の禍々しい巨大な悪魔が巣食っておるのだ! 勇猛な戦士が幾人も立ち向かったが、誰も敵わないのだ……」
「ギルドにも高額報酬の依頼として出したのですが、その悪魔の正体が不明のままでは受けられぬと敬遠されておりまして」
いくら無謀で脳筋な冒険者でも、対象が未確認のままでは受注しないだろう。命あっての物種だ。
「ギルドに冒険者はたくさんいたようだけど、みんな様子を見ているって感じなのかな」
「そうだな。ヴォズラオは良い武具が揃っておる故、高位冒険者も訪れる。だが、坑道に現れる悪魔なるモンスターについての情報はあまりにも少ない」
それは、今までリュハイの鉱山が平和だったから、というのも理由としてあるだろう。そもそも人が行き来をする坑道のような場所に、巨大なモンスターはわざわざ寄りつかないはずなのだ。
他の冒険者が調査してくれるのをのんびりと待っている時間はない。グルサス親方は武具を作る大会に渾身の作品を出さなくてはいけないのだ。となれば、明日にでも坑道に入ってイルドラ石を採掘しなければ。
「王様、よろしいでしょうか」
荘厳な謁見の間に、俺の声が静かに響き渡った。
+ + + + +
便利な鞄の中には大量の食料と水が入っている。
俺一人だけでは数年あっても食いきれないほどの量だ。いやなに気に入ったものは大人買いしてしまう傾向がありましてね。他に娯楽がないのだ。食う寝る風呂に金を費やすのは惜しくないと開き直った。肉焼きジュペ美味い。
自炊できるだけの食材と調味料、野営準備も万端だ。装備は今着ているもので十分だし、最強のユグドラシルの杖もある。
もともとの性格からだと思うが、すべてにおいて余裕がなければ不安になる性分なのだ。余裕ある行動、余裕ある所持品、余裕ある日常。焦ること嫌い。
そんなわけで翌日、特に改めて準備することもなく坑道の入り口に来た。
「ブロライトには坑道内での護衛を頼んだけど、クレイも来たのか?」
「当たり前であろう。俺はお前の用心棒だ」
準備万端の鼻息荒いブロライトの隣で、同じくやる気満々のクレイストン。来るかなと思っていたが案の定来てくれた。
「ランクA冒険者としてギルドは通しただろうな」
「無論」
「ブロライトは?」
「わたしも昨日ギルド登録をしたのじゃ! タケルと同じランクF冒険者じゃぞ」
坑道探査依頼はランクDからの指定になっていた。だが、ランクAのクレイが同行するということでブロライトも受注することができたのだろう。俺は面倒なので今回はクエスト受注をしていない。採掘した鉱石を無償でもらえる約束を王様直々にしてもらったからな。
クレイの威光も大いに利用させてもらった。クレイの信用はんぱない。その仲間ってだけで無条件に坑道探査を許してくれたからなあ。
「さてそれじゃあ、準備はいいか?」
坑夫ルックに身を包んだギルドの受付主任ザンボ氏。黄色いヘルメットが眩しいです。
案内係を一人付けてくれと頼んだが、なぜに受付主任が来たのかと思えば――
「張りきって行こうぜ! ワシは逃げ足だけは速いぞ! 邪魔にならんよう、優秀な素材採取専門家の仕事ぶりを見物させてもらうからな!」
そういうわけで、俺の採取の腕をスパイしたいらしい。
俺の場合、魔法で採取するだけなので参考にならないと思うが、邪魔をしなければ構わない。
「ザンボさん、坑道内の地図とかある?」
「玄武道……今から向かう坑道ので良けりゃ」
「ちょっと貸して」
茶色い巻き紙をするすると伸ばすと、簡単な地図が描かれていた。あまりにも簡易すぎて少し不安になったが。
「解読」
地図を読み取り、記憶しておく。これで探査をかければ、はぐれても道に迷うことはなくなる。
「タケル、今何をしたのじゃ。一瞬魔力の波を感じたのじゃが」
「うん? 俺には何も感じられなかったぞ」
ブロライトは魔力感知能力が長けているので、俺のわずかな魔法発動にも気づく。クレイストンはブロライトほど魔力はないのか、まったく感じられないようだ。ちなみにザンボ氏はキョトンとしている。
「地図を読み取った。もしもザンボさんとはぐれても道に迷わないように」
「読み取る? 地図を?」
「うーんと、一瞬で記憶する、って言えばいいかな。ともかくこれは返す。ありがとう」
この魔法は図書館でよく使った。
本はとても貴重なものであり、特に貴重な文献は読むだけで銀貨数枚も取られた。しかも一日だけで。なので、本の内容を暗記できないかなと考えたら、この魔法を思いついたのだ。覚える容量にもよるが、地図一枚程度じゃ魔力もさほど使わない。ちなみに百科事典のようなものを解読しようとしたら酷い頭痛がしたものだ。
「……クレイ、今の魔法は何か知っておるか?」
「いいや……地図を一瞬で記憶する、だと? ありえん」
「タケルは魔法使いではないと申しておった。じゃが……あのような複雑な魔法を扱う者は熟練の魔法使い以外ありえぬ」
「魔法使いじゃないって。はいはい行くよー」
「ピュイィ~ィ」
リュハイ鉱山北坑道入り口、玄武道。
頑丈な鉄の扉に閉ざされたそこは、リュハイ鉱山の中では一番新しい坑道だ。数ヶ月前に広大なイルドラ石の鉱脈が発見され、ドワーフ国の更なる発展が喜ばれていた矢先、謎のモンスターが出没したと。
その場に居合わせた坑夫らの証言によると、今まで見たことも聞いたこともない巨大で邪悪でおぞましい悪魔……とにかくなんかすごいモンスターがいるらしい。
ごつい扉の鍵を鍵番のドワーフに開けてもらい、いざ中へ。
俺も最後尾に並ぼうとしたら、クレイがずんずんと列を無視して門へと歩いていく。そして警備のドワーフと一言二言会話をすると、振り向いて俺らに手招き。
どうしたのかと列を外れて近づくと、そのまま警備に案内されて大門の中へ入れた。
大門から長く続くゆるやかな坂を下ると、眼下に広がるのは巨大都市。鉄鋼山を採掘してできた穴に宿場を設けたのが、ヴォズラオの始まりらしい。宿場は村になり、村から町に。国民の八割が何らかの職人というまさしく職人大国。町のあちこちにある建造物はどれもこれもが素晴らしい出来で、美しく、ちょっと無骨。
太陽光と何らかの魔道具で灯された光によって、地下坑道跡だというのに暗さも陰気さも感じさせない。空気を循環させるシステムがあるのか、息苦しさや不快感もなかった。
ただし、すべてドワーフサイズで造られているため、俺たちのような背が高い者にとっては多少の不便もある。種族別の宿や各店の受付が完備されているところはありがたい。
門を顔パスできた理由について、クレイに尋ねてみる。
「なにこれ特別待遇?」
「いやなに、俺の知り合いがいたから挨拶をしたまで」
「いいのか? 身元調査とかしないで」
ギルドリングを出す用意はしていたのだが、それも見せろと言われなかった。この世界ではギルドリングが身分証明書でパスポートの役割もする。冒険者じゃない者は身元を証明する証紙のようなものを携帯するらしいが、そもそも冒険者や商人以外で長旅をする者はいない。商人は専用のパスみたいなものを所持している。
他国に入るには厳重な検査があるものだと思っていたが、なんだか拍子抜けだ。
「旦那のお仲間ですからね! 気にしないでくださいよ!」
先導していた警備のドワーフが歩きながら振り向き、鉄甲冑をがちゃがちゃと響かせながら叫ぶ。声がでかいのもドワーフ族の特徴。
「旦那ってのはクレイのことか? そういえば、クレイはこの国に来たことがあるんだっけ」
「旦那のお仲間さん、旦那のことを知らないんですかい? 旦那は我が王国の国王様と旧知の仲なんですよ?」
え。王様と知り合いなわけ?
それは寝耳に水ですよ、とクレイを見上げると――
「旧知の仲と言うよりも、ただの腐れ縁だ」
ははっと笑い飛ばした。それでも王様と面識があるなんて凄いことだと思うんだが。
「何をおっしゃるんですか旦那ぁ! 剛雷王ゼングムを追い払い、我が国を守ってくれた旦那はドワーフの救世主、いや英雄じゃないですか!」
なにそれ、どこの勇者のお話?
俺が興味津々の顔をしているのに気づいた警備ドワーフは、ちっちゃな目を爛々と輝かせて自慢げに続けた。
「聞いてくださいよ旦那のお仲間さん! あれは十年ほど昔の話なんですがね」
武具を作るが使わない者が多いドワーフ族は、戦争とは無縁。他のどの種族にも寄らず媚びず贔屓せず、一貫して中立の立場を守ってきた。しかし鋼鉄都市ヴォズラオは、豊富な鉱石の資源に恵まれた富める都市。そんな平和な王国は、貧しい国からすれば強引に攻め込んでも手に入れたい魅力的な地だった。
だが、ドワーフ族も平和に安穏と胡坐をかいていたわけではない。手先が器用で知能も高い彼らは、都市を守る防御壁も完璧に造り上げた。そもそも都市自体が、分厚い鉄鋼脈の地下にあるのだ。生半可な軍隊はものともしなかった。
ところがそれが仇となり、長い歴史の中でドワーフたちは戦う術を忘れてしまった。完璧な防御壁があるのだから、地上戦なんて起こり得ない。ますます武具を実際に扱える者はいなくなり、危機意識が低くなりつつあった頃。
「人族に化けた魔族が大門を抜けたんだ! 魔族なんて滅多に姿を見せない伝説上の種族って聞いていたから、俺たちも油断しちまってよ。その魔族が恐ろしい姿をした剛雷王ゼングム!」
また出てきた中二、じゃない謎の王様。どの国の王様なんだ?
ちなみに魔族は北の大陸に住んでいる長命な種族。ゲームでは異形の種として恐れられていたりするが、この世界では特にそんなことはない。知能が高く高潔な種らしく、魔力が高い。誰もが美男美女。
で、話を戻して、そのどこぞの王様がドワーフ族の都市に不法入国したもんだから、まあ大変。戦う術のないドワーフたちは、ナントカ王に言われるがままに金銀財宝を差し出してしまったと。
しばらくは暗黒の搾取の時代が続いたらしいが、そこで登場するのがクレイストン。
「旦那は剛雷王ゼングムに一人立ち向かってくれた。俺たちを助けてくれた!」
鼻息荒く拳を掲げた彼は、甲冑をがしゃがしゃ鳴らしながらスキップ。
どうやらクレイはこの国で英雄扱いらしい。なるほど顔パス入国なわけだ。
「……いや、少々話が違うのだが」
「え?」
「そのときは、新しい武具を揃えるためにたまたま立ち寄っただけでな。その……ゼングムという魔族は俺の姿を見てすぐ飛んで逃げたんだ」
「なにそれ」
「あの様子だと、ゼングムは姿かたちが恐ろしいだけで、実戦経験はなかったのであろう。剣すらまともに構えることができぬようだった」
つまり、見せかけだけのヤンキーがオラオラしていたら、見た目も戦闘経験もバリバリのクレイがやってきたので、怖気づいてケツまくって逃げた、と。
それはお恥ずかしい。魔族、カッコワルイ。
「確かにクレイの見た目は怖いからな」
「何だ」
「いや別に。まあいいんじゃないか? 追い払ったことに変わりはないし、ドワーフたちは喜んでいるんだから」
「喜ぶどころじゃないですって! それに旦那は、武具を扱えなかった俺たちを一から鍛えてくだすったんだ!」
話に食い込んできた警備ドワーフが、更に興奮しながら語りだした。
ドワーフたちは一流の冒険者であるクレイを師と崇め、国民総出で彼から槍術を教えてもらったらしい。総出て。
はじめは国王を護衛する者たち。続いて王宮を守る者たち。町の治安を守る者たち。そうして気がつけば、立派なドワーフ軍団の出来上がり。今では高ランクのドワーフ冒険者も珍しくなくなったらしい。
クレイが気まずそうに呟く。
「……いや、そうではない」
「またかよ」
「俺は基礎の型を指南しただけだ。あとは別の冒険者らが報酬目当てで教えただけのこと」
そう言うクレイを無視し、警備ドワーフは、それどちらのクレイさんの話? というものすごい美談を語り続けた。
感謝感激しすぎて事実に大いに脚色しまくった挙句、真実がどっかいっちゃったようだ。
誇張された話を聞きながら、クレイは言いづらそうに顔を顰める。気の毒かもしれないが、それだけ慕われているということだろう。
ブロライトはクレイの背中を叩いた。
「まあ……あながち嘘ではないのじゃ。ドワーフどもがクレイストンに感謝していることは変わりないのじゃろう?」
「そうそう。そのうちすんごい銅像とか建つかもしれないな。こう、魔王みたいに怖くてどでかいやつ」
「ピュイ!」
「それはすごいことじゃ!」
「ふふっ、まさかそこまでのことではなかろう」
「あははは。だよなー」
「はははは!」
軽く盛り上がってしまった。
まあ、ブラジルの巨大キリスト像みたいなのがあったらさすがに笑えないだろうな、と。
俺たちは暢気に都市見物を続けたのだが。
笑い事ではありませんでした。
「……勘弁してくれ」
ヴォズラオギルド「カリスト」がある中央広場の、その真ん中。
都市の象徴になっているだろう巨大建造物を見た俺たちは、呆気に取られた。
クレイストンは――絶望していた。
ここで俺が何を言っても慰めにはならないんだろうけど、とりあえず声をかけておこう。
「まあまあ、どう見ても別人にしか見えないからさ」
「やかましい!」
クレイに一蹴される。
「わたしはあのでっかいクレイストンのほうが恰好いいと思うぞ!」
「黙れブロライトォォ!」
この、雄々しいティラノサウルスみたいな超巨大立像の名前は、「勇者ギルディアス」。ちなみにギルディアスは、クレイストンのファーストネームだ。
銅と錫と亜鉛で造られた立派な像は、どう見てもクレイではない。面影が一切ない。ビジュアルの恰好良さ重視で造っちゃった感ありありのその像は、ドワーフたちの誇りらしい。拝んでいる者もいた。だけどあれ、完全に恐怖の大魔王だよな。
羞恥に悶え縮こまるクレイを放置し、俺はギルドの受付に行って、採取した素材を売りさばいた。
どの国でも薬草や野草というものは常に需要があり、特に状態のいいものばかり選んで採取する俺の素材は高値で売れた。
「エウロパのグリット受付主任から伝書虫が届いていて、お前さんのことはなんとなく聞いていたが、いやはやこいつは想像以上だ! すげえな! どれもこれも一級品だ!」
「それはどうも」
「こんな腕持っているのに、アンタ何でランクFのままなんだよ」
ランクアップがめんどくさくてですね。
月夜草に一本白銀貨五枚の値がついた。これはエウロパギルドよりも高い。回復薬に不可欠な薬草はどれも高値がついたということは、それだけ品数を必要とされているのだろう。これはやはり、鉱山で何か起きていることと関連しているんだろうな。
「聞いてもいいか? リュハイの鉱山はどうなっている」
「うん? ああ……もしかしたらアンタもイルドラを求めて来たのか?」
「知人に頼まれてな。様子を見に来たんだ」
「そいつは無駄骨だったな。一部の坑道はなんとか確保できているんだが、そこはもう採り尽くした跡に過ぎない。一番奥のこれから採掘をしようって場所に、とんでもないモンスター……、いや……アイツは悪魔だ! 悪魔が出るようになりやがった!」
「何でその、悪魔? が出てくるようになったんだ?」
カリストギルド受付主任であるドワーフのザンボは肩をすくめ、経緯を教えてくれた。
数ヶ月前に大地が激しく揺れ、その災厄によって地下に眠る獰猛な悪魔が目を覚ましたのだ、と。
数ヶ月前、か。
……なんとなく、ビーの目覚めとボルさんの浄化が、関与しているような気がします。
「ピュイィ?」
ともかく、この愛くるしい生き物のせいにするつもりは毛頭ない。
どれだけ恐ろしく強いモンスターがいたとしても、ボルさんほどじゃないだろう。ほんと、ボルさんは良い基準になります。
悪魔がいようと、まあ、なんとかしてやろうじゃないの。
「なぜ……なぜ俺が……あんな……俺はあんな……恐ろしいのか……?」
「クレイ、クレイストン、ちょっとこっち帰ってきてくれる?」
ギルドの隅っこで羞恥に震えるクレイの肩を叩き、我に返させる。
「ぐすっ……なんだ」
ちょっと泣きべそやめてー。
「グルサス親方が書いてくれた紹介状は誰に見せればいい? 俺は坑道に入って少しでも多くのイルドラ石を採取したいんだ」
「ずびっ、危険だとわかっている坑道に入るというのか」
「最強のハサミを作ってもらうためにここまで来たんだぞ? 観光だけして帰るなんて」
もったいないというかなんというか。
ドヤ顔して受注した依頼を、無理でしたできませんでしたテヘッ、というのはものすごく恰好悪い。いやいや、恰好良い悪いの問題でもない。信用問題になるのだ!
「ところでさ、鉱山の坑道って迷路みたいに入り組んでいるんだよな」
「熟練の坑夫ならば案内もできると思うが」
「それってつまり、ダンジョンだよな」
「……タケル。お前の目的はそれか」
そうです。
迷路と言えばダンジョン!
洞窟や遺跡なんかを探検するのには憧れていたんだよ。有名なはっちゃけ考古学者の冒険映画なんて何回も観たものだ。謎解いて秘宝を手にするとか、たまんない。虫だらけの床は嫌だけど。
この世界は現実であり、リセットしてやり直すことはできない。死んだらそこでおしまいだが、ボルさんクラスのモンスターは出てこないとすれば、行かない以外の選択肢が見つからない。
それに、俺の優れた第六感が言っているんだ。
行っちゃえ、と!
4 坑道探索、参ります
「ほほう、ほうほうほう、ほほほう!! 久しぶりだのギル! わしは見た目の通り元気だ! なあに鉱山でちょーっと問題があるくらいで、他は皆元気だ!」
グラン・リオ・ドワーフ王国を束ねるゾロワディーン王。
ドワーフの王様ってなんと言いますかこう……もっと威厳に満ち溢れた貫禄たっぷりのイメージがあったんだけど。
「わしがゾロワディーンである! ギルの仲間であるそなたたちならば、わしのことを気軽に呼べば良いぞ! ゾロちゃんとかディンちゃんとかの」
なにこのちまこいの。
さっそくクレイが苦情を言う。
「ゾロワディーン、落ち着いて聞いてくれ。まずあの巨大な立像はなんだ!」
「ん? あれ見てくれた? ほうほう、凄いであろう凄いであろう! わしらの自信作! わしもこの手で彫ったのだぞ! 目玉のところを! ぐりぐりと!」
「あの立像を俺にするのはやめろ! 俺はあんなに恐ろしくはないだろう!」
「ん? ん? 恰好良いだろう? わしらの守り神!」
巨大なクレイストンが、ちまこいドワーフの王様に怒鳴っている。
警備のドワーフよりも小さなそのおっさんは、コレでも一族に慕われている有能な王様らしい。ヴォズラオの完璧な防御壁を造ったのも、このちまこいおっさんが先導したという。
王族としては珍しい改革派なんだろうな。守るべきものは守り、変えるべきものは柔軟に変えていく。統治者として理想的。
だが、やはり威厳はない。
のんびりもしていられないので話に割って入る。
「お楽しみのところ失礼いたします」
「誰がお楽しみだ」
「まあまあ」
ムッとするクレイを軽く宥めて、ちょろちょろ動く王様に一礼。膝をつき、頭を下げる。確か映画ではこうやって王様に敬意を表していたはずだ。
王様は長い顎ひげを撫でながら俺の頭上を凝視。そこにはキョトン顔したビーが、逆に王様を凝視。
「はじめまして、ゾロワディーン王。俺は冒険者のタケルと申します」
「ほほう、ほうほう! ギルの仲間だな。大きいな! 巨人族か?」
「いいえ、人間です王様」
「ほほうほうほう、ほほう! 頭の上のはドラゴンか? 幼生とははじめて見た!」
「ピューイ……」
「めんこいのうめんこいのう! よーしよしよしよし! ところで何用だ?」
やっと本題を聞いてくれた。
俺はグルサス親方が書いてくれた紹介状を、執政のセラフィン氏に手渡す。それを読んだセラフィン氏は驚き、俺のほうを見てパッと顔を明るくさせた。
「王様王様、吉報でございますぞ」
「うむうむ、申してみよ」
「ベルカイム商業地区武器鍛冶組合代表、グルサス・ペンドラススよりの紹介状でございます」
「ほうほう、グルサスか! 存じておるぞ!」
「グルサスが申しますには、そこなる冒険者タケルは素晴らしい腕を持った素材採取家であるとか。此度のリュハイ鉱山の騒動の真相を突き止められるほどの腕と」
えっ?
「ほほほほう!! それは素晴らしい!」
「え、ちょま」
真相を突き止めるつもりはないんだけど。
「北坑道には、正体不明の禍々しい巨大な悪魔が巣食っておるのだ! 勇猛な戦士が幾人も立ち向かったが、誰も敵わないのだ……」
「ギルドにも高額報酬の依頼として出したのですが、その悪魔の正体が不明のままでは受けられぬと敬遠されておりまして」
いくら無謀で脳筋な冒険者でも、対象が未確認のままでは受注しないだろう。命あっての物種だ。
「ギルドに冒険者はたくさんいたようだけど、みんな様子を見ているって感じなのかな」
「そうだな。ヴォズラオは良い武具が揃っておる故、高位冒険者も訪れる。だが、坑道に現れる悪魔なるモンスターについての情報はあまりにも少ない」
それは、今までリュハイの鉱山が平和だったから、というのも理由としてあるだろう。そもそも人が行き来をする坑道のような場所に、巨大なモンスターはわざわざ寄りつかないはずなのだ。
他の冒険者が調査してくれるのをのんびりと待っている時間はない。グルサス親方は武具を作る大会に渾身の作品を出さなくてはいけないのだ。となれば、明日にでも坑道に入ってイルドラ石を採掘しなければ。
「王様、よろしいでしょうか」
荘厳な謁見の間に、俺の声が静かに響き渡った。
+ + + + +
便利な鞄の中には大量の食料と水が入っている。
俺一人だけでは数年あっても食いきれないほどの量だ。いやなに気に入ったものは大人買いしてしまう傾向がありましてね。他に娯楽がないのだ。食う寝る風呂に金を費やすのは惜しくないと開き直った。肉焼きジュペ美味い。
自炊できるだけの食材と調味料、野営準備も万端だ。装備は今着ているもので十分だし、最強のユグドラシルの杖もある。
もともとの性格からだと思うが、すべてにおいて余裕がなければ不安になる性分なのだ。余裕ある行動、余裕ある所持品、余裕ある日常。焦ること嫌い。
そんなわけで翌日、特に改めて準備することもなく坑道の入り口に来た。
「ブロライトには坑道内での護衛を頼んだけど、クレイも来たのか?」
「当たり前であろう。俺はお前の用心棒だ」
準備万端の鼻息荒いブロライトの隣で、同じくやる気満々のクレイストン。来るかなと思っていたが案の定来てくれた。
「ランクA冒険者としてギルドは通しただろうな」
「無論」
「ブロライトは?」
「わたしも昨日ギルド登録をしたのじゃ! タケルと同じランクF冒険者じゃぞ」
坑道探査依頼はランクDからの指定になっていた。だが、ランクAのクレイが同行するということでブロライトも受注することができたのだろう。俺は面倒なので今回はクエスト受注をしていない。採掘した鉱石を無償でもらえる約束を王様直々にしてもらったからな。
クレイの威光も大いに利用させてもらった。クレイの信用はんぱない。その仲間ってだけで無条件に坑道探査を許してくれたからなあ。
「さてそれじゃあ、準備はいいか?」
坑夫ルックに身を包んだギルドの受付主任ザンボ氏。黄色いヘルメットが眩しいです。
案内係を一人付けてくれと頼んだが、なぜに受付主任が来たのかと思えば――
「張りきって行こうぜ! ワシは逃げ足だけは速いぞ! 邪魔にならんよう、優秀な素材採取専門家の仕事ぶりを見物させてもらうからな!」
そういうわけで、俺の採取の腕をスパイしたいらしい。
俺の場合、魔法で採取するだけなので参考にならないと思うが、邪魔をしなければ構わない。
「ザンボさん、坑道内の地図とかある?」
「玄武道……今から向かう坑道ので良けりゃ」
「ちょっと貸して」
茶色い巻き紙をするすると伸ばすと、簡単な地図が描かれていた。あまりにも簡易すぎて少し不安になったが。
「解読」
地図を読み取り、記憶しておく。これで探査をかければ、はぐれても道に迷うことはなくなる。
「タケル、今何をしたのじゃ。一瞬魔力の波を感じたのじゃが」
「うん? 俺には何も感じられなかったぞ」
ブロライトは魔力感知能力が長けているので、俺のわずかな魔法発動にも気づく。クレイストンはブロライトほど魔力はないのか、まったく感じられないようだ。ちなみにザンボ氏はキョトンとしている。
「地図を読み取った。もしもザンボさんとはぐれても道に迷わないように」
「読み取る? 地図を?」
「うーんと、一瞬で記憶する、って言えばいいかな。ともかくこれは返す。ありがとう」
この魔法は図書館でよく使った。
本はとても貴重なものであり、特に貴重な文献は読むだけで銀貨数枚も取られた。しかも一日だけで。なので、本の内容を暗記できないかなと考えたら、この魔法を思いついたのだ。覚える容量にもよるが、地図一枚程度じゃ魔力もさほど使わない。ちなみに百科事典のようなものを解読しようとしたら酷い頭痛がしたものだ。
「……クレイ、今の魔法は何か知っておるか?」
「いいや……地図を一瞬で記憶する、だと? ありえん」
「タケルは魔法使いではないと申しておった。じゃが……あのような複雑な魔法を扱う者は熟練の魔法使い以外ありえぬ」
「魔法使いじゃないって。はいはい行くよー」
「ピュイィ~ィ」
リュハイ鉱山北坑道入り口、玄武道。
頑丈な鉄の扉に閉ざされたそこは、リュハイ鉱山の中では一番新しい坑道だ。数ヶ月前に広大なイルドラ石の鉱脈が発見され、ドワーフ国の更なる発展が喜ばれていた矢先、謎のモンスターが出没したと。
その場に居合わせた坑夫らの証言によると、今まで見たことも聞いたこともない巨大で邪悪でおぞましい悪魔……とにかくなんかすごいモンスターがいるらしい。
ごつい扉の鍵を鍵番のドワーフに開けてもらい、いざ中へ。
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